Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2012年12月25日

2012年:「今年のビジネスパーソン」と「今年の人」

Vol. 161

2012年:「今年のビジネスパーソン」と「今年の人」

12月21日、古代マヤ暦が示す「世の終焉」も過ぎ去り、何事もなかったように夜は明けました。
多くの人が「にわかマヤ人」になっていたのが興味深いところですが、そんな今月は、一年を振り返って、ビジネス界と政界のお話をいたしましょう。

<今年のビジネスパーソン>
今年のシリコンバレーは、比較的おとなしかったような気もします。それは、もしかすると、スティーヴ・ジョブス氏の逝去のような異変がなかったからかもしれません。

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ちょっとした「事件」といえば、5月にソーシャルネットワークのフェイスブックが株式公開(IPO、Initial Public Offering)を果たしたわりに、思うように株価が伸びなかったばかりか、直後に急落・低迷と、予想外の結果となったことがありました。
年末に近づき、株価は若干上がっていますが、公開価格の38ドルにはほど遠い状態が続いています(しょせん公開価格が高過ぎたのだ、と解釈する向きが多いですね)。

けれども、年末になって、フェイスブックCEO(最高経営責任者)のマーク・ザッカーバーグ氏が、地元シリコンバレーの慈善団体に自社株1800万株(時価5億ドル、およそ400億円)を寄付すると発表し、会社のイメージは一瞬上がりました。

それから、ポータルサイト・ヤフーの「CEO交代劇」も、ちょっとした事件だったでしょうか。

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今年1月、ヤフーの取締役会は、ペイパル(オンライン支払いサービス、世界最大のオークションサイト・イーベイ傘下)のプレジデント、スコット・トンプソン氏をCEOとして招いたのですが、CEO就任時に証券取引委員会に提出した情報に誤りがあったと指摘され、わずか4ヶ月でCEOの座を追われるのです。
なんでも、大学時代に取得した学位が「会計学とコンピュータサイエンス」とされていたのに、実際にはコンピュータサイエンスの学位は持っていないということでした。

まあ、世の中、学歴を詐称する人は多いものですが、さすがにCEOとなると、たとえそれが「スタッフの記入ミス」だったにしても、重大な問題となるわけですね。
結局、トンプソン氏は赤恥はかいたものの、4ヶ月で7百万ドル(6億円近く)の報酬をもらったし、今は別のオンラインサービス(年会費を払うと2日で商品の無料発送をしてくれるShopRunner(ショップランナー))のCEOとなっているし、そんなに悪くはないでしょう。

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ここで「次のCEOは誰だろう?」と模索するヤフー取締役会が選んだのが、グーグルの有名人マリッサ・メイヤー氏(英語の発音は「マイヤー」氏)。

グーグル社員番号No. 20で、同社初の女性エンジニアだった彼女は、めきめきと頭角を現し、お家芸の検索エンジンに加えて、グーグル「ニュース」や「マップ」といった新しいサービスにかかわってきたスター選手です。
ウィスコンシン出身の「アメリカンギャル」らしいハツラツとした容貌と、ハキハキと論理的に物をおっしゃる語り口に、「グーグルの顔」との印象を持つユーザも多いはずです。

が、近年はグーグル社内で浮いた存在にもお見受けしたので、ヤフーCEO就任は、ご本人にとっても、ヤフーにとっても、喜ばしいことではないかと思うのです。
CEO就任後、初めての赤ちゃんマカリスターくんも生まれ、きっと、ますます充実したキャリアを歩まれることでしょう。

そんなシリコンバレーからは遠く離れて、フォーチュン誌が「今年のビジネスパーソン(The 2012 Businessperson of the Year)」に選んだのが、オンラインショップ・アマゾンの創設者/CEOジェフ・ベィゾズ氏(英語の発音は「ベィゾゥズ」に近いので、ここでは「ベィゾズ」氏と表記)。


Amazon eBooks2.png

ご存じのように、アマゾンは最初は本を売ることからスタートしたオンラインショップですが、今はおもちゃ、家電・コンピュータ、家庭用品、衣服や食品と、買えないモノの方が少ないかもしれません。
タブレット製品「キンドル(Kindle)」も、白黒版4機種、カラー版(アンドロイドOS搭載)4機種と充実のラインアップで、電子書籍の売上もこれから伸びていくことでしょう。
ビジネスに向けては「アマゾン・ウェブサービス(Amazon Web Services)」を提供し、低コストのクラウドコンピューティングを利用して、誰もが商売を始めやすい環境を構築しています。

