アップルとメルセデス: グーグルもうらやむブランド

2015年3月30日

Vol. 188

アップルとメルセデス: グーグルもうらやむブランド


 今月は、シリコンバレーを騒がせている話題二つをお届けいたしましょう。


<時計をめぐる攻防>
 今月の新製品と言えば、他でもない、スマートウォッチ『Apple Watch(アップルウォッチ)』の再発表がありました。

 昨年9月9日、クーパティーノのアップル本社近くで開かれた『iPhone 6/6 Plus』の製品発表会で、同時にお披露目された『アップルウォッチ』とモバイル決済サービス『Apple Pay(アップルペイ)』。

 以来、何かと話題になっていましたが、今月9日、サンフランシスコのイベントホール(Yerba Buena Center for the Arts)で再び製品発表会が催され、いよいよアップルウォッチは4月24日に発売! と判明。

 新製品もさることながら、わたしの興味は、世の中の反応に集中したのでした。
 

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 まずは、再発表会前日の日曜日。イベントホールの前を歩いていたら、ゆったりとしたハワード通りには、すでに報道トラックが鈴なり。好位置をゲットしたみなさんは、準備に余念がありません。
 いくら注目の新製品とはいえ、通常、報道陣は、こんなに早くから押し寄せたりはしないでしょう!
 

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 そして、発表当日。ビジネス専門チャンネルCNBCは、朝からずっとアップルウォッチにフォーカスしていましたが、イベントホール前を通ってみると、いる、いる、CNBCのリポータが!
 テクノロジーリポータのジョシュア・リプトンさんが、歩道のディレクターチェアに陣取り、何やらリハーサル中。「Apple WatchApple Watch」と連呼しながら、ラップトップの自分の原稿を読み上げ、発声練習をしています。
 へ〜、プロの方でも、あんなに発声練習をするんだぁ、と素人のわたしは感心しきり。
 

Apple Watch CM 2.png

 そして、その日の夜。人気アイドルコンテスト番組、NBC系列の『The Voice(ザ・ヴォイス)』では、さっそくアップルウォッチのコマーシャルがお目見え。
 タカタカタカッと、ドラムスの軽快なリズムに乗って、アップルウォッチが画面いっぱいに登場。次から次へと、いろんなデザインや機能が映し出され、きれいなコマーシャルであることは確かです。
 が、めまぐるしく画面が切り替わるので、「早過ぎてわかんない!」と消費者に思われても仕方ないかも。
 

Apple Watch call .png

 それで、世の中で「アップルウォッチ」だの「アイウォッチ(iWatch)」だのと耳にするわりに、街中の消費者が詳細を知らないことに驚くこともあるんです。

 たとえば、再発表会の直前、「あなたはアップルウォッチをどう思う?」と尋ねる人がいて、こちらはびっくり。彼女は、すでに販売されているものと勘違いして、感想を求めているのでした。
 そこで、これまでは報道陣に写真を撮らせただけで、まだ誰も手にしていないことを説明したのです。

 現に、アップルウォッチのアプリ開発者ですら、実機を貸してもらえずに困っている方も大勢いるとか。相手が小規模な開発者だと、「クーパティーノの本社に来るんだったら、実機でテストしてもいいよ」というスタンスなので、遠くにいる開発者は断然不利でしょう。
 

Apple Watch female user.png

 それから、別の方と話していたら、こんなこともありました。「みなさん、わざわざアイフォーンとアップルウォッチ両方を持ち歩くかしらねぇ?」と私見を伝えると、「え、アップルウォッチだけじゃ使えないの?」と驚かれてしまって、かえってこちらがビックリしてしまったことが(『iPhone 5』以降の機種とのペアリングが必要)。

 この方は、アップルウォッチに関する記事を読み、「(2007年6月)初代アイフォーンの発売以来、誰も予期しなかったスマートフォンの使い方がどんどん登場したことを考えれば、アップルウォッチだって、未知の可能性を秘めている」という指摘が素晴らしいと思われたとか。
 確かに、スマートフォンで車を呼べる Uber(ウーバー)しかり、食料品を届けてもらえる Instacart(インスタカート)しかり、それは製品が世に出てみて、初めて思いついた構想でしょう。

 が、そんな鋭い考察をなさる元ウォールストリート従事者の彼女だって、「アップルウォッチとアイフォーンのペアリング条件」を知らなかったとは。
 

Apple Watch Sport-His and Hers.png

 デザイン性を重視するアップルウォッチは、従来のテクノロジー製品とは違って、女性に受けるのでは? と憶測されています。
 女性好みのデザインにカスタマイズできるし、体にいい「ヘルス・フィットネス」アプリも充実しそうだし、「デジタルタッチ」機能でお絵かきを送れたり、心臓の鼓動を送れたりと、コミュニケーションにも細やかな工夫が凝らされているからです。

