Essay エッセイ
2015年05月09日

病病介護(?)

なんとなく切実なタイトルですが、我が家のお話ではなくて、ご近所さんのエピソードです。

先月初め、我が家が日本に旅立った直後、お隣のレディーにこんなことがありました。

彼女がフレッシュな空気を吸おうと裏庭に出たときのこと。ふらっとめまいがして、コンクリートの庭に倒れこんでしまいました。

どうにも自分では起き上がれなくて、30分ほど格闘した末、ようやくノロノロと部屋に戻ることができました。

幸い、頭を打ったり、骨折したりはしなかったのですが、瞬間的に両手で体を支えたせいで、手の筋肉や腱がひどく傷んでしまったようです。

もともと手の関節炎(arthritis)に悩んでいた彼女は、それ以来、激しい痛みを感じていたのですが、最初の2、3日は病院に行くこともなく、ただひとり家でじっとしていたそうです。

そう、以前『アメリカのお葬式』というお話でもご紹介しましたが、彼女は、2年前に最愛のダンナさまを亡くされ、ひとりで暮らしているのです。


それで、何かのきっかけで、斜め前のご近所さんが彼女の窮地をキャッチして、病院に連れて行ったのでした。

まあ、ほとんど無理やりだったみたいですが、とにかく何も折れていないことを確かめて、とりあえず痛み止めの薬(pain medication)を処方してもらいました。

ところが、この「痛み止め」がクセモノでして、あまりに強い処方薬だったのか、彼女の体に合わなかったのか、飲むと吐き気がしてくるのです。

そんなこんなで、痛みがひどくて薬を飲むんだけれど、飲むと吐き気がして何も口に運べないし、体も辛い。だから、ただただ眠るのが平和な時間、という酷な日々を送っていました。

その間、ご近所さんが毎日様子を見に行って、食料品を買ってきたり、ご飯を運んであげたりと、実に甲斐甲斐しく世話をしていました。が、痛みと吐き気は交互に襲ってくるし、悲観的な気分にもなってくるし、なかなか難しい「お世話」だったようです。

ほんとは吐き気を抑える薬もあるんですが、ひとり暮らしだから、飲んでふらふらして、また転倒したら大変! と、処方してもらえなかったとか。


何週間か経つと、「もうそろそろいいだろう」とお医者さんが勧めるので、ご近所さんがリハビリ(physical therapy)にも連れて行きました。

ところが、理学療法士にマッサージしてもらったときには良いものの、家に帰ってくると、かえって痛みが倍増する、と新たな悩みも生まれるのです。

明日の朝は、わたしも病院に行って、背骨に痛み止めの注射(epidural:硬膜外ブロック注射)をしてもらうのよ」と言うご近所さん。

人の心配ばかりしている彼女自身も、実は、長年腰から足にかけて刺すような痛みに悩まされているのです。

そんな彼女が、こうつぶやくのです。

おかしいわねぇ、これじゃまるで病病介護(the sick taking care of the sick)だわねぇ」と。

こちらも、何とか彼女の助けにならないかと考えてはいるのですが、なにせ、お隣さんは、極端に自立心の強い人。
 マサチューセッツ出身の昔かたぎの御仁(ごじん)で、なかなか人に甘えることができません。

ですから、やっと心を許したご近所さんにこっそりとお世話になっているのです。

息子たちも、そんなお母さんに太刀打ちできないと思ったのか、今のところ静観の構えを見せています。


そんなわけで、やっと合鍵をつくらせてもらったご近所さんの、たったひとりの奮闘記。が、なんとなく、合点がいかないなぁ、とも思うのです。

だって、痛み止めの処方薬なら種類は多いし、お隣さんの体に合うものもありそうでしょう?

また、心優しいご近所さんに頼ってばかりはいられないので、週に何回かお手伝いさんに来てもらったり、在宅専門の看護師さんに様子を診てもらったりと、家族が取るべき方策はいろいろとあるのではないでしょうか?

それに、第一、手が炎症を起こして痛いからって、内服薬ばかりで解決しようとする西洋医学(Western medicine)の考えも、ちょっと見直した方がいいとは思いませんか?

ま、他人のわたしがとやかく言う筋合いはないのですが、ご近所さんの心配もよ~くわかるのです。

だって、わたしの母も同じだったのよ。晩年には、もう何回も転んだことがあって、自分で起きられなかったこともあるの。だから、ペンダントみたいに首から緊急警報装置を下げてもらって、助けを呼びたかったら、すぐにボタンを押してもらうようにしたのよ

マサチューセッツ出の彼女にも納得してもらおうと努めているのですが、なかなか首を縦に振らないんだとか。

ボストンで生まれ育ったお隣さん。おじいさんは、ボストンの有名な建築家で、ご自身も JFK(アメリカで最も尊敬される故ジョンFケネディー大統領)の事務所で働いていたそうですが、まったく、どうしてそこまで独立心が培われてしまったんでしょうねぇ。

そうなんです、サンフランシスコの大通りにも、おじいさんと思しき人物(同姓同名の別人?)を称えて、鉄鋼技術者に捧げる立派な碑(写真)が建っているんですが、そういった「誇り」みたいなものも何か関係があるのでしょうか?

追記: 見るに見かねたご近所さんが「ほかの薬はないのかしら?」と主張していたせいか、ようやく、お医者さんがべつの痛み止めを処方してくれたようです。

心変わりがあったのか、ついでに吐き気止めも処方してくれたとか。

それで平和な日々が訪れますように、大好きな「聖なる山(sacred mountain)」に落ちる夕日を、裏庭から眺められますようにと、ただただ祈るばかりなのです。


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