今年は、業績にともない株価の伸びも順調で、年初から4割増(12月24日時点)という好成績も、「今年のビジネスパーソン」受賞の一因となりました。

そんなアマゾンは、ご存じのとおり、シリコンバレーではなくワシントン州(西海岸カリフォルニアのふたつ上の州)に本拠を構えていて、そんなところからも、創設者ベィゾズ氏のこだわりが見えるような気もするのです。

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大きな目を見開いて、いつもハッハッと高笑いしている(軽い)イメージのベィゾズ氏ですが、個人的には秘かに尊敬していて、それはどうしてかというと、彼という人物が、アメリカの独立精神の優れた産物だと思うからです。
自分の頭で考え、それを具現化し、並々ならぬ意志で納得のいくまでやり通す。そんなアメリカの独立独歩の精神を見事に体現していらっしゃるように感じるのです。

フォーチュン誌の栄誉を受けて、インタビュー番組でこんな話をされていたのが印象的でした(11月16日放映の『チャーリー・ローズ』より)。

今になって、アマゾンの軌跡を振り返ってみると、最初が一番大変だったと。

全米じゅうを駆け巡り、なんとか22人の投資家から100万ドル(およそ1億円)の起業資金を集め、1994年にアマゾンを立ち上げたが、当初2、3年は、まったく軌道に乗らなくて苦労した。
なにせ、その頃は、インターネットの黎明期。会う人ごとに「インターネットとは何か」という初歩的な説明から始めなくてはならなかったから(ましてや、一般消費者にオンラインショッピングの概念を伝えるのはもっと難しかった)。

それでも、名門プリンストン大学でコンピュータサイエンスを学び、卒業後はウォールストリートの金融機関で数値解析プログラムを書いていた彼には、インターネットが爆発することは見通せた。
だから、自分もその巨大なチャンスに懸けようと、仕事を辞め、アマゾンの構想プランをひっさげ、全米行脚の旅に出た。

その努力が実を結び始めたのは、1997年頃。それからは、年々事業は拡大していって、近年は会社の株も「うなぎのぼり」というわけです。

ベィゾズ氏は、たとえば慈善事業への寄付や政治活動の資金援助にしても、自分なりの考えを貫く思想的に独立した方なのですが、経営会議のやり方ひとつをとっても、独創的な発想をお持ちのようです。

たとえば、重役が集まる会議は、「沈黙(silence)」から始まる。

いえ、べつにお祈りをするわけではありません。会議が始まる前の30分間、出席者はおとなしくテーブルについて目の前に置かれた資料を黙読し、質問やアイディアが浮かべば余白にメモをして、討論に備えるのです。

これは、箇条書きに簡略化された(パワーポイントなどの)プレゼンテーションに代わる方式で、プレゼンテーターが準備するのは、社内で「物語(narratives)」と呼ばれる、6ページにまとめられた文章。
ベィゾズ氏がおっしゃるに、「文章にすることによって、書き手の頭の中の論理的な流れがすっきりする」「プレゼンテーション形式では往々にして出席者の茶々が入るが、みんなに文章を読ませておくと、書き手の意図が最初から最後まで完全に伝わる」しかも「書き手は(苦労してまとめた)資料が読まれる様子を目の当たりにして、満足感を得る」など、利点はたくさんあるそうです。

箇条書きのプレゼンテーションでは、キャッチフレーズを見てわかったような気になるけれど、その実、みんなが理解を共有するために無駄に時間を費やすことがある。
サイエンスフィクションを始めとして、本が大好きで、文章が大好きなベィゾズ氏ならでは、の主張なのです。

ともすると、故スティーヴ・ジョブス氏のように「ワンマン」な部分があると指摘されるベィゾズ氏ですが、アマゾンに関しては「派閥争い」や「重役の脱出」といったドロドロとしたスキャンダルが聞こえてこないのは、組織がうまくまわっている証拠なのかもしれません。
それは、「ひとりひとりが発明者(inventor)であり、探求者(explorer)であれ」という創設者のミッションが、組織全員の頭に深く刻まれているからかもしれません。

