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2014年11月30日

選挙が投じる波紋: 判事指名と移民論争

Vol. 184

選挙が投じる波紋: 判事指名と移民論争 

 

 
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11月は、アメリカでは選挙の月。

第一火曜日は「選挙の日(Election Day)」と定められていて、国政から地元の議員、学区委員や州裁判所の判事と、さまざまな代表者を選ぶ日となっています。

そんなわけで、今月は、選挙にまつわるお話を二ついたしましょう。

<ふん、わたしは退官しないわよ!>


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「わたし」というのは、連邦最高裁判所のルース・ギンズバーグ判事。御年81歳のレディーで、華奢な体躯に余るような法服と、襟元のかわいらしいレースがトレードマークの判事です。

先月号でもご紹介した史上初の女性最高裁判事サンドラ・デイ・オコナーさん(在任1981年〜2006年)に続く二人目の女性判事で、先々代のビル・クリントン大統領に指名され、1993年に就任したお方。

以前から、この方に関しては「そろそろ退官なさる頃かしら?」と風評が流れ、その度に単なる風評で終わっていたのですが、11月4日の全米選挙が終わり、「いよいよ退官はないな!」という結論に達したのでした。

なぜなら、来年1月からは、共和党が連邦上院議会を牛耳ることになったから。
 


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そう、これまでは(敵対する)共和党に連邦下院を握られていたために苦労してきたオバマ大統領ですが、1月からは連邦上院まで握られることになって、苦労が(白髪が)倍増することになりました。

それで、まずあり得ないのが、最高裁判事の指名。だって、上院の賛同は得られそうにないから、指名したって意味がない!

そうなんです、先月号でもお伝えしたように、連邦最高裁判所は絶大な「鶴の一声」を放ち、ときに大統領府よりも強大な機関だと言われますが、あくまでも判事を指名するのは大統領。ですから、指名された大統領によって、思想的に「右と左」にくっきりと分かれるのです。

オバマ大統領は、これまでラテン系初のソニア・ソトマヨール判事と一番若いエレナ・ケイガン判事を任命していますが、任期中にもう一人「リベラルな」判事を指名すべきだ! という声があちらこちらから聞こえていました。
 


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今は、5対4と「保守派」が勝る法廷ですので、オバマ大統領が現職のうちにリベラル派を「交替」しておきたいというわけで、そのターゲットとなったのが、見かけは華奢なギンズバーグ判事。
(こちらの風刺漫画では、5人の男性判事が保守派、左端がリベラル派を率いるギンズバーグ判事。「スペルミスを見つけたから、文書全体を破棄するもんね」とジョン・ロバーツ長官がむちゃくちゃな宣言をしていますが、彼が指しているのは米国憲法!: Cartoon by Mike Luckovich / Atlanta Journal-Constitution, November 11, 2014)

この「交替」のターゲットとされるギンズバーグ判事は、ときにユニークな発言で話題となる方で、昨年、同性結婚(same-sex marriage)に関する口頭弁論では、こんな尋問が一躍有名になりました。
(国家は)結婚には二種類あると主張しているわけね。正当な結婚(full marriage)と、何というかスキムミルクみたいな(薄められた)結婚(skim milk marriage)

国の結婚防衛法(the Defense of Marriage Act)通称DOMA(ドーマ)の合憲性を審理する場での発言でしたが、同性結婚を認めずに「スキムミルク婚」とする法律は、結果的には「違憲」と最高裁で判断されています。

もしかすると、彼女の「スキムミルク婚」が、他の判事たちの心にも響いたのかもしれません。

それで、今月の選挙の結果「しばらく退官はないな!」と言われていたギンズバーグ判事ですが、感謝祭の前日、心臓冠動脈にステントを留置する緊急手術を受け「リベラル派」をヒヤリとさせています。
が、感謝祭明けの12月1日には、仕事に復帰する予定だと報道されていて、リベラル派は固唾を呑んで見守っているところです。(後日注: 実際に12月1日の口頭弁論には、冴えた頭で出廷なさっています)
 


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15年前には大腸がん、5年前にはすい臓がん、そして4年前にはご主人を亡くされ、2年前には肋骨骨折で入院と、数々の試練に立ち向かいながらも、法廷のベンチを一日も空けたことがないという、不屈の精神の持ち主です。
ごく最近も、「(今の複雑な状況で)わたしの他に誰が最高裁に適切だと言えるのかしら?」とインタビューで述べ、続行の意志の堅いところを表明しています。

前最高裁長官ウィリアム・レンクイスト判事は、亡くなるまで長官を辞めなかった方なので、最高裁判事の終身制(life tenure)というのは有名無実ではありません。不屈のギンズバーグ判事だって、それに続くのは十分可能なのでは?

