アップルから登場!: スマートウォッチの今後を占う

2014年9月17日

Vol. 182

アップルから登場!: スマートウォッチの今後を占う


 今月は、アップルの新製品を分析したあと、税金と鉄道の小話が続きます。


<Apple Watchってどんなもの?>
 9月9日の火曜日、アップル本社のあるクーパティーノ市のフリントセンターでは、注目のアップル新製品発表会が開かれました。

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 ここは30年前の1月、28歳の若きスティーヴ・ジョブス氏が、壇上で初代マッキントッシュをお披露目して、拍手喝采を受けた記念すべき会場。8月末あたりから、敷地には仮設ステージが建ち始め、あれはいったい何だ! と近隣では大騒ぎでした。

 そんな熱い視線の注がれた発表会で、新製品 iPhone 6/6 Plus、Apple Watch(アップルウォッチ)、Apple Pay(アップルペイ)が壇上に姿を現した、その翌日。
 この『シリコンバレーナウ』のスポンサーでもいらっしゃる Kii株式会社代表取締役会長・荒井 真成氏のもとには、ニューヨークポスト紙の電話インタビューが入りました。

 IoT(Internet of Things: モノとモノがネットでつながる世界)のバックエンドをサポートされる専門家としては、今回のApple Watchをどう見ていらっしゃいますか? と。
 

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 言うまでもなく、Apple Watchは、今か、今かと待ち望まれたアップル版スマートウォッチ。
 GoogleのAndroid Wear(ウェアラブル製品向けアンドロイドOS)を搭載したサムスン、LG、モトローラのスマートウォッチには若干遅れをとったものの、これら先行製品の評価が低迷する中「満を持して登場」の感があります。
 時計に向かって声でメッセージを書くのも、音声アシスタントSiriと会話するのも、Apple Payを使って支払いを済ませるのも、しごく未来風ではあります。

 そこで、ニューヨークポスト紙のインタビューを受け、荒井氏はApple Watchの今後を占うキーポイントを3点に集約: 1)バッテリーの持続時間、2)ファッション性、3)キラーアプリの登場。

 まず、時計のように身につける製品は、電池が持つかどうかが決定的な要因。少なくとも、人が平均的に一日行動する時間は持つべき。
 たとえば、Google Glass(グーグルグラス:メガネ型のウェアラブル製品)を真剣に使ってみると、3時間ほどで電池が切れるため実用性は低い。とくに時計ともなると、電池の持続時間が短いと、まったく使い物にならないだろう。
 

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 そして、時計とは、たとえコンピュータ会社が出すスマートウォッチにしても「コンピュータ」の域を超え「ジュエリー(アクセサリー類)」の分野に入る。ゆえに、ファッション性は大事。
 時計は「時間を知る」道具であるとともに、「自分のファッションステートメントを発信する」アクセサリーでもあるので、無機質の数字の並んだ四角いフェースに黒のゴムバンドというわけにはいかない。

 Apple Watchには、スタンダードシリーズに加えて「スポーツ」「エディション」と3つのコレクションがあり、多数のモデルが用意されているようだが、消費者が「どうしてもこの時計をしてみたい!」という衝動に駆られなければ、スマートウォッチとしてもジュエリーとしても中途半端に終わるだろう。
 

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 さらに、スマートウォッチであるApple Watchの成功は、キラーアプリの登場にかかっている。
 現時点では、Apple WatchもAndroid Wearスマートウォッチも、通話やメッセージ送受信等のデータはスマートフォンとやり取りする。だから、電話と時計両方を携帯しなくてはならない(サムスンの新製品Gear Sは3G/Wi-Fi機能を持ち単体でも使用できると、9月初頭のベルリンIFAで発表。他製品は、BluetoothもしくはNFC経由でデータを同期する)
 だとすると、スマートフォンとスマートウォッチ両方を持ち歩きたい必然性がなければ、消費者はスマートウォッチを買おうとは思わないだろう。

 今、スマートウォッチ向けアプリで一番注目を浴びているのが、健康・フィットネス分野であり、Apple Watchもこの分野に照準を合わせている。たとえば「アクティビティ」機能では、カロリー消費量やエクササイズ時間、椅子から立ち上がった回数が一目瞭然となる。

 だが、カロリー消費量や心拍数をモニターする製品は、Fitbit Flex(フィットビット・フレックス)、Jawbone Up(ジョーボーン・アップ)、Basis Band(ベイシス・バンド)など、すでに安価な値付けで市場に登場している(Basisは今年3月にインテルが買収)。高価なApple Watch(349ドル〜)を買いたいと思わせるためには、iPhoneApple Watch環境にしかないキラーアプリが必須となる。
 

