Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2001年07月16日

最高裁の決定:テクノロジーとプライバシーはどちらが優先?

Vol. 18

最高裁の決定:テクノロジーとプライバシーはどちらが優先?

アメリカではどうも、たくさんの家庭が天体望遠鏡を持っているようです。実際の統計を見たことはありませんが、結構普及しているように見うけられます。ところが、これら望遠鏡の中には、どう見ても星の観測ではなく、人の家の観察に使われているものもあるようで、見晴らしの良い丘に建つ豪邸や都会の高層マンションなどでは、欠かせない小道具となっているようです。でも、これはまだ罪が軽い方で、夜間カーテンが開いていないと、他人様の窓の中を盗み見ることはできません。

最近、米国最高裁判所が扱ったケースはもっと厄介で、普通の望遠鏡では見られないものを、しかも警察がやってしまったので、広く国民の関心を引く判決となりました。
事の発端は、1992年にオレゴン州で起きた麻薬摘発捜査にありました。連邦政府の捜査官が、公道に駐車した車の中から、ある民家に赤外線テクノロジーの熱感知器を向け、家の中から異常な量の熱が出ているのを発見しました。これは明らかに、屋内のマリファナ栽培に使うライトから発生する熱であると判断した警察は、この家に踏み込み、マリファナ100本を押収するとともに、責任者を逮捕しました。
しかし、容疑者カイロ氏は、捜査令状なしに警察が熱感知器を使ったのは、米国憲法修正第4条(the Fourth Amendment to the U.S. Constitution)に反しているとし、連邦控訴院で負けた後は、最高裁に舞台を変え争っていました。

修正第4条というのは、1791年に制定された基本的人権の10か条のひとつです(これら修正第1条から10条は、特にthe Bill of Rights、権利章典と呼ばれ、最も尊重されています)。この条項には、簡単に言うと、個人のプライバシーは犯してはならないものであって、令状なしに家宅捜索したり、持ち物を押収したりすることはできない、と書いてあります。個人の家は、持ち主にとっては城であることを保証しています。
先に下されたサンフランシスコ連邦巡回控訴院の判決では、家の外からの熱感知捜査は、別に警察が不当にプライバシーを侵害したことにはならないとして、カイロ氏の罪を認めました。

最高裁での争点は、令状が必要なのは、警察が個人の家に物理的に踏み込む時だけなのか、それとも、実際には家の中に入らなくても、外から何らかの方法で捜索する時にも必要なのか、ということでした。法律が制定された昔には考えられなかったテクノロジーが存在する現在、もともとの条項をどう解釈するのかは、おおいに意見が分かれるところです。
実際、最高裁でも5対4に別れ、結局、令状が必要なのは物理的侵入だけではなく、あらゆるテクノロジーによる侵入にも適用されるべきことである、と決定が下されました。もし、物理的侵入だけを支持するなら、"家主は進歩するテクノロジーのなすがままになってしまう" と理由付けされています。これにより、カイロ氏に対する罪の証拠は、認められないこととなりました。
この最高裁の決断は、連邦控訴院の中では最もリベラルとされるサンフランシスコでの判決を覆す結果となり、法律専門家を驚かせたばかりではなく、アメリカでのプライバシーの大切さを、改めて皆に知らしめることとなりました。

カイロ氏の摘発が行なわれた9年前から比べると、この分野でのテクノロジーはもっともっと進んでおり、それこそスーパーマン並みの透視能力を発揮する機器が、世の中にたくさん出てこようとしています。既に、空港、刑務所、国境などの警備に使用されているものもあるようです。

たとえば、マサチューセッツ州にあるAmerican Science and Engineering社では、大型車に仕掛けたX線検査システムを15台、米国税関に近々納める予定だそうです。一台2億円のこのシステムを使うと、大型トラックであろうと、そのエンジンから貨物まで何でも一目で透視できます。実際、メキシコ、チアパス州からバナナを運んで来たトラックの中に、37人の違法入国者が潜んでいるのを発見したことがあります。バナナに囲まれた人間達が、つるりとした頭の宇宙人のように浮き彫りになっており、これでは逃げも隠れもできません。
人間だけではなく、武器や爆弾、麻薬など、違法な物は何でもお見通しです。X線が体を通り抜ける普通のレントゲン写真とは違い、物体から反射するX線を映像とするテクニックを使っているそうです。これによって、麻薬などの有機的な物質やプラスティック爆弾なども検知できるそうです。

