Essay エッセイ
2009年09月11日

メルティングポット

「メルティングポット(melting pot)」といえば、「人種のるつぼ」という意味ですね。
 アメリカのように、いろんな国から常に移民を受け入れている国では、だんだんと人種が混じってきて、もともとの人種構成や文化が徐々に変化してくるといった表現となります。

そんなにすごい題名ですけれど、まったく大したお話ではありません。雑談のつもりで読んでいただければ嬉しい限りです。(お食事中の方には、ちょっと向かないかもしれませんので、あしからず。)


今、我が家では、家のリモデルをしています。日本語では「リフォーム」と呼ばれるのでしょうか、つまり、ちょっとした家の改築をしているのです。

アメリカの家は(とくに新し目の家は)よく壊れるものでして、我が家の場合も、12年はなんとか持ちこたえたものの、12年というマジックナンバーを過ぎると、とたんにあちらこちらがいっぺんに壊れてしまいました。
 そうなんです、ふたつあるバスルームのシャワーが、両方とも同時に水漏れの問題を起こすようになったのです。

まあ、そのお話はまた別の機会にゆずることにして、他でもない、メルティングポットのお話です。

現在、我が家を担当しているリモデル会社の従業員が、こんな体験談を語ってくれました。

僕は一時期、サンノゼにある大きなコンピュータ会社に雇われて、施設の整備を担当していたのだけれど、こんな奇妙な体験があったんだ。

ある日、男性トイレがつまって流れなくなったので、修理しに行ったんだけど、作業を開始したら、排水溝から大きな魚の頭が出てきたんだよ。きっと誰かが「これはいいゴミ箱だい」って、ランチの残りを捨てたんだろうね。

あの頃、僕はまだ19歳だったし、大きな会社に雇われてラッキーだと思ってたんだけど、「なんで自分はこんな所から魚の頭を取り出さなくちゃならないのさ」って、心の中で半ベソをかいていたよ。だって、あんなに大きな魚の頭蓋骨なんだもん。

それから、変な話、ここではトイレシートがよく壊れてたんだよね。なぜって、トイレシートに座らずに、シートの上にしゃがみこむ人がいるからなんだよ。
 そういうことをすると、シートにかかる負荷が均等じゃないから、足を載せた所にヒビが入って、シートがすぐに壊れちゃうんだよね。だから、トイレシートの交換は頻繁にあったねぇ。


なんとも、美しい話ではなくて申し訳ありません。

けれども、わたしもこの多国籍コンピュータ会社に籍を置いていたことがあるので、彼の働いていたサンノゼのオフィスにいろんな人が集まっていたというのは、想像に難くありません。

それに、シリコンバレーたるもの、世界中から人が集まることを誇りにし、そのいろんな頭脳で日夜新しいアイデアを考え付くことをミッションとしているわけです。

ですから、こんな身近なトイレのお話を聞くと、「まさにシリコンバレーは人種のるつぼだなぁ」と感心してしまうのです。

半ベソの彼自身だって言っていましたが、そんな人種のるつぼだからこそ、シリコンバレーやサンフランシスコ・ベイエリアは、住んでいておもしろいのでしょう。

そして、そんな風に誰もが人種のるつぼを誇りに思っているから、どんな文化で育った人であろうとも、すんなりと受け入れてくれるような素地が生まれるのでしょう。

残念ながら、半ベソの彼は白人のアメリカ人なので、「いったい誰が魚の頭の犯人だったんだろう」と、長年疑問に思っていたようです。そこで、アジア人のわたしは、こう教えてあげました。

「きっとインド系の人は、魚はあんまり食べないだろうから、もしかしたら中国系の人かもしれないね」と。


いつかサンフランシスコの中心地ユニオンスクエアを歩いていたら、こんな言葉を耳にしました。
 すれ違った白人のアメリカ人男性が、「ここはまさに東洋だねえ(This is the Orient)!」と、感嘆の声を発しているのです。

どうやらアメリカの中西部か東海岸から来た観光客のようでしたが、サンフランシスコにあまりに東洋人(アジア系アメリカ人)が多いので、びっくりしてしまったようなのです。

ご存じのとおり、サンフランシスコのユニオンスクエア近くには、アジア圏外で一番大きな中国街(Chinatown)がありますからね。しかも、市の南西部にあるサンセット地区では、住民の3割ほどが中国系でもありますし。

何といっても、中国系の方々は、19世紀中盤にサンフランシスコが栄え始めた頃からの住人ですから、この街には、長い歴史を刻んでいるのです。

そして、サンフランシスコの南に隣接するデイリーシティ(Daly City)には、同じアジア系でも、フィリピン系アメリカ人が多いです。たぶん、アメリカでも有数のフィリピン系人口の集中度だと思います。

わたしがベイエリアに住み始めた頃からそうだったので、30年前にはすでに「フィリピン系都市」の様相を呈していたのでしょう。

今では、街の半分ほどがアジア系住民で、そのうちのほとんどがフィリピン系だそうです。カリフォルニアは、もともとフィリピン系人口の多い場所ですので、親戚縁者を伝って来たら、自然と「集落」ができたといったところなのでしょう。


今わたしが住むサンノゼには、ヴェトナム系が多いです。なんでも、アメリカで一番ヴェトナム系人口の多い都市なんだそうです。なにせ、市の人口の1割ほどがヴェトナム系ですから。(アジア系全体では3割ほど)

