Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2002年07月22日

日常生活(パート1):こちらのテクノロジー環境

Vol. 36

日常生活(パート1):こちらのテクノロジー環境

今回と次回は2回連続で、シリコンバレーでの日常生活を、テクノロジーの観点からつづってみたいと思います。

<サッカーの恨み>
ワールドカップ・サッカーがまだ予選の頃、前回覇者フランスの決勝トーナメント進出を賭けた最終試合、デンマーク戦を生放送で見ていました(西海岸では、午後11時半スタート)。
午前1時を廻り、フランス形勢不利の内、試合もあと5分と迫った頃、突然テレビの信号が途絶え、どのチャンネルも "砂の嵐" 状態となってしまいました。
早速ケーブルテレビ会社、AT&Tブロードバンドに電話すると、ただの定期的な補修サービスだよ、とのんきな答。"今いったい何の放送をしているのか知っているのか? オリンピックより大事なワールドカップ・サッカーの試合だぞ" と抗議したものの、カスタマーサービスの担当者ではどうしようもなく、上司に苦情を伝えてもらう事を念押しして、しぶしぶベッドにもぐりこみました。

ラテン系人口の多いシリコンバレーで、ワールドカップの時期に、しかも大事な試合のスケジュールを確認もせず、補修サービスをやってしまうケーブルテレビ会社にも呆れてしまいますが、お客様に何の通知もなく、突然映像の送信を止めてしまう心配りの無さにも、"アメリカらしいな"、と苦笑いをせざるを得ません(もうすぐ映像が切れますよ、という警告すら流れません)。
これが日本だったら、サービス不行き届きで、ビジネス続行に支障が出るかもしれませんが、こちらの高飛車なサービス会社は、他にお客になりたい人はいくらでもいる、と言わんばかりの態度です。最近は、さすがに苦情に対する口答えは少なくなりましたが、サービスを提供してやっているという思想が根底に流れているようです。

ケーブルテレビの突然の送信停止は何も今回に限った事ではなく、やはり、早いうちに、衛星テレビに切り換えた方が無難なのかもしれません。


<ブロードバンド先進国?>

ケーブルテレビだけではなく、インターネット接続に関しても、シリコンバレーでのサービスは、一流とは言い難い面もあります。例えば、"シリコンバレーの首都" と公言するサンノゼ市では、ブロードバンド(高速インターネット接続)の選択肢が著しく限られます。CATVインターネットが利用できないので、電話会社が提供するDSLに頼るしかありません(DSLすら利用できない世帯も、皆無ではありません)。
これは、ひとえに政治的な部分が大きく、市当局と地域のケーブル独占企業であるAT&Tブロードバンド社の交渉が長引き、光ファイバーケーブルの附設など、インフラストラクチャの整備が大幅に遅延しているためです。
これに懐疑心を抱き始めた市側は、今後ケーブルサービスのパートナーを変更する事も模索するようですが、いずれにしても、サンノゼ市民がCATVインターネットを享受するようになるには、あと何年か掛かるようです。
(不運な事に、こちらでは、ケーブル会社の選択肢もごく限られています。ブロードバンドの草分け的存在であるアットホーム社は、ケーブルパートナーだったTCIの身売り先、AT&Tブロードバンドに今年初め吸収されました。その業界最大手A社も3番手のコムキャスト社に間もなく買収され、AT&Tコムキャストとなる予定です。全米では、その他、業界2位のAOLタイム・ウォーナー、コックス、チャーターなどの大手が市場の大部分を占めています。)

一方、DSLにしても、選択肢は決して豊かではなくなっています。1996年の電話業界の規制緩和に伴い、DSLサービスを提供するスタートアップ会社が、続々と鳴り物入りで登場しました。サンタクララのコバッド(Covad Communications)、サンフランシスコ近郊のノースポイント(NorthPoint Communications)、そして、コロラド州のリズムズ(Rhythms NetConnections)などはその代表選手でした。
ところが、期待通りには加入者が集まらず、莫大な設備投資の負担も難しくなり、多くは、昨年の市場の急激な引き潮に飲まれ、倒産の憂き目を見ました。一般家庭への浸透に不可欠な電話回線がベイビー・ベル電話会社に牛耳られ、高いリース料に四苦八苦したとも言われます。ISPとの収入分配も痛い負担でした。
その中で、コバッド社は、ベイビー・ベル(地域電話会社)SBC社の助けを借り、昨年末に会社を再建しました。既存の電話回線を利用することでリース料を下げたり、ユーザー・インストール(ユーザー自身による機器の設置)を奨励することで出張サービス費用を削減したりと、徐々に収支を改善しつつあります。
しかし、より安価な料金でブロードバンドを提供する、ベイビー・ベルやISPなどの競合と遣り合っていくのは、かなり厳しい道のりのようです。