 けれども、「男性用(his)」「女性用(hers)」とサイズが分かれていても、女性用だって十分にゴツそうだし、その上アイフォーンも持ち歩くことになる。
 だとしたら、どうして時計で電話したり、メールしなきゃならないの? しかも、時計なのに毎日充電するんでしょ? と、疑問符も浮かびます。

 が、その一方で、今回のイベントで発表された開発プラットフォーム「ResearchKit(リサーチキット)」のように、新しい分野のアプリがアップルウォッチ用にも現れ、専門分野の研究にも寄与するかもしれません。

Apple Watch heart beat.png

 現時点では、アイフォーンを使った患者参加型研究アプリが、心臓病、パーキンソン病、乳がん、糖尿病、喘息に向けて登場しています。が、身につける腕時計だからこそ可能な計測やデータ蓄積があって、それが医学の進歩にも貢献するのかもしれません。
 今だってアップルウォッチは、心拍数を測ってくれるそうですから、発汗や皮膚に流れる微小電流と、他にもいろいろと測ってくれそうでしょう?

 と、さまざまな憶測が飛び交う中、同じくシリコンバレーの住人グーグルさんは、アップルウォッチで騒がれるアップルさんが、よっぽどうらやましかったようですね。

Google smartwatch with TH.png

 3月下旬、スイスのバーゼルで開かれた高級時計見本市では、LVMH(モエ・ヘネシー=ルイ・ヴィトン)傘下のタグ・ホイヤーと、半導体のインテルとの三社協業で、高級スマートウォッチを開発し、年末には発売! と発表。

 すでにサムスン、LG、モトローラなどが、グーグルのウェアラブル製品向けOS「Android Wear(アンドロイドウェア)」搭載のスマートウォッチを販売しています。が、今回の発表は、アップルの向こうを張って「高級感」を出すのが狙い。
(写真は、タグ・ホイヤー、インテル、グーグルの三社合同発表会。右端が「アンドロイドウェア」責任者のデイヴィッド・シングルトン氏;Photo by Fabrice Coffrini / Getty Image)

 まあ、「第一世代機は買わないよ」という消費者が多いと目される中、アップルさんとグーグルさんの「スマートウォッチのせめぎ合い」が楽しみになってきました!


<カッコいい自動運転車!>
 アップルウォッチの再発表会が開かれる直前、同じくサンフランシスコの街では、ちょっとした騒ぎがありました。

 あの未来の車は、いったい何? と話題沸騰。
 

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 お騒がせの張本人「あの未来の車」とは、今年1月号でもご紹介したメルセデス・ベンツのコンセプトカー『F015』。

 いわゆる「自動運転車」と呼ばれる、ドライバー無しでも動く、お利口さんの車です。英語では、まだ名称が定まっていなくて、autonomous carself-driving cardriverless car、はたまた robot car(ロボット車)とも呼ばれています。

 なんでも、ダイムラー傘下のメルセデスが、サンフランシスコで『F015』のコマーシャル撮りをしていて、それが道行く人々の目にとまり、大騒ぎになったとか。

 そりゃ、銀色に輝く未来風の車が道に停まっていたら、誰だって振り向くでしょう!

 しかも、高級感あふれるメルセデスのロゴ付きですから!

 『F015』のコンセプトは、ドライバーはもう必要ないので、運転席も助手席もクルッと後ろにまわして後部座席の人たちとくつろげますよ、という「移動リビングルーム」。
 床もウッドフロアだし、卵型のシートは、1960年代のモダンデザインのリビングルームを思い起こします。

Mercedes F015 at Alameda Point 2.png

 コマーシャル撮りのあと、3月中旬には報道陣を招いて、サンフランシスコの対岸アラメダポイントの海軍航空基地跡地で試乗会が開かれ、実際に報道陣を乗せてテスト走行をしています。

 メルセデスは、近くのコンコード海軍兵器倉庫跡地を借りて走行試験を行っているので、アラメダポイントへは(ごちゃごちゃした街中を通らなくていい)地の利があるのです。(Photo from YouTube video by Autogefuhl)

 というわけで、自動運転のテクノロジーは日進月歩。

 先駆的存在のグーグルや『F015』のメルセデスに限らず、フォード、GM、フォルクスワーゲン(傘下のアウディを含む)、BMW、日産などが、スタンフォード大学や NASA(米航空宇宙局)エイムズ研究所とも協力しながら、シリコンバレー界隈で研究を進めています。

