身の回りのテクノロジー:音楽と映像

Vol.67
 

身の回りのテクノロジー:音楽と映像

世の中、いろいろ起こるもので、米国テレコム業界を中心に合併が進むかと思えば、ヒューレット・パッカードのCEO、カーリー・フィオリナ氏が突然解雇されたりします。"この世で唯一確実なものは、税金と死(in this world nothing can be certain, except death and taxes)"と、米国独立の功労者ベンジャミン・フランクリンは書いていますが、まったくその通りかもしれません。

さて、今回は、そんな大きな業界の話よりも、身近にあるテクノロジーのお話をふたついたしましょう。必ずしも、最先端技術ではありませんが、一般消費者の受け入れに焦点を当ててみます。


<XM対Sirius>

筆者宅に、新しい車がやって来ました。今まで二人乗りに乗っていた連れ合いが、複数のお客様をランチにお連れすることもできず、とても不便だとごねていたのでした。
驚いたことに、今どきの車は、キーをポケットに入れておくと、手をハンドルにかけただけで鍵が開くようです。エンジンもキーを挿すことなく、ボタンをひねるだけでかかるし、エンジンは静かで、かかっているかさえわからないくらいです。雨が降ると、自動的にワイパーが動くし、カーブでは、ヘッドライトが最大15度動き、曲がった先がよく見えるようになっています。いつの間にか、世の中は進んでいるものです。

車はさて置き、それとともに、新手のサービスがくっ付いて来ました。衛星ラジオです。2002年のクリスマスに、筆者の"欲しい物リスト"の筆頭に挙げた、デジタルラジオ放送です(2002年12月掲載)。名前の通り、衛星を介します。
どうして今まで自分の車に衛星ラジオを取り付けなかったかというと、変な話、車の後部にアンテナを取り付けるのが嫌だったからです。大きめのSUVですが、"お姫様"と呼んでいる自分の車に、不恰好な余分な物など取り付けたくありません。
ところが、連れ合いの新車には、"テレタビー"の頭みたいなアンテナが、既にちょこんと付いています。文句の言いようがありません。あとは、衛星ラジオのレシーバーを取り付けるのみです(通常、車内レシーバーは100ドル近辺からありますが、ディーラーでは、設置料込みで950ドルも取られました。どこに付いているかさえわかりませんが、ちゃんと音が聞こえているので、どこかに隠れているのでしょう)。

以前ご説明した通り、衛星ラジオ自体は、そんなに新しくはありません。2社あるうち、XMは2001年末から、Siriusは2002年夏から全米展開を始めました。しかし、近年、一般消費者にも広く名が知られるようになり、加入者もうなぎ上りに増えています。サービスは有料ですが、その分、コマーシャルがほとんどありません。両社とも、車内に加えオンラインでも聞けます(XMは月に10ドル、オンライン込みで14ドル。Siriusは定額13ドル)。
XMは、搭載される車種も百を超え、加入者は320万を越えます。2月からトヨタの車種にもディーラーオプション装備されるSiriusも、125万の加入者を持ちます。昨年の歳末商戦では、5週間で45万台の衛星ラジオが売れています。2010年までには、XMとSiriusを合わせ、4割の乗用車・トラックに工場出荷時でオプション装備されるとも予測されています。

連れ合いの車には、XMが搭載されています。購入した時点では、XMの選択しかありませんでした。チャンネル数は、音楽が113、その他、スポーツ、ニュース、コメディー、トーク番組などが50チャンネルあります。音楽チャンネルは、ロック、ヒップホップ、ジャズ、カントリー、年代別ヒット曲など、ジャンル別にきれいに分類されています。Siriusも、同等のレパートリーがあります。衛星を介するので、全米で同じ放送内容を楽しめます。
目玉チャンネルは、両社一歩も譲りません。2004年のシーズンから、SiriusがNFLフットボールの放送を始めたかと思えば、XMは3月からメジャーリーグ野球をカバーします。カーレースのNASCARは、従来のXMに加え、Siriusでも中継することになりました。
音質は、デジタルだけあってCD級のものです。車内のスピーカーが充実するほど、実力を発揮するようです。ただ、衛星放送の弱い点で、陸橋の陰で音が途切れることがあります。シリコンバレーでは無関係ですが、高層ビルが林立するマンハッタンでは、問題なく受信できるのか興味あるところです(Siriusの本社はマンハッタンにあるので、地上での電波増幅の点では、両社抜かりはないと思います)。

