Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2010年04月13日

アップルさまを語る: iPadってどんなもの?

Vol. 129

アップルさまを語る: iPadってどんなもの?

 


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4月に入っても、なかなか暖かくならないシリコンバレーですが、我が家の八重桜も満開を迎えました。
ところが、「花の命はみじかくて」。たった一夜の暴風雨が花を散らし、中庭をピンク色に染めてしまいました。
「花冷え」「花ぐもり」「花衣」。桜をうたう季語はいくつもありますが、「花どき」は長く続かないのが、はかない花の美しさでもあり、悲しさでしょうか。

さて、そんな4月は、世界中が待ち望んでいたアップルさまの新製品「iPad(アイパッド)」のお話をいたしましょう。我が家に届いたiPadの体験談、発売当日の世の中の様子、iPadの評価と、三部作になっております。

<iPadが届きました!>
いやぁ、またまた大騒ぎ。復活祭を翌日にひかえた4月3日の土曜日、アメリカ中が興奮の渦に巻き込まれたのでした。

午前9時からのiPad発売を前に、パロアルトのユニヴァーシティー通りやサンノゼのショッピングモールにあるアップルストアでは、前日から徹夜の行列ができていました。
前日の金曜日は、桜の季節とは思えないほどの寒さ。雨もよいの真冬のようなお天気で、いくらテントを張っていても、風邪をひきそうな一夜ではありました。

そんな徹夜組を尻目に、本物の「テクノロジーギーク(おたく)」は、オンラインで事前予約しているのです。だって、現地で買おうと、宅配であろうと、発売当日に手にするのは同じことですから。

というわけで、我が家には、朝の11時に宅配のFedExがやって来ます。箱を受け取ると、ものすごく軽い! まさか冗談で空箱を送って来たのかと思うほど、軽い!
「エープリルフールは終わっているのにおかしいなぁ」と思って箱を開けると、なんだ、こっちはiPad用のケースでした。道理で軽いはず(ま、ジョーク好きのグーグルさんと違って、シリアスなアップルさまは「空箱」なんてジョークは仕掛けないですよね)。
 


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そして、1時間後、今度はUPSがやって来ました。そう、こちらは正真正銘のiPadの配達員。
「元気?」と尋ねると、「今日は一日、iPadの配達で忙しいよ」とのこと。なるほど、iPadの特別便が、あちらこちらのギークの自宅をまわっているようです。シリコンバレーのことですから、この辺の配達が全米で一番多いことでしょう。

さっそく外箱を開けると、すっきりとした梱包材でiPadの箱が収まっています。もう、この辺から他社とは違います。梱包にもこだわっている。
 


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そして、iPadの箱を開けてみると、思ったよりも小さい! わたしはそれまでテレビの報道でしかiPadを見たことがなかったので、もうちょっと大きいのかと予想していたのでした。「タブレット型」という表現も、平たくて大きな画面との想像をふくらませていたのかもしれません。
しかも、小さいわりに、ずしりと重い。ノートブック型コンピュータMacBook(マックブック)を始めとして、アップルさまの製品はスリムなわりに重量感のあるものが多いですが、こちらもそんな感じです。持っただけで、なんだか、いろんなことができそうなと、ワクワクとした期待感を味わうのです。

電源ボタンを押してみると、iTunes(アイチューンズ、アップルのメディアプレーヤー兼メディア/アプリショップ)に接続するようにと画面に指示が出てきます。なるほど、かの有名なiPhone(アイフォーン)と同じように、マック上のiTunesソフトにつなげて初期設定するようになっているのですね。
 


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さっそくMacBookにつなげてみると、こちらのファームウェアのアップデートをやっているうちに、いつの間にかiPadの初期設定は終わっていました。そして、マック上の音楽やビデオなんかと同期して、準備完了となります。
(まったくの蛇足ではありますが、写真のMaps(地図)アイコンにある「280」という数字は、シリコンバレーの幹線フリーウェイ・Interstate280号のことですね。赤いピンが差してある場所は、クーパティーノにあるアップルさまの本社です。住所は、1 Infinite Loop, Cupertino, CA 95014, U.S.A.)

