Essay エッセイ
2007年01月13日

新年のごあいさつ

たいそう遅れてしまいましたが、明けましておめでとうございます!

アメリカは、新年が明けると、いきなりエンジン全開で毎日が再稼動します。多くの人にとって、お家でのんびりできるのは、元日くらいなものでしょうか。

というわけで、さっそく新年第2週目に、ラスヴェガスに行ってきました。

いえ、遊びにではありませんよ。 お仕事です、お仕事。

ハイテク会社が一堂に集まる「 CES (コンスーマ・エレクトロニクスショー)」というのに、取材に行っていたのです。

まあ、そのお話はまた後日することにして、ここでは、まず、ごあいさつ。


このエッセイサイト『夏来 潤(なつき じゅん)のページ』を始めたのは、もう、おととしの年末になります。

「ラトヴィアからの友人」というエッセイを載せたのが最初でした。

初めのうちは、どんな方が読んでくださるのかわからなくって、書く方としても、どんな感じで書いてよいのか、まったくわかりませんでした。

それまでは、わりとお堅い物をウェブサイトや雑誌に書いていたので、「エッセイサイト」なるものがどんなものか、自分でもよくわかりませんでした。それこそ、おっかなびっくりで始めたようなものです。

でも、書いているうちに、だんだんとリラックスできるようになり、文章もちょっとやわらかくなってきたような気がします。お顔は見えていないけれど、読んでくださる方のことを、あれこれ想像しながら書いております。

ま、内容的には、「何かのお役に立てば」と願いながら書いているので、ときどき説明口調になったりしてはおりますが、それでも、自分では楽しみながら書いているつもりなのです。


ウェブサイトにつきましては、間もなく、ちょっとした「改善」をいたします。

『ライフinカリフォルニア』 と 『英語ひとくちメモ』 のセクションに、それぞれ分類検索を追加いたします。

『ライフinカリフォルニア』は、大別して、「季節」、「歴史・習慣」、「日常生活」の3つに。

そして、『英語ひとくちメモ』は、「場面」、「流行り言葉」、「おもしろ表現」の3つに大別されます(それぞれは、更に小さい分類に分けられています)。

これからたくさん書いていくと、この分類は、きっと便利な機能になっていくのではないかと思っております。

他にも「こうしたいな」と考えていることもありますので、おいおい改良していけたらいいなと思っております。

というわけで、これからもがんばって書いていきますので、ちょっとした息抜きの時間に、訪ねて来ていただければ幸いです。


ごあいさつが終わったところで、ちょっとお話を。

私事になってしまいますが、新年早々、連れ合いと口論になってしまったことがありました。何が原因だったのか、もう思い出せないくらい、些細な事なんですよね。

きっとわたしが、気分的にイライラしていたのかもしれません。
 元日は、きれいなお皿を並べて、ちゃんとお屠蘇を飲んで、おせち料理を食べて・・・なんて、いろいろと決め事がありますからね。
 それが手はず通りにきちんと運ばないと、ごく小さな事なのに気になって、そのイライラが、一緒にいる人に向けられていたのかもしれません。

そして、そんな日々が何日か続き、「今年はなんだか、新年早々良くないなぁ」と思っていたんです。


ところが、ある日、ハプニング。ゴルフに出掛けて行った連れ合いが、帰って来ないのです。普段は、家の近所のゴルフ場を早朝からまわるので、お昼には18ホールを終わって帰って来るのです。ところが、その日は、お昼をとっくに過ぎている。

結局、戻って来たのは、夕方の4時。なんでも、ゴルフ場の芝に霜が降りていて、お昼近くにならないとスタートできなかったわりに、この日は土曜日でたいそう混んでいたとのこと。なるほど、聞いてみると、何でもない事ではあります。

でも、その間、心配しましたよ。すごく真剣に。ゴルフのあとにオフィスに行くと言っていたから、その帰りにフリーウェイ101号線で事故に遭ったんじゃないかとか、もしかしたら、シリコンバレー南端の別のゴルフ場に行ってしまって、その帰りに事故に遭遇したんじゃないかとか、それこそ、いろいろとシナリオを考えました。

携帯電話も、お財布も、免許証も、何もかも置いていったから、事故に遭って病院に運ばれても、身元がわからないんじゃないかって・・・

シナリオは、どんどん、どんどん、勝手に膨らんでいくのでした。

そして、その日以来、イライラなんて、どこへともなく吹っ飛んでしまったのでした。もし万が一、大変な事が起こったら・・・なんて一度でも考えると、他の事なんて小さいものなんですよね。


ところで、話はガラッと変りますが、イタリアのヴァチカン市国に、ローマ法王の礼拝の場である、システィーナ礼拝堂がありますよね。

その天井には、ミケランジェロが描いた有名な天井画があって、真ん中あたりに、『 アダムの創造( The Creation of Man )』という絵があります。

岩に腰掛けるアダムが、左手の人差し指を伸ばし、それに向かって、白髪の神が右の人差し指を差し出し、命を吹き込んでいる図。
 システィーナ礼拝堂の数あるフレスコ画の中でも、最も有名な絵ですね。

この絵の神の部分には、こんな説があるそうです。
 威厳に満ちた神は、天使たちに囲まれ、赤いヴェールに包まれている。でも、良く見てみると、全体は、まるで人間の頭の中を横から見た図のようではないか。

もしかしたら、解剖にもさかんに立ち会っていたミケランジェロは、こんなことを言いたかったのではないか。「神とは、人間の頭で作り出したものだ」と。

その頃は、ローマ・カトリック教会の権力があまりにも大きく、科学者同様、芸術家も言いたいことを言えなかった時代だったのだ。だから、暗号を潜ませたのだと。


まあ、この説の真偽は、人には知る由もないことではありますが、このお話はおもしろいなと思うのです。

ときどき、人には、目の前に鬼が見える。でも、この鬼さんは、実は、自分の頭が投影した「まぼろし」なんじゃないかなって。

さて、今年も、「まぼろし」に惑わされることなく、元気に乗り切っていきましょうね!

(『 アダムの創造 』の写真は、ヴァチカン美術館編 『 Michelangelo and Raphael in the Vatican 』 を撮らせていただきました)


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