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2007年05月31日

アメリカの投資:お金の流れ先は?

Vol. 94

アメリカの投資:お金の流れ先は?

待ちに待った、5月末の「戦没者追悼記念日」の3連休も終わり、アメリカは夏に向かって、どんどん心が浮かれ立つ季節となりました。
そう、戦没者追悼記念日(メモリアルデー)は、バーベキューパーティーの始まりの日ともされています。もう雨季が終わってしまったシリコンバレーでも、あちらこちらでバーベキューの集いが催されます。

そんなウキウキモードの晩春ですが、今月は、ちょっとシビアに、投資のお話でもいたしましょうか。どこにいても、何をするにも、先立つものが必要ですね。そのお金が、アメリカではいったいどんなところに流れているのか、そんな風なお話です。

<お金持ちはだあれ?>
4月のある金曜日、こんなニュースが流れました。アメリカの電話会社としては最大手のAT&T(旧SBC)で、CEO兼取締役会会長のエドワード・ウィタカー氏が、6月3日付けで現職を退任すると。
まあ、大物の辞任はいつも話題となるものですが、それにも増して人々の興味を誘ったのは、退職金の額。まず、退職報酬として7千4百万ドル、年金の形で8千5百万ドルと、合計1億6千万ドル(約190億円)が保障されている上、生涯続く医療保険、住宅費・交通費支給、会社のジェット機を月に10時間使える権利など、いろんな特典も付いているそうです。

そこで、みんなの関心は、この一点に集中します。果たしてウィタカー氏は、これだけもらえる権利はあるのか?と。

そもそも、このウィタカー氏とは、何者でしょう?まあ、わたしは直接お会いしたこともありませんし、テキサス辺りのことはよくわかりません。が、いろんな話を聞くと、かなりの功績があったことは確かなのです。
ウィタカー氏は、現在、65歳。1963年に、中規模デパートのシアーズに施設技術者として入社した後、1988年、テキサスに本拠を置くサウスウェスタン・ベル(Southwestern Bell)に社長として招かれます。その2年後、CEO兼取締役会会長に就任して以来、ずっとこの会社でご奉公してきました。

1984年1月、全米を網羅するAT&Tが7つの地域電話会社に分割されときは、南西部を担当するサウスウェスタン・ベルは、一番規模が小さい地域電話サービスでした。
ところが、転機は1995年にやってきます。規制緩和も手伝い、アメリカ全土でのサービスを目指すサウスウェスタン・ベルは、この年、SBCと名前を変え、5年のうちに、西海岸のパシフィック・テレシス(パシフィック・ベル)、中部のアメリテックと、巨大な買収を繰り返します。
勢いに乗るSBCは、ついに一昨年、長距離電話に専念していた親方AT&Tを買収し、そして昨年末、南東部で営業するベルサウスの買収も完了しました。とくにベルサウスの買収は、860億ドル(約10兆円)と、テレコム業界でも特筆すべき巨額の吸収合併となっています。
名前も親しみ深いAT&Tと変更し、この新生AT&Tは、全米22州で6千7百万の顧客を持つ、最大の電話会社となったのでした。
ちなみに、現在、アメリカの電話会社には地域・長距離の区別はなく、東海岸のベル電話会社をベースとしたVerizon、中西部ベル会社をベースとしたQwest、そして新生AT&Tの3社に淘汰されています。

従来の電話サービスに留まらず、携帯電話サービスの方でも、SBCは頭角を現します。SBCとベルサウス2社が出資するCingular Wirelessは、3年前にAT&T Wirelessを買収し、全米最大の携帯電話会社となっていましたが、SBCのベルサウス買収に伴い、Cingularも正式にSBC(新生AT&T)の傘下となりました。名前もAT&Tと変更しています。
現在、新生AT&Tは、従来の電話サービス、携帯電話サービス、ブロードバンド、そして、”U-verse”と銘打ったIPテレビ(ネットテレビ)を提供する総合企業となっています(”U-verse”については、今年1月のCESレポートでご紹介しております)。

そして、このSBCの急成長の影にあるのが、ウィタカー氏。技術者出身でありながら、優れた商才と展望を持つ御仁だったようです。SBCを語る上では、必ず名前が上がるほどの人物なのですね。だから、退職金も、奮発して190億円。