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 今年6月、アップルはHealthKit(ヘルスキット)を発表し、心拍数や血圧、血糖値、コレステロール値など、さまざまなアプリから集めた自分の健康データを総合管理したり、ユーザの同意のもとに医療機関とシェアしたりするプラットフォームを築こうとしている。
 すでにシリコンバレーのスタンフォード大学病院とノースキャロライナ州のデューク大学病院が、1型糖尿病を持つ小児患者の自宅での血糖値測定などの試験運用に入っている。

 このHealthKitのような、第三者が容易にアプリ開発に着手できる環境、そして、データ共有により分野全体にとっても有益となる環境を提供することで、キラーアプリが生まれるかもしれない。

 というわけで、ニューヨークポスト紙の(新米)テクノロジー記者にかみ含めるようにApple Watchを解説された荒井氏でしたが、とてもわかり易かったので「Apple Watchが出た暁には、ウェアラブルや IoTクラウドの話をもっと聞かせてちょうだいね」とフィードバックがあったそうです。

 そして、上記3つのキーポイントは、まさに的を射るものだと思います。

 やはり、「バッテリー時間がミステリーのまま」という点には不満が集中していて、これからアップルは改善に躍起になるんだろうと噂されています。
 せっかく睡眠の専門家を雇っておきながら、壇上で睡眠パターン解析機能を発表しなかったのは、夜はApple Watchを充電しないといけないからだろう、との意地悪な評もあります。
 「おしゃれなエディションモデルには充電機能付きジュエリーボックスが付くみたいだから、だったら毎晩充電するには嬉しいわぁ」という好意的な声もありました。

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 そして、実際Apple Watchを発表会場で目にした方からは、「bulky(でっかい、かさばる)」という感想がもれています。
 ビデオで観ると美しくスリムに写っているけれど、実際は、かなりでっかく分厚い感じがすると。

 Apple Watchには42ミリ型と38ミリ型の2タイプがありますが、これは時計本体の縦の長さ。
 幅は若干小さいものの、厚さはセンサー部分を含めて12ミリは越えるだろうと推測され、腕の細い人、とくに女性にとっては大き過ぎるのかもしれません(ちなみに、9月初頭発売のモトローラMoto 360(円形のフェース)は、厚さ10ミリだとか)
 

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 そんなわけで、いろいろとApple Watchの憶測は飛び交っていますが、従来の時計ではなく、スマートウォッチだからこそ可能な特長に「カスタマイズ」があります。自分の好みで時計のフェースを自在に変えられるのです。
 誰かと同じ本体とブレスレットを持っていたにしても、フェースを設定することによって、まったく違った印象の「自分」の時計にできるのです。

 過去3年間、Apple Watchのデザインに尽力したジョニー・アイヴ氏も「欲しいと思えるもの(desirable)」であるとともに「パーソナル(personal)」であることを念頭にデザインしたと述べています。

 そして、発表会直後、アイヴ氏とともにABCニュースの舞台裏インタビューを受けたアップルCEOティム・クック氏は、紅潮した面持ちでこう述べています。
(故スティーヴ・ジョブス氏)のことを考えない日は一日もない。とくに今朝は、彼が愛した会社、人類にとって宝物とも言えるこの会社が実現していることを目にして、彼も非常に誇りに思っていることだろう(9月10日放映ABC『Nightline』)
 

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「世に最初の製品」ではなく「ベストの製品」を目指すアップルを率いるクック氏は、こうも述べています。

業績というものは、美しい製品を出していれば、おのずとついてくる。美しい製品は人々に受け入れられ、企業の業績は上がり、株主も満足する

 これは、クック氏がメンターであるジョブスさんから受け継いだ「経営の美学」であり、「日々の美学」なんでしょう。
 その優れたメンターの部屋は、アップル本社の4階にそのままになっているとか。(9月12日放映インタビュー番組『Charlie Rose』より。2011年8月のアップルCEO就任以来、クック氏は同番組に初出演)

 Apple Watchは来年初頭に発売予定。消費者の反応が楽しみな新製品ではあります。


<『オバマケア』の置き土産>
 話題はガラッと変わって、お金のお話です。

 アメリカでは、サラリーマンであろうと自営業であろうと、全員が確定申告をすることになっていて、普通、締切日は4月15日です。

 ところが、我が家は、毎年延長申請をする事情があって、10月15日が締切日となります。まあ、要するに、3月と9月に会計士と深刻な申告の話(!)をしなくてはならない、という面倒くさい事情があるのですが、その年に二度目の申告の季節を迎えて、あることに気がついたのでした。

 それは、通称『オバマケア(医療保険制度改革法)』にかかわる新しい税金!
 