筆者自身は、2003年1月のコンシューマ・エレクトロニクスショーで、SiriusのDJホセ・マンギン氏にインタビューして以来、何となくSirius贔屓でした(2003年1月掲載)。しかし、その際発表されたSiriusの衛星テレビ放送は、来年にならないと実現しないようで、今のところ、テクノロジー的には、XMの方が一歩リードしています。
たとえば、昨年12月に出たDelphiのMyFiがあります。これは、"XM2go"というポータブルXMレシーバーのシリーズ第一作目で、もはや車の中に留まらず、街を歩きながら衛星ラジオを聞けるという画期的な製品です。街角での受信状態も非常に良いといいます。音楽を5時間分、声を11時間分録音し、後で聞くこともできます。さしずめ、TiVo(テレビのデジタル録画機)の衛星ラジオ版です。ポータブルなXM2go製品は、今年1月PioneerからもAirWareという名で発表されています。
数あるXMレシーバーのうち、DelphiのMyFiや人気車載種SkyFi2などは、曲名、アーティスト名に加え、スポーツゲームの得点など、最新情報を画面で速報することもできます(Delphiは、General Motorsの子会社としてスタートしましたが、近年その独立性を高める経営方針を持ちます)。
NavTrafficという交通情報もあります。カーナビの画面上で、混雑状況などをリアルタイムに配信します。この情報網をいち早く採用したのがXMで、Acura RL(ホンダ レジェンド)の2005年モデルに搭載されたのが、最初の実例です。XMラジオでも、各都市の音声での交通情報はありますが、カーナビが遅れているアメリカでは、NavTrafficは画期的なサービスと言えます。
次世代は、レシーバーのチップ化です。今後、さまざまな家電製品に衛星ラジオチップが内蔵されることになります。ドイツのオーディオ機器メーカーEtonは、間もなくXM対応チップを内蔵した製品を発表する予定です。

一歩遅れを取るSiriusは、来年1月から、超大物DJハワード・スターン氏が仲間入りします。彼はお得意のお色気コメント連発で、FCC(連邦通信委員会)ににらまれ、保守的なラジオ局チェーンから締め出しを食っていました。スターン氏登板のニュースに、Siriusの知名度は、間違いなくぐんと上がっています。

XMとSiriusの凌ぎ合いは、今年も健康的に続きます。乞うご期待!


<Comcast対TiVo>

筆者宅は、流行にとらわれない主義なので、かの有名なDVR(Digital Video Recorder)、TiVoも使っていませんでした(DVR 機の元祖TiVoとは、会社名であり製品名です。テレビ番組をデジタル録画するこの装置は、間もなく退陣するパウウェルFCC委員長が、かつて、"神の機械だ"と誉めそやしたこともあります)。
TiVoを今まで導入しなかったのは、ひとつに、筆者宅ではドラマをあまり見ないし、ニュース番組を録画してもしょうがないし、あまりニーズを感じなかったことがあります(ドラマが延々と何年も続くアメリカで、筆者が好きになるドラマは、だいたい一シーズンで打ち切られるんです)。そして、TiVoは、陰で視聴者の行動を観察していることもあります。たとえば、何のコマーシャルを巻き戻して見ていたとか。

ところが、そんな筆者の家に、1月中旬、DVR機がやって来ました。ケーブル会社Comcastが提供する、Motorola製DVR機です(120GB HDD内蔵。通常で60時間、ハイビジョンで15時間録画可能)。
日本と同様、アメリカでテレビ放送を見るには、ケーブルか衛星テレビに加入するか、アンテナを立ててアナログやデジタルの地上波をキャッチする方法がありますが、筆者宅は、ケーブルのComcast(本社フィラデルフィア)に加入しています。全米35州で2千2百万世帯の加入者を持ち、ご当地ベイエリアでは、160万世帯が加入しています。27州でサービス展開するケーブルの二番手、Time Warner Cable(本社コネチカット州)の倍の規模を誇ります。
どうして突然DVR機をと思ったかと言うと、単に機械がタダだったからです。Comcastが"お使いください"と、希望者に配っているのです。月々のサービス料は、従来のケーブル受信料(80チャンネル、45ドル)に加え、10ドルのDVR使用料に、デジタル放送へのアップグレード料5ドルがかかります(DVR機にデジタルセットトップボックスを内蔵)。でも、TiVoが機械に100ドル以上、サービス料に月13ドル掛かるのと比べ、安く試すことができます。いやだったらすぐに突っ返せばいいだけの話です。
この"棚ボタ"の話は、昨年12月にベイエリアで発表されて以来、大反響を呼び、希望者がどっと集まりました。しかし、Comcast側で"3週間待ち"との不手際があり、一種の社会問題にまで発展していました。その間、ライバルTiVo(本社サンノゼ市)は、40時間録画可能な自社製品を、タダで配布するというスタントも見せ、願わくは2千人の新加入者が生まれればと期待を寄せていました。間もなく、Comcastも立ち直り、日々DVR希望者の対応に追われる毎日となりました。筆者が、1月中旬の正午ごろ取り付けてもらった時は、サービステクニシャンは、これから15軒回るんだと言っていました。自社のテクニシャンでは到底足りず、急遽、契約した人のようでした。

