Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2019年10月21日

フランス紀行:コート・ダジュールとプロヴァンスの旅

Vol. 229



3年前に母が倒れあっけなく他界してから、初めてのバケーションらしいバケーションとなりました。今月は、4つの話題を通して旅のご紹介といたしましょう。



<ニースとその周辺>

旅の行き先は、フランスの南端。地中海に面した暖かい地方です。

首都パリから飛行機を乗り継ぎ、まずは海辺のニースへ。そこから山奥の世界遺産ムスティエ・サン・マリー(写真)を訪れたあとは、西に向かってアヴィニョンとエクス・アン・プロヴァンスに足を伸ばし、最後はパリからアメリカに戻るという二週間の旅でした。

青い海の「コート・ダジュール」と、ワインや香り高いラヴェンダーで有名な「プロヴァンス」の旅と言えば、かっこよく聞こえるかもしれません。



海沿いが好きなわたしは、ニース(Nice)での滞在がひどく印象に残りました。ホテルの部屋からは、目の前に青緑の海が広がり、見ているだけで心が洗われる気がします。海の色も空の色も風の向きも、日によって異なりますが、そこに海があるだけで、なぜか安心するのです。

加えて、ニースからは、フットワーク軽く周辺のいろんな街を訪ねることができるのも印象深かった理由かもしれません。「フランスは、田舎がいい」と聞きますが、郊外に出て、それぞれの街の雰囲気を味わう醍醐味があるのです。



ニースからほんの少し車を走らせると、丘の上には、中世に舞い込んだかのような城壁の街々が出て来ます。どこを訪ねるかは迷うところですが、ホテルのベルスタッフが勧めてくれたサン・ポール・ド・ヴァンス(St-Paul-de-Vence)は、蜂蜜色の古い石造りの街並みにも、アーティストの集う活気があって、急な階段を上り下りするのもまったく苦ではありません。

この街には、モディリアーニやボナールと有名な画家たちも魅了されたようですが、ロシアから移り住んだマルク・シャガールのお墓もあって、世界じゅうから来た観光客がひっきりなしに訪れていました。「こんなところに眠れるなんて、うらやましい」と、誰もがため息をついたことでしょう。



ニースから東にくるっと半島をまわると、美しい漁師町ヴィルフランシュ・シュル・メール(Villefranche-sur-Mer)があります。親友が「わたしの大好きな街」と教えてくれたところで、びっしりと丘に張り付くような街並みと青い海のコントラストは、さすがに風光明媚。

明るい陽光の中、カフェやレストランを吟味する観光客で賑わいますが、スケジュールに余裕があればゆっくりと逗留して、静かな朝、岸壁を散策してみたい街です。



そこから少し内陸に向かうと、空に浮かぶような要塞都市エズ(Eze)があります。海を臨む険しい山に築かれた城壁の街ですが、中世の時代、外国人の侵入を防ぐために山頂に要塞を築いた「鷲の巣村」としてもっとも有名な集落です。

高い木の上に巣作りをする鷲の習性から生まれた「鷲の巣村」の名称ですが、ニース近郊には、そんな絵画のような集落が散在します。険しい階段と迷路のように入り組んだ街の構造は、リラックスした海辺のリゾートとは異なる、厳しい歴史の片鱗でしょうか。



<ニューエコノミーとオールドエコノミー>

ニースからは、「隣国」モナコ公国も近いです。そう、国境もない、同じくフランス語を話す、お隣の国。スムーズに行くと30分ほどで到着ですが、この行程がちょっと不思議でした。



フランスには、配車サービスの Uber(ウーバー)が浸透していて、よほどの郊外でない限り、行く先々で気軽に利用することができます。

Uberはスマートフォンアプリで自分のいる場所に車を呼ぶサービスですが、たとえば、ニース空港では Uberに登録した車が待機していて、すぐに街中のホテルに向かえます。街に散らばる美術館めぐりも、Uberに乗せてもらえば、バスやトラムを利用するよりも迅速で便利です。

