Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2007年12月28日

2007年を振り返って

Vol.101

2007年を振り返って


いつの間にか、2007年も終わりに近づいてきました。とにかく、一年が行き過ぎるのは速いものではありますが、振り返ってみると、今年もいろんな事がありました。
日本では、年金問題に防衛省の不祥事。そして、食の安全や医療の安全を問う不祥事の数々。「いったいどうなってんの?」と、頭を抱えた方もたくさんいらっしゃることでしょう。
一方、アメリカでは、なんといっても、住宅価格の落ち込みを引き金にした、サブプライムローン(信用度の低い層への住宅融資)問題。どんどん雪だるま式に大きくなって、アメリカの金融業界だけではなく、世界の金融市場を揺るがす大問題となりました。

そんな一年を記念して、今月は、まとめの号といたしましょう。書きたいトピックは10や20と頭に浮かびますが、残念ながら、スペースの都合で全部をご紹介することはできません。
そこで、印象の強い順番に、4つだけ並べてみることにいたしましょう。あんまり暗い話は抜きですね!


<テクノロジー製品談義>
お~い、任天堂さ~ん、いったい何考えてんのぉ~?

いえ、他でもない、家庭用ゲーム機「Wii」のことですよ。アメリカでは、クリスマスの直前に、Wiiが足りなくって、大騒ぎ。
中には、在庫のまったくないお店もたくさんあったようで、「1月までは待てない!」って人は、マイクロソフトのXboxやら、ソニーのPlay Stationに流れてしまったのでしょうね。だって、年が明ければ、みんなのお財布の中身はカラッカラ。と言うよりも、クレジットカードの借金がドカッとやって来る。それなら、今のうちに、どさくさにまぎれて別の物を買っちゃいましょうと、他社製品に流れてしまったことでしょう。今年は、昨年に比べて、ゲーム機の売上が6割増と見込まれていたのに、任天堂さん、もったいなかったですね(我が家でも、ソニーのPS3をゲットしましたよ)。

だいたい、アメリカの消費者って、「Season of Giving(人に与える季節)」と呼ばれるクリスマスの時期のことを勘違いしているんですよね。人に分け与えるのは、金で買った物品だと、ほとんどの人が思い込んでいる節があります。
だから、アメリカのクリスマス商戦をあなどってはいけません。売る側としては、在庫が余るのも考え物だけれど、どれだけ需要があるのかを計り間違ってはいけないのです。とくに、Wiiのような人気商品に、謙遜は不要なのです!

そうそう、この年末の大事な時期、アップルさんも、人気携帯電話「iPhone(アイフォン)」の限定販売台数を2台から5台に増やしましたよ。秋にヨーロッパでiPhoneが発売となったとき、業者が買い占めないようにと、それまでの「ひとり5台」の制限を「2台まで」に強化していたのです。が、さすがに今度は売り残りが心配になったようで、制限を緩和したのです。
それでも、これまでアメリカで販売されたiPhoneの18パーセントは、独占携帯キャリアであるAT&Tのサービスに加入していないそうなので、どこかで業者の手に流れているのでしょうね。


P1120156small.jpg


さて、このiPhone、何といっても、今年一番の注目商品でした。Time誌では、栄えある「今年のベスト発明品」に選ばれています。わたし自身も、6月号でiPhoneの登場を待ち望む巷のざわめきをご紹介していますし、7月号のおまけ話で、発売当日のアップルショップでの大騒ぎをご報告しております。
マックやらiPodとともに、年末のiPhoneの売れ行きもしごく好調なようで、クリスマス明けのナスダック株式市場では、いきなりアップル株が200ドルに達しました。今年アップルは、80ドル中盤という株価で始まっているので、2007年の躍進は素晴らしいものです。これも、やはりiPhone効果でしょうか。

