Essay エッセイ
2016年05月13日

パエリャは「しょう油」味?

 このエッセイのコーナーでは、3つ続けてロンドンのお話をいたしました。

 

 そう、4月に2週間ヨーロッパで過ごしましたが、その行程は、ロンドンからスペインのバレンシアへ、そしてロンドンに戻ってアメリカに帰る、というものでした。

 

 というわけで、お次は、イギリスからスペインの話題に移りましょう。

 

「ロンドンからバレンシアへ」というのは、まさに文字通りの行程で、普通は、スペインの首都マドリードや、観光地で名高いバルセロナに立ち寄って他の都市に足を伸ばすところを、どちらもすっ飛ばしてバレンシアを訪れたのでした。

 

 「そういう人は珍しい」と現地のホテルスタッフに言われましたし、わたしのように「生まれて初めてスペインを訪れた人」の中では、ほとんど例がないのかもしれません。

 

 いえ、バレンシアには用事があって、寄り道する余裕はなかったのですが、あまり知られていない名前のわりに、スペインではマドリード、バルセロナに次いで、3番目に大きな都市だそうですよ!

 

 ここで、あれ? と思われた方もいらっしゃることでしょう。

 

 そう、「バレンシア」というのは、「バレンシア・オレンジ」の原産地です。

 

先日、スーパーでは「カリフォルニア産のバレンシア・オレンジ」を見かけて驚いたのですが、今となっては、品種の名前にもなっているようですね。

 

 さすがにオレンジの産地とあって、街を歩いていると、もぎたてのオレンジをジュースにしてくれるスタンドもたくさん見かけます。

 

 そして、街からちょっと離れると、見渡す限りのオレンジ畑が広がり、青々とした枝の間には、黄色い実がたわわに実っているのが見えます。

 

 まさに、オレンジは「街の大事な産物」なんです。

 


 というわけで、バレンシアはいったいどこにあるの? といえば、スペインの「東海岸」にあって、地中海に面しています。

 

北に面した大西洋よりも、地中海は暖かいので、気候は温暖で乾燥しています。

 

 同じように地中海に面しているバルセロナからは、ちょっと南になります。

 

 「ちょっと南」とはいえ、バルセロナからは飛行機の直行便はありませんし、列車は鈍行しかないので、トコトコと3時間かけることになって、それがバルセロナをすっ飛ばした理由のひとつでした。

 

 そう、バレンシアは、国内のバルセロナから行くよりも、ロンドンから飛んだ方が便利なんです!!

 

 街の成り立ちは古く、ローマ時代の紀元前2世紀だそうです。

 

最初は、ローマ帝国の植民地として生まれましたが、世界の主導権が移りゆく中、東ローマ帝国(ビザンティン帝国)の植民地となったり、ムーア人の侵入によってイスラム教の支配を受けたりと、さまざまな経緯があるのですが、その後、スペイン人が国を奪回した(レコンキスタ)頃から、めきめきと力をつけていくのです。

 

 商業都市から「バレンシア王国」となって、栄華を極めた時代もありました。
(写真は、現在のバレンシア市の紋章。王冠とコウモリは、バレンシアが統一連合「アラゴン連合王国」の一員であったことを示しています)

 

やはり、地中海に面した「地の利」がありますので、大きな港が築かれ、絹織物の取引などで豊かになっていきました。


 その頃の絹の交易所は『ラ・ロンハLa LonjaLonja de la Seda)』と呼ばれ、ユネスコの世界遺産にも登録されています。

 

 今でも、バレンシアはヨーロッパの主要な港湾になっていて、地中海に面した港の中では、荷揚げで一番の規模を誇るとか。

 

 ここからは日本へも、オレンジやマグロが輸出されているようですよ。

 


 バレンシアは、「旧市街」と「新市街」に分かれますが、旧市街は、石造りの立派な建物や広場が並んでいて、まさに、中世に迷い込んだような印象があります。

 

街が古く、歴史も複雑なので、歩いてみると、どことなく「つかみどころのない」感じもします。

 

 そう、教会がモスクに改築された時代もあるので、キリスト教とイスラム教の様式が混ざったりして、そんな装飾を眺めていると、なんとも不思議な感じもするのです。

 

 そういう点では、トルコのイスタンブールにある『アヤソフィア』などのモスクとも似ているでしょうか。教会とモスクは、長い歴史の上で、たびたび入れ替わることがあるのです。

 

そして、古い街並はクネクネと入り組んでいるので、まっすぐに歩いているつもりでも、「あれ、さっきここを歩いたよね」と、迷いやすい街でもあります。

 