タクシーに乗るよりも安価だし、行き先を指定しておくと勝手に連れて行ってくれるし、登録したクレジットカードで自動的に支払いが完了するし、旅先の言語や通貨に慣れていない場合は、とてもありがたいサービスとなります。



そんなわけで、ある晩、隣国モナコにあるレストランで食事をしようとUberで向かいました。ドライバー氏は、モナコに住む大金持ちのお抱え運転手をしていて、空き時間にはニース近郊でUberドライバーとして愛車を走らせているとか。さすがに事情通で、モナコ周辺のレストランはどこがいいかと親切にアドバイスもしてくれました。

そのドライバー氏が「モナコにはUberがないので、帰りはタクシーを利用するしかないよ」と釘を刺すのです。

そう、モナコには、メーターのない(!)タクシーしか存在しないようです。早めに着いたモナコでは、有名なカジノ・モンテカルロに入場して、まだ客のいない静かな雰囲気を味わいましたが、そこからレストランに行くのにタクシーが捕まりません。困ったあげく、近くの老舗ホテルのベルスタッフに頼んで、タクシー待ちをさせてもらいましたが、ようやく現れたテスラ「モデル3」のタクシーには5分と走らないのに20ユーロ(約2400円)も取られました。



この距離で20ユーロなら、30分離れたニースに戻るのにいったいいくらかかるのだろう? と夕食の最中もずっと気になっていたのですが、帰りはレストランのあるホテルのベルスタッフにタクシーを手配してもらい、ひととき彼らとの談笑を楽しみます。

なんでも、目の前にある工事現場は、「モナコ最後」の空き地だったところで、小さな森をなす木々を切り倒し、深い穴を掘って地下道を通し、その上に億ションとなる高層ビルを建てるという、数年がかりのプロジェクトを展開中。

「もう工事の埃(ほこり)がすごくて閉口してしまうんだけど、今トラックが通ってる道なんて仮の作業道路、ビル完成後にはなくなるんだよ。だってモナコの道路は、高層ビルの地下をぬって走るものだからね」と、モナコ事情を説明してくれます。

そう、モナコは2平方キロメートルという限られたスペースなので、斜面にへばりつく建物は上へ上へと伸びるし、車は密集した高層ビルの地下を結ぶトンネルを走ることになるのです。岩盤がむき出しの古いトンネルもあって、さながら蟻の巣の中を走っているよう。



ホテルスタッフ氏たちは、(生活費の高い)モナコに住むわけにはいかないので、フランス側のニースから通ってくるそうですが、わたしたちがニースに泊まっていると聞き、「ニースはいいだろ?」と満面の笑みになります。海もいいけど、旧市街にある(庶民的な)レストランだって美味しいんだよ、と地元っこの誇りを見せます。

そんな彼らの人懐っこさのおかげなのか、登場したタクシーの運転手もいい人で、「レンタカーを運転するなら、高速道路の料金所ではICカード専用口に気をつけないといけないよ。ここで立ち往生すると、後続の車に迷惑だからね」と、地元のコツを指南してくれました。

おまけに、ホテルスタッフからは「85ユーロでニースまでお願いね」と言われていたようで、一旦ホテルを間違えて遠回りをしたにもかかわらず、お約束の85ユーロしか請求しようとしませんでした。相場は85から100ユーロとのことで、なかなか良心的な値段ではありました。



というわけで、隣国モナコは、その晩の食事と翌日の大公宮殿見学の限られた体験でしたが、Uberのような配車サービスが存在しないなんて、フランスの新しい経済(ニューエコノミー)とモナコの昔ながらの経済(オールドエコノミー)の対比が際立った印象でした。

オールドエコノミーとは、お金を持っている人には心地よいが、だからこそ既得権を死守しようと、とことん変化を拒む仕組みなのかもしれない、と勝手に納得したのでした。



<フランスでドライブ>

我が家の旅のスタイルは、好きなようにスケジュールを組み、旅先ではレンタカーを借りて移動することが多いのですが、やはりニースでも車を借りて、その後の行程に備えました。コート・ダジュールもプロヴァンスも、車がないと近隣の小さな街々を訪ねるのは難しいようですので。