ところが、ここでちょっと問題が! 我が家のWiFi(無線LAN)ステーションはちょっと離れた所にあるのですが、iPadくんが、なかなか我が家のネットワークを検知してくれないのです。なにやら、ご近所さんのWiFiにつながろうとしています。
ようやく見つけたと思ったら、とにかく信号が弱い! 弱過ぎて、Safari(サファリ、アップルのブラウザ)すら動きません。ネットにつながらなければ、ただの「でくの坊」ではありませんか!
どうしたんだろうねぇ、やっぱりアップル製品はWiFiがいまいちだねぇと、ぶつぶつ文句を言っているうちに、iPadくん、がぜん元気を取り戻し、サクサクとつながるようになったのでした。悪口が聞こえたのでしょうか?
(携帯ネットワークのデータプランにつながる「iPad 3Gバージョン」は、アメリカでは4月下旬の発売となります。)
 


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いやぁ、それにしても、iPadは画面がきれいです。映画や音楽ビデオを観るには、最適な媒体ではないでしょうか。これだったら、飛行機に乗って、自分の映像を楽しむのもありかもしれません。
残念ながら、iPadの音色は必ずしも上等とはいえないですが、イヤフォンを使う場合は、音色なんてそちらの性能によるので、あまり神経質になることでもないかもしれません。

ただ、映画をiTunesで購入すると、アメリカの場合、ダウンロードに非常に時間がかかるのが難点でしょうか。試しに『Pirates of the Caribbean: At World’s End(カリブの海賊、第3話)』を買ってみると、HDバージョン(5.3GB)はダウンロードに10時間かかるとMacBookに表示が出てきました。
同時に普通バージョンのダウンロードも開始するのですが、「先にそっちを観てなさい」ということでしょうか?(実際には、HD版のダウンロードに4時間、普通版には1時間かかりました。)

それから、ゲーム。日に日にiPad向けのゲームも数を増やしていますが、とくにレーシングゲームは発売前から注目度満点でした。
なぜって、iPhone やiPod touch(アイポッド・タッチ)と同じように、iPadにはアクセレロメーターが付いていますから(アクセレロメーターは、画面を傾けたり、振ったり、軽く叩いたりと、ユーザの行動に細やかに反応してくれる機能ですね)。
製品の目玉ともなる機能なので、アップルさまは、発売前にさっさとiPadのアクセレロメーターの特許をゲットしています。
 


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そんな前評判につられて、真っ先に買ってみたのが、EA(Electronic Arts)の『Need for Speed: Shift』。長年のレーシングゲームの人気者のようですが、『Asphalt 5』や『Real Racing HD』といったレーシングゲームも、iPadの代表的なアプリケーションとしてアップルさまにフィーチャーされています。
わたしはこの手の画面を観ていると、気分が悪くなるタチなのですが、実際に使ってみた連れ合いによると、「いやぁ、このアクセレロメーターは反応がいい!」とのこと。画面もiPhoneより格段に大きいし、異次元の遊びの感覚です。エンジン音やガンガンと鳴る背景の音楽も、臨場感たっぷりです。

画面の下には、「本体を傾けるとステアリングを切るぞ」と、ちょっと変な日本語が出ていますが、iPadをつなげたMacBookの基本ソフトが日本語なので、iPadくんの頭も自然と日本語になっているのです。

ちなみに、レーシングゲーム『NFS Shift』 は15ドル、映画『Pirates of the Caribbean』は20ドルでしたが、それはちょっと高いかとも思います。
 


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さて、iPadというと、本が読めると評判でしたね。もちろん、本が読める製品としては、「電子ブック(eBook reader、e-reader)」と呼ばれる分野の製品がすでに世の中に出ておりました。近頃、空港でもたくさん見かけるようになりましたし、アメリカではだんだんと裾野が広がっているようです。
有名なものとしては、オンラインショップのアマゾンが販売する「Kindle(キンドル)、写真の製品」がありますし、ソニーの「Reader(リーダー)」という製品があります。ちょっと遅れて、本屋さんのBarnes & Nobleが「nook(ヌック)」という電子ブックを出していますが、こちらは基本ソフトにアンドロイドを使っています。
いずれの製品も、「E Ink(イーインク)」という表示技術を使っていて、白黒画面であっても、トーンを使い分けることによって、イラストも表示できるようになっています。真昼の太陽光のもとでも、はっきりと読めるのも利点でしょうか。

