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2018年09月12日

サリンジャーのメランコリー

サリンジャーというのは、かの有名な J. D.サリンジャー氏(1919年〜2010年)のこと。



ニューヨーク・マンハッタン生まれの小説家で、1951年に発表した『ライ麦畑でつかまえて(The Catcher in the Rye)』で名声を博したお方。



『ライ麦畑』は、当時の(そして今も)ティーンエージャーの心を奪うほど、思春期の内面をうまく軽妙に描いた作品です。



まさにアメリカの代表作家として地位を築かれた小説ですが、意外にも、彼は作家としての創作期間は短いし、本として発行した作品も少ないのです。



そんな彼はティーンエージャーの頃から物を書くのが大好きで、学校の新聞に記事を書いたり、自分でお話を書いたりと、とにかく書くことを生活の一部とした方でした。



なんでも、第二次世界大戦に徴兵されてヨーロッパの戦線でドイツ兵捕虜を取り調べていた時にも、紙とペンさえあれば時間を惜しんで小説を書かれていたそうで、爆弾すら物ともしない、「筋金入りの物書き」と言えるでしょう。



代表作の『ライ麦畑』は、この激しい戦場で書かれたものだそうですよ。




そんなサリンジャー氏、戦争から戻ると有名なニューヨーカー誌(The New Yorker)に作品を載せるようになったのですが、こんなエピソードがあるそうな。



あるとき、次号に載せようとしている原稿の中に、コンマ(句読点「,」)が抜けているんじゃないか? と思われる箇所がありました。



編集担当者は、その点について直接サリンジャー氏に尋ねようと思ったのですが、彼はなかなかつかまりません。



そこで、「文法的に正しいのは、コンマを入れること。だから、編集して次号に載せよう」と決断した編集者は、サリンジャー氏の了解なしにコンマを入れました。



無事に刷り上がり、最新号がニュースタンドに並んだ頃、サリンジャー氏は編集者から連絡をもらってびっくり!



自作のショートストーリーに、自身の知らない、余分なコンマが付け加えられている、と!



もう目の前は真っ暗、

「あ〜どうしてこんなところにコンマを付けるんだぁ」と落胆し、しばらくの間、メランコリー(憂うつ)でふさぎ込んだ、と伝えられます。




このエピソードは、米公共放送『アメリカンマスターズ(American Masters)』シリーズのドキュメンタリー番組『サリンジャー(Salinger)』(2014年制作)で紹介されていたものです。



だいぶ前に観たのですが、いつまでも心に残ったひとコマです。



おそらく、サリンジャー氏の細やかさ、神経質さ、作品に対する思い入れを描こうと挿入されたのでしょう。



けれども、わたし自身は、このときのサリンジャー氏のメランコリーは、よくわかるのです。



それは、たったひとつのコンマにしても、原文にないものは、勝手に入れるべきではない、と思うからです。



まあ、編集者は良かれと思ってやったことではありますが、やはり書き手としては、句読点ひとつにしても一字一字にこだわりがあるわけで、それを了解なしに変更されると、「作品が崩れる!」と気落ちすることもあるのでしょう。



少なくとも、このときのサリンジャー氏にとっては、「ニュアンスが変わってしまった!」と落胆するくらいの大事件だったのでしょう。




そんなわけで、たったひとつのコンマでメランコリーになったサリンジャー氏。



この方は、恋多き人物でもあったようで、こんなエピソードもあるんです。



サリンジャー氏が23歳の頃、ニューヨークの社交場となっている有名なナイトクラブで、ウーナ・オニールさんという女性に出会いました。



ウーナさんは、まだ学校に通っていた16歳のティーンで、サリンジャーさんは、彼女が暖炉の前に座り、チロチロと燃える火に頬を照らされるさまにクギづけになったそう。



そこで二人はデートするようになったのですが、それから2年ほどして、びっくりするようなニュースが舞い込みます。



その美貌から、ニューヨークの社交界でもてはやされるようになったウーナさんは、ハリウッドに移って映画女優の道を目指すのですが、そこで知り合った大スターと結婚するんだ、と!



その大スターとは、チャーリー・チャップリン。



そう、あの「喜劇の王様」チャップリン。



ウーナさんが18歳の誕生日を迎える頃で、間もなく54歳になるチャップリン氏とは、36歳の年の差婚です!



ウーナさんのお父さんであるノーベル賞劇作家ユージン・オニール氏は、チャップリン氏よりわずか数ヶ月の年長。もともとウーナさんとは疎遠だった親子関係は、この結婚を機に完全に断ち切られたといわれます。




まあ、サリンジャーさんにとっても、寝耳に水だったことでしょうが、そこから彼は執筆に打ち込み、30代半ばで最初の結婚をなさいます。



この結婚生活はなにかと波風も多かったようで、12年で破局を迎えます。が、創作活動は円熟期を迎え、自ら世に出した4冊の本は、すべてこの時期に出版されています。



こちらは、3冊目『フラニーとズーイ(Franny and Zooey)』を出版なさった1961年にタイム誌の表紙を飾ったポートレート。前作から8年の歳月が流れ、新作は大いに話題になったことでしょう。(Portrait of Salinger in 1961 by Robert Vickrey; cover of the September 15 issue of Time magazine)



最初の結婚は破局に終わったサリンジャーさん。その後は、愛人と暮らしたのち再婚も2回されていて、公の場から姿を消しながらも、創作に専念された時期もあったようです。



けれども、作品を発表することはなく、とかく謎の多い方ではあるのです。



「書くのは大好きだけど、出版しないのが平和なのさ」と述べたこともあるそうで、人生で起きるさまざまな「メランコリー」が重なって、ペンでつづった心の中は、誰の目にも触れさせたくなかったのかもしれませんね。



ちなみに、若き恋の失恋相手であるウーナさん。この方は、ご主人チャップリン氏が亡くなるまで仲睦まじく過ごされて、8人のお子さんに恵まれたそうですよ。



<付記>

本棚の奥をゴソゴソと探していたら、サリンジャー氏が存命中に発表した4冊すべてが出てきました!

本を読んで何を感じたのかはまったく記憶にありませんが、もう一度ページをめくってみようかとも思っています。




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