けれども、ここで要注意。フランス人には意外な一面があって、普段はあんなに親切な人たちなのに、一旦ハンドルを握ると「人格が変わる」ドライバーも多いのです。

クネクネした山道を対向車線も気にせずにぶっ飛ばすし、狭い道でも我先に行きたがる人も多い。たとえ相手にぶつかっても、とことん「相手が悪いのさ」と主張するんだろうなと邪推するほど。

しかも、渋滞を回避しようとオートバイや自転車に乗る人も多いので、無理やり後ろから車を追い越そうとする二輪車が危険に感じます。



そして、フランスのドライブで留意すべき二つ目は、道路がわかりにくいこと。アメリカや日本に比べて、道路標識や行き先表示板が小さくて見にくいし、高速道路の出口も小さく番号で表示されるだけで、見落とすこともあります。

一度は有料道路の途中に出てきた料金所の表示(写真)に気を取られて、出口をミスったこともありますし、出口だと思ったところに「進入禁止」のような白線が描かれていて、あやうく脇に立つ緑色のラバーポールにぶつかりそうになりました(オレンジ色の「t」は、ICカード利用者レーンとなるので要注意)。



これに関しては、ローヌ川周辺のワイナリー見学をしたとき、ツアーガイド氏がこんなことを言っていました。

「フランス人は、こう考えるんだよ。もしも物事を複雑(complicated)にできるんだったら、なんでわざわざ簡単(simple)にする必要があるんだよって」

まさに、その精神が貫かれているかのように、道路標示も美術館や空港内の案内もわかりにくいのがフランスです。



そんなわけで、レンタカーを利用するときは、ナビゲーション付きの車を借りた方が良いと思われますが、おそらく英語の音声指示となるので、「右」「左」や「ひとつ目」「ふたつ目」などは英単語に慣れておいた方がいいかもしれません。

たとえば、ラウンドアバウト。フランス語では「ロン・ポワン(round-point)」と呼ばれる、信号の代わりにロータリーになっている交差点。郊外に行くと、ほとんどこの形式となりますが、丸いロータリーに入るときには、左側から車が走ってくると、自分は一旦停止。出るときには、だいたい2番目の出口がまっすぐ進む方角となります。

英語では、「Enter the roundabout. Take the second exit(ラウンドアバウトに入って、2番目の出口を出てください)」などと指示がありますので、1番目の出口か、2番目か、3番目か、そこが肝心となるのです。



そういえば、フランスに旅立つ前、わざわざミシュラン発行の地図を購入したのですが、運転をしていて地図を開いたことは一度もなかったです。ナビゲーションがなかった時代は、紙の地図とにらめっこしながら順路を判断したはずですが、わたしからすると、それはほぼ不可能な「神業」にも感じるのでした。



<芸術とワイン>

最初の宿泊先ニースで何泊かしたとき、時差ボケで朝早く目が覚めて自覚したのでした。そうか、ここが日本語で「南仏」と称される、みんなの憧れの地なんだ! と。英語では漠然と「南フランス」と呼んでいましたが、「南仏」と聞くと、なんだか特別な場所になったような気がします。



それは、ニースで美術館めぐりをしていて、南仏を生涯の地と選んだ芸術家たちが多かったことを実感したからかもしれません。

たとえば、ニース市内に美術館のある画家アンリ・マティスは、パリから南仏を訪れて「光の色が違う」と驚き、それ以来、この地で鮮やかな色とデフォルメした簡素な形に挑戦し続けました。

南仏からは海に浮かぶ南の島々にも足を運び、花や植物といった自然のモチーフに目覚めたりもしました。安住の地に選んだヴァンス(Vence)の丘には、自らの祈りを捧げるかのように礼拝堂を築き、コバルトブルー、グリーン、イエローの鮮やかな植物モチーフのステンドグラスを配する礼拝堂として、今も世界じゅうから見学者が集まります。