それに、何がびっくりって、電子ブックは自宅や本屋やコーヒーショップのWiFiだけではなくて、携帯ネットワークにもつながるのです。ですから、WiFiがない場所でも、サクッと本を購入できるようになっているのです。
先日、サンノゼ空港の搭乗口で、大好きなジョン・グリシャムの小説『Bleachers』を買ってみたのですが、とにかくダウンロードが速い! この手の電子ブックはAT&T Mobilityの3Gネットワークに無料でつながるのですが、AT&Tのわりには速いのです。(いえ、悪口を言うつもりはないんですが、AT&Tといえば、大手キャリアの中では「遅い、途切れる、サービス範囲が狭い!」と、みんなから批判を受ける筆頭なんですよ。)
 


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というわけで、近頃、とみに盛り上がりを見せる電子ブックの分野ですが、iPadの強みは、画面がカラーであることでしょう。まあ、大人向けの小説には、イラストなんて入っていないのが普通ですが、絵本の場合は、絶対にカラーじゃないとダメですよね。コミックブックだってカラーになれば嬉しいでしょう。
それに、アマゾンのKindleなんかと違って、iPadでは、ページを一枚ずつ手でめくる感じが美しく再現されているのです。それから、わたしが個人的にKindleに違和感を抱く理由は、画面が不自然に平坦なところだったのですが、iPadの場合だと、なんとなくページがふにゃっと曲がっている感じも再現されていて、いいなぁと思うのです。
(iPadを触ったあと、ついついKindleの画面をタッチしてしまいました。Kindleはタッチスクリーンではなくて、四角いマウスと物理的なキーボードで操作するようになっています。)

でも、本を買うには、わざわざiBook(アイブック)のアプリケーションをダウンロードしないといけないので、「誰でも使うものくらい、出荷の時に入れておいてよ!」と、アップルさまに物申したい次第です。

ま、iBookには、見本として『Winnie the Pooh(クマのプーさん)』が入っていたので、かわいいプーさんに免じて許してあげましょうか。

<発売当日のアップルストアは?>
ようやくiPadを手にして、ほっと一息ついたところで、はて、世の中はどうなっているのだろうと観察しに行くことにいたしました。
向かった先は、サンノゼとサンタクララにまたがるショッピングモール、バレーフェア。ここのアップルストアは、アップルの創設者のひとりであるスティーヴ・ウォズニアックさんが出没することで有名なショップ。
「ウォズさん」は、サンノゼ生まれの地元っ子で、iPhone(アイフォーン)の初代機や第二世代iPhone 3Gの発売日にも、ここを訪れています(2008年7月号の第3話でご紹介しています)。

ウォズさんは今回、列を作るアップルファンをねぎらおうと、前夜6時にこちらのショップに現れました。
一方、CEOのスティーヴ・ジョブス氏は、発売当日の正午頃、パロアルトのショップに元気な姿を現したそうです(2007年7月号でも触れていますが、ジョブス氏はiPhone初代機の発売日にも、お忍びでパロアルト・ショップに現れています)。
 


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「ウォズさん御用達ショップ」に到着したのは、午後4時をまわった頃。もう誰もいないかと思えば、店の前にはまだまだ行列ができています。今は夏時間だし、4時といっても、まだ日は長い。
そんな熱い興奮を感じるショップのショーウィンドウには、「Meet iPad(iPadをご紹介します)」と、ごくシンプルな垂れ幕。店に入れるのは、一回に一組だけなので、店内は意外と整然としています。それよりも、入り口をしっかりとガードする青いTシャツのスタッフが目立ちます。
 


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入り口の左側には、行列が見えています。あれ、なんだか人が少ないなと思われることでしょうが、人の列は、ここからさらに左奥へと続いています。モールの往来の邪魔にならないようにと、交通整理をしているのです。
上から見てみると、黒い髪のアジア系のお客さんが目立ちますが、もともと人種のごった煮であるシリコンバレーの中でも、とくにバレーフェアはアジア系の買い物客が多い場所なのです。韓国語でも、やっぱりiPadは「アイパッド」だということを学ばせていただきました。
それから、大きな箱を台車で運び出しているスタッフも見えますね。今日のお客さんは、iPadがお目当てではありますが、それに便乗してデスクトップ型コンピュータiMac(アイマック)を購入した方もいらっしゃるようです。なるほど、アップルさまにとっては、稼ぎ時なんですね!
 