現在、全米では、全世帯の1割ほど、約1千万世帯がブロードバンドに加入しているとされています(昨年末の時点では、CATVインターネットの加入者が多く、DSLと2対1の比率。Jupiter Media Metrix社発表)。
これは、1999年の2百万世帯、2000年の5百万世帯と比べると大きな伸びですが、CATVかDSLいずれかのブロードバンドへの加入が、全世帯の7割で物理的に可能という状況を鑑みると、数年前にブロードバンド提供者が描いた理想からは、ほど遠い現状と言わざるを得ません。
安価なダイアル・アップ接続に比べ、月額50ドルほどのサービス料が高いという人もいます。今のインターネット環境や自分の生活パターンでは、さほど高速サービスにこだわらないという人もいます。このブロードバンド加入者と非加入者というインターネット・ユーザーの分極化は、最近、新たな "デジタル格差" となっているようです。

今はまだ成熟していない衛星ブロードバンドや無線インターネットなどの競合する選択肢が充実し、また、ブロードバンド向けのサービス内容も大幅に拡充して来ると、合理主義の米国消費者にも広く受け入れられるようになるのかもしれません。
手頃さの面から言うと、日本の普及率がアメリカを大きく上回る日も近いような気もします。


<何でも繋げて便利に>

友人A氏のお話です。新しい物を何でも試してみたい彼は、現在、CATVインターネットに加入し、家中のパソコンをワイヤレス(無線)LANで繋げています。彼の "繋げてみる" 事へのこだわりは数年前から本格化し、当時サンノゼのメトリコム社が展開し始めた、Ricochetという無線インターネット・サービスにさかのぼります。
このサービスは、ノートパソコンに付けたPDA大の小型ワイヤレス・モデムで、どこからでもインターネットに接続できるという便利なものでした。通信スピードも、最大56kbpsのISDNダイアル・アップ方式を大きく上回るという触れ込みでした。最盛期には、サービス提供も全米21都市に広がりましたが、先述のDSLの先駆者達と同様、加入者の伸び悩みで、昨年夏、あえなく倒産となりました。
A氏は、それ以前に、既にRicochetの通信速度に満足できなくなり、2年前にアットホーム社のCATVインターネットに乗り換え、実効速度2Mbpsを実現しました(先述のように、今はAT&Tブロードバンドがサービスを引き継いでいます)。

現在、アメリカの一般家庭では、複数台のパソコンを持つ世帯は2600万ほどあり、そのうち570万世帯に何らかのネットワークが組まれていると言います(Parks Associates社発表)。
そのうちの9割近くは、イーサネットを利用しているとされるように、アメリカの家、特に築数年未満の住宅には、将来の拡張性を考え、建築中にケーブルが張られるケースも多いようです(100Mbpsのカテゴリー5ケーブル、通称CAT5を、骨組の時点で壁の中に張り巡らせます。ちなみに、筆者の6年前のケースでは、ガレージから3つの部屋に引いたケーブル計4本で、わずか480ドルでした)。
これに対して、A氏の場合は、家中にLANケーブルを這わせるよりも、迷わずワイヤレスLANを選びました。

これは近年頓に脚光を浴びている、Wi-Fiと呼ばれるワイヤレス・ネットワークで、ケーブルから解放されるありがた味が受けています(Wi-Fiとは、データの忠実な再生を指すwireless fidelityの略)。昨年あたりからの爆発的人気のお陰で、ワイヤレスLANに繋げられる一般家庭のパソコンも、今年末には200万台になると予測されます(Parks Associates社)。
このワイヤレス規格、IEEE802.11bの関連機器もずっと安価になっていて、アクセス・ポイントは100ドル、ワイヤレス・ルータは150ドル、パソコンのアダプターは数十ドルほどまで下がっています。

