Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2009年10月30日

今月のつぶやき: 政権交代と「ガラパゴス」

Vol. 123

今月のつぶやき: 政権交代と「ガラパゴス」

 


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10月中旬、日本から戻って来て、しつこい時差ボケもさすがに治りかけているこの頃です。

東京滞在中は、大型の台風18号が首都圏を直撃し、交通機関などにかなりの被害を及ぼしました。が、シリコンバレーに戻って来ると、こちらは前日に襲った大型の嵐のために、あちらこちらで被害が出ていました。
我が家では、裏庭の椅子やパラソルが吹き飛ばされただけ済みましたが、お隣さんの家では、角地にある大きな木が突風で根こそぎ倒れてしまったようです。そして、その後始末に大わらわ。
雨季が始まってもいない10月中旬に、こんなに大きな嵐が来るのは珍しいことですが、なにせ今年は「エル・ニーニョ」の年。嵐の被害はいやだけど、3年連続の水不足を一気に解消してくれるほどに雨が降ってくれるのではないかと、みんなが期待を寄せています。

さて、そんな10月は、日本滞在中にあれこれ感じたことをつぶやいてみようかと思います。ちょっと堅苦しい話題も出てくるかもしれませんが、どうぞおつきあいくださいませ。

<日米の政権交代>
何といっても、最近の日本の出来事でびっくりしたことは、政権交代でした。夏の衆院選を圧勝した民主党の善戦にもびっくりでしたが、実際に民主党から首相が誕生したのにも、またまたびっくりでした。
そりゃ、第一党から首相が選ばれるのは当然じゃないかとおっしゃるでしょうが、長い間、日本を外から覗いていただけのわたしにしてみれば、まさか自民党中心の政治が崩れるとは夢にも思っていなかったのです。だって自民党は結党から半世紀、ほぼ寸断なく政権を担っていたのですからね。

そういうわけで、民主党・鳩山氏の首相就任が内定したときも、どうせ政権政党が交代したからって、政治は何も変わりはしないだろうと高をくくっておりました。
ところが、ふたを開けてみると、ちょっと違ったではありませんか。なにせ、物事がパキパキと進んでいる。今までの「のらりくらり」とした「のれんに腕押し」の政治は陰を潜め、選挙公約に従って、どんどん政策の転換を図ろうとしているではありませんか。
鳩山首相はオバマ大統領との会談に引き続き、隣国同士で日中韓首脳会議を行っているし、岡田外相は、イスラム原理主義組織タリバンとの戦いで揺れるアフガニスタンとパキスタンを訪問し、軍事支援ではなく平和的な復興支援を提示している。そして、内政的には、優先順位の低い予算事項をばっさばっさと切り捨てる。

もちろん、こんな速攻戦術に風当たりも自然と強くなるわけではありますが、今までと違った「わかりやすい」政治に対して、こんな評価をする方がいらっしゃいました。
民主党の発言は、最初にイエス・ノーありき。そういう点では、文章(や考え方)が英文法化している。言葉を濁して、最後まで聞いてもよくわからなかった自民党政権の発言に比べれば、非常に簡潔である。(10月14日放映フジテレビ『とくダネ!』、小倉智昭キャスターのコメント)

まあ、英文法を使うアメリカであっても、政治家の言うことは曲がりくねっていて、わかりにくい場合も多々あります。それに、元来、政治というものは何でもチャカチャカと即断すればいいものではないと反論する方もいらっしゃるでしょう。
けれども、個人的には、この即決や速攻こそ、今までの日本の政治に大きく欠けていた点だと思うのです。そして、いろいろと問題が山積する中にも、何はともあれ、歯車が大きく動き始めたことに、大いに期待できるのではないかとも思っているのです。

ところで、東京滞在中に、またまたびっくりのニュースに出会いました。ご存じのように、今年のノーベル平和賞にオバマ大統領が選ばれたというものです。
東京時間でCNN速報を観ていたわたしは、ご本人よりも先に知らせを耳にして驚きの声を上げることになったのですが、オバマ大統領への殊勲賞に対し、諸手を上げて賛成しない人もたくさんいるようです。だって、彼は(発表時点で)就任9ヶ月も経っていない新米大統領。何をするにしても、これからではないかと。
 