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店のショーウィンドウには「Meet iPad」の垂れ幕とともに、実物が展示してあります。どうやら、ニューヨーク・タイムズ紙の新聞の画面が表示されているようですが、「iPadとはこんなものかぁ」と、陳列物にみとれる買い物客が何組もいましたね。きっとみなさん、あんぐりと口が開いていることでしょう。

実は、iPadに対しては、本の出版社だけではなく、新聞社や雑誌の出版社も熱い視線を寄せているのです。年々購読者が減り続け、廃刊に追い込まれるものも後を絶たないという厳しい現実の中で、iPadという新しい媒体が、「有料購読」という昔ながらのビジネス形態を一気に盛り上げてくれるのではないかと。
それに、動画を挿入できることで、状況をわかりやすく伝えられるし、刻一刻と変化する情報もリアルタイムに流せます。一日古い株価を報道するなんてこともなくなります。
しかも、広告主にとっても、動画を使うことで積極的に読者にアプローチできるようになるので、まさにありがたい新手の媒体なのかもしれません。第一、iPadで広告を流すなんて、クールでしょう。
 


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さて、ショーウィンドウの見物客を観察していたら、いましたよ、さっそく袋を開けて、中身を取り出す人が! アメリカ人って、ある意味せっかちなので、必ずそんな人がいるんです。誰かに自慢したい気分もあるのでしょうね。
見ていると、店の前でさっさと使い始めています。ショップで初期設定してもらったのでしょうか。

すると、誰かがそれに気づいて、さっそく寄って来るのです。帽子のおしゃれな男性が、何やら熱心にiPad氏に話しかけています。「ちょっと動かしてみてよ」とでも言っているのかもしれません。
 


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そんな見物人がひとりでもできると、いったい何だろう?と思って、足を止める人が増えてくる。すると、そこにはもう見物人の輪ができているのです。
どうでしょう、iPad氏は、実に得意げに自信たっぷりと説明しているではありませんか。「いやぁ、マルチタッチだし使い勝手は満点だね」とか「誰でも簡単に使えるはずだよ」と、iPadの宣伝をしているに違いありません。
それとも、「iPadってやつは、これまでのキーボードやマウスを使ったコンピューティングの概念を打ち崩す、画期的な製品なんだよ」などと、難しい話をしているのでしょうか。
いやはや、iPad氏は、もう立派に「evangelist(伝道師)」なんですね。まだ何分と製品を扱ってはいないのに。

そんな大人たちの会話を聞きながら、さっそくケータイでテキストメッセージを打っている若者もいます。「今アップルストアの前なんだけど、iPadの実物を見たぜ!」とでも自慢しているのでしょう。

そして、人の輪の隣では「ハイ、ポーズ!」と、かわいい男の子がお父さんに記念写真を撮ってもらっています。こんな風に、iPadをゲットして、アップルストアの前で記念写真を撮る人たちを何人か見かけました。
こちらの父子は、どうやらiPad氏のお友達のようでしたが、こうやって次世代のギークたちも、だんだんとアップルさまの製品に洗脳されていくのです。
 


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ひとしきり観察を終え、アップルストアのすぐ隣にある、ノードストロームというデパートに入ってみました。一階フロアでは、みなさんの購買意欲をそそろうと、シャカシャカ、ブンブンとリズミカルな音楽が流れています。
のっぽなお兄さんがミキシングに余念がありませんが、もちろん、使っているのはアップルさまのMacBook。音のリミックスに使われているのは、初心者向けのGarageBand(ガレージバンド)なんかではなく、プロ用のソフトなんでしょうけれど、何やら難しそうな画面が見えています。
きっとこういう方は、iPhoneの着信音なんかも自分でシャカッと作っちゃうのでしょうね。

それにしても、アップルストアだけでは収まらずに、こっちの方にも「お祭り騒ぎ」が飛び火しているようではありました。

<それで、iPadって?>
1話、2話と、iPad発売当日の興奮をお伝えしようとしたわけですが、わたしがiPadについて一番驚いたことは、製品仕様とか、性能とか、そんなことではないのです。それは、この新製品が世の中に出る前に、一ヶ月分の原稿が書けるくらい中身がわかっていたという事実なのです。