海際のアンティーブ(Antibes)には、濃いブルーを臨み、お城のようなピカソ美術館が建っています。ここには、ニースとは違った青の深みがあり、ニースが緑を帯びた「紺碧」なら、こちらは濃い青の「群青」と表現してみたいです。そんな海を見ていると、ピカソお得意のくっきりとした配色も十分に納得できるような気がするのです。

ピカソやマティス、シャガールやボナールと南仏を愛した芸術家はたくさんいるけれど、この地の海と光の色には、彼らの作品が生まれる「必然」があるのではないか、と実感するのでした。



一方、内陸のプロヴァンスに向かうと、セザンヌやゴッホで名高いエクス・アン・プロヴァンス(Aix-en-Provence)やアルル(Arles)といった街があります。

そして、ローヌ川の周辺には名高いワイン産地がいくつも広がり、見渡す限りのブドウ畑に「カリフォルニアのナパバレーの何百倍の広さだ!」と驚いてしまいます。

今回の旅では、甘くない大人のロゼワインの産地タヴェル(Tavel)と、高級ワインの産地と称されるシャトーヌフ・デュ・パプ(Chateauneuf-du-Pape、写真)を案内してもらいました。それこそ星の数ほどあるワイナリーの中でどこのワインと出会うのかは、まさに「ご縁」としか言いようがありません。



シャトーヌフ・デュ・パプでは、シャトー・ド・ヴォーデュー(Chateau de Vaudieu)というワイナリーで見学とテイスティングをさせていただきましたが、驚くのは土壌の果たす威力。

18世紀に建てられたお城でワインづくりをするシャトー・ド・ヴォーデューは、70ヘクタールものブドウ畑がいくつかの土壌に分かれます。中庭にも並べてあるように、石灰岩(limestone)、粘土(clay)、「お芋」のようにゴロゴロした石(galets)、そして砂(sand)と、違った土の畑にブドウの木を植えるのですが、同じ品種のブドウであっても、土が違うとワインの味が違ってくるのです。

たとえば、この地域で赤ワインとしてポピュラーなグルナッシュ(Grenache)という品種。ゴロゴロ石と粘土質の畑で栽培したブドウの実と、石灰岩の畑で採れた実を比べると、同じグルナッシュ100パーセントのワインでも味が異なるのです。言葉で説明するのは難しいですが、「味が違う」ことだけは、素人でもはっきりとわかるのでした。



これこそ、ワインづくりで大事な「テロワール(terroir)」なんだと思いますが、土壌に加えて、場所によって違う日当たり具合だとか、気温や日較差、雨量に影響する地域の気候だとか、自然環境すべてがワインの味を支えているのでしょう。

今年の夏、フランスは猛暑となり、ローヌ川周辺も40度を超える厳しい暑さが続いたそうです。おかげで、ブドウの収穫高は例年よりも少ないようですが、実の質はとても良いとのこと。

シャトーヌフ・デュ・パプで生まれ育ったガイド氏と偶然再会した幼なじみの男性が、「来週あたりにはブドウの収穫が終わるんだけど、今年は、とっても出来が良いんだよ」と、興奮ぎみに語っていらっしゃるのが印象に残りました。

規則の厳しいワイン産地シャトーヌフ・デュ・パプでは、ブドウの実はすべて手で摘む(hand-pick)もの。丹精込めて栽培したブドウの収穫が「とびきり良い」と断言できるのは、生産者として何よりも喜ばしいことでしょう。



ワインづくりしかり、芸術しかり。まさに「フランスを知らずして、西洋を語ることなかれ」と、この国の文化の層の厚さを思い知らされた旅ではありました。



「ボンジュール」と「メルシー」しかフランス語は知りませんが、なんとかなることがわかったので、次回はまた違った地方を訪ねて、違った文化の一面に触れてみたいと思うのです。



夏来 潤(なつき じゅん)



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