DVR機自体はというと、期待以上に便利なものでした。日本でも番組ガイドと連携し、パソコンのハードディスクに録画するサービスがあるようですが、このような方式だと、録画予約がとても簡単です。メニュー上の番組を選んで録画ボタンを押すだけです。アメリカのように放映時間が頻繁に変更される場合にも対応できます。いくつか録画した場合も、メニューから好きな番組を選んでスタートすればいいだけだし(ビデオテープのように頭出しが面倒臭くない)、見た後は、すぐにその番組だけ消去できます。Comcast配給のDVR機は、同時にふたつの番組を録画できます。
今放映中の番組も、一時停止ボタンを押せば、トイレタイムが取れます。ニュースを見ていて、"今何万人って言ったの?"と思ったときは、ライブ放送のインスタントリプレイをすれば、逃した情報もキャッチできます。15分ほど遅らせて番組を巻き戻し最初から見始めれば、コマーシャルを飛ばして全部観賞した頃に、番組放送自体も終わっています(今点いているチャンネルは、過去数十分間分自動的に録画され、巻き戻し観賞をしている間も、放送内容は記録されています)。

DVR機を取り付けるにあたり、デジタル放送に加入したことによって、サービスも一気に広がりました。たとえば、ビデオオンディマンドがあります(video on demandとは、好きな時に好きな番組を選んで見られるサービスです)。映画やコンサートフィルム、スポーツイベントなど、幅広いジャンルがあります。多くは有料ですが、中にはタダで見られるものもあります。うちのテレビはハイデフィニション(高品位)ではありませんが、試してみると、その画質と音の良さにびっくりでした。好きなものを好き勝手なタイミングで見られるのは、意外に嬉しいものです。DVDを借りる面倒臭さもありません。
更に嬉しいことに、音楽放送が充実しています。デジタル音楽チャンネルは、45もあります。ジャズだけで、5つあります。選曲もいいし、曲名やアーティスト名に加え、アーティスト情報なども画面に出ます。知らないアーティストも多く、新たに発見する喜びもあります。音がコマーシャルで途切れるという無骨なこともありません。DENONのアンプを"JAZZ CLUB"のモードにして、家中のスピーカーに流して楽しんでいます。
テレビ放送の方は、筆者が払っている5ドルのデジタルサービス料では、ローカル局のデジタル放送など、十数のチャンネルが増えただけに過ぎません。その他、百数十のデジタルチャンネルを楽しむためには、それなりにお金を払わなければなりません。けれども、この音楽チャンネルの豊富さだけで、筆者などは充分に満足しています。"生活の豊かさ"って、こんなことなのねと。
ちなみに、アメリカでは、1998年から進められてきたローカルテレビ局のデジタル化が、現在、9割方完了しています。配信する側としては、デジタル化が先行するケーブルに対し、衛星テレビ会社は、間もなくデジタル放送対応の衛星をいくつか打ち上げ、千数百のチャンネルが観賞可能になると宣伝しています。