A氏の場合、CATVケーブル・モデムに繋げたデスクトップパソコンに、ブロードバンド・ルータ機能のソフトウェアをインストールし、素人が簡単には真似できないような技を使っていますが、基本的には、サーバーとしているこのパソコンに、A氏と奥様が各々持つノートパソコンで家中どこからでもアクセスする、というのが目的です。
好きな場所でメイルやインスタント・メッセージ、Webサーフィングをしたり、お好みのMP3の音楽でリラックスしたり、また、庭でのバーベキューパーティーで、ご自慢のデジタル写真をゲストに披露したり、とフル活用しています。一度この便利さを味わったら、もう手放せなくなるようです。

<常時接続とセキュリティー>
現在、アメリカでは、一般家庭がブロードバンドに加入する最大の理由は、いつでもインターネットに繋がっていたいからというものです(6割の人が、ダイヤル・アップの煩わしさから解放され、"always-on" の環境が欲しかったと答えています。Jupiter Media Metrix社発表)。
A氏も、出張に出掛ける以外は、いつも繋ぎっぱなしにしています。

ところが、常に外界と繋がっているということは、招かれざる客が入って来る可能性があるということで、ブロードバンドにした途端、一日に何十もの不正アクセスが試みられた、という一般ユーザーの話も耳にします。更に、ワイヤレス・ネットワークを組むと、こちらからの侵入の危険性も出てきます。A氏が留意点としてまず指摘したのも、セキュリティーへの配慮でした。
彼の場合、ルータ機能のソフトウェアで、ある程度両サイドの侵入を防ぐ事はできますが、更に、ZoneAlarm社のファイアウォール機能ソフトをすべてのパソコンに入れています(個人用なら無料でダウンロード可能)。
彼は、自分のノートパソコンにVPN機能(Virtual Private Network)を持たせ、自宅から会社のシステムにもアクセスしているため、不正侵入やウイルスには特に気を使っているのです。

ワイヤレスLANの場合、通信範囲内の近所の人がネットワークに入り込むアクシデントもありますが、ハッキングを趣味としている人が多いのも事実です。駐車場に停めた車の中で、わずか10分で企業へのハッキングを完了させてしまう例もあると言います。
そのため、セキュリティーに厳しいA氏の会社では、情報の漏洩を恐れ、雑居ビルに入っているオフィスではワイヤレス・ネットワークを使ってはいけない規則になっているそうです。


<現行機種か次世代のWi-Fiか?>

ワイヤレス・ネットワークに関しては、複数の規格が存在するので、ユーザーとしても、それぞれの特色を踏まえておく必要があるようです。
まず、通信スピードは、2.4GHz帯域を使う現行の802.11b規格では、最大11Mbpsに対し、実効速度は5Mbps以下です。次世代のWi-Fiとして、より高速な802.11a規格製品も、ちらほらパソコン店に現れています(5GHz帯域を使い、最大通信速度は54Mbps、実効はその半分ほど)。
また、2.4GHzと5GHzの両周波数帯域に対応する製品も、今年後半に登場するようです。更に、5GHzと同等に高速でありながら、2.4GHzで機能し、現行の "11b" 対応機器もサポートする新規格、802.11gも検討されていて、来年には製品として発表されるようです。

そうなると、すぐに今の機器を購入するのか、次世代製品を待った方が良いのか、という疑問が出てきます。価格の面で言うと、今売られている次世代製品はまだまだ高いですし、通信範囲も、理論上、現 "11b" 規格の方が広いようです(最大半径100メートルほど)。スピードの観点からは、少なくとも米国の現状では、外界から自宅までのブロードバンドの方が、現Wi-Fiを下回っています(DSLもCATVも、実効1,2Mbps程度です)。
一方、"11b" の2.4GHz帯域は、コードレス電話や電子レンジ、近距離ワイヤレス通信のBluetooth規格などでも使われているので、特に集合住宅などで、干渉の問題が出てくる可能性はあります。また、次世代規格の方が、セキュリティーに配慮し、より良い暗号化が施されているという点もあります。

しかし、総合的に判断すると、オフィスや学校のように、たくさんのパソコンを使わない一般家庭においては、現行の規格で充分と言えるようです。現在 "11b" を使っているA氏は、"11b" と "11a" 互換製品が出てきて、年末に向け値段が下がった頃に、こちらに乗り換えたいと考えています。

そんなA氏に右へ倣えして、筆者の家でも、壁の中の高速ケーブルはさて置いて、Wi-Fi一年生となりました。

次回も引き続き、こちらのテクノロジー環境をあれこれつづってみたいと思います。

夏来 潤(なつき じゅん)

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