Google self-driving car with Schmidt.png

 グーグルは、「5年以内には街中で自動運転車が走るだろう」と希望的観測を発表(今年1月)していますし、電気自動車メーカーのテスラモーターズCEOイーロン・マスク氏は、「遠い未来には、人が車を運転するのは違法になるだろう」とも豪語(今月中旬)しています。

(写真は、先月グーグルを訪れたフォックス運輸省長官に「ハンドル無し」の自社製自動運転車を説明するシュミット会長; Photo from the San Jose Mercury News, February 3, 2015)

 そんなわけで、カリフォルニアでは、運転席が空席の自動運転車を公道でバンバン見かけるようなイメージがあります。
 が、実際には、それはご法度。現行の試験運転に関するカリフォルニア州陸運局の規則では、車が動いているときには、たえずドライバーが運転席に座り、瞬時にハンドル操作を行える態勢が義務付けられています。

 しかも、現段階では、ハイウェイと試験施設内での自動運転が許されるだけなので、一般道での運転は、ハイウェイへのアクセスと施設周辺の最小限度に抑えられています。
 昨年5月号(第三話)でもご紹介した通り、カリフォルニア州では、自動運転車の一般利用に関して、年内に法整備が完了する予定でした。
 が、大幅に遅れ、今年の年末がメドとされ、それが一般道での試験運転のネックともなっています。(ちなみに、ネヴァダ州では、データ収集目的の一般道の走行が許されているので、ラスヴェガス周辺では盛んに市街地テスト走行が行われています)

 さらに、法整備の遅れに加え、現在の技術では、街中の道路で「ドライバー無しの車」が走るのは危険だとの懸念も示されています。まだまだ自動運転に不可欠なセンサー技術も整っていないし、実社会には、人間でなければ判断できない特殊な状況がたくさん存在すると。

Consumer Watchdog letter to DMV.png

 3月中旬、消費者保護団体 Consumer Watchdog は、「法整備には万全を期してくれ」と州運輸局に嘆願書を出しています。
 安全性、プライバシー、保険の観点から警鐘を鳴らしているのですが、とくに安全に関しては、「なるほど」とうならせるシナリオも示されています。

 たとえば、日の出や日没時に太陽が信号機の真後ろにあると、信号の色を判断できないときがある。大雨や大雪の際は、車のセンサーがうまく働かない可能性がある。マンホールの蓋が空いていたり、路上に大きな穴(ポットホール)があったりする場合、危険を察知しない可能性がある。
 そして、信号機故障で警察官が交通整理をしている場合、自動運転車には理解しにくいだろうし、第一、車の運転においては、運転手同士の身振りや表情での意思疎通が大事なケースが多い、と。

 それに加えて、車に自ら判断をさせる上で、どうプログラムするか? と迷うケースも多いことでしょう。
 目の前のトラックを避けたいんだが、ハンドルを切ると右には高校生の自転車、左には乳母車を押したお母さんがいる。そんな場合はどうする? と、人間でも迷うことを車に判断させなければなりません。(その結果、責任を取るのは車の持ち主なのか、自動車メーカーなのか? と、ややこしい法的解釈の問題も出てきます)

 というわけで、実社会に適用しようとすると論点が山積み、が、その一方で、実地でテストしてみないと安全性が改善されない、というのが自動運転車の現状でしょうか。
 

Delphi Audi SQ5 back.png

 3月22日の日曜日、自動車部品メーカー・デルファイの開発チームが、アウディの自動運転 SUV(スポーツ用多目的車)を使って、5,600キロの米国横断の旅に出ました。
 サンフランシスコのゴールデンゲート橋からニューヨーク・マンハッタンの国際オートショー会場まで、ハイウェイを使って10日間で大陸横断を目指します。

 この『SQ5』には、短距離レーダーが4つ、ビジョンカメラが3つ、ライダー(光レーダー)が6つと、お目々がいっぱい付いていて、実践で試すには十分に賢いはずだとか。(Photo by Reuters from Mirror, UK)

 ま、もっともっと「視力」が良くなったり、お利口さんになったりと、改善の余地はありますが、シリコンバレーの大渋滞を見ていると、「お行儀の良い自動運転車だったら、こんな混雑にはならないのになぁ」と(人間に対して)嘆かわしい気分にもなったりします。

 いつの日にか、「遊園地でしか運転できない時代」がやってくるのかもしれませんね。


夏来 潤(なつき じゅん)
 

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