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実際、アメリカの著名な小説家・エッセイスト・活動家のゴア・ヴィダル氏などは、堂々とこんな批判をしています。自分は大統領選の最中にヒラリー・クリントン(現・国務省長官)からオバマ指示に乗り換えたというのに、彼が大統領になってみると、それはまったく正しい判断ではなかったことを遺憾に思うと。
曰く、「彼(オバマ大統領)は、今まで大統領になった中でもっとも知能の高い人間だが、いかんせん、未熟である。たとえば、軍事のことなんか、まったくわかっていない。まるでアフガニスタン(戦争)がテロのすべてを解決してくれる魔除けのように振る舞っている。(中略)テロに対する戦いなんて、しょせん“でっちあげ”のPRにしか過ぎないのに。」(10月11日付、英ザ・タイムズ紙掲載の対談より)

そればかりではなく、就任直後は人気の高かったオバマ大統領にも、近頃は、若干の翳りが見られます。夏の間、国民のおよそ半分から激しい突き上げにあった医療制度の改革案。横ばいの景気といつまでも好転しない失業率。そして、巨額の金融救済措置や経済刺激策、おかげで雪だるま式にどんどん膨らむ国の財政赤字。
そんなオバマ氏にとって極めて不利な条件から、国民の支持率は5割ほどに落ち込んでいます。

けれども、わたしは密かにこう思っているのです。オバマ大統領の誕生が、少なからず日本の政権交代に寄与したであろうことを考えると、彼はノーベル平和賞受賞に十分にふさわしい人物ではないだろうかと。
アメリカという大国でオバマ大統領が誕生したことが、日本や世界の人々に大いなる希望(hope)を与えたのであるならば、その「誕生」自体がしっかりと評価されるべきものではないかと。

きっとヒラリー(クリントン)の方がいい大統領になったであろうと酷評する前述のヴィダル氏でさえ、オバマ大統領の今後を楽観視しています。「なぜなら、彼は嘘をつかないから」。「嘘つきの国家」では、事実も曲げられてしまう。
そして、これにはわたしもまったく同感なのです。オバマ大統領は、のらりくらりと弁明することはあっても、絶対に嘘をつくような人物ではないと。

現在、日本の鳩山政権は、なかなか高レベルの支持率を保っているようですが、こちらも庶民に希望を与え続ける政権であってほしいと願うばかりです。
そして、何かと外野でうるさいメディアにも、せっかく生まれた変革の芽を摘み取ってほしくないと祈るばかりなのです。

<ガラパゴスとウルトラマン>


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今回、アメリカから成田空港に到着して真っ先に目に付いたものは、日本への歓迎メッセージでした。外国人客を意図しているのか、「Welcome to Japan(ようこそ日本へ)」と英語で書かれています。
まあ、ここまでは良いのですが、そのメッセージのスポンサーにはちょっと頭をかしげてしまいました。なぜなら、看板にはでかでかと真っ赤な文字でこう書いてあったからです。「Coca-Cola(コカ・コーラ)」。

コカ・コーラといえば、今となっては、どこが本国なのかわからないくらい、世界一大きな清涼飲料の多国籍企業となっております。北米での売り上げが落ちているとはいえ、中国やメキシコなどの新しいマーケットをどんどん開拓し、新規分野での収益は確実に伸びています。インドにも巨大な工場が建っていますし、中米のグアテマラでは、先住のマヤ族が住む村の片隅でも店頭に並べられています。
このように世界中に広がる販売網から、コカ・コーラには、外国から日本に入って来た人たちがすぐに認識できるネームバリューがあるはずです。

けれども、しょせんコカ・コーラは、ジョージア州アトランタを拠点とするアメリカの会社ではありませんか。日本の玄関ともいえる成田空港で、どうしてアメリカの会社に「ようこそ」と言われなくてはならないのでしょうか?
どうして「青柳ういろう」とか、「虎屋の羊羹」とか、「泉屋のクッキー」ではいけないのでしょうか? お菓子がダメなら、「キッコーマンの醤油」でもいいではありませんか。少なくとも、醤油のKIKKOMANを知らない外国人はあまりいないでしょう。