以前もお話いたしましたが、アメリカの企業では、規模の大小は問わず、有能な人は高いお金で繋ぎとめておきましょう、という根本思想があるのですね。「人に投資する」とでもいうのでしょうか。だから、引き抜きの場合は、目の飛び出るような高額のサラリーやストックオプションを保障するし、業績が上がれば、それだけの見返りは当たり前なわけです。その思想には、階級の違いはありません。
ところが、上に行けば行くほど、もともとのサラリーが高いものだから、特別報酬もぐんと額が上がるわけです。そして、世間の注目の的となる。これだけ一個人に払うのだったら、何万人という元AT&T(SBC)社員の退職年金の面倒が看られるんじゃないの?という批判が沸き起こる。

まあ、不平等を嫌うわたしとしては、個人的には、こう思うのです。充分に財産を持っている人に、それ以上お金を払うつもりがあったら、それを会社の設備投資にまわしたらどうですか?と。
だいたい、AT&Tは、東のVerizonに比べて、一般家庭への光ファイバーの敷設が驚くほど遅れているのです。ま、年間に1兆円以上というAT&Tの設備投資に比べれば、190億円は微々たる額かもしれません。けれども、せめて、ブロードバンドがのろいシリコンバレーに、転用してほしいなぁと思うのです。

<会社の持ち主ってだあれ?>
以前、こんなことを書きました。英語でも、単語を短く省略する習慣があるけれど、「PE」というと、3つくらいはすぐに思い付くよと。
まず、教育現場ではPhysical Education(体育)、医療現場ではPulmonary Embolism(肺の組織壊死)、そして、株式市場ではPrice Earnings ratio(株価収益率)。
その「PE」という略語に、近頃、もうひとつ有名なものが誕生しました。それは、Private Equity fund。訳して、投資ファンド。つまり、企業などに投資する基金のことですね(「投資ファンド」というと、かなり広い意味を含むので、限定して「プライベート・エクイティ・ファンド」と訳される場合もあるようです)。

普通、庶民の投資というと、銀行や証券会社を通して投資信託にお金を投じたり、株式市場に公開された会社の株をわずかに買って、やれ、株価が上がった、下がったと一喜一憂したりしているわけです。けれども、投資ファンドは、ちょっと敷居が高く、投資する側は、公的年金ファンドや企業年金ファンド、それから、個人の財団など、お金がうなっている団体が多いようです。
どうしてPrivate Equityと呼ばれているかというと、投資先としては、公開している”public”の企業よりも、非公開である”private”の企業体が圧倒的に多いからだそうです。起業されたばかりのベンチャー企業だとか、かなりの実績はあるけれど、公開前でお金が必要な企業だとか、そういった会社が投資の対象となっているのです。
この点では、ベンチャー企業を後押しする「ベンチャー・キャピタル」だとか、「エンジェル」と呼ばれる個人投資家たちも、広義のPrivate Equityの仲間とされています。
今年、アメリカ市場では、2000年にはじけたインターネットバブル以来、最大の株式公開(IPO)の年となるのではと期待されています。そういった「IPO風」の恩恵を、投資ファンドは充分に満喫することになるのかもしれません。

一方、ファンドの投資先は、企業のような半分無形のものばかりではありません。たとえば、魅力的な不動産だとか、著名な画家の絵画だとか、そんな有形のものも対象となっています。近頃、Sotheby’sとかChristie’sとか、有名なオークションの場では、ファンドの投資家たちの代理人がウヨウヨしているとか。 まあ、IPO株しかり、有名絵画しかり、いうなれば、一般人が近寄ることのできない「秘密の世界」でしょうか。

そして、プライベート・エクイティ・ファンドの投資先としては、有名企業というのもあります。「巨額の買収(mega buy-out)」とも呼ばれている分野の投資で、つい先日も、こんなファンドの名前を耳にしましたね。ダイムラー・クライスラーからクライスラー部門を買い取った、サーベラス・キャピタル・マネージメント。
サーベラスを率いるのは、元財務省長官のジョン・スノー氏。クライスラー(Chrysler)、ジープ(Jeep)、ドッジ(Dodge)という3つのブランドを持つクライスラーの、根本的な改革を目指します。
昨年は、全米の新車販売台数の13パーセントまでシェアが落ちたクライスラー。トヨタのような輸入車に押され気味のアメリカ市場で、苦戦を強いられています。現に、環境問題にうるさいシリコンバレーでは、わずか6パーセントのシェアと落ち込んでいるのですが、これが全米に波及しないとは言い切れません。
サーベラスがそのクライスラーに何を見出したのか、今後の方針転換に、大いに興味が湧くところです。