つまり、ひとりひとりが自分の頭でしっかりと考えなさい、というミッション。

そうやって、組織のミッションや存在意義がみんなに伝わっていれば、自分のやるべきことは明確に見えてきて、おのずと組織はうまくまわるものかもしれません。

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インターネットに関しても、ベィゾズ氏は独創的な世界観をお持ちです。それは、ネットはいまだ「第一日目(Day One)」であるという信念。

つまり、ネットは始まったばかり。これから、どんどん伸びていく。

彼の主張はこうなのです。「Day One(デイ・ワン)」には、ネットの変化の速度は速く、「Day Two(デイ・トゥー、第二日目)」になると、失速する。が、いまだ失速するどころか加速しているので、まだまだ第一日目。

彼は、この Day One という言葉が大好きで、ワシントン州シアトルにある本社ビルにも「Day One North(デイ・ワン北棟)」「Day One South(デイ・ワン南棟)」という名が付けられているとか。

まあ、世の中、ネットに関してはいろんなことを言う人がいますが、「ネットはまだ第一日目!」と主張する人は、そんなに多くはないでしょう。
けれども、そうやって考えてみると、モバイル環境も含めてネットで生息するいろんなサービスが苦労しているのも、納得できるような気がするのです。
端的に言って、みなさん、どうやったら人が集まるのか、どうやったらお金を稼げるのか、まったくわかっていないのです。だから、ときには人の真似をし、いろんな試行錯誤を繰り返して、全体的に見ると変化の速度は失速することがない。

ということは、誰にだってチャンスはある! ということなのでしょう。しかも、世界は決して「勝者総取り(winner takes all)」の方式ではなく、ベィゾズ氏の言葉を借りれば、いろんな人(製品、サービス、プラットフォーム)が共存(coexist)できるほど深淵である。

だからこそ、ベィゾズ氏は、次から次へと新しいことを考え、具体化し、失敗してもめげずに別のことを考える、そんな日々を続けているのです。


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「アマゾン・プライム(Amazon Prime)」なんて、いい例でしょう。年会費79ドルを払うと、米国内(アラスカとハワイを除く)は2日で無料発送をしてくれるというサービスですが、これにひっかかると、「年会費のモトを取ろう」と顧客は次々と商品を買おうとするでしょう!

そんな彼の「ひらめき」「悪あがき」「打たれ強さ」は、世の商売人すべてが見習うべきだと思っているのです。

(現に、冒頭で出てきた会費制サービスShopRunnerは、「アマゾン・プライム」にヒントを得たものですからね!)



<今年の総選挙>
というわけで、ビジネス界から政界に話題を移しましょう。

Official_portrait_of_Barack_Obama.jpg

今年は、4年に一回めぐってくる米大統領選挙がありました。言うまでもなく、オバマ大統領が再選されたわけですが、個人的には、これで国の崩壊が防げたと、胸をなで下ろしているところです。

いえ、べつにアメリカという国が無くなることを心配していたわけではなくて、国の文化や人々の心がすさむことを危惧していたのです。

(Official portrait of President Barack Obama from Wikipedia)

と、そんな難しい話は置いておいて、11月6日の「選挙の日(Election Day)」には、いろいろと面白いこともありましたが、中でもニュース専門局CNNの『大統領選開票速報』は面白かったですね。

アメリカは広い国ですので、国内で時差があるわけですが、東海岸から順繰りに午後8時になって投票所が閉められると、そこから順次、開票速報が始まります。


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ほとんどの州では、住民投票の得票数(popular votes)の多い大統領候補が州の選挙人票(electoral votes)をすべて持って行くことになっていますので、まずは、住民投票がどの候補者に傾いたか? が争点となるわけです。(写真は、シリコンバレーのあるサンタクララ郡の投票用紙「大統領・副大統領候補(全部で6組)」の欄。郡の有権者の7割が郵送で投票しますので、投票所が混むことはないようです)

アメリカは州だって広いので、決して一枚岩ではありません。たとえば、ヴァージニア州などは、わりと保守的な州とされていますが、北部の首都ワシントンD.C.に面した都市部と、それ以外(共和党支持4州に隣接した農業地帯)は、まったく考え方も投票の仕方も違います。

ですから、郡のレベルまで落とした緻密な分析と正確な速報がメディアには求められるわけですが、そんな緊張感みなぎる速報の中、西海岸が午後8時になると、その瞬間にCNNはこう発表したのでした。

「カリフォルニア州とワシントン州とハワイ州は、オバマ大統領が獲得!」

彼らは実際に秒読みをしていて、午後8時ちょうどに発表したのですが、8時って投票所が閉められた瞬間で、まだ開票なんかしてないんですよ!