と、ここまでいいことばかりを書いてきましたが、問題がなかったわけではありません。遠隔地からのDVR機の初期化に数時間掛かるのですが、それが終わって、いざ実用段階となると、なぜか画面が定期的に止まってしまうのです。音も出なくなります。DVR機が、一時的にシャットダウンしてしまうのです。チャンネルを換えると、また動き出します。
こんな症状が続くので、カスタマーサービスに電話すると、それなら私に任せてとばかり、得意な声でこう言います。"ああ、それは、機械が熱くなり過ぎているんです。DVR機の上に2、3インチ(5?8センチ)、横に2インチ、換気スペースがないといけないんです"。仰せに従い、ラックを一段下げてスペースを増やすと、何と問題が解決したではありませんか!
そういえば、以前、同じような話がありました。Siemens製のADSLモデムが、設置して間もなく機能しなくなりました。保証期間中だったので、電話会社のテクニシャンがタダで交換してくれたのですが、彼曰く、"この機械は、熱を下から発するので、側面を下にして置いた方がいいよ"。それ以来、うちのADSLモデムは、左側面を下にひっくり返っています。
実は、DVR機のフリーズ問題は、シリコンバレーでは有名な話で、Comcastへの問い合わせの4割がこれでした。これに対し、Comcastは、2月11日の未明、こっそりとみんなのDVR機にソフトウェアパッチを送り込み、それ以降、苦情は激減したと宣言しています(Comcast側は、こんな問題はシリコンバレーだけだったと言っていますが、それも不思議な話です。いずれにしても、日本のお客様にこれをやったら、袋叩きです)。

まあ、いろいろあったものの、Comcastは新手のサービス展開に果敢に取り組んでおり、そのがんばりは評価すべきものでしょう。投資の神様ウォーレン・バフェット氏も、自社バークシャー・ハサウェイのComcastの持ち株を倍にし、1千万株としています(全体の1パーセント未満)。

対する元祖TiVoも、負けてはいません。一月末までの四半期で、新たに70万人の加入者を獲得し、累積で3百万人を超えたと発表しました(上記、衛星ラジオのXMに、ちょっと足りないくらいです)。新規加入者は、パートナーとなっている衛星テレビDirecTVが45万、自社での獲得が25万です。自ら得た25万人は、Comcastが前四半期に獲得したDVR加入者18万、Time Warner Cableの15万を上回り、その期待感から、発表時、TiVoの株が1割ほど上がりました。
けれども、TiVoに関しては、よからぬ話も続いています。たとえば、経営陣の揉め事があります。一月中旬、創設者のひとりで現CEOのマイク・ラムゼイ氏が近く退陣することを発表した直後、プレジデントのマーティー・ヤドゥコヴィッツ氏が突然辞任を表明しました。同氏は、テレビ業界のベテランで、ハリウッドとの関係も深く、その経験から、ケーブルや衛星テレビ会社とのパートナーシップを重要視していました。業界の憶測では、彼が一年がかりでComcastとの契約に持ち込んだところ、CEOのラムゼイ氏が、TiVoに対する規制が大きいのを懸念し、Comcastとの関係を破談にしたと言われています。
一方、衛星テレビDirecTVとのパートナーシップも、いつまで続くかわかりません。DirecTVの傘下に入ったイギリスのNDS Groupは、TiVoに対抗するDVRソフトを開発しており、今年後半からNDSソフト搭載のDVR機が市場に出回ります。

現在、DVR機の全米での設置台数は、ケーブルや衛星テレビのセットトップボックスを含め、約6百万台と言われます。TiVoブランドはその半分を占めるとはいえ、会社として存在する過去5年間、一度も利益を上げたことはありません。ComcastやTime Warnerのケーブル陣営の追い上げも厳しいし、関係を持たない衛星テレビDish Networkは、地域電話会社のSBCが強力にバックアップしています。他に遅れを取り、ハイビジョン録画可能なTiVoブランドのDVR機は、来年にならないと出ないとも言われます。

そんな厳しいビジネス状況下、対抗勢力の市場拡大を防ぐことができるのか、それとも、まことしやかにささやかれている通り、どこかに買収されてしまうのか、TiVoにとっては今年が勝負所です。


夏来 潤(なつき じゅん)

 

新年号:ニューヨークあれこれ

Vol.66
 

新年号:ニューヨークあれこれ

先月号で、2004年は災害が多い一年だったと書いた途端、信じられない規模の津波がインド洋で起きました。自然を甘く見るなよというサインでしょうか。
連れ合いは、"地球が怒っているんだ"と言い、太極拳の師は、その怒った地球が、悪運を吹き飛ばそうとブルブルっと身震いし、自分に抗体を注射しているんだと言います。

