Essay エッセイ
2008年09月11日

早いもので、もう9月となりました。

8月には北京オリンピックも開催され、連日、日本人選手の活躍に国中が沸き立っていましたね。ラッキーなことに、ちょうどオリンピック開催期間中に日本に戻っていたので、今回ばかりは祖国でオリンピック観戦ができて、とてもいい思い出となりました。

そんな夏の旅は、お盆を直前に控えた火曜日に始まりました。あまりパッとしないお天気で、東京駅の改札口を出ると、雨もよいのどんよりとした夕刻でした。

きっとずっと東京に暮らしていると、「あ〜今日は涼しいねぇ」というお天気なのでしょう。けれども、わたしは何はともあれ、その湿気を含んだ重い空気に閉口しておりました。

そんなじっとりとした空気から逃げるように乗り込んだタクシーが、東京駅を離れ、皇居をとり巻く大通りを進むと、いきなり「音」が聞こえてきます。そう、日本の夏の風物詩ともいえる蝉の声です。

北カリフォルニアでは、蝉の声を聞くことはまずないので、久方ぶりの蝉の合唱になつかしさを感じます。それにしても、こんなに大きな音でしたっけ?

わたしは心の中で、「これってまさか録音じゃないよね。生ゼミだよね」などと、くだらない事を考えていました。それほど、密閉されたタクシーの中にも音がズンズンと響いてきたのです。


それから2日ほどは、ホテルの中で仕事をしたりと外に出る機会があまりなかったのですが、3日目の朝、とにかく蝉の声が聞きたくてお散歩に出かけました。ロビーで知り合いのホテルマンに出会ったので、これから蝉を聞きに出かけてきますと告げると、「もう、そこらじゅうでワシワシ鳴いてますよ」との力強いお返事でした。

なるほど、日本全国そこらじゅうで鳴いているのは確かでしょうが、一番効率がいいのは、きっとこんもりとした森のある所でしょう。ということで、ホテルから歩いて数分の距離にある有栖川宮記念公園に向かうことにしました。以前、「世界で一番の散歩道」というエッセイに登場した緑豊かな公園です。

さすがに大木が鬱蒼(うっそう)と繁っているだけあって、ここでは、もう耳を覆いたくなるくらいに蝉の大合唱が響き渡っています。木が高くて姿はまったく見えませんが、きっと一本の木に何匹もとまっているのでしょう。わたしがすぐ下を歩いているのに、「我関せず」とばかりに、どの蝉も鳴きやみません。

やや行くと、土の道になりました。舗装されていない道を見るのは久しぶりだし、しかも東京で土の道なんて!と感心していると、何やら道にポコポコと穴が開いています。どうやら、蝉が抜け出した穴のようです。そこらじゅうに開いているところを見ると、相当たくさんの蝉が地下に生活していたようです。

そういう抜け穴を見ていると、「長い間ご苦労さまでした」と声をかけたくなってきます。


結局、この公園では蝉の姿を見ることはなかったのですが、翌日、別のルートをお散歩しているときに見かけました。六本木ヒルズのビル群の真ん中を通る「けやき坂通り」でした。
 けやき坂という名前が付いているところを見ると、ここの並木はけやきなのでしょう。あまり大きくはありませんが、元気に青々と繁っています。

そんな「けやき坂」を、テレビ朝日を左手に見ながらトントンと下っていると、ごく間近から蝉の声が聞こえてきます。

この響きからすると、かなり至近距離のようですが、ふと見上げると、あっ、いた!

逃げないうちにと急いで撮ったので、すっかりピンボケになってしまいましたが、こちらの写真の真ん中に写っているのが蝉のシルエットです。たったひとり木の枝にしがみついて元気に鳴いています。蝉にしては、かなり大きな方でしょうか。

まあ、たった一匹であろうと、とにかく蝉の姿が見えたので、自分のミッションを果たしたようにひと安心でした。

そしてわかったのですが、蝉の鳴き声にも個人差があるのですね!

代表的な鳴き方は、「ミーン、ミン、ミン、ミーン」というものだと思いますが、間の「ミン、ミン」には、2つの場合、3つの場合、それから、ごく稀に4つの場合があるようなのです。それが個人差なのか、そのときの気分によるのかはわかりませんが、耳を澄ましてみると、蝉にもいろいろと事情があるのがわかります。

「ふん、俺は他の奴よりも、もっとうまく鳴けるんだぞ!」という蝉が、中にはいるのかもしれませんね。ということは、蝉も鳴き方の練習をするのでしょうか?

大都会の中にも木々は繁っているし、蝉も元気に育っている。

夏の音が聞けたことが、ちょっと嬉しいものでした。

追記: 蝉ってスズムシのように羽をこすり合わせて鳴くんじゃないのですね。ふと見つけた科学論文を読んでみて、そんな基本的なことを「発見」してしまいました。そういえば、なんだか子供の頃、そういう風に習ったような気もします。大人になると、すっかり忘れていました。

そう、蝉は、背中にある振動膜(timbal)を震わせて音を作るんですね。この振動膜には4本の肋骨(ろっこつ)が付いていて、これを筋肉で1秒間に120回も振動させて音を生成するんだそうです。この振動膜は左右に付いていて交互に振るわせるものだから、振動も倍。それをほとんど空洞になっているお腹に響かせ、そうやって増幅された音は、腹部に付いた鼓膜(こまく、eardrum)を通して外界に放たれる。
 なんでも、世の中で一番大きな音を出す昆虫は、オーストラリアの蝉(Cyclochila australasiae)だそうで、1メートルの距離で測定すると、100デシベルもの騒音だそうです。

そもそもどうして蝉が大きな声で鳴くかって、メスを誘うためだそうで、だから、鳴くのはオスの方。きっと、大きな声を出した方が勝ちなんでしょうね。
 不思議なことに、鼓膜を通してあんなに大きな音を放つわりに、蝉自身は涼しい顔。それは、耳の機能は鼓膜とは離れた場所にあって、ごく細い管で鼓膜と繋がっているだけだからだそうです。ゆえに、自分自身は、至近距離の巨大な音にさらされても聴覚を失わなくて済む。いやはや、自然のメカニズムとは、よくできたものですね。
(参考文献: Henry C. Bennet-Clark, “How Cicadas Make Their Noise”, Scientific American , May 1998

ちなみに、蝉は英語で cicada と言います。「シケイダ」と発音するようですが、西海岸の人には馴染みの薄い言葉かもしれません。東海岸では、7年に一回とか、13年に一回と周期的に大発生する場所があるので、東の方々にはお馴染みとなっていることでしょう。


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