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新聞、雑誌、テレビと、あらゆるメディアがiPadを取り上げていたので、業界関係者だけではなくて、テクノロジーに関心の無い一般消費者にも、製品の概要はしっかりと伝わっていたようです。

その背景には、今までのアップル製品と違って、メディアに実機を触らせ、事前に評価させたプロセスがあるのでしょう。ウォールストリート・ジャーナル、ニューヨーク・タイムズといった有力紙のテクノロジーアナリストや、PC Magazineなどテクノロジー誌のアナリストは、発売前に実機を触る時間がたっぷりと与えられたので、憶測で物を言うのではなく、きちんと自分の評価を下すことができたのです。

彼らの評価は、大方は肯定的なものでした。やはり、iPhoneをベースに完成度の高い製品ですから。けれども、中には、iPadの欠点を指摘するものもあります。
まずは、何といっても、ウェブカム(ネットで使うビデオカメラ)がないこと。たとえば、インターネット電話の「Skype(スカイプ)」では、誰かとテレビ電話ができるようになるので、パソコンのウェブカムは必需品ですが、それがiPadにはない!
けれども、「今年のクリスマスあたりには、ウェブカム付きのiPadが出るんじゃないの?」と予測するアナリストもいますので、これは、時間の問題でしょう。

そして、「Adobe Flash(アドビ・フラッシュ)」で制作した動画やゲームが動かないこと。これには、如何ともしがたい、昼メロ的な部分もありまして、アップルさまとアドビさんは仲がよろしくないのと同時に、たとえばグーグルさん、モジラさん(ブラウザFirefoxの開発者)と、技術的にFlashを好まない方々もいらっしゃいます。
そんなわけで、今までアップルさまは、ゲーム屋さんなどの開発者にもiPhone向けに作り直すことを強いてきたわけですが、その強気な部分が急に変わることはないでしょう。アドビさんが新しく作ったiPhone向け変換ツール(Creative Suite 5)ですら、ご法度としたくらいですから。

ただ、iPad発売前には、すでにこの「問題」に取り組む動きもありまして、ウォールストリート・ジャーナル、ニューヨーク・タイムズ、ニュース雑誌のTime、ファッション誌のGQ、スポーツ誌のSports Illustratedが、「HTML5」を使ってコンテンツ制作に取りかかるなど、出版界はアップルさまとの連携プレーもしっかりとできているようでした。
Sports Illustrated誌は、毎年2月に「水着号(Swimsuit Issue)」を出しているので、ビデオが付くとあらば、部数も伸びるのかもしれません。
 


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それから、iPhoneと同じく、マルチタスク(複数のアプリケーションを走らせること)ができないという批判も耳にします。
けれども、これは若干「的外れ」の部分もありまして、マルチタスクができないのは、第三者のアプリケーションを走らせる場合の話です。たとえば、アップル内製のiPod機能で音楽を聴きながら、Safariでタイガー・ウッズや石川遼くんのマスターズのスコアをチェックするのは可能です。
それに、だいたい人間の脳なんて「シリアル・プロセッシング」にできあがっています。ひとつずつしかタスクを処理できない頭で、「マルチタスク」もあったもんじゃないと、ちょっとシニカルな気分にもなるのです。

ただ、インターネットラジオの「Pandora(パンドラ)」を聴きながら、友達とSkypeで話して、「OpenTable(オープンテーブル)」でレストランを予約するというシナリオでは、マルチタスクも必要でしょうか。
そんな巷の憤懣はアップルさまも十分に理解していて、iPad発売直後の4月8日、「次のiPhone/iPadソフトでは、マルチタスクをサポートする」と発表しましたね。

そんなわけで、一般的にiPadの「欠点」だとされるものが、必ずしも欠点ではないと思うのです。が、どんなに完成度の高い製品であったとしても、爆発的に売れるかと問われれば、「もちろん!」と二つ返事では答えられない面もあります。
だって、ラップトップとiPhoneを持ち歩いている人が、3台目のiPadは必要ないでしょう。それに、音楽だけ聴きたい人は、わざわざでっかいiPadなんて持ち歩かないでしょう。小説だけ読みたい人は、iPadの重みは嫌うでしょう。