これほど騒がれるテクノロジー製品も珍しいものですが、それは、アップルというハイテク企業が作ったわりに、iPhoneがうまく家電製品になりきっているからでしょう。

昔のヒューレット・パッカードのPDA、HP 200LXのように、一部のテクノロジー愛好家に好かれる製品は、これまで世の中にいっぱいありました。でも、iPhoneが一般ユーザにまでも深く愛される理由は、テクノロジーをまったく感じないで利用できることでしょう。
たとえば、ちょっと前までは、アメリカでケータイを使ってメールを受け取ったり、ウェブアクセスしたりというのは、一般消費者にはまったく縁のないことでした。ケータイなんて、テキストメッセージ(SMS)を打つのが関の山。それに、ウェブでお天気やスポーツ情報を得られるよと言われても、所詮は小さな見難い画面で我慢しなければならず、ほとんど誰も利用しなかったのが現状です。
ところが、iPhoneが現れて以来、状況は一転。ケータイでメールを受け取るのは当たり前になったし、ウェブアクセスも手馴れたものとなりました。画面は大きくて見易いし、主な機能はメニューボタンになっているので、チョンと押せばいいだけ。Yahooファイナンスで日々の株価をチェックするのも楽だし、Googleマップで行き先を探して、フリーウェイの混雑状況を把握するのもお手の物。


P1120159small.jpg

画面の文字が小さいなら、親指と人差し指をスクリーン上でビュッと広げれば、画面は自由に拡大するし、iPhoneを縦から横に向きを変えると、画面も横向きになって、もっと見易くなる。実用的だから、みんなもウェブを利用してみようかという気になるのです。

まあ、もともとメールもウェブアクセスも、パソコン上では誰でもやっていることですから、そこに格別な敷居はありません。ところが、それがケータイに移っただけで、アメリカのユーザにとっては、途端に敷居が高くなってしまう。アップルの偉さは、いろいろと工夫して、その敷居をまったく取り払ってしまったところにありますね。
しかも、iPhoneでは、iPodのように音楽も聴けるし、YouTubeなんかのビデオも観られる。音楽、画像、メール、ウェブと、みんなが慣れ親しんだ機能が、見事なまでに調和している。それが、ひとつのおしゃれなデバイスに凝縮されている。

というわけで、iPhoneにはテクノロジーがいっぱい詰まっているのに、そんなことはおくびにも出さないで、みんなに好まれるおしゃれな道具になっているのです。
新しい製品を世に出すとき、たった一段の敷居であったにしても、一般ユーザには越えられないことがたくさんある。それを、アップルさんはよくご存じなのですね。「技術的にできる」ということと、「みんなが使ってみたいと思う」ことはまったく別物であり、大きく飛躍してしまっては、誰も付いて来ない。そんなことを、よくわきまえていらっしゃる。だから、発売からたった74日で、100万台も売れたのでしょうね。

そして、これから先、このiPhoneで確立されたプラットフォームを利用すれば、今まで誰も考え付かなかったような、真新しいサービスを導入することもできるのです。そうなると、iPhoneがポップカルチャーを大きく変えてしまうかもしれない(だいたい、購入したiPhoneをパソコンに繋いで、iTunes経由で、オンラインで携帯サービスに加入するなんて、まったく意表を突く発想ですよね)。


P1120152small.jpg

  携帯キャリアAT&Tの向こうを張って、競合のVerizonワイヤレスからは、iPhoneもどきの製品が出ています。LGの「Voyager(ヴォエジャー)」という製品ですが、タッチスクリーンのiPhoneみたいな形と機能で、パカッと開けると、ちゃんとしたキーボードが付いている。だから、キーボードがある分、iPhoneよりも便利なんだよと、宣伝しています。

でも、残念ながら、ひとつ足りないです。何がって、「アップル」というブランド名が。


 

 

