Essay エッセイ
2007年08月03日

トルコの踊り

前回のエッセイに引き続き、トルコのお話をいたしましょう。

イスタンブールのグランド・バザールに行ったとき、あることを思い出していました。

昔は、こう願っていたものでした。トルコに行ったら、24金のアクセサリーを買いたいなと。

そう、トルコといえば、純金の緻密な彫金。女性が喜ぶゴージャスな装身具で、名を馳せていたのですね。

でも、実際に行ってみると、今は24金ではなく、22金や18金が主流になっているし、第一、デザインが懲り過ぎている。わたし好みのシンプルなデザインなんて、ほとんどありません。

陳列ケースを一生懸命に覗き込んでみるけれど、なんとも、買う衝動が沸いて来ないのです。


というわけで、せっかくのグランド・バザールも、何も買わず仕舞いかなと思っていると、ふと、あるお店の前で足が止まってしまいました。

ここは、絵を売るお店。壁には、色とりどりの絵が飾られ、そのカラフルさが、ちょっと絵が好きな人なら誰でもどうぞと、誘っているように感じます。

大きな絵は高そうだし、手が出ないので、入り口のガラス棚のあたりを覗いていると、一枚の絵が、僕を買ってちょうだいよと目に飛び込んできました。

ごくシンプルに、サッと描き上げた一筆書きみたいな絵。トルコの民族衣装を着込んだ男性が、クルクルとまわりながら踊っている場面。

こんな踊りは見たこともないけれど、きっと、クルクル、クルクルってまわり続ける踊りなんだろうな。そんな風に簡単に想像できるくらい、とっても躍動感のある絵。

まあ、手描きとはいえ、観光客用に図柄はお決まりになっていて、ある意味、絵葉書みたいなものなのです。けれども、そんなことにはお構いなく、作家の筆の勢いに魅了されて、さっそく買ってしまったのでした。

(値切るのが上手な連れ合いが、20リラのところを18リラにしてしまいました。日本円で、1800円くらいでしょうか。おとなしそうな店員さんは、2枚買ってくれたら割り引くよと小さな声で言っていましたが、無理矢理、1枚で割り引かせてしまいました。ごめんなさい。)


数日後、イスタンブールをあとにして、トルコ内陸部のカッパドキアを訪れたとき、偶然にも、この踊りの正体を知ることとなりました。

ホテルに紹介された「トルコ芸能ショー」の最初を飾るのが、この踊りだったのです。

「踊り」と言っているけれど、実は、これは単なる踊りではなく、「祈り」なんですね。

名前は、Whirling Dervish 、つまり、グルグルまわるスーフィ教徒。

なんでも、スーフィ教(Sufi)というのは、13世紀のオスマン・トルコ時代に端を発する、イスラム教の一宗派なんだそうです。

「禁欲苦行派」とも言われるくらい、物質的な満足ではなく、精神性・霊性を高めるために、好んで苦行に甘んじた宗派だそうです。


そのスーフィ教徒の儀式(Sema)が、クルクルまわる踊り。あくまでも、敬虔な祈りであるため、芸能ショーであっても、写真撮影はご法度です(以下の写真は、観光客用にポーズしてくれたときのものです)。

ライトが落とされるやいなや、真っ黒な衣に身を包み、一堂、厳かに一列になって舞台へと進みます。体をすっぽり包む黒い衣は、この世への執着を表すのだそうです。彼らの墓を表してもいるとか。

皆、両腕を胸の前で組み合わせ、ゆっくりとした歩みで輪になり、三度円上を歩きます。ある場所に来ると、ひとりずつ何かに向かって深々とお辞儀をするのですが、何やら、神を表すものでも置いてあったのでしょうか。

ごあいさつが終わると、一堂、黒い衣を脱ぎ、白装束となります。黒い衣を脱ぐことは、この世への執着を捨てたことを意味し、白い長いスカートは、死者を包む白布であるとも言われます。

そして、楽器と歌の伴奏が聞こえてくると、クルクルと皆でまわり始めるのです。最初はゆっくりと、それから、だんだん速く。

胸の前で固く組まれた両腕は、そのうち頭の上に上げられていくのですが、よく見ると、右の掌は天に、左の掌は地に向けられています。
 もともとは、毛糸を紡ぐしぐさから来ているそうですが、右手で天からのエネルギーを受け、体を通して左手で地へ流しているのだとも言われます。軸となる左足は、決して地面から離れません。

ひとりだけ、黒い衣のまま、静かにたたずむ人(教主)がいるのですが、彼は太陽であり、まわりでクルクルまわる白装束は、太陽の周りをまわる惑星を表すのだそうです。

もしかすると、この儀式は、一見シンプルな形を取りながら、「森羅万象(しんらばんしょう、宇宙の一切のものごと)」をうまく表現しているのでしょうか。


違った歌を伴奏にして、3セット踊りを披露してくれたのですが、見ていて、決して飽きることはありません。

光源を落とした中、クルクルとまわる白いスカート。だんだんと、天に突き出されていく両腕。この世のものとは思えない、神秘的な光景。

いつまでも、いつまでも、踊りが続いてくれればいいなと、見る者を魅了してやまない、不思議な踊りなのです。

トルコに来たら、これだけは逃したくない。きっと、多くの人が、そう感じることでしょう。

思えば、グランド・バザールで見つけた一枚の絵が、出会いのきっかけでした。

一筆書きみたいな絵が、単なる絵画としての魅力を越え、文化伝承の担い手ともなった瞬間なのでした。


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