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たとえば寝転がって音楽ビデオを観たいとか、写真がいっぱい入った外国の紹介本を読みたいとか、歩きながらもビデオ付きの雑誌を買いたいとか、iPad特有の経験をしてみたい人が「欲しい!」と思うのでしょう。

それに、値段もちょっと高いです。ウォールストリート・ジャーナルの看板アナリスト、ウォルト・モスバーグ氏は、以前、スティーヴ・ジョブス氏に「もしタブレットを出すなら、いくらぐらいになるか」と質問したことがあって、「1000ドル以下」という答えが返ってきたそうです。
それに比べると、WiFi廉価版の499ドルは「驚くほど安い」ということでしたが、それでも、このご時勢、それだけポンと出せる人は多くないかもしれません。(WiFiバージョンは、499ドル、599ドル、699ドルの3機種。4月下旬発売の3Gバージョンは、629ドル、729ドル、829ドルの3機種)

個人的には、iPad 3Gバージョンが出て、どこでもGPS機能が使えるようになったら、写真満載のiPad旅行ガイドを持って、迷わずに目的地にたどり着きたいと思うのです。電池も長持ちしますし、一日観光するには十分でしょう。
でも、それはわたし自身の希望であって、iPadを触ったひとりひとりが、自分自身の使い方を見つけてみる、そんな製品がiPadなのでしょう。(トイレにiPadくんを連れて入るというのは、女性に嫌われますからね!!)

やはり、第一世代はバグがないとはいえませんので、ときに文句をつぶやきながらも使ってみたいという方には、お勧めの新製品なのです。

後記: iPadを紹介する上で、こちらのエピソードがよく引き合いに出されます。
2000年のコムデックス(COMDEX、以前は業界一だった製品展示会)では、あのマイクロソフトのビル・ゲイツ氏が、「5年後には、キーボードのないタブレット型が一番人気のコンピュータとなる」と予言したと。

ときに天才というものは、時代を先取りし過ぎるのでしょう。ゲイツ氏の予言は実現しなかったわけではありますが、まるでこれに挑戦するかのように、今度はスティーヴ・ジョブス氏がiPadを出す運びとなりました。その発売日をひかえ、市場ではマイクロソフト株の売り注文が殺到し、ダウで一番下がった銘柄となりました。
 


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マイクロソフトとアップルの製品がどう違うかという討論はできるでしょうが、ひとつ根本的に違うのは、iPadがジョブス氏のコンセプトであるということでしょう。
技術的に可能だからとか、機能とはこうあるべきだとか、そんな「頭でっかち」なことは、ジョブス氏は一切考えていないはずです。「こんな風に使ってみたい」「こんな新しい経験がしてみたい」というシナリオありきなのです。
しかも、彼はマーケティングの天才でもあります。たとえば、上で出てきたアドビFlashを許さない方針には、「バグが多い」とか「セキュリティーに弱い」などの理屈の陰に、アプリケーション開発者を自分のプラットフォームに引き込む、囲い込み作戦があるのでしょう。「お前はいったいどっちを選ぶんだ」と迫られれば、開発者は蛇ににらまれたカエルの心境でしょう。
そして、ジョブス氏が出す製品は、どれもクールです。それは、丸みを帯びた角のカーブひとつ取っても、そこにはジョブス氏の息がかかっているからです。そんな美しい製品を使う人も、同じくらいクールなのです。これは、逆立ちしたところで、誰もかなうものではありません。
わたしが好んでアップルを「アップルさま」と表現するのも、そんなカルト的な存在と強気なところからきています。

iPadが売れるかどうかは、今後のアプリケーションの発展にかかっているのでしょう。が、この製品をひとつの文章で表すとすると、わたしはこう書いてみたいです。

The whole is greater than the sum of its parts.
「全体というものは、個々の部分の寄せ集めよりも大きくて異質で、優れたものになっている」

なにやら哲学的で申し訳ないですが、たぶんiPadというのは、「何ができる」という無機的な理屈では割り切れない、得体の知れない有機化合物みたいなものなのでしょう。

 
夏来 潤(なつき じゅん)

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