<もうすぐ1月3日>
みなさま、これを何と読むかご存じでしょうか?
「Des Moines」

ひとつヒントです。
「Des Moines, Iowa」

そうですね、アイオワ州の首都、ドゥ・モインのことです。今、アメリカ中の目が、この中西部の街に向けられています。ご存じの通り、2008年11月4日の大統領選挙に向かって、全米で初めての党員集会(caucus)が開かれるのです。ここでの結果如何によっては、民主党も共和党も、大統領候補者の力関係がグラッと変わってしまうのですね。
なんでも、アイオワ州で全米に先駆け党員集会が開かれるようになったのは1972年のことだそうで、それ以来、このドゥ・モインが、その後の全米での選挙戦の形勢を占うと言われてきました。
ちょっとおもしろいのは、映画やテレビなんかでは、ドゥ・モインは「田舎」の代名詞みたいに使われているのに、このときばかりは、みんな真剣に眼(まなこ)を開いて、この地での動きに注目していることでしょうか。でも、田舎とはいえ、この10年で見違えるようにおしゃれになって、今ではすし屋さんだってあるそうですよ。それから、小さな街だけあって、候補者たちを間近で見るには最適だそうです。

年が明けるとすぐに、1月3日にドゥ・モインで両党の党員集会が開かれ、1月8日には、いよいよニューハンプシャー州で予備選挙(primary)が開かれます。こちらも全米初の予備選挙ですので、注目度は非常に高いです。
でも、ニューハンプシャーの有権者は独立心旺盛で、無党派層が多いので、他の州の試金石にはならないかもしれません。なにせ、州のモットーは、「自由に生きられないなら、死んじまえ(Live Free or Die)」というくらいですから!

その後、各地で党員集会や予備選挙が開かれたあと、注目の2月5日には、雪崩のように23州で党員集会または予備選挙が開かれます。別名「スーパー・チュースデー(Super Tuesday)」とも呼ばれています。
この日は、カリフォルニアでも予備選挙が開かれるのですが、これは以前6月だったものが前倒しとなりました。いつも6月頃には、誰が各党の大統領候補となるのかほぼ決まっているので、カリフォルニアのような大きな州の意向が反映されないのはおかしいと、今回から予備選挙を2月にすることにしたのです。

このように、各州で開かれる党員集会やら予備選挙やらと、正副大統領候補を各党から選ぶ方法は、とても複雑なものです。それと同時に、大統領選挙自体も複雑なことで知られていますね。
忘れもしない2000年の大統領選挙では、民主党のアル・ゴア候補が、共和党のブッシュ候補よりも一般投票の得票数では勝っていたのに、大統領の座は奪われてしまいました。このときは、揉め事が連邦最高裁判所まで達しましたが、これは、大統領を選ぶプロセスが純粋な直接選挙ではないために起こった大騒ぎですね。

その悪夢を思い起こさせるような動きが、今年カリフォルニア州で、ずっとくすぶり続けていました。それは、大統領選挙のやり方を変えてやろうという、共和党支持者の策略でした。

そもそも大統領選挙では、投票日に住民が投票したあと、その得票数に応じて、州の大統領選挙人団(Electoral College)が最終的に票を投じる形式になっています。全米の選挙人は合計538名ですので、270を得票すると、大統領に選ばれることになります。
ここでおもしろいことに、大部分の州の選挙人団は、一般投票の得票に応じて、民主党か共和党か(無所属か)いずれかの候補者にまとまって投票します。カリフォルニアの場合は、選挙人団の票を55持っているのですが、この55票は、すべていずれかの候補者にまとまって投じられます。
それがカリフォルニアを含む大部分の州の規則となっているわけですが、これを「winner-take-all(勝者総取り)」のシステムといいます。例外となっているのは、4票を持つメイン州と、5票を持つネブラスカ州のふたつだけです。