と、日本の玄関口でひとり憤りを感じていたのですが、今回の旅では、ひとつ気になった言葉がありました。それは、「ガラパゴス」という表現です。これは、もちろんダーウィンの進化論のヒントとなったガラパゴス諸島のことではなくて、自国・日本を表す一種の流行語ですね。
日本は、いつの間にか世界の潮流から取り残され、まるでガラパゴスのように自分勝手に独自の進化をたどっている、といった意味で使われているかと思います。

けれども、本当に日本は「ガラパゴス」と簡単に片付けるほどに、世界の潮流から取り残されているのでしょうか? 自分たちの造り出すものは、しょせん独自路線を歩むものであり、世界から相手にされなくてもしょうがないと、あきらめムードになっていいものなのでしょうか?

わたしにしてみれば、ガラパゴスなんて「おしゃれな流行語」を使う人は、その実、日本人の創造力を卑下しているような気がしてならないのです。だって、日本の製品はいつだって優れているし、基礎研究の分野でも画期的な発明・発見を繰り返しているではありませんか。

それは、自分たちが開発した製品が外国で売れないこともあるでしょう。せっかく苦労して協議した規格が世界で採用されないこともあるでしょう。
けれども、それは売り方がまずいのであって、ちょっと工夫すれば、相手にも理解してもらえる話ではないのでしょうか。日本は事情があって、こういう仕様を採用しているけれども、現地に適応するためにはこうしたらどうかと、説明を尽くせばいい話ではないのでしょうか。だって、ほとんどの場合、日本のものの方が時代の先端を行っているではありませんか。
もしも基礎研究の成果がなかなか製品に結びつかないとしたならば、ビジネスのわかる人が研究者を導いてあげればいいではありませんか。あなたの発明を無駄にするのはもったいない、だから、こんな応用を考えてみようよと。多くの場合、この一押しが足りないだけなのではないでしょうか。
(オバマ大統領だって、地球環境に配慮したクリーンテクノロジー技術を語るときは、いつも日本を引き合いに出しています。「ハイブリッド車の電池は、日本が一番進んでいる。だから、日本に負けるな!」と。そして、今、クリーンテク分野には国の奨励金をどんどんつぎ込もうとしています。これを先導するのは、自身もノーベル物理学賞を受賞しているエネルギー省長官、スティーヴン・チュー氏。)
 


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そして、ガラパゴスという言葉は、残念ながら、日本の先達を小馬鹿にしているような気もするのです。そう、第二次世界大戦が終結し、焦土の中から必死の想いで這い上がった先達を。戦後すぐには「日本製は何でも安かろう、悪かろうなのさ」と陰口をたたかれていたものを、見事に「日本の品質は、世界最高峰である」と言われるまでに高めた企業努力を。
さらに、この言葉には、日本が完全にガラパゴスにならないためには、今まで培った伝統を土台からひっくり返す必要がある、といった含みがあるような気もするのです。たとえば、これまで企業で採用されてきた「日本型経営」などは、過去の遺物となるべきであると。

けれども、日本独自の経営路線をすべて捨て去り、完璧にアメリカ式の経営論を採用するのは不可能なことでしょう。なぜなら、日本文化の土台に異文化の考えをそのまま接ぎ木しても、根は育たないだろうから。

たとえば、最近流行りの「能力主義」。社員ひとりひとりの実績にあわせて、昇進や年棒を設定しましょうというものですが、これなどは、かなり破綻をきたしているのではないかとも思うのです。なぜなら、多くの日本企業の場合、社員を評価する対象がはっきりせず、適切な評価がなされているかどうかは疑わしいから。
アメリカの場合は、ひとりひとりに目標設定がなされていて、その任務遂行に必要な権限はきちんと委譲されています。たとえグループで働いていても、各々の責任範囲が明確に定義されていて、同じ仕事を何人かで重複してやることはありません。
一方、日本の場合は、往々にして数人のグループにひとつの任務が与えられていて、ひとりひとりの責任分担が明確でないケースも多々あるでしょう。このような職務形態では、個人の実績をきちんと評価することは難しくなり、雇われている側には「自分はきちんと評価されていない」と、だんだんと憤懣がたまっていく・・・。