ところで、近頃、アメリカでは、このような投資ファンドによる企業買収が相次いでいるのです。とくに食品業界は、ファンドの侵食が激しい分野のようですが、有名なところでは、ダンキン・ドーナッツ(Dunkin’ Donuts)というのがあります。
そして、現在、身売りを考えている中には、ファストフードレストランのウェンディーズ(Wendy’s International)や、アウトバックス・ステーキハウスを持つOSI Restaurant Partnersがあります。
一方、日本では長蛇の列ができるアイスクリーム屋さんコールドストーン(Cold Stone)は、身売りするよりも、ステーキハウスやサンドイッチチェーンを持つカハラ(Kahala)と合併し、もっともっとフランチャイズを増やしていく計画のようです。
けれども、こういった独立性を守る企業は、ファンドの巨大な貯金箱を相手に、ある意味、時代に真っ向から挑戦することになるのかもしれません。

そんな潮流を見ていると、ふと、大きな疑問が湧きませんか。投資ファンドが企業の持ち主になるって、いったいどういうこと?と。

だいたい、企業というものは、ある特定の分野で、利益を目的に営業する団体ですから、「営利目的」という点では、投資ファンドの目指すところと合致しているわけです。でも、ここで大きな違いがありますよね。
企業は、配当や株価の高騰という形で、投資家へ利益の還元を行うわけですが、頭にあるのは、投資家のことばかりではありません。従業員だって、会社にしてみれば、立派な家族みたいなものです。経営者と従業員が一丸となって、目標に向かってまい進する、それが今までの企業の理念でした。
勿論、従業員にとっても、会社は、生活の母体のようなものです。自分の時間のほとんどを会社で過ごすわけですし、仕事というものが、ある種、自分のアイデンティティーとか存在価値ともなり得るわけです。
けれども、一般的に投資ファンドは、投資家への見返りを第一に考えているはずです。そうなってくると、会社は単なる営利の道具であって、製品の質や誇りだとか、従業員への配慮だとか、企業人としての社会責任だとか、そんなものは二の次となって来るのではないでしょうか。

実は、アメリカでも、近頃、この問題が取り沙汰されてきました。投資ファンドが社会に与える影響はどんなものなのだろうと。
ある人は、企業業績が安定するなら、それは従業員にとっても喜ばしいことだと言い、ある人は、投資ファンドの目は投資家ばかりに向いていて、従業員のことは頭にないと言い、ある人は、誰が企業の持ち主であろうと、そんなことは関係がないと言い放ちます。
けれども、個人的には、従業員の会社に対する忠誠心や、将来的な雇用安定といった要因に、大きく影響が出てくるのではないかと思うのです。

先述のコールドストーン・アイスクリームのCEOダグ・ドゥーシー氏は、自分たちには、投資ファンドに比べて強みがあると言います。なぜなら、「我々は、自分たちのブランドを愛している」と。

利益を追求するのが、資本主義(capitalism)の原点。その資本主義のお里で、「労働」の意味合いが、本質的に変わりつつあるように思えるのです。

<スパイはだあれ?>
先日、地元紙マーキュリー新聞のビジネス欄の片隅に、ちょっと目を引く見出しが載っていました。「スプリント・ネクステルが、政府のテレコム契約からシャットアウトされた」と。

まあ、これだけ読んでいると、普通の契約の話かなと思うわけです。提示価格が他社よりも高かったので、もっと安い会社が選ばれたのかなと。
でも、中身を読んでいくと、これはちょっと怪しいぞと、頭の中で警戒警報が高らかに鳴らされるのです。

そもそも、この契約とは、国土安全保障省や財務省といった巨大な政府機関のコミュニケーションインフラを、10年がかりで総とっかえするもの。”Networx Universal”と銘打たれ、すべてが完了すると、480億ドル(約6兆円)の規模ともなります。
契約を担当する政府機関の発表では、スプリント・ネクステルが締め出しを食らい、AT&T、Verizon、Qwestの3社が、巨大なぼた餅を分け合うこととなりました。

締め出されたスプリント・ネクステル(Sprint Nextel)は、3年前にSprintとNextelという2社が合併してできた電話会社で、携帯キャリアとしてはAT&T、Verizon Wirelessに次ぐ3番手という、れっきとした会社なのです。
母体となるSprintは、AT&Tの対抗馬として1899年に設立された由緒正しい電話会社で、政府関連事業も、過去20年に渡って無難にこなしてきた実績があるのです。

どうして、そのスプリント・ネクステルが外されたのか?政府の担当部署は、理由は明らかにしてはいませんが、個人的には、こう勘ぐっているのです。政府のスパイ活動への協力に難色を示したからではないかと。