ところが、カリフォルニアでは、選挙区ごとに選挙人の票を分けようではないかという案が持ち上がったのです。
全体で見ると、カリフォルニアは民主党支持者の多い州ではありますが、中には、郡部の選挙区のように、まるっきり共和党支持という場所もあります。だから、選挙区ごとに民主党と共和党を塗り分けると、53の選挙区のうち、20くらいは共和党支持となるのです(カリフォルニア州の55票というのは、53の選挙区票におまけの2票が付いたものです)。
すると、これが、全米の大統領選挙を大きく左右することになる! なぜなら、ガバッと20もの票が動くと、形勢は一気に逆転することになるやもしれないからです。
今回はとくに、ヒラリーさんやらバラックさんと、民主党候補の躍進が目立ちます。ほぼ確実にカリフォルニアの55票は民主党候補に投じられるところが、このうち20票が共和党候補に投じられることになると、ひょっとすると共和党候補が勝つかもしれない! それはもう、共和党としては万々歳なのです。

そんなことを考え出した共和党支持者たちは、カリフォルニアに組織された団体に献金をして、せっせと署名集めを進めました。州の法律を変えるために、住民投票に持っていこうというのです。
もともとの発案者は、共和党の大統領候補者であるジュリアーニ元ニューヨーク市長の陣営とも言われていますが、献金者のリストには、ヒルトン・ホテルの会長、ウィリアム・バロン・ヒルトン氏(パリス・ヒルトンの祖父)なども名を連ねています。

ところがどっこい、悪い事はそううまく行くはずはなく、12月初旬、このたくらみは失敗に終わりました。来年11月の大統領選挙に間に合うようにと、6月に法律修正の住民投票を行おうとしていたのですが、如何せん、有権者の署名が足りなかったのです。
「ふん、来年の11月には絶対に住民投票をしてやる!」と、あきらめる気配はないようですが、とりあえず、2008年の大統領選挙には、今まで通りの「総取り方式」が採用されることとなりました。

この成り行きに、ホッと胸をなでおろしたのは、全米を司る民主党本部。当のカリフォルニアの民主党員は、「ふん、絶対に住民投票にはならないさ」と、高をくくっています。

それにしても、党員集会やら予備選挙やら大統領選挙人団と、どうしてこんなに複雑怪奇な方式が生まれたのでしょうね? システムが複雑であればあるほど、悪者が介在する余地が増えるでしょうに。

さて、ヒラリーさん、バラックさん、ミットさん、マイクさんと、注目の候補者はたくさんおりますが、そのお話は、また来月のお楽しみにいたしましょう。


<偽物>
日本では、今年の漢字に「偽」が選ばれたそうですが、それほど偽物が横行した一年であったわけですね。

わたしも、先月、生まれて初めて歌舞伎を観に行ったとき、吉兆さんのお弁当を予約したことがありました。中休みに桟敷席まで配達してくれるというので、便利だと思ったのです。すると、よりによって、予約した日の新聞に吉兆さんの食の問題が載っていて、それを読んだあと、よほど予約を取り消そうかと思いましたよ。
まあ、当日は、そのままおいしく頂いて、何の問題もありませんでしたが、さすがにお刺身には手を出す気になれませんでしたね。

この一連の大騒動、最初は、ペコちゃんだったのでしょうか。それにしても、吉兆さんに、赤福さん。白い恋人にミートホープと、いろいろありましたね。きっと、日本のみなさまは、「口惜しやぁ、老舗よ、お前もか・・・」という感じで一年を過ごされたことでしょう。

けれども、これはある意味、歓迎すべき風潮ではないかと思うのです。

いえ、何も、偽物を作るのがいいと言っているわけではありません。そうではなくて、偽物を暴く(あばく)風潮が素晴らしいと言っているのです。
だって、赤福さんにしたって、30年の昔からやっているわけですよね。何も今に始まったというわけではありません。
だから、今年が「偽物の年」だったわけではなくて、「偽物を暴く年」だったに過ぎないのです。記念すべき「偽物撲滅作戦元年」とでもいいましょうか。

こう申し上げては何ですが、わたしは以前から、赤福さんのお味に疑問を感じていました。お彼岸の度に、おはぎを作ってくれる母の味からは、ほど遠いものだったからです。出来たての餡子の味やもち米の香りは、子供の頃から、脳裏に深く刻み込まれているものなのです。
実は、そう感じていた消費者はたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。でも、「銘菓だよ」と言われると、何となく、そうかなと思ってしまう。それは、「老舗」という看板があるからなのでしょうし、老舗という先入観があると、途端に味もおいしく感じてしまうのです。