きっとグループ重視の日本の職務形態が生まれたのは、誰に指示されなくても、自然と互いをカバーし合って一丸となって任務を遂行した、高度成長期のなごりなのかもしれません。ですから、グループごとに評価を下す制度が生まれ、個人の目標設定なんて必要がなかったのでしょう。
けれども、もしもグループ重視の伝統を捨て去り、個人の能力を評価する欧米方式を採用したいのであれば、明確な目標設定ばかりではなく、それに見合う権限委譲から始めなければならないはずです。しかし、実際には、目標らしきものはあっても、権限を与えられないケースも多いことでしょう。上司から権限を与えられないだけではなくて、自分で責任を回避しようとするケースもあるのではないでしょうか。

そうやって考えてみると、社会に「個人主義」が根付いているかどうかが鍵となってくるのでしょう。企業であろうと、その他の組織であろうと、自分で約束した任務の責任は、すべて自分自身で負う。そんな個人主義が文化的に根付いているかどうかを踏まえ、「能力主義」の是非が問われるべきだと思うのです。
そして、社会に出る前に、学校の教育はどうでしょうか。個人主義を助長する教育になっているでしょうか。それとも、グループ重視の、個性を抑えるような教育でしょうか。まっすぐに相手の目を見て、自らの意見を主張する訓練はできているのでしょうか。
 


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成田空港の看板から、とんだ話に発展してしまいましたが、その成田空港への帰途で、おもしろいものを発見しました。
JR成田エクスプレスでは、10月1日から新しい車両を採用したのですが、その新車両の顔(先頭部分)が、どことなく「ウルトラマン」に似ていたのです。
それを見て、こう思ったのでした。日本人の頭の奥底には、いつでもウルトラマンが生きているのだなと。そして、いつの時代にも、正義の味方ウルトラマンを誇りに思っているのだろうなと。

ウルトラマンを誇りに思う国民と、ウルトラマンを見て何も感じない国民では、おのずと組織のあり方も変わってくるでしょう。けれども、それは、決して日本がガラパゴス化しているわけではなくて、ウルトラマンをウルトラマンとして胸を張って世界に紹介すればいいだけの話ではないでしょうか。

<合法的なマリファナ>


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真面目なお話が続いたので、最後に、ちょっと趣向を変えてみましょう。日本からアメリカに戻って来たら、いきなり風変わりなニュースを耳にしました。
サンフランシスコ空港から飛び立つときには、8オンス(約225グラム)までだったら、乾燥マリファナ(大麻)を持って飛行機に乗り込んでも良いよと。

えっと驚くような話ですが、これは、もちろん娯楽用(?)のマリファナのことではありません。アメリカでは、いくつかの州で医療用のマリファナ(medical marijuana)が認められていて、マリファナを吸うことで重病の諸症状が緩和されるとの医者の処方を受けた患者のみ、合法的にマリファナを使うことができるのです。
サンフランシスコ市警察では、医療用マリファナを摘発しないことがガイドラインとなっていて、市警が管轄するサンフランシスコ空港でも、同様のガイドラインに従いますよと、そういったお話なのです。
サンフランシスコ空港だけではなくて、同じくベイエリアのサンノゼ空港やオークランド空港でも、乗客のマリファナ所有を摘発しないのが基本となっているそうです。だって、医療用マリファナは、あくまでも薬。激しい痛みや、薬の副作用から来る吐き気や食欲不振などを緩和してくれる大事なお薬なのです。