それに、彼女ご自身が「わたしは2016年(の大統領選)を楽観視している」と幾度も明言されているので、「ヒラリーが勝って、わたしの代わりはオバマさんかしら?」というシナリオも思い描いていらっしゃるのかもしれません。

いえ、勝手な想像ではありますが、なにせオバマさんは憲法学者ですし、現職の中にはエレナ・ケイガン判事のように裁判官歴がない方もいらっしゃるので、可能性はゼロではないのです。

<絶滅危惧種と移民論争>
お次は、カリフォルニアの話題です。絶滅危惧種(endangered species)と言いましても、自然界ではなく、人間界のお話です。

絶滅に瀕していたのは、サンフランシスコ・ベイエリアの共和党議員。が、今度の選挙では、6年ぶりに「復活」しました!
 


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12月1日に州下院議会に参画するのは、弁護士転じて政治家となったキャサリン・ベイカーさん。サンフランシスコから東の内陸部に位置するベッドタウン、ダブリンやプレザントンを選挙区としています。(Photo by Jim Stevens, the San Jose Mercury News, November 18, 2014)

この辺りは、サンフランシスコやサンノゼと比べて白人の比率が高いゆえに、民主党支持者、共和党支持者、無党派層が拮抗した地区。ベイカーさんは、共和党候補でも中道を行く方ですし、とくに女性有権者や無党派の支持を得たのでしょう。

なんでも、シリコンバレーを含むサンフランシスコ・ベイエリアで共和党議員が「生息」していたのは、連邦議会では2007年で任期が切れたリチャード・ポムボ下院議員、州議会では2008年で任期切れのガイ・ヒューストン下院議員が最後。

そんな地域から共和党議員が誕生するのは驚きに値するわけですが、それが現実に起きるということは、それだけ今の政治に不満を抱く人たちも多いという証拠かもしれません。

それで、興味深いことに、カリフォルニアで共和党政治家たちが「絶滅危惧種」の一途をたどるようになった瞬間があるのです。
そう、「瞬間」と言っても過言ではない出来事なのですが、それは、20年前の住民投票で可決された提案187(Proposition 187)。

当時のピート・ウィルソン州知事が再選を目指した際、前面に押し出した政策で、その追い風に乗って二期目に当選できたとも言われています。

いったい何かと言うと、「不法移民(illegal immigrants)」を徹底的にあぶり出し、社会保障制度や教育制度から完全に閉め出すという、全米で最も厳しい法律。

当時、カリフォルニアでは移民人口が増え、中には許可なく国境を渡って来たラテン系やアジア系の「不法移民」も目立ってきた時期でした。
そこで、危機感を覚えたカリフォルニア住民は「提案187」を可決した(6割の得票率)わけですが、実際には、この移民法は施行されていませんし、今年、州議会の議決の末、正式に州の法規集から抹消されています。

が、人々の心には、決してぬぐい去れない「不信感」が芽生えたのでした。こんな理不尽な提案をかついだのは、他でもない、共和党議員であるという不信感。
それとともに、20年前は4割近くいた共和党支持者(37%)が、現在は3割に満たないほど(28%)に減り、代わりに無党派層が4人にひとり(23%)と増えたのでした。

この思想的な変化の背景には、人種構成の変化もあって、20年前には州全体で半数ちょっといた白人人口(53%)が、現在は4割を切るほど(39%)になり、ラテン系とほぼ同じ割合(38%)になったこともあります。

今となっては、カリフォルニアで暮らしていれば、家族や友人、同僚、日常お世話になっている人たちの中に、必ず「不法移民」の関係者はいるわけで、そんな身近な人たちに処罰や国外退去(deportation)などの災難が降りかかるのは忍びないし、自分たちの生活にも支障をきたす、と多くの住民が感じているようです。


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だって、畑で働いてくれるのも、庭の面倒をみてくれるのも、家の掃除をしてくれるのも、もしかすると無許可で滞在している人たちかもしれないでしょう。