きっと、1975年に長かったヴェトナム戦争が終結し、アメリカが南ヴェトナムから人を受け入れ始めた頃から、サンノゼを新天地とする人たちが増えたのでしょう。1980年から2000年の20年間に、市のヴェトナム系人口は10倍にふくれあがったそうです。

サンノゼという街は、ヒスパニック系(中南米諸国、とくにメキシコからの移民)も多いので、スペイン語あり、ヴェトナム語ありと、外国語をしゃべる人が圧倒的に多い場所なのです。

驚くことに、サンノゼ市の10人に4人は外国で生まれているとか。(だから、外国語を耳にしても、誰もビクともしない。「当たり前」って感じでしょうか。)


一方、サンノゼから北東にのぼった所に、フリーモント(Fremont)という街があって、ここにはアフガニスタンからの移民が多いそうです。なんでも、アメリカで一番アフガニスタン系人口が集中している街だとか。
 ですから、「リトルカブール(Little Kabul)」と呼ばれる目抜き通りもあるんだそうです。(いうまでもなく、カブールはアフガニスタンの首都ですね。ロスアンジェルスにある「リトルトーキョー」みたいなネーミングでしょうか。)

残念ながら、一度も訪れたことはないのですが、アフガニスタンの食べ物や日用品が気軽に手に入って、そこはかと母国の雰囲気を漂わせる所だそうです。

中東の人々といえば、サンフランシスコ・ベイエリアには、イラン系アメリカ人も多いのです。
 アメリカに住む34万人ほどのイラン系住民のうち、半分はカリフォルニアに住んでいて、南のロスアンジェルスと並んで、ベイエリアもかなり好まれているようです。

いつか電話を取ったら、いきなり「ファーシー語はしゃべれますか?(Can you speak Farsi?)」と聞かれたことがありました。(ファーシー語とは、イランで使われるペルシャ語のことです。ちなみに、写真の青いタイルは、ペルシャ語かどうかはわかりませんが、このような美しい字体であることは確かです。)

これは間違い電話ではあったのですが、想像するに、イランから飛行機でアメリカに着いたばかりの若い女性が、教えられた電話番号にかけてきたといった感じでした。後ろには、空港の雑踏のような騒音が聞こえていました。

もちろん、助けてあげたいのは山々なのですが、こちらは、ファーシー語はまったくわかりません。後ろ髪を引かれながらも、電話を切るしかありませんでした。


ところで、今日は9月11日。あの忌まわしい同時テロから、ちょうど8周年。

この日を目前にして、ベイエリアのイスラム教徒たちは、電話相談窓口を開設したそうです。こちらは、イスラム教徒のための相談窓口ではなくて、イスラム教を知りたい人のための窓口。名付けて、「どうしてイスラム?(Why Islam?)」。

どうして自分たちはイスラムの教えに従っているのかを、ざっくばらんに解説してくれるそうです。

ベイエリアは、いろんな国からの寄せ集めではありますが、それでも、あのテロ事件以降は、イスラム教徒に見える人たちに対する「暴力」が何件も起きたそうです。

それは、「お前の国に帰れ!」という言葉の暴力だったり、実際に殴りかかる暴力だったり。中には、ターバンを巻いているインド系(ヒンドゥー教徒)のタクシー運転手が殴られたこともありました。

そんなイスラム教に対する偏見をなくそうと、自分たちで教育キャンペーンに乗り出したのです。

だって、人々が一番怖がるのは、自分たちがまったく知らないこと。ちゃんと知ることで、「怖い」とか「薄気味悪い」という気持ちもだんだんと薄れていくのです。


そして、今日は、わたしにとって珍しい日でもありました。

何かというと、青い目の人に3人も出会ったのです。3人ともきれいな青い目ではありましたが、微妙にトーンが違います。薄い青、透き通った、射るような青、そして、緑がかった青。

やっぱり茶色い目の持ち主の多いシリコンバレーでは、青い目の持ち主は少ないんじゃないかと思うのですよ。

けれども、こうも思うのです。目の色が茶色だろうが、青だろうが、緑だろうが、ヘーゼルだろうが、グレーだろうが、ピンクだろうが、何でもいいじゃないかって。

目の色が何であろうと、しょせん考えることは似たようなものですからね。だって、排水溝から魚の頭が出てきたら、やっぱりギョッとするでしょう。

追記: 最後の部分で、「え、目の色がピンク?」と思われた方もいらっしゃるでしょうが、これは、アメリカ政府の書類に出てきた選択肢なのです。ちなみに、選択肢は、「Brown, Blue, Green, Hazel, Gray, Black, Pink, Maroon, Other」となっておりました。
 ピンクの目の方にはお会いしたことはありませんが、一度じっくりと見てみたいなぁと思うのです。想像するに、灰色がかったピンクっぽい目なのではないでしょうか。

それから、冒頭に出てきたトイレシートが壊れるお話ですが、中米のグアテマラでフィールドワークをしていた恩師から、こんな話を聞いたことがありました。
 知り合いの農民が大けがをしたので病院に見舞いに行ったら、病院のトイレシートの上に、ぺったりと足跡が付いていたと。
 なるほど、グアテマラでも、伝統的な生活様式は「しゃがむ」なんですね。(あ、またまた美しくなくて、すみません!)


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