けれども、飛行機に乗った先は、保証の限りではありませんよ。飛行機を降りたら、そこは医療用マリファナが認められていない州かもしれません。そんな州では、すぐにお縄をちょうだいするケースもあるでしょう。
実際、医療用マリファナが認められているのは、全米で14州のみ。残りの36州では、固く御法度なのです。(14州とは、カリフォルニア、オレゴン、ワシントン、アラスカ、ハワイの太平洋岸の5州とネヴァダ、モンタナ、コロラド、アリゾナの西部4州、加えて、東部のメイン、ロードアイランド、メリーランドなどの5州です。もちろん、13年前に最初に制度を採用したのは、他ならぬカリフォルニアです。)

しかし、そんな制度はあるものの、今まで何かと問題となっていたのは、国と14州の見解が大きく食い違っていたことでした。今年1月の政権交代までは、ブッシュ前大統領の政権下では、医療用マリファナですら厳しくて摘発されていたのです。患者にマリファナを売っている店や合法的に植物を育てている畑でさえ、たびたび国の麻薬取締局DEA(司法省管轄のDrug Enforcement Administration)の踏み込みを受けていたのでした。
ところが、今月に入って、オバマ政権は前政権の方針をガラッとひっくり返したのです。今までの「いかなる理由でも麻薬は禁止」という方針から、「医療用マリファナに限り、取締は制度を採用する14州の裁量に任せる」と大きく方針転換したのです。
この発表を受けて、サンフランシスコ空港もガイドラインを公表したのでしょう。少なくとも、サンフランシスコ市内にいる間は、厳しい詮索は受けませんよと。

わたし自身も、多くのカリフォルニア人同様、医療用マリファナで救われる患者がいるのなら、それを制度として認めるべきだと思うのです。けれども、それは、決して娯楽的な使用を認めるものではありません。なぜなら、娯楽のマリファナは、悪魔のささやきのようなものだから。

一般的に、マリファナは習慣性が低く、タバコよりも止めやすいとも言われています。けれども、それはちょっと違うと思うのです。一度、軽い気持ちで始めたが最後、多くの場合、そのままで終わることはないのです。マリファナがコカインとなり、コカインがLSDやヘロインとなりと、まるで小学生が中学校、高校と進学していくように、常用者もより強い刺激を求めて、軽い麻薬を卒業していくのです。
そして、今となっては、メタンフェタミン(通称クリスタル・メス)や、日本でも話題のMDMA(通称エクスタシー)など、合成麻薬がいくらでも巷に流通しています。高校生だって、簡単に手に入る時代です。
アメリカでは、自家製メタンフェタミンの精製を抑制しようと、アレルギーの薬などの鼻炎消炎剤は、一度に二箱しか買えない州もあるくらいです。消炎成分であるスードエフェドリンから、メタンフェタミンが違法に精製されるからです(カリフォルニアも制限のある州のひとつですが、薬屋さんでは免許証を提示して、住所・氏名を登録することになっています)。

以前からメタンフェタミンの蔓延が問題になっていたオレゴン州では、オレゴニアン紙の記者が徹底的に統計を調べ上げ、こんな結論を出したことがありました。メタンフェタミンの摘発と、そのとき巷に流れるメタンフェタミンの純度とは密接な関わりがあると。
純度が高いときには、使用が蔓延して当局の摘発が増え、純度が低いときには、全体に使用頻度が減ると。とすると、麻薬常用者のゴールはただひとつ。「より強い刺激を受けたい」ということなのでしょう。
だから、軽い麻薬で始まった人も、そのままで終わることはないのです。
 


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ちょっと物騒な話になってしまいましたが、麻薬の問題は、アメリカでは避けて通れるものではありません。「身を持ち崩した話」は、わたし自身も耳にしたことがあります。
ですから、痛切にこう感じているのです。「ハイ」な気分になりたいのだったら、公園のまわりを走るなり、適度にお酒を飲むなり、他にいい方法はたくさんあるでしょう。お酒が合法で、麻薬が違法なのには、それなりの理由があるのですよと。

後記: 今月は、なにやらヘンテコなお話になってしまいましたが、日本でいろいろと感じたことを忌憚なく綴ってみたつもりです。来月は、もうちょっとまともな話題にしたいと反省しているところではあります。

夏来 潤(なつき じゅん)



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