だから、相手がどんなに老舗であっても、盲目的に信じてはいけない。そして、もし偽物を作ったならば、すぐに暴かれてしまう。そんな風潮が生まれた今年は、考えようによっては、素晴らしい一年だったのではないでしょうか。

そう考えると、2007年の「偽」の一字は、いい選択ではありませんか。だって、偽物(偽者)がはびこっているのは、なにも食の世界に限ったことではありませんから。


<響け、歌声>
今年も、たくさんの大切な方々を亡くしました。尊い命であることは、どなたもかわりはありませんが、「今年の訃報」として、ひとつだけ書かせていただきたいと思います。

それは、9月に71歳で亡くなった、オペラ歌手のルチアーノ・パヴァロッティ氏。ほんの数年前に、同じくテノール歌手だったお父さんを亡くされたそうですが、ご本人はお父さんほど長生きではなかったのが、大変残念なことではあります。
世界の三大テノール歌手として、クラシック音楽に縁のない人にまでもオペラを広めた功績は大きく、あの迫力のある澄んだ歌声と、愛嬌のある笑みを知らない人は、世の中にあまりいないのかもしれませんね。

けれども、意外なことに、パヴァロッティさんはいつまでも「素人っぽい」ところを捨てていなかったようで、あんなに偉大なオペラ歌手であったにもかかわらず、舞台に立つときには、いつも恐くて、子供のように泣きべそをかきそうだったらしいです。
これは、生前にご本人がおっしゃっていたことですが、舞台が始まる前には必ず、「お前は舞台に立つ資格などない!」と、自問自答にさいなまれていたそうです。声の調子が万全じゃないとか、練習がちょっと不足しているとか、完璧を目指す者にとっては、本番前に何かと不安が頭をもたげるものなのでしょう。
ところが、ひとたび舞台に立ち、観客に向かって一声を発した瞬間、大きな暗雲もすっかり消え去ってしまう。なぜなら、自分が満足できるほどの練習を懸命に積んできたから。

この話を聞いて思い出したのが、アメリカの名女優ジュディー・ガーランド。映画「オズの魔法使い」で、主人公ドロシーを演じた方ですね。子供の頃から、抜群の歌唱力と演技力を誇り、またたく間に超人気エンターテイナーとなったわけですが、大人になって「大女優」と呼ばれるようになった彼女も、パヴァロッティさんと似たようなところがあったのです。「舞台に出るのが恐い」と、足を踏み出すまでに、勇気をふるわなければならなかった。

偉大な人にも意外な一面があるものですが、それほどの恐怖心があるから、練習にも力が入り、観客の前に立つことを、決して軽んじたりはしなかったのでしょう。
パヴァロッティさんは、一度ドイツ語のオペラをやってみたかったと、数年前のインタビューで答えていますが、それは、歌詞の持っている意味を大切にするために、自国語であるイタリア語のオペラにしか挑戦しなかったことからきています。

パヴァロッティさんが好んで歌い、彼の十八番ともなっていたアリア「Nessun Dorma」は、まさに、後の世に現れる彼のために書かれたようなものかもしれませんね。

注:「ネスン・ドルマ(誰も寝てはならぬ)」は、プッチーニ作曲の歌劇「トゥーランドット」の有名な独唱部分です。パヴァロッティさんは、2006年のトリノ冬季オリンピックの開会式でも歌っているのですが、これが彼の最後の公演となったそうです。


さてさて、今年もいろいろありましたが、わたくしのおしゃべりにお付き合いくださり、どうもありがとうございました。

2008年も、みなさまにとって平和な一年でありますように!

夏来 潤(なつき じゅん)

© 2005-2020 Jun Natsuki . All Rights Reserved.