ま、これは、あくまでも個人の勝手な想像であり、確たる証拠はありませんが、スプリント・ネクステルは、国民のプライバシーと人権を守る立場から、政府の望むようなネットワーク構築の提案をしなかったのではないでしょうか。
他の3社は、以前、USA Today紙にもすっぱ抜かれたように、国の諜報機関に対し、契約者の情報を進んで開示しているようなのです。国内外を問わず、誰が、どこに、どの頻度でコンタクトしているかなどは、筒抜けなのですね。合わせて、盗聴もなされているのかもしれません。

もっと空恐ろしい話があります。現在、サンフランシスコの連邦裁判所に出されている、元AT&T社員の提訴の内容です。
彼は、ネットワーク担当の技術者だったのですが、勤めていたサンフランシスコのAT&Tビルの中には秘密の扉があって、防衛省の諜報機関NSAから許可された、ごく一部の人間しか中に入れないといいます。
この「641A」号室は、NSAの盗聴ルームになっていて、インターネットのライブトラフィックが逐一解析されているそうです。メール、ネットサーフィン、金融機関の報告書、ビデオ、IP電話など、インターネットで行う処理のすべてがNSAに監視されているというのです。
なんでも、AT&Tのネットワークケーブルにはスプリッターが施され、真っ二つに分かれた一本はみんなのネットワークへ、もう一本は641A号室に引き込まれているのだとか。

こういった話はAT&Tに留まらず、昨年以降、似たような諜報活動の疑いのため、ベルサウス(現AT&T)、MCI(現Verizon)、Verizonの3社が法廷で訴えられているそうです。

現在、米国内の諜報活動は、外国のテロリストと関係を持つ者のみを対象とすると、FISA(ファイザ)という法律で厳しく制限されています。しかも、FISA裁判所の令状がなければ、盗聴は行えない原則です(FISAとは、1978年に制定されたForeign Intelligence Surveillance Actの略です)。
しかし、令状なしの盗聴が行われてきたのは周知の事実ですし、これに対し、ホワイトハウスは、FISAを改定し、国内のスパイ活動をやり易くしようと画策中です。

2001年の同時テロ以降、「テロ対策」という大義名分のもと、国内外でいろんな活動がなされてきました。その陰で、充分に潤ってきた企業や個人がいることを思うと、まあ、アメリカという国は、ファンドの投資先みたいなものでしょうか。
ファンドを率いるのは、ホワイトハウス。恩恵にあずかる投資家は、もろもろの企業。そして、アメリカという会社であくせく働く従業員は、国民といったところでしょうか。

<おまけのお話:お金はいったいどこへ?>
世の中には、不思議な投資があるものですよ。ごく最近知ったのですが、こんな金儲けがあるんです。
不動産や絵画、それから家畜なんかを売って、儲けが出たとしますよね。普通は、この儲けに税金がかかります。でも、180日以内に、売ったお金で似たような資産を購入すると、儲けた分に税金がかからないらしいのです。これを繰り返すと、税金なしで、資産がどんどん大きくなっていきますよね。
これは立派に合法的な金儲けの方法でして、アメリカの税金法の条項を取って、”1031 exchange”と呼ばれているそうです。ひとつの資産を売って、また同種の資産を買うのだから、これは”exchange(交換)”なのだと定義されているようです。

ただし、税金がかからないので、税務署も「わしゃ知らん」といった態度。だから、誰もこの業界を取り締まっていない。そこで、問題が起きてしまうのです。

そもそも、不動産や絵画のような高額の取引には、第三者の金融機関が一時的にお金を預かる規則になっていて、すべての書類手続きが完了しないと、売主もお金に手を付けてはいけない仕組みになっています。
通常の高額取引だと、銀行や権利会社(title company)と呼ばれる金融機関が、責任を持ってお金を預かります。ところが、この”1031 exchange”の場合、取締りがない分、誰でも仲介金融業者になり易く、しかも、手数料が安いことを理由に、利用する売主も多い。

そんな中、ベイエリアで、こんなことが起きてしまいました。”1031 exchange”の仕組みを利用し、不動産を売った人たちのお金が、仲介業者の倒産と同時に、どこかへごっそりと消えてしまった・・・

被害に遭った人は、だいたいお金持ちが多いようで、被害額も億単位。けれども、中には、50年も前に買った不動産を元手にビルを買おうとした全額がドロンしてしまった人もいたようです。

まあ、アメリカという国は、何でもありの自由の国。でも、その一方で、何が起こるかわからない、空恐ろしい国でもありますね。

夏来 潤(なつき じゅん)

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