また、この会社は、"ボディー・サーチ" と呼ばれる類似商品も販売しています。これは、おもに空港の警備に使われるもので、洋服の中に隠し持っている物は、何でも透視してしまうそうです。そのパワーは偉大なもので、秘密の腹巻に潜ませた武器や麻薬だけではなく、下着の中身までくっきりとX線写真にしてしまうそうです。

その他、現在開発中の捜査・警備機器では、レーダーを使ったものがあります。ジョージア工科大学では、ヘアドライヤーほどの大きさのレーダー探知機を開発しており、20センチの厚みの壁やドアの向こう側が察知できるそうです。人質を取っている犯人が、緊張のあまり部屋の中を歩き回る様子や、警察に追われている殺人犯がドアの向こうで息を殺して潜んでいるのも、手に取るようにわかるそうです。犯人がいくら息を殺していても、呼吸による横隔膜の動きを敏感に検知してしまうらしいです。表示されたLED光線の大小で、物体の動きの激しさが表されます。アラバマ州のTime Domain社が開発しているレーダー探知機では、更に、カラフルな円や点の表示で、動きの方向までわかるようになっているそうです。
これらの探知機は、今後、警察の狙撃隊などに重宝されることとなるようです。(ちなみに、Time Domain社は、ワイアレス・コミュニケーションのチップセットも既に製品化しており、ソニーもこの会社のテクノロジーに投資しているそうです。)

先述のAS&E社の "ボディー・サーチ" は、既にニューヨークのケネディ空港に設置されていて、税関が麻薬摘発のために使用しているそうです。しかし、何でも透視してしまい、プライバシーの侵害になるという理由で、使用に関しては厳しい決め事があるようです。たとえば、捜査される側の同意書が必要、捜査官の上官の許可が必要、捜査官は被疑者と同性の者に限る、捜査が終了したらX線写真は廃棄するなどですが、これらがきちんと守られているのか、捜査の対象となる一般人も、規則に精通しておく必要があるようです。

それにしても、最高裁も判決の中でほのめかしていたように、もし、透視技術が一般に普及し、誰もが広く使用するようになったなら、もはや家の中であろうと、プライバシーなどというものは成り立たなくなってしまう恐れがあります。アメリカでは今、家の外に一歩出ると、監視カメラがどこにでも据え付けてあって、日常の行動の7割ほどは、常に誰かに見られていると言います。これが、単にテレビカメラだけではなく、透視カメラになってしまったら、厚い金属の壁で部屋を囲い、中世の鎧を着て過ごすことになるのでしょうか。透視は、スーパーマンが持っているから意味があるのであって、これを犯罪者が手にしてしまったら、もはやファンタジーでは済まされなくなってしまいます。

それを予言してか、既に民間会社の間では、リビングルームやダイニングルームのように、安全部屋(the safe room)なる定義ができつつあるようです。家の中に作られた大型クローゼットやガレージのコンクリート床に打ちつけるタイプの鉄製小部屋など、おもに竜巻、地震、ハリケーンなどの天災に備えるという触れ込みですが、中には防弾壁紙(1平方フィート当たり、10ドル)など、どう見ても、犯罪・テロ活動防御の製品もあるようです。"家族の団欒は安全部屋で"、などという時代がすぐそこに来ているのでしょうか。

最後に、恒例のおまけ話の時間です。先述の最高裁の判決が左右したのかはわかりませんが、先日、奇妙な判決がフィラデルフィア市で下されました。泥棒に入って捕まった18歳の男性が、警察と一戦を交えた証拠物件を提出したくないとわがままを言ったのですが、裁判所はそれを尊重し、彼は無罪となりました。
この容疑者が真犯人である証拠と検察側が主張する物品とは、容疑者の体に埋まっているであろう弾丸の破片でした。普通の捜査手続きでは、容疑者に摘出手術を受けさせ、その弾丸は裁判で犯罪立証に使われます。ところが、この容疑者の弁護士は、彼が手術を受けたくないとしているのに、無理やり摘出手術をするのは、不法な捜索や押収を禁止する憲法修正第4条に反していると主張しました。手術候補地の白羽の矢が当たった病院数軒も、あとで容疑者に訴えられるのを恐れ、手術を拒否しました。結局、証拠物品が検察側の手に入らなかったことから、無罪判決が言い渡されました。

摘出手術を拒否した理由は、"手術が怖いから" だそうですが、そんな見え透いた言い訳がまかり通るのが、何ともアメリカらしいところではあります。

夏来 潤(なつき じゅん)

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