Essay エッセイ
2007年06月04日

チェンバロの響き

お友達の娘さんが発表会だというので、聴かせていただこうと、パロアルトにある教会に出向きました。

娘さんは、チェンバロをなさっているのです。

ピアノを弾く人は多いけれど、チェンバロを弾く人って、珍しいですよね。わたしなどは、演奏を生で聴いた記憶はないし、楽器を近くで見たのも初めてです。

もちろん、CDなんかでチェンバロの音はよく知っていますが、生で聴くと、録音以上に美しい音色なのです。

もっと細やかな表情のある、繊細な音色。

それに、楽器自体が、芸術品のように美しい。


この演奏会は、もともとピアノの発表会。チェンバロ演奏なんて、このお友達の娘さんただひとりです。

会場の教会の講堂には、ピアノはあるけれど、チェンバロなんてありません。だから、お友達がわざわざ自宅から運んでくるのです。

普通、チェンバロという楽器は、ピアノを何年かやって、それから転向するものなんだそうです。でも、父親であるお友達がフルートの名士だったことと、彼の家にはチェンバロしかないということで、先生もチェンバロの弟子として採ってくれたそうなのです。

娘さんの発表会での演奏も、もう4回目だそうで、人前での演奏にも慣れているご様子。
 堂々とした演奏で、その品のいい音色と古式ゆかしい旋律を楽しませてもらいました。

とても心地いいので、できればもっと長い曲にしてほしいと思ったくらい。


他の生徒さんたちも、自分たちの演奏をとても楽しんでいたような印象でした。

みんな2週間前に曲目を決めたばかりで、必ずしも練習期間は充分ではなかったようですが、それでも、そんなことにはめげず、曲づくりがとてもお上手でした。

そう、アメリカ人の子供たちの演奏を聴いていると、いつも思うのです。

それは、日本人の子に比べて、ミスタッチは多いし、テンポも必ずしも正確ではありません。それでも、ちゃんと歌になっているのです。

自分はこう弾いてみたいっていう意志がはっきりわかる。だから、聴いている方も、気持ちよく、楽しく聴けるのかもしれません。

大きな子達は、お馴染みのクラシックの曲が多かったけれど、小さい子の中には、映画の主題歌、ヘンリー・マンシーニの「ピンク・パンサー」っていうのもありました。
 パンチの効いた低音で始まる曲、それが、なかなかさまになっているのです。

自分自身のことを振り返ってみると、子供の頃は、言われた通りに弾くのに必死でした。それに、課題の中には嫌いな曲もあるものだから、しぶしぶ弾いていた事もありました。そんなのでは、「歌う」って気持ちになれないですものね。

この小さな演奏家たちが集まる、マリオン先生の発表会。次回は、ロシア音楽を特集するそうです。


ところで、最近、ハーモニカを手に入れました。いえ、自分で買ったのではなく、連れ合いが景品でハーモニカを選んだのです。

でも、家に届くと、それはもうわたしの物。

ピッカピカのハーモニカ。

嬉しくなって、すぐに吹き始めました。

ハーモニカって、小学校の頃にやりましたよね。ぜんぜん覚えていないかと思ったのに、スラスラとハ長調の音階が吹けるのです。
 レとファとラとシは、息を吸うんですよ。覚えてますか?

すぐに何かを吹こうと思って、自然と出てきたのが「チューリップ」。そう、咲いた、咲いた、チューリップの花がという歌。

それから、「七つの子」。カ〜ラ〜ス、なぜなくの?っていう野口雨情の詞の歌。

そして、海は広いな、大きいなぁの「海」。

多分、小学校では、こういう曲目をやっていたのでしょうね。

もう長年やってないのに、どうして覚えてるんでしょうね。「三つ子の魂百まで」とか「スズメ百まで踊り忘れず」って、ほんとのことなんですね。


昔の歌集を引っ張り出して、ハ長調に変調しながら、次から次へと吹いてみましたよ。
 「花」、「夏の思い出」、「赤とんぼ」、それから「幸せなら手をたたこう」。
 音楽理論なんてまったくわからないのに、こういう変調はなぜかできるんですよね。

そして、思いました。チェンバロしかり、ハーモニカしかり、新しい楽器もいいなって。

とくに、ハーモニカって簡単に持ち運べるでしょ。だから、外国に持って行って、日本の曲を吹いてあげられるかもって。

7月にトルコに行くんです。だから、そのときに、ハーモニカを持って行こうかな、とただいま思案中です。でも、その前に、ちょっと練習しなくちゃいけませんね。


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