Essay エッセイ
2013年02月18日

ひよこのパニック

前回のエッセイは、「漆黒(しっこく)のパニック」と題して、東京の大雪の日に過ごした、恐怖の一夜を書いてみました。

停電がもたらした暗闇で、パニックにおちいったというお話でした。

でも、考えてみると、自分はあんまりパニックにはならない方かなぁ、とも思うのです。

というより、パニックにならない主義とでもいいましょうか。

だって、たとえば車を運転していてパニックになったら、それこそ大変なことが起きるかもしれないでしょう。

ですから、あわてずに、いつも冷静に! をモットーとしているのです。

あわてたって、あわてなくたって、結果はあんまり変わらないような気もしますしね。


でも、人生最初にして最大のパニックのことは、今でもよく覚えているんです。

それは、わたしがまだ「ひよこ」の頃でした。

いつも母の後ろをくっついて歩いていて、もうすぐしたら「幼鳥」になって幼稚園に巣立たなければならないとき。

幼稚園をお受験するというので、母に連れられて、受験会場に向かったのでした。

よく晴れた日で、母の手を握って歩くと、ちょっとしたお散歩気分。

石畳の坂には古びたお堂があって、まるで、遠い、知らない世界に来たみたい。

試験会場に着くと、いったい入園試験とは何なのかもわからないままに、廊下の椅子に座っていました。椅子はいくつか並んでいて、どうやら子供たちが順番に教室に呼ばれて行くようです。

最初は母もそばに立っていたのですが、そのうちに先生にうながされて、その場を離れなければなりませんでした。

そこで、母は「がんばってね」と手を振りながら、長い廊下の角を曲がり、その笑顔もすっかりと消えていったのでした。

それを見たわたしは、母に置いてきぼりにされる!!! と、パニックにおちいったのです。

だって、それまで、生まれて一度も母のそばを離れたことがないのです。

それが急にバイバイしていなくなってしまうなんて、わたしを置いて行ったとしか考えられないのです。

母の姿が消えると、とにかく大声で ママ~ッ!! と泣き叫んだのでした。

それしか、助けを呼ぶ方法を思いつかなかったのです。


すると、試験会場から担当の先生が駆けつけてきて、どこからともなく母も駆けつけてきて

とにかく泣き止ませなきゃ、と算段に入るのです。

まあ、幼稚園の先生なんて、日頃からそんなパニックには慣れたもので、「ちょっとお散歩してきたら、すぐに落ち着きますよ」と母に提案をするのです。

そこで、母は幼稚園がくっついている大学のグラウンドに連れて行ってくれて、その脇にある食堂に入りました。

お昼の時間帯ではなかったので、閑散とした、薄暗い食堂でしたが、そこでチョコレートクリームパンを買ってもらいました。

今でも、よく覚えています。ただのクリームパンではなく、チョコクリームパンでした。

いえ、おいしかったかどうかは覚えていませんが、とにかくそれで落ち着きを取り戻したわたしは、「どうして泣いちゃったの?」という母の尋問にも答え、すっきりした気分で試験会場に戻ったのでした。

ひとたび教室に呼ばれると、「なんでこんなに易しい質問ばかりするのかな?」と、憎たらしいくらいに落ち着きはらっていたのですが、それが功を奏して、こちらの幼稚園に入れていただけることになりました。


つい先日、母と思い出話をしていたときにも、このお話が登場しました。

まだまだ母親として「新米」だった母は、もう、どうしていいかわからないくらいに狼狽(ろうばい)したそうです。

幸いにも、姉がこの幼稚園に通っていたので、担当の先生も母と姉を良く知っていたのでした。

先生も、「落ち着いて戻ってきたら、何でもスラスラと答えられましたよ」と、母を安心させてくれたそうです。

もしも姉がここに通っていなければ、すぐに「あなたはダメ!」と、門前払いになっていたことでしょう。が、そこは、2番目の子供の有利なところ。上の子の敷いたレールに、うまく乗っかれるところがあるのです。

そんなわけで、この「ひよこ」のパニックは、人生最初にして最大のパニックだったのでした。

でも、ひよこはひよこなりに、近頃は、親鳥のこともちゃんと考えるようになりましたけれど。

追記: 坂道の写真は、実際に幼稚園のお受験のときに歩いた道です。ン十年たっても、たたずまいが変わらないというのは、ありがたいものですよね。


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