40億年の地球の生物史上、生き物に対する災難は定期的に起きています。2億5千万年ほど前、海洋生物の9割、地上種の7割が死滅したことがありました。
これは、二畳紀の終わりから三畳紀の始めにかけての1千5百万年、度重なる火山噴火で噴出された硫黄によって、地上の温度が上がり、酸素の濃度が下がったことが原因とされています。この時は、長い、ゆっくりとした死滅のプロセスだったようです(科学ジャーナルScience誌に発表された説)。

いずれにしても、各国で被災した方々は、これからが大変な時期です。少しでもまわりの人が援助できればと願っています。

さて、そんな辛いニュースが続く一年のスタートとなりましたが、今回は、年末・年始に行ってきたニューヨークのお話などいたしましょう。
ニューヨークで風邪をもらってきたので、ラスヴェガスでのIT業界の一大行事、コンスーマ・エレクトロニクスショー(CES)は、さぼってしまいました。あしからず。


<大晦日のタイムズ・スクウェア>

ニューヨークの空港に着き、まずターミナルで目にしたものは、"Atlantic(大西洋)"というバーでした。西海岸なら、何でも"Pacific(太平洋)なんちゃら"となるところなのにと、遠くへやって来たことを実感します。
サンフランシスコからは、行きは4時間45分、帰りは6時間20分の行程で、アメリカ大陸の大きさも充分に体感です。

ニューヨーク市は、6年前の7月以来、二度目なのですが、どうして自分はいつも混む時期を選んでしまうのだろうと、タイミングの悪さを恨みます。
6年前は、独立記念日の前後だったので、自由の女神は混んでいて登れる状態ではないし、記念日の花火も、人でギューギュー詰めのフリーウェイからは、よく見えませんでした。
今回も、エンパイヤ・ステートビルは2時間待ちだと言うし、大晦日の目玉であるカウントダウンとボールドロッピングも、結局見ずじまいでした。

実は、今回の旅の目的は、このタイムズ・スクウェアでの大晦日を楽しもうというものでした。けれども、あまりの人の数で、雑踏で何時間も待つ気がしなかったのです。そんなに若くもないですし。
大晦日前後は、思いのほかの暖冬だったし、タイムズ・スクウェアでのお祝い百周年ということもあり、例年の倍の約百万人が、うなぎの寝床状のスクウェアに殺到しました。きっと、ドル安の影響で、ヨーロッパから来たお買い物観光客も、相当数いたに違いありません(昨年一年間で、6千億ドルを超えたとみられる米国貿易赤字が、ドル安に拍車をかけています)。

2001年のテロ以来、年末の警戒は厳しく、クリスタルボールが落とされるブロードウェイと42番ストリートあたりから北は、大晦日の午後4時以降、理由がないとバリケード内に入れません。
警察官の数も驚くほど多く、オーストラリアから来た女の子は、自国全土の警察官よりも多いなどと表現していました。彼らに支払う残業代も、2百万ドルだとか。

筆者たちは、ホテルのコンシェルジュのお陰で、バリケード内の42番ストリートのレストランで午後7時から食事をし、それからノコノコと見学に向かいました(バリケードをくぐるのに、ホテル発行の予約証明書を持参しました)。
けれども、長い人は朝の10時あたりから陣取っているらしく、ボールドロッピングをきれいに見られる場所にはとても到達できるものではありません。そこで、その場を離れ、比較的静かな5番街をそぞろ歩きしました。


旅の目玉を逃したから言うわけではありませんが、だいたいにして、なんでタイムズ・スクウェアのカウントダウンがこんなに人気があるのでしょう? 歴史があるからでしょうか。
ボールドロッピング自体の歴史は96年だそうですが、それにしたって、"英知"を表す車輪の模様のクリスタルボールが降りて来て、新年とともに、貧弱な花火がパチパチと上がり、紙吹雪が舞うだけではありませんか。

それなのに、きらきらと光るクリスタルボールの落下を、世界中から集まった百万もの人が拝む。まるで、何かの宗教のようではありませんか。

人間というものは、よほど"象徴"を好む生き物らしいです。


<ニューヨーカー>

大晦日の前夜、すし屋のカウンターで、変なニューヨーカーに出会いました。

彼は、五十を過ぎているのに、なかなか精悍な男性で、ニューヨーカーらしく、せっかちな雰囲気をまとっています。
連れが来る間、耳に着けたBluetoothイヤフォンで誰かと会話していたかと思うと、次の瞬間、顔なじみの板前さんやウェイトレスと会話を始めます。まだ携帯は繋がったままで。
当然、隣に着席していた筆者たちも会話に巻き込まれ、彼の素性を知ることとなります。