今年前半に行われた州民の世論調査によると、9割近く(86%)の住民が、滞在期間や税金などの条件を満たすなら「不法移民」にも市民権への道を開くべきである、と回答したそうです。
(カリフォルニア公共政策研究所の今年3月の報告書PPIC Statewide Survey: Californians and their government; 上記 州政党支持率はカリフォルニア州務長官の公式データ; 州人種構成は米国国勢調査局データ。「白人人口」は非ラテン系白人のみで、ラテン系白人は含まない)

そんな人々の意識の変化とともに、「不法移民」という表現も姿をひそめ、代わりに「査証のない移民(undocumented immigrants)」という言葉が使われるようになりました。
これは、「不法移民」と呼ばれる大部分は出身国では善良な市民であり、彼らは単に米国には無許可で滞在しているだけだ、という配慮から生まれたものです。
 


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11月20日、オバマ大統領は移民制度改革の具体案を公表し、翌日、大統領令(the President’s Immigration Accountability Executive Action)に署名しています。
これによって、国境警備を強化するとともに、市民権や永住権を持つ子供たちの両親には、法的立場を明確にする道が定められています。(Official White House Photo by Pete Souza)

これに対し、大統領と敵対関係にある連邦議会の共和党議員たちは、「そんな規則を勝手につくるなんて、自分を王様か皇帝だと思っているのか?」と、激しい反発を見せています。

そして、州によっては、「俺たちの仕事を不法移民が奪ってもいいと言うのか?!」とシュプレヒコールを上げる住民が目立つ場所もありますが、対照的にカリフォルニアは、穏やかな日々を送っています。

なぜなら、そんな議論は、20年前の「提案187」のときに散々やりつくしたから。

そのときには保守派の声が大きかったけれども、法律は施行されることもなく「おシャカ」になり、今となっては、たとえ「査証なし(undocumented)」とレッテルを貼られた人であっても、長年ここに住んで働き、犯罪歴もなく、ちゃんと税金を払ってくれるんだったら、永住権や市民権を与えてもいいんじゃない? という声が大多数になっているから。

このようなカリフォルニアと他州の温度差について、南カリフォルニア大学の政治研究所長ダン・シュナー氏は、こんな風に解説されています。
アメリカの他地域は、カリフォルニアが何年も前に経験したような人口的、文化的変遷をかいくぐっている。だから、以前カリフォルニアが繰り広げた政策論争を、今やっているんだ。歴史は繰り返されるのではなく、(西から)東に動いていくんだよ」と。
(引用文献: “Dramatic change for state since Prop. 187”, by Josh Richman and David E. Early, the San Jose Mercury News, November 23, 2014)

大統領令の署名にともない、カリフォルニア内陸部の農業地帯では相談件数の増加が予想されるので、地域のメキシコ領事館では、時間延長やコールセンターの充実、近隣コミュニティーへの働きかけと、対応策を強化しています。
 


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そして、いよいよ来年1月からは、カリフォルニアは「査証なし移民」に対しても、特別に運転免許証を発行することになっています。

そう、今までは国外退去が怖くて州の制度に名乗りを上げなかった人たちにも、門戸を広げようというのです。

結局のところ、運転免許証を持っていなくても、仕事に行くときには皆が車を運転するわけだし、だったら、ちゃんと制度化してルールをわきまえてもらって、他の州民と同じように保険にも入ってもらって、事故が起きてもきちんと責任を負ってもらおうじゃないか、という理路整然とした考えなのです(通常、州が発行する運転免許証は国の制度でも身分証明書として使えますが、この手の免許証は身分証明には使えないようです)

すでに全米で8州が同じような制度を確立しているそうで、1月から始まるカリフォルニアとコネチカットを加えると、計10州になるとか!

「え、不法移民に運転免許証?」とギョッとするような制度ではありますが、いくら理想を掲げたところで、現実とはかけ離れてしまっているので、現実に即した対応をしていかないと、社会でみんなが幸せにはなれないでしょ? ということでしょうか。

人の流れは、せき止めることは難しいです。ですから、それを拒むのか、受け入れて対策を講じるのかは、その後の「底力」や「原動力」の違いになってくることもあるのでしょう。

夏来 潤(なつき じゅん)

 

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