Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2020年07月25日

感染再拡大:新型コロナって怖いのに・・・

Vol. 237



7月に入り朝晩は霧がかかって、いよいよ「寒く」なってきたサンフランシスコです。

そんな季節の移ろいとともに、自宅待機も5か月目に突入。新型コロナウイルスが頭を離れない今月は、ウイルス感染の「よしなしごと」をつづってみることにいたしましょう。



<「あごが落ちた」キャンペーン>

My jaw dropped」という英語の表現があります。「あごが落ちた」というわけですが、日本語の「あんぐりと口が開いた」と同じで、呆れて開いた口がふさがらない、という意味。

呆れたのは、日本政府が推し進める「Go Toトラベルキャンペーン」。新型コロナ感染が再拡大する中、一か月も前倒しして強行した旅行費補助のキャンペーン。

これまでも、感染拡大は「東京問題である」との官房長官の発言や、感染の「大きな波、小さな波を見極める手段はない」との担当大臣の発言を耳にして驚いたのですが、今度は大いに「あごが落ちた」のでした。



あえて私見を述べさせていただければ、キャンペーンに対して呆れる理由は二つ。「今やることではないでしょう」と「経済復興を願う産業は、なにも観光業界だけではない」ということ。

旅行キャンペーンは感染拡大が収束した際に行うべきでしょうし、お金をつぎ込む場所は、他にもたくさんある気がします。全国の観光バスや旅館が困っているのと同じように、各地の零細企業だって困っているでしょう。いったん経営が破綻してしまえば、消えゆく特殊技能も多いことを考えると、単に「旅行」にテコ入れするだけでいいのか? と疑問に感じます。

そして、もっと深刻なことは、コロナ感染者を受け入れ必死に看病する病院や医療従事者に何の手助けもない、ということ。病院は、感染者を受け入れれば受け入れるだけ赤字になるといいますし、医師や看護師にいたっては、病院経営の悪化のとばっちりを受けてボーナスもカットされ、挙げ句の果てに「代わりはいくらでもいる」と病院側からは冷遇されると聞きます。

日々神経をすり減らし、睡眠時間を割きながらも最前線で頑張っていらっしゃる医療従事者が疲弊し、次々と現場を去ってしまったら、いったい誰がコロナ感染者や他の疾病と闘う患者や救急搬送された怪我人を救うのだろうか? と素朴な疑問がわいていきます。

1兆数千億円もの予算が計上されているなら、その一部は、人の命を救う産業にまわすべきだと感じます。



<ちょっと違うコロナウイルス>

というわけで、「あごが落ちた」政策には憤りを覚えますが、巷でも「新型コロナって、インフルエンザと同じようなものさ」と、科学を軽視した空恐ろしい発言が聞こえます。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)とインフルエンザウイルスが違う点は病理学的にいくらでもあるでしょうが、医学や生物学の門外漢としていろんな話を耳にして、とくに二点に危機感を抱いているのです。

ひとつは、症状が出るタイミング。鼻や口から入ったウイルスが喉や気管で増殖して、すぐに喉の痛みや咳などの症状を起こすインフルエンザと違って、SARS-CoV-2は、気管や気管支を通り越して肺の奥深くまで入り込み、一気に増殖を繰り返し、自覚症状もないまま一部は体内に広がり、一部は呼吸とともに口から放出されます。

加えて、SARS-CoV-2は自分を無害だとカモフラージュして抗体を寄せつけない術や、体内の免疫を起動するセンサータンパク質やメッセンジャーRNAをブロックする術を備えていることも、感染初期に自覚症状が出ない原因のひとつと考えられているようです。

同じくコロナウイルスである SARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルスが、熱や咳の症状が出て24〜36時間後に患者から放出されるのに対して、SARS-CoV-2は、感染者本人が自覚のないままウイルスをまき散らし、周りの人に病気をうつすという「ステルス」モード。ですから、症状のないうちに感染者を隔離しなければ、感染拡大にブレーキがかかりにくい、というわけです。