思ったとおり、彼は金融関係の人だったようで、1982年までウォールストリートに勤めていたけれど、今は二人の部下を使って、投資の仕事をしているそうです。それも、危ない会社の株を安く買い、後で盛り返した時に高く売るというストラテジーだそうです。
今は取引されてないけど、日本の西武鉄道なんかどうかなあと言いながら、"でもあそこは、PEが悪いからねえ"などと、ひとりでぶつぶつやっています。

彼の言うPEとは、Price to Earnings ratioのことで、ある会社の発行済株式の時価総額を、税引き後の年間利益で割ったものです。値が大き過ぎると危険信号です。日本語では"株価収益率"でしょうか。
ちなみに、同じPEという略語は、学校ではphysical education、つまり体育を指し、救急病棟ではpulmonary embolism、つまり肺の組織壊死、塞栓症を指します。分野によって、いろいろあるものです。

このニューヨーカー氏、ぶつぶつやりながらも、筆者が英語をしゃべることに驚いたようです。どこから見ても、きのう日本からやって来たような雰囲気なので。
そして、"いやあ、君の英語は、カリフォルニアなまりだねえ"などと感心しています。筆者は、あんたの英語は、ニューヨーク弁丸出しだよと、心の中で思っていました。

すし屋にいる手前、筆者が日本食は抗酸化作用があるんだと威張っていたら、彼も負けずに、"ブルーベリーだって抗酸化の食べ物なんだよ"と言ってきます。その"ブルーベリー(blueberry)"という単語が聞き取れなかったのです。二回も聞き直しました。
"ブルー"のウーが口を尖らせたような音だし、"ベリー"のリーにRの音がほとんどなく、短いのです。ルにアクセント付きの"ブルベリ"と言っているように聞こえます(ちなみに、ブルーベリーが抗酸化というのは本当のことで、ついでに、体内のコレステロールや脂肪を分解するpterostilbeneという混合物も持っているらしいです)。

言語学的にいうと、アメリカ全土には、7つの言語圏があるそうですが、ニューヨーク市は、独自の言語圏を固持しています。
それでも、近隣との類似性はあって、ニューヨーク弁や、東ニューイングランド圏のボストン弁は、ともに"Rのない方言(R-less dialects)"と言われ、ボストンから派生したメイン弁と合わせ代表例となっています。気を付けてないと、すぐに語尾のRを落っことしてしまうそうです(たとえば、fatherの最後のRなど)。

一般的に、コロラドあたりが、アナウンサーが使う米国標準の英語を話すと言われています。しかし、カリフォルニア人にとっては、自分たちの英語も充分に標準だと思っているわけで、"カリフォルニア弁だねえ"などと言われると、筆者などもちょっとばかり心外なのです。
少なくともカリフォルニアでは、ブルーベリーはblueberryと、きれいに発音します。

マスメディアの影響で、昔ながらの方言は消え、言語の標準化は進んでいるものの、アメリカ人の話す言葉は、年々多様化していると言語学者は指摘します。
広いアメリカです。しかも、毎年、外国語を話す移民が大挙して押し寄せます。みんな同じ英語(米語)を話せという方が土台無理なのでしょう。

なんでも、マイクロソフトは、どの米語のバージョンも音声認識するカーナビ・ソフトを開発中とのことですが、それはそれは、大変なお仕事ですこと。
メイン弁では、砕けた相槌のyeahを、"アイヤ"と言い(普通はイヤッと発音)、ケンタッキーでは、garageを"グラッジ"と発音するらしいです(普通はガラージと発音)。ここに何か規則性が見つかるのでしょうか?


