Essay エッセイ
2006年02月10日

日本人らしさ

もうひと月ほどたちますが、昨年の年末から年初まで、3週間ほど日本に里帰りしていました。久方ぶりの日本のお正月に、ゆっくりと羽根を伸ばして帰って来たのでした。
 この日本旅行については、いろんな出会いに焦点を当て、別の場所で書いているのですが、ここではひとつ、心に鮮明に残ったことを綴ってみようと思います。

日本に着いて、成田空港から東京駅に向かう道すがら、なんとなくのど飴が欲しくなりました。サンフランシスコからの飛行機の長旅で、喉の調子がおかしくなったのかもしれません。それとも、電車内の空気が新鮮でなかったせいかもしれません。
 そこに、ちょうど車内販売のお姉さんが通りかかったので、のど飴を所望すると、申し訳ないですが、ここでは売っていませんと答えます。けれども、自分の持ちあわせのものがあるから、お好みに合うかどうかわかりませんが、おひとつ差し上げましょうかと付け加えます。
 そこで、遠慮なくいただきますと答えると、彼女は「おひとつ」と言いながら、ふた粒手渡してくれます。「おひとつ」と言いながらひとつだけ差し出すのは、きっと失礼になるに違いないと、世の常識を再認識したわけですが、それにも増して、まだまだ世の中には親切な人がいるものだと感心しきり。その後、もう一度通りかかった彼女に、助かりましたとお礼を述べると、「いいえ、どういたしまして」と、にこやかに返します。

思うに、日本には、親切が体中に詰まっている人がたくさんいるのではないでしょうか。ところが、大抵の人は「はにかみ屋さん」なので、知らない人には気軽に声を掛けられないのかもしれません。だから、声を掛けたいのに、結局掛けずに終わってしまうのかもしれません。
 お互いひとことふたこと言葉を交わし、意思疎通をしてみると、互いが相手のことをおもんばかっていることがよくわかるだろうにと、ちょっと残念な気もします。なんだ、あの人は、自分のことを思っていてくれていたんだと認識できるだろうに。

外に出てみると、日本人ほど親切な国民も珍しいと、誰もが痛感すると思うのです。日本を訪ねたアメリカ人も、皆がそう口にします。言葉は通じなくとも、親切なことはわかるらしいのです。

きっと、海外から日本に戻ってほっとするのは、祖国ということもあるけれど、こんな国民性もあるからなのだろうな、そう思っているのです。

追記:このときの風変わりな旅行記は、毎月連載中の Silicon Valley NOW というコーナーに掲載されています。興味のある方は、こちらへどうぞ。3つ目のお話「出会い:東欧編」から先が、ちょっと変てこな旅行記となっております。


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