まあ、この3州は、投票などしなくても最初からオバマ大統領みたいな民主党候補が勝つのはわかっているので、票を数えるのすら無駄と言えば、無駄なのかもしれません。が、それにしても、律儀に8時になるのを待っていた様子が、ひどく滑稽なのでした。

(ちなみに、1980年の大統領選では、西海岸がまだ投票している午後5時過ぎに、NBCが共和党挑戦者のロナルド・レーガン候補の勝利を宣言する異例の事態となったので、それ以降、せめて投票所が閉められるまで待つようにと報道規制ができたようです。このとき負けたジミー・カーター大統領も、西海岸7時前には敗戦スピーチをしているので、それほど大差はついていたのですが、それでも「カーター大統領に投票しようと思っていたのに!」との憤慨の声をカリフォルニアでたくさん聞いた記憶があります)

そんなわけで、言わずと知れた「リベラルな」カリフォルニアではありますが、今年の総選挙では、ますます、そのリベラルぶりを発揮しています。


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2年前(2010年)の中間選挙では、「反オバマ」の共和党ティーパーティー旋風が吹き荒れる中、カリフォルニア州の要職は、州知事、副知事から会計監査長官、公立教育長まで、すべて民主党候補が獲得していました(現在、州のトップは「元アクションスター」ではなく、ベテランのジェリー・ブラウン知事ですよ!)。
今年は、それに輪をかけて、州の上院も下院も、民主党が「スーパーマジョリティ」となりました。そう、両院とも3分の2の議席を占めているので、理論的には、対する共和党議員が何を言っても、まったく関係がないのです!

アメリカは移民の国ですので、たえず変化しています。今は「リベラル」な西海岸・東海岸、対する「保守派」の内陸部と両極化していますが、そのうちに変化の波も内陸まで伝播し、今までの常識が当たり前ではなくなっていくのでしょう。

というわけで、今年の総選挙。わたしにとって今年一番印象に残るスピーチは、輝かしく再選を果たしたオバマ大統領のものではなく、奥方のミシェルさんのスピーチなのでした。

Michelle Obama at DNC Sep 4 2012.png

9月初頭、ノースキャロライナ州で開かれた民主党全米大会の冒頭を飾るスピーチでしたが、その晩、ご飯を食べながら耳を傾けていたわたしは、始まったときから、なにやら目がウルウルしていました。

スピーチが終わる頃には、ほほを伝わる涙を手でぬぐっていたのですが、ふと画面に映し出される聴衆を見てみると、女性参加者のほぼ全員が泣いているんですよ!

なんだ、泣いているのは自分だけじゃなかったのかとホッとしたわけですが、何がそんなに良かったのかと問われれば、答えるのは難しいです。

最初は、病気持ちのお父さんの話をされていて、ベッドから起きるのも辛い体調だったのに、毎朝、子供たちに笑顔を振りまいて明るく仕事場に向かった、というようなお話でした。
それから、夫のバラクは誠実な人間で、決して人を裏切らないという話に発展したんだと、うっすらと記憶に残っていますが、わたしにとって内容はあまり重要ではなかったのです。

強いて言えば、ミシェルさんのスピーチが「本物」だったということでしょうか。彼女の心の底からもれ出た、飾りの無い「本物の言葉」。人が生きることを知る方が語った本物の言葉。

その言葉の数々は、お父さんや娘たちや夫といった身内を描写していながら、見ず知らずの聴衆にも「あ、そうなのよね」と共感できるものだったのでしょう。それがじんわりと「暖かみ」としてみんなに伝わったのかもしれません。

最終日、民主党大統領候補の指名を受けるオバマ大統領のスピーチだって、アメリカ建国以来の歴史をドキュメンタリーで見ているような、素晴らしいスピーチではありました。が、それでも、わたしに言わせるとミシェルさんには負けますね。



来年1月からは二期目に入り、いよいよご自身のカラーを存分に発揮されることでしょう。そんな熱い期待感もあって、今月、オバマ大統領はタイム紙の「今年の人(2012 Person of the Year)」に選ばれています。

が、そんなことよりも何よりも、まずはミシェルさんに感謝すべきですね!

夏来 潤(なつき じゅん)

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