<ニューヨーク文化>

大晦日の晩、レストランで出会ったイギリスの若いカップルは、"アメリカに初めて行くなら、まずニューヨークに行け"と言われて来たそうです。
筆者もそれは妥当な選択だったと思います。自然やワインを好むなら、カリフォルニアもいいけれど、音楽や絵画などの"文化"を好むなら、やはり、ニューヨークの方が適切です(それに、このカップルは、バリバリのビール党だったし、ワインを楽しむためならコーヒーも口にしない人がいるカリフォルニアには、残念ながらそぐわないです)。

筆者も、今回の旅で、20年前から好きなジャズシンガー、カサンドラ・ウィルソンを聴いたし、ちょっと古いけれど、ミュージカル"Beauty and the Beast"も楽しみました。
メトロポリタン美術館では、絵描きの叔父が若い頃模写していた、ギド・レミの聖母マリアにも出会えたし、昨年11月に新装再開した近代美術館(MOMA)では、ウンベルト・ボッツィオーニという、個性豊かな20世紀初頭の画家・彫刻家を発見しました。
昔、叔父が、美術館では、まず全体を軽く流し、好きなものに後で戻るんだよと教えてくれましたが、どの美術館も迷子になるほど大きくて、目をつけたものにはなかなかたどり着きません。

勿論、カリフォルニアでもそういった"文化"は楽しめます。けれども、ニューヨークは、狭い中に、便利にちまちまと集約していて楽しいです。

街歩きも、なかなか楽しいものです(豪雪でなければの話ですが)。建物がヨーロッパ風で、美しい細工が施されたりしていて、ウィンドーショッピングに興味のない筆者は、上ばかり見て歩いていました。
由緒ある建物に、アップル・コンピュータのショップが入っていたりして、そのちぐはぐもまたおもしろいものです。

と、ここまでいい事を書いてきたわけですが、カリフォルニアから来た筆者にとっては、違和感もあります。
ニューヨークは"人種のるつぼ"と言われながら、そうでもないように感じるのです。
勿論、カリフォルニアやベイエリアは、中国系を中心に、アジア系住民が多い地域です(ベイエリアでは2割)。それにしたって、マンハッタンにもうちょっとアジア系アメリカ人がいてもいいんじゃないかと思うのです。

昨年初めて、ニューヨーク州の下院議会に、アジア系議員が選出されたそうですが、これはちょっと驚きでした。
カリフォルニア選出の連邦下院議員、ロバート・マツイ氏などは、1978年には州都サクラメントを代表し首都に向かいました(連邦議会に26年間勤めたマツイ議員は、元旦に急病で亡くなっています)。
サンノゼ市では、1971年に日系市長が選ばれています。このノーマン・ミネタ氏は、前クリントン政権で初のアジア系長官となり(商務長官)、現在も運輸長官として活躍中です。サンノゼの空港は、正式にはNorman Y. Mineta San Jose International Airportといいます。ミネタ氏の功績を称え、3年前に改名されたのです("まだ私は生きているのに"と、本人もちょっとびっくりでした)。

残念ながら、ニューヨークでは、"なんであんたみたいなアジア人が、ここにいるの?"という態度を取られたこともありました。マンハッタンは、7割が民主党支持者だといいますが、きっと、残り3割の共和党支持者に当たったのでしょう。
グランドセントラル駅の食べ物街では、ベンチに座っていたホームレスの男性を、警察官に通報し退去させている女性もいました。ただおとなしく座っていただけなのに。外に追い出したら、凍えてしまうかもしれないのに。こういう事に関しては、女性の方が、許容範囲が狭いようです。

ニューヨークには、なんとなく、ヨーロッパ文化から受け継がれた堅苦しさも残っているようです。
大晦日の晩、タイムズ・スクウェアを後にして、42番ストリートを歩いていたら、5番街と6番街の間で、Harvard Clubなるものを発見しました。
どうやら、ハーヴァード大学の同窓生専用のクラブらしく、ちょうどカウントダウンのパーティーをめがけ、着飾ったカップルが次から次へと中に入って行くところでした。男性は黒のタキシード、女性はイヴニングドレスに黒のロングコートと、皆きらびやかな出立ちです。
胸を張って、得々と入り口を目指す男女とすれ違いながら、こんな集まりもあるんだなあと、幼稚園から大学院を公立学校で過ごした"庶民派"の筆者は思っていました(後日わかったのですが、ハーヴァードクラブのちょうど裏手に、プリンストンとコロンビアのクラブもありました)。

シリコンバレーのスタンフォードに、そんなクラブがあるのかは知りませんが、あったにしても、もうちょっとくだけた感じに違いありません。博士をファーストネームで呼ぶような所ですから。

そんなわけで、短い旅が終わり、サンフランシスコ空港に着いた時は、ほっとしていました。中国語やベトナム語で間違い電話がかかってくるのも、なかなか乙なものです。

ひとことお断りですが、マンハッタンもカリフォルニア・ベイエリアも、典型的なアメリカではありません。メインストリームのアメリカから見ると、どちらも変てこな所なのです。


