Essay エッセイ
2010年07月25日

あなたのお名前は?

以前、「不思議なアパート」という題名で、エッセイを書いたことがありました。

「妖怪の棲家(すみか)」とは言わないまでも、ちょっと不思議なアパート(大学の官舎)に住んでいたという、子供の頃の思い出話でした。

ふと、またその頃のことを思い出しました。

前のエッセイにも登場した、母と大の仲良しの「工学部助教授夫人」のお話です。

彼女が母にこう告白したことがありました。

「うちの主人ったら、『女の人は、オナラはしないのかと思ってた』って言ったことがあるのよ。どうかしてるわよねぇ。」

なんでも、若き工学部助教授は、子供の頃にお母さんのオナラを聞いたことがないので、女性はオナラをしない生き物だと思っていたそうなのです。

それで、大人になって結婚してみると、目の前で奥さんがプ~ッとやったものだから、「あれ、もしかしたら女性だってオナラをするのだろうか?」と大いに悩み、ついに開眼したらしいのです。

サバサバした夫人が、夫のためにオナラを我慢するなんてことはありません。だって、生理的現象なのだから、仕方ないでしょう。

「そんなバカなことってないでしょ!」とばかりに、真面目な助教授さんは、昼下がりの談笑のタネにされてしまったのでした。

それにしても、昔は、女性は夫や子供の前ではオナラを我慢していたものなのでしょうか?


そんなオナラの話を思い返していたら、ある雨の日のことがよみがえってきました。

母とふたりでお買い物にでも行っていたのでしょう。家の近くの横断歩道を渡り終えると、目の前の店の軒先で、雨宿りをしている女の子がいます。

ここは、わたしが通う小学校の近くで、彼女も同じ小学校の児童です。でも、ちょっと遅く下校しているので、わたしよりも年長だったのでしょう。

雨はかなり強く降っていて、傘がなければずぶ濡れになってしまいます。そこで、母はさっそく女の子に声をかけ、彼女が少し遠くに住んでいることを聞き出します。

いつ止むとも知れない雨。母にとっては、このまま雨宿りをさせておくことも、雨の中を走って帰すこともできなかったのでしょう。そこで、女の子を自分の傘に入れ、今渡った横断歩道をもう一度渡って引き返します。

そのあと、女の子の家に行った記憶がないので、たぶん母は自宅に傘を取りに戻ったのでしょう。家に置いてある余分な傘を女の子にあげて、濡れ鼠にならないように帰してあげたんだと思います。

その頃、わたしはすぐに風邪をひくタチだったので、そのような子を持つ母にとっては、心細げに雨宿りをする女の子が心配でならなかったことでしょう。

そんな母を見ながら、わたしは「どうしてあの子のお母さんは、傘を持たせなかったのだろう? あとで雨になるってわかっていたのに」と、ちょっと不思議に思ったのを覚えています。

そして、店の軒下で母が声をかけたとき、「お名前は何ていうの?」と、女の子に尋ねていたのも鮮明に覚えています。

きっと相手を怖がらせないために、名前で呼んであげようと思ったのでしょう。それとも、母にとっては、相手を名前で呼ぶのがごく自然のことだと思えたのでしょうか。

そして、この雨の日の出来事は、わたしの意識下に深く刻み込まれているとみえて、わたし自身、相手の名前を尋ねるのが習慣にもなっています。

あまり良く知らない人でも、相手を名前で呼ぶと、より近しく感じますし、相手を尊重しているような感じがするのです。

子供のときに経験したことって、知らないうちにずいぶんと大きな影響を与えているものなんですね。言葉にして教わったことよりも、身振りで教わったことの方が、頭によく入るものなのかもしれません。

きっと今の時代は、たとえ子連れのお母さんだったにしても、「知らない人だから危ない」って信用してもらえないのかもしれませんが、雨でずぶ濡れになっている子供がいれば、さすがに声をかけてあげるのが普通でしょう。って、もしかすると、普通じゃないのかもしれませんけれど・・・。


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