Essay エッセイ
2013年08月11日

北風と太陽

え、真夏に「北風」のお話? と思われたことでしょう。

『北風と太陽』というのは、ふと頭に浮かんだイソップ童話のことで、真冬に吹く冷たい北風のお話をしようというわけではありません。

ほら、世の中には、とっても愛想の悪い方っていらっしゃるでしょう。

何があんなにつまらないのかな? と不思議に思うほど、いつも仏頂面をしている人が。

我が家の近くにも、いらっしゃるんですよ。

それも、女のコ。

クリーニング屋の店員さんで、決して笑顔を見せません。

いつも「お高くとまっている」と言いますか、「あなた何かご用?」といった態度でお客さんに接するんです。

いつか、韓国からいらっしゃったご近所さんが、嘆いていたことがありました。

「わたし、あそこの店員って大嫌い! だって、わたしにこう言うのよ『あなたが何を言っているのか、わたしにはまったくわからないわ』って」

ご近所さんは、ずいぶんと前にアメリカにいらしたものの、大人になってから来られたので、なかなか韓国語なまりがとれません。

わたしなどは100パーセント理解できるのですが、アジアなまりに慣れていない人だと、わかりにくい点もあるのかもしれません。

けれども、普通、お客さんに向かって「あなたの言ってることが理解できないわ」なんて言わないでしょう? 第一、失礼ですもの。

憤慨したご近所さんは、お店のオーナーである韓国出身の方に「あのコをちゃんと教育してちょうだい」とクレームをつけたそうですが、それを聞いたわたしは、彼女にこう言ったのでした。

あの人は、そうやって無愛想に育っているんだから、直しようがないのよ。だから、気にしたってダメ。こちらが気をもむだけ損よ、と。


それでも、わたしもちょっと気になったので、それから彼女が表に出てくると観察するようになったのでした。

で、ひとつわかったことは、お客が男性だと、妙に愛想がいい。

アメリカって、「あなた、自分のシャツだから自分で取って来てちょうだい」と奥方に命令される人が多いみたいで、クリーニング屋にはかなり男性客が多いのです。

それで、あんなに愛想の悪い女のコでも、男性客となると、ニコニコとお話をしてるんですよ。見ていて、とっても不思議なんですけれど。

そして、もうひとつわかったことは、彼女自身が外国からやって来たので、たとえば言葉で「自分が優位に立てる!」と思ったら、大きくふるまう傾向があるみたいなのです。

彼女は緑色っぽい目をしていて、白系の肌なのですが、かすかに言葉になまりがあるし、もうひとりの店員さんとはヒソヒソとスペイン語で話しているようです。

ですから、自分自身にちょっとした「劣等感」みたいなものがあって、外国語なまりのある客だと、「あら、わたしの方が上よ」と言わんばかりに、つっけんどんな態度をとるのではないか? と仮説を立ててみたのました。

それに店のオーナーが韓国系の方なので、従業員としては、ご近所さんみたいな韓国語なまりに少々「わだかまり」もあるんじゃないでしょうか?


それで、わたしとしましては、こちらがビジネスライクに接していると、向こうもきちんと仕事をするので、当初の「毛嫌い」はだんだんと無くなってきました。

でも、そうなってくると、もうちょっと向こうの愛想を良くしてやろう! と欲が出てくるのです。

それがどんな策なのかは、まだ答えが出ていないのですが、前回、お店に行ったときには、ちょっとした進展がありましたよ!

こちらがドアを開けて入って行くと、にっこりと笑って How are you?(ごきげんいかが?)なんて言うんです。

まあ、珍しい! と心の中では驚いたのですが、こちらもさらりと Good(元気よ)と答えておいて、笑みを返します。

それで、クリーニングを受け取って、帰り際にこちらが Have a nice day!(ごきげんよう)と声をかけると、またまたびっくり。あちらもにこりとして Thanks!(ありがとう)と言うではありませんか!

彼女にとっては、あれが最大限の笑みだと思うのですが、あの小さな笑みは、普通の人の百倍の重みがある笑みだと思うのですよ。

もしかすると、単に「給料日」か何かで、機嫌が良かったのかもしれません。それとも、仲間の女のコと楽しい話をしている瞬間に、わたしが店に入っただけなのかもしれません。

けれども、家に帰る途中、ふと『北風と太陽』という言葉が頭に浮かんだのでした。

コートのボタンをはずさせたいなら、北風よりも太陽。

冷たい心を開かせたいなら、怒るよりも笑顔かな? と。


英語にはステキな言葉がたくさんあって、infectious smile というも、そのひとつでしょうか。

最初の infectious という形容詞は、たとえば「病気が人にうつりやすい」という悪い意味もありますが、ここでは単に「人に伝わりやすい」という意味です。

そして、言うまでもなく smile は「笑み」。

ですから、「他の人にも広まりやすい笑み」といった表現になります。

こちらが満面ニコニコしていれば、あちらもだんだんと心が溶けていって、自然と笑みがこぼれるようになる、といった感じでしょうか。そう、あくびみたいに、笑みって人に伝わるものなんです。

あ、そうか、「Infectious smile作戦」って、結構いいネーミングかも!

相手を愛想よくしたいなら、Infectious smile作戦!!

(ちゃんと効果があることを願って、トライしてみますか!)


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