もうひとつ怖い点は、SARS-CoV-2は肺などの臓器細胞を破壊するだけではなく、血管を直接攻撃するということ。

たとえば、肺や腎臓は毛細血管が集まって仕事をする臓器です。肺には「肺胞」があって、ここに毛細血管が集まり二酸化炭素と酸素を交換して、体内に酸素が運ばれます。腎臓には「糸球体」があって、毛細血管が運んできた老廃物や塩分をろ過して体内に戻してあげます。

ウイルスが血管に悪さをするということは、肺胞や糸球体を直接アタックするということで、肺や腎臓の機能が加速度的に悪化することになります。一度壊れた肺胞や糸球体は元には戻りませんので、どんどん肺胞や糸球体が減っていって、肺機能や腎機能が急速に低下します。そうなると細菌による合併症にもかかりやすくなります。

おまけに血管(内壁の内皮細胞)がアタックされるということは、血栓ができやすいということで、若い人でも血栓が肺に入って呼吸困難になったり、脳に入って脳梗塞となったりする可能性があります。(図は、NHK健康チャンネル、2020年4月19日掲載記事より)



ついでに申し上げれば、同じくRNAウイルスであるインフルエンザウイルスと比べると、SARS-CoV-2は塩基対の数が異常に多く、インフルエンザが約13,500に対して、倍以上の約29,900もあるそう。このため変異しやすい特性があるのと同時に、自己再生の際に間違いを訂正するチェック機能が働くという品質管理能力もあるとか。

この品質管理者として働く酵素は、塩基対が20,000以上のウイルスでなければつくれない「逸品」だそうで、この点でも、他に抜きん出た能力を持っているようです。

SARS-CoV-2の遺伝子情報には不明な点もありますが、ヒトの免疫反応をはねつける能力や自己管理能力もあり、かなり「ずる賢い」ウイルスなんでしょう。(参照:”Inside the Coronavirus – A Visual Guide: What scientists know about the inner workings of the pathogen that has infected the world, edited by Mark Fischetti, Scientific American, July 2020; figures from the online version dated July 1, 2020)



そんなわけで、SARS-CoV-2はさまざまな点で他のウイルスと違っていて、ひとたびCOVID-19を発症すると、健康な若い人でもいつ何が起きるかわからない危険な状況と言えるのでしょう。

また心血管疾患、慢性呼吸器疾患、慢性腎臓病、糖尿病の方や、抗がん剤治療などで免疫力の低下する方が感染しないようにと、周りの健康な人も心がけが必要となります。

そして、とくに高齢の方は家にこもりがち。通常は「亀の甲より年の劫」で精神的強靭さを発揮する方々も、このコロナ禍で家族や友人と会えなかったり、先が見えない不安を抱えたりと「うつ状態」に陥ることも懸念されます。

カリフォルニア州で始まった精神サポートのホットライン『フレンドシップ・ライン・カリフォルニア』は、深刻な悩み相談とともに、「ちょっと声が聞きたいわ」という軽い相談にも応じるウォームラインでもあるようです。



<ワクチン開発>

一方、完成が待たれるワクチン開発ですが、イギリスのオックスフォード大学と製薬会社アストラゼネカの共同チームが一歩リードの様相を呈しています。

アメリカでは、バイオテクノロジー会社モデルナ(Moderna)が臨床試験の第一段階(フェーズ1)を終えて、先日期待の高まる結果を発表しています。

フェーズ1に参加したのは、18〜55歳の健康な男女45人。これを3つのグループに分けて、開発中のメッセンジャーRNAワクチン(それぞれ25, 100, 250 µg)を28日間隔で2回投与。57日経過観察した結果、副作用もほとんどなく、すべての被験者に感染予防の中和抗体が確認され、ダメージを受けた細胞を破壊してくれる T細胞も確認された、と医学誌で発表(オンライン版New England Journal of Medicine)。

免疫力が持続するかどうか、2回目の投与から一年間(来年6月まで)、被験者の血液検査を続ける、とも述べています。

現在、同社は治験の第2段階に入っていて、18〜55歳の300名、55歳以上の300名が参加し、プラセーボ(偽薬)、50、100 µgいずれかを28日間隔で2回投与する、とのこと。