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 今年5月号でもご紹介していますが、オバマケア(正式名称:患者保護および医療費負担適正化法、the Patient Protection and Affordable Care Act)の制定には、国中の根強い反発があり、今でもその火種はくすぶっているわけですが、とにかく年初からは「住民全員が医療保険に加入すること」が法律となっています。

 が、そのためには新たな財源が不可欠。国が健康保険を始めるわけではありませんが、保険プラン比較ウェブサイトを構築したり、制度全体を維持したりと、何かとお金が要るのです。
 

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 そんなわけで、2013年度の連邦政府向けの確定申告書には、「その他の税金(Other Taxes)」の項目に「Form 8960からの税金」なるものが登場!(写真では60行目)

 Form 8960というのは、ざっくり言って「投資でもうけた額」を計算して、3.8パーセントの税金を割り出すワークシート(厳密には「年収と課税分岐点の差」と「投資収益」のどちらか小さい方の3.8パーセント)

 まあ、我が家は投資でもうけた分なんて微々たるものですから、税金だってかわいらしいものですが、たくさんもうけた人は、たくさん払うようになっているわけです。

 普段、税金を払って嬉しいことなんてまったくないですが、この「オバマケアの税金」は、ちょっと嬉しい気もするのです。なぜなら、人のためになっているのが目に見えるようだから。
 べつに戦車やミサイルを買うわけでもないし、どこか内陸の州で栽培するトウモロコシの助成金に化けるわけでもないし、「みんなの医療保険制度を支える」という目的が明確ではありませんか!

 なにがしか懐に入れば、税金を払う。「死」と「税金」は人間社会では避けられないことですが、「自分の税金はこれに使ってよね!」と指定できればもっといいんですけれどね。


<鉄道発祥の地って?>
 最後に、先月号に掲載した内容で、ひとつ付け加えたいことがありました。

 先月号第1話で、東京のサラリーマンの街・新橋(しんばし)は、新橋〜横浜間の「鉄道発祥の地」だとご紹介しました。これは、完全に間違いとは言えないものの、実は、これよりも先に日本で蒸気機関車が走った場所があるのです。

 明治5年(1872年)の新橋〜横浜間・鉄道開通をさかのぼること、ゆうに7年。慶応元年(1865年)には、長崎の大浦海岸通りに600メートルの線路が敷かれ、蒸気機関車が2両の客車を引いて走ったのが「発祥」とも言えるとか。

 まあ、何をもって「発祥」と言うのか論議の余地はありますが、こちらの鉄道は、スコットランド出身の英国商人トーマス・グラバー(Thomas B. Glover)が大浦地区の外国人居留地に敷設したもの。
 蒸気機関車は、グラバーが上海博覧会に展示されていたものを買い取ったもので、イギリス製の『アイアンデューク号』。客車にはたくさんの乗客(多くは英米仏の外人さん?)が乗り合わせ、連日「陸蒸気船(おかじょうきせん)」を見ようと沿道には大勢の見物人が詰めかけたとか。

 なにせ幕末のことですから、坂本龍馬にも武器を供給していたイギリス商人が、何の目的で蒸気機関車を走らせたのかは定かではないそうです。が、幕末の動乱期、「西洋の力はスゴいんだぞ!」と世間に知らしめたい動機もあったはず、と言われています。

 残念ながら、この「鉄道」は試走に終わったようで、現在この海岸通りには、長崎電気軌道の路面電車が走ります。この電車区間だって、大正5年(1916年)には開通したそうですが、グラバーの線路を「再利用」したのかどうかは定かではありません(どなたかご存じでしたら、ご教示ください)。
 

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 江戸時代には唯一外国に開かれた長崎の港ですから、この街には「日本最初の〜」というのがゴロゴロしています。
 明治4年(1871年)、長崎〜上海間、長崎〜ウラジオストク間に海底ケーブルを敷設して「国際電信局」を開いたのも、日本最初。
 案外、この頃から国際スパイが長崎を舞台に暗躍していたのかもしれません!
(写真は、国の史跡『出島オランダ商館跡』)


 というわけで、歴史はほじくり出すと、止めどが無いし、しごく多角的。蛇足ではありましたが、新事実を知ってしまった以上、書かないわけにはいかなかったのでした。あしからず。


参考文献:「旅する長崎学」シリーズ第9巻『西洋と東洋が出会った長崎居留地』、長崎文献社、2008年、pp56~57


夏来 潤(なつき じゅん)
 

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