 古い街には、攻めて来た相手を撹乱させるために、わざと道をくねらせて造ったところも多いようですが、そういう点では、ギリシャのミコノス島やチェコ共和国の首都プラハにも似ているでしょうか。

 

 それでも、旧市街は、ちょうど良いサイズですし、ふいっと角を曲がるたびに、新しい広場を見つけたりするので、街歩きをするには楽しいところです。

 

 迷子になったとしても、すぐにどこかの見慣れた広場が出てきますので、「方向音痴」の方だって心配はいりません。

 


 それで、バレンシアといえば、オレンジで有名なばかりではなく、

 

 スペイン料理の代表格ともいえる「パエリャpaella)」の発祥の地だとか!

 

 パエリャといえば、魚介スープで煮込んだ「西洋おじや」みたいなものですが、お魚やお米を愛するところが、日本と似ていますよね。

 

 一日が終わる頃、好みのアルコール飲料を傾けながら、タパスtapas)のおつまみを楽しんだあとは、「締め」はやはりパエリャでしょうか。

 

 じっくりと魚介のうまみがしみ込んだ「西洋おじや」を食べると、ほっとお腹が満たされるのです。

 

パエリャの発祥地バレンシアでは、鶏肉うさぎ肉のパエリャが名物だそうです。(写真では、左側の鍋)

 

 「うさぎ」と聞いて え? と思われた方もいらっしゃるでしょうけれど、うさぎの肉は、甘みのある鶏肉の感じで、まったく違和感のないお味です。

 

 ですから、鶏とうさぎのコンビネーションで、ちょうど良いコクが出るようです。

 

平たいパエリャ鍋を使うと、底の方が「おこげ」のようにこんがりと仕上がりますので、その香ばしい部分をこそげるようにして皿に盛ります。

 

 レストランでは、「観光客じゃ、うまくできないだろう」と思ったのか、何も言わずに、せっせと鍋の底からかき混ぜながら、さっさとお皿に取り分けてくれました(おかげで、全体の写真を撮る暇もありませんでした・・・)。

 

 ま、見かけはあまりカラフルではありませんが、日本の「おじや」みたいに、食材のコクがしみ込んでいて美味しいのです。

 


それから、こちらは、パエリャの米をパスタで代用した「フィデウアfideuà)」という食べ物。

 

 こちらもバレンシア発祥のようですが、パエリャが「おじや」だとすると、こちらは、まさに「焼きそば」なんです!!

 

 もしかすると、しょう油でも入っているのかな? と疑ってしまうほど、日本の味がするんですよ。

 

こちらは、エビやムール貝、ラングスティーヌ(手長エビ、スカンピ)が入っていて、魚介のうまみがよく出る一品です。それが余計に「エビ入り焼きそば」みたいに感じる理由かもしれません。

 

 これには「青のり」が良く合いそうだねぇ、と、連れ合いとふたりで納得したのでした。そう、次回バレンシアに来るときには、青のりを持って来ようかと思ったくらい!

 

 さすがに、現地の方に「フィデウアはしょう油っぽい味がした」と言ったら、ギョッと驚かれてしまったのですが、わたし自身は、そう主張したいほど「日本の味」を感じたのでした。

 

 生まれて初めて訪ねたスペインは、何の違和感もなくすうっと入り込める感じがしたのですが、それはきっと、味覚が似ていることもあるんじゃないかなぁ と、大いに納得したのでした。

 

 

後記: まあ、味覚は似ているとはいえ、スペイン人と日本人が違うところに、生活パターンがありますね。

 昼食も遅いし、夕食も夜の9時くらいから始まります。バレンシア最後の晩は、現地の方々とのコースディナーが9時からだったのですが、さすがに、それは疲れますよねぇ。

 

 スペインの方って、決して朝も夜も遅い「宵っ張りの朝寝坊」ではありませんし、今となっては「シエスタ(昼寝)」をするわけでもありませんし、単に、ご飯の時間が「ずれている」感じでしょうか。

 「もう、それに慣れているからねぇ」とおっしゃいますが、だったら、一度オフィスから家に戻ってディナーに出かけなくても、仕事帰りにレストランに寄ったらどうですか? と、おせっかいなアドバイスをしたくもなるのです。

 

 それから、街の名のバレンシアは Valencia と書きますが、スペイン語の「V」は英語の「B」みたいな発音なので、「バレンシア」と表記いたしました。厳密には、スペインのスペイン語では「c」は舌を噛み、英語の「th」みたいな音になりますが、表現できないので「シ」といたしました。

 


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