また、今月27日には、3万人の被験者を相手に最終段階に入るとしています。(参照: “A mRNA Vaccine against SARS-CoV-2 – Preliminary Report”, L.A. Jackson et al. for the mRNA-1273 Study Group, published on July 14, 2020 at NEJM.org)



ちょっと気になる副作用ですが、もっとも多く見られた症状は、倦怠感、悪寒、頭痛、筋肉痛、とのこと。症状は一過性のもので、深刻なものではなく、傾向としては2回目の投与後、また投与量の多い被験者に強く見られた、ということです。



フェーズ1に参加した被験者の体験談がワシントンポスト紙で紹介されていて、こちらはちょっと興味深かったです。

彼は、これまで大きな病気にかかったことのないシアトル市在住の29歳の健康体。一番多い投与量(250 µg)のグループとして、最小量の10倍のワクチンを2回打たれました。

1回目は腕がちょっと痛んだくらいで、何の違いも感じませんでした。が、2回目の注射が終わった1時間後にはひどく腕が痛み、その日の晩になると、寒気を感じ始めます。その後、吐き気、頭痛、筋肉痛と続き、真夜中になると40度近い熱にうなされます。午前4時になると、同居する彼女が心配してホットラインに連絡。すぐに待機する臨床チームに会いに行って、薬で症状を抑えてもらいます。

家に帰って正午まで眠りましたが、起きた時には、ひどい吐き気。トイレに行って嘔吐すると、その場で気を失って倒れます。が、心配した彼女がホットラインに電話し終わったころには、すっかり意識を取り戻し、翌朝になると、何事もなかったかのように体は元に戻ったそう。

これは今まで経験したこともない体調不良だったが、被験者になったことは後悔していないと、バイオテック研究所勤務の彼は語ります。だって、これが治験の真っ当なあり方だろう、と。(参照: “We’re all starved for hope” Ian Hayden, as told to Eli Saslow, The Washington Post, July 6, 2020)

彼と仲間の被験者のご苦労のおかげで、投与量250 µgは多過ぎることが判明。フェーズ2では最大100 µg、フェーズ3では100 µgを投与する、とモデルナ社は発表しています。



そんなわけで、いろいろと気をつけながらも、ひとたび COVID-19にかかると、症状は千差万別のよう。今はすっかり完治した映画俳優のトム・ハンクス氏は、オンライン出演したCBS『レイト・ショー』でこんなことをおっしゃっていました。

「一緒に感染した妻は、味覚障害が現れたあと、高熱と嘔吐におそわれたが、僕にはそんな症状はさっぱり。その代わり、体じゅうの骨が痛くて、微熱と倦怠感もあった。そして、なぜか尻が痛くて、子供のころ兄ちゃんにぼんぼん殴られたみたいに痛かったねぇ」と。

オーストラリアの病院に入院中も、ちょっと立って前屈みになると、気が遠くなるくらいに疲労感があったそう。奥さんはもっと重症だったのでしょうが、人によって症状や深刻さが違ったりするので、気の抜けない感染対策が浮き彫りになるのです。

ちなみにハンクス氏は、サンフランシスコ対岸のオークランド市の出身。若きハンクスさんは、オークランド A’s(アスレティックス)の球場でホットドッグを売っていた経験があるとか。

MLBシーズン開幕戦でエンジェルスを迎えた7月24日、観客のいない A’s球場では、「ホットドッグ、ホットドッグ!でっかいホットドッグだよ!」とハンクスさんの掛け声が流れ、臨場感を盛り上げました。



ちょうど一年前は、サンフランシスコの公園で『東京オリンピック』のうちわをもらって、盆踊りを教わって楽しく踊ったなぁ。そんな懐かしい記憶もよみがえります。

What a difference a year makes(たった一年で、こんなに違うのか!) この言葉を、今日の結びといたしましょう。



皆さま、どうぞお気をつけて。

夏来 潤(なつき じゅん)



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