<クリスマスに懸ける情熱>

ちょっとタイミングを逃してしまって恐縮ですが、最後に、クリスマスの飾り付けのお話などをいたしましょう。

今まで、アメリカ人のクリスマスライティングはすごいんだと書いたことがありますが、筆者自身は、ごく近所を見て廻るくらいで、街中に探索に行ったことはありませんでした。近所も、それなりにすごいからです。
ところが、昨年のクリスマス、シリコンバレーのあちらこちらに見学に行った筆者は、自分の浅はかさを知ることとなりました。一部の人にとっては、クリスマスのライティングとは、リオのカーニヴァルくらい、一年のエネルギーを注ぎ込む行事なのです。

お金持ちが集まるモンテ・セラーノという静かな街では、市議会まで巻き込んで擦った揉んだがありました。
毎年、アーツさん一家は、自宅の大きな前庭をディズニーランドよろしく飾り付けます。単にライティングだけではなく、人間サイズの人形たちがクリスマスキャロルを歌い、そのまわりをおもちゃの列車が走り、スノーマシンが人工雪を降らせます。
多分、シリコンバレーでは一番有名な、大掛かりな飾り付けで、例年、11月末の感謝祭からクリスマスのひと月、十万人を超える人が見学に来ます。クッキーやココアが見学者に配られるのも、人気の一因だったのかもしれません。ここでのおもちゃの寄付は、シリコンバレー中、一番多かったとか。

ところが、昨年末、市議会がこんなルールを作ったのです。"大きなイベントを開催するときは、事前に許可を取るように"と。まあ、毎年クリスマスの時期、2万台を超える車が、静かな、行き止まりの道に入り込んで来るのです。
隣人は、道が混んでお買い物にも行けないし、とにかくうるさいと、何年か前からこぼしていました。多分、この隣人が、市議会に働きかけたのでしょう。

この展開に怒ったアーツさん、もう飾り付けはするもんかと、15万ドル分の仕掛けを全部、倉庫に仕舞いこんでしまいました。コミュニティーのためを思ってやっているのに、議会の判断はフェアじゃないというのが言い分です(見学者のクッキーやココアには7千ドル、おもちゃの寄付には5千ドルを使っています)。
隣人さんは、間もなくここから出て行くそうなので、もしかしたら、今年は復活するのかもしれませんが、それにしても、いくら人様のためとは言え、隣人の苦悩も理解できるような気がします。

と、前置きが長くなりましたが、飾り付けの実例をご紹介いたしましょう。

まず、キャンベル市にある集合住宅です。ここは、二階に住むデビーさんが、感謝祭の翌日から屋根に登り、ほとんどひとりで飾り付けするそうです。世界平和を願うサインや、軍隊をサポートするメッセージなど、あくまでも中立の立場を守ります。
中庭には、デビーさんご自慢の小さな池と滝があって、世界中からの人形が所狭しと並んでいます。自分で集めなくとも、自然と集まるとか。ここのお飾りは、1月3日まで続きます。電気代にと、募金箱も置かれています。


シリコンバレー最南端のサン・マーティン市には、近年、お屋敷が建ち並んでいます。この家では、広大な敷地の全体を、7万5千のカラフルなライトや、宙づりのサンタたちが覆います。
裏庭も忘れずに飾り付けられていて、その奥には、馬小屋と馬場があるようでした(この辺りは、もともと畑で暗いのですが、馬の匂いが漂っていました。実際、この街は、馬を持つ家族が好んで住む所なのです)。


最後に、サンノゼ市の代表例です。ここは、マーキュリー新聞のライトアップリストの一面を飾っています。
この家は角地にあり、サンタさんやディズニーのキャラクターが、家の前面と側面すべてを埋め尽くします。窓には、はしごを登るサンタなど、心憎い細工も施されています。クリスマスの晩、ご馳走を食べ過ぎた家族たちのそぞろ歩きを、何組も見かけました。



最近は、仕掛けが動くなんて当たり前。FMラジオ局とタイアップし、音楽に合わせてライトがチカチカという、エンジニアならではの二軒合同の飾り付けもありました。今年もまた、車の少ない静かなクリスマスの晩、街中に繰り出そうかな。


夏来 潤(なつき じゅん)

 

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