Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2009年05月28日

お隣の国、韓国 : なにはともあれ、パワーを感じます

Vol. 118

  お隣の国、韓国:なにはともあれ、パワーを感じます

 


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サンフランシスコ・ベイエリアの雨季もすっかり明けて、辺りは黄金に色づく季節となりました。3年連続で雨の少ない今年は、野原の乾燥も早く進み、いつもよりも一ヶ月早く金色に変身してしまいました。
そんな黄金の野や山を眺めていると、アメリカに来た当初は、こんな殺伐としたサンノゼには絶対に住まないぞと宣言していたことを思い出しました。けれども何のご縁か、実際に住んでみると、このサンタクララの谷間にもすっかり順応している自分に気が付くのです。

来年の5月は、渡米30周年となります。その間日本に住んでいたこともありますが、サンフランシスコ・ベイエリアは確実に第二の故郷になりつつあります。
振り返ってみると、このアメリカという国は、20年は住んでみないとその大きさや複雑さはわからないのではないかとも感じているのです。だって誰かが時間通りに現れなかったとき、「ま、いつか来るさ」と悟りを開くのに20年はかかりそうではありませんか?
きっと異文化への順応(assimilation)のプロセスは、それほど時間のかかるものなのかもしれません。

そんなわけで、今月は、異文化のお話をしてみたいと思います。アメリカのことではありません。先日、何も知らない韓国にふらっと旅したのですが、その「第一印象」などをあれこれと綴ってみることにいたしましょう。

<第一印象と第二印象>
ゴールデンウィークに訪ねていた東京から、大韓民国の首都ソウルに向けて飛び立ちました。羽田空港からの飛行時間は2時間弱で、これなら日本国内とあまり変わらないなと、改めて隣国の近さを痛感するのです。


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けれども、ソウルの金浦空港に近づいてくると、何もかもが日本の風景と違うことに気付くのです。土が赤茶けているせいか、木々の緑がひどくくすんで見えるし、山肌も水墨画のように険しい。そして、建物がまるでマッチ箱のように画一的に並んでいて、住宅の屋上も規則で定められているのか緑や青に塗りつぶされている。
このマッチ箱の列や、赤茶けた緑、屋上の青に、「統制」とか「計画経済」といった言葉がわけもなく頭に浮かんだのでした。

そして、いよいよ空港に近づいてくると、機内ではこんなアナウンスが流れるのです。「金浦空港上空では、写真を撮影することが禁じられています」と。たぶん軍事上の理由なのでしょうが、写真撮影は禁止されているし、眼下の建物は兵隊みたいにきちんと整列しているし、ここは確かに軍隊のいる国であると痛感したのでした。
そういえば、住宅やビルの屋上の緑色も、なんとなく東京・市ヶ谷にある防衛省のてっぺんを思い浮かべるではありませんか。翌朝、出勤時になると、辺りには人々を鼓舞する応援歌みたいなものがこだましていたし、やはり、この国は、今でも北とにらみ合いを続けていることを思い知らされるのです。(写真は、ソウル駅近くの南山公園にそびえるNソウルタワーから撮ったものです。)

そんな風に、いきなりこの国の「統率力」や「団結力」を肌で感じさせられたわけですが、翌日ソウル市内を現地のガイドさんに案内してもらうと、日本の文化の礎(いしずえ)は、この朝鮮半島から伝播したことを改めて感じ、同じルーツを持つ者として親近感を抱くのです。
だいたい言葉も似ているではありませんか。わたしは韓国語をまったく解しませんが、響きが日本語に似ていることだけはわかります。だって「図書館」は「としょかん」と発音していましたよ。
それから、両国がいわゆる「学歴社会」であるところも、中国の科挙のシステムが朝鮮半島経由で日本に伝播したことに基づくのでしょう。今となっては、日本は韓国ほど学歴社会ではなくなっていますが、こちらでは、いまだに「どの大学を出ているか」が将来を占う鍵となるそうです。ゆえに、大学入試はお家の一大事。親たちは、是が非でも「一流校」に入れたがるのです。
 


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そして、仏教がおもな宗教であるところも似ていますね。日本の場合は、お葬式のときだけ仏教徒という人も多いわけではありますが、この国には、年齢を問わず熱心な仏教徒も多いように見受けられました。
ちょうど直後の5月2日が旧暦の花祭(お釈迦様の降誕を祝う日、新暦では4月8日)に当たるので、この時期、お寺を詣でる人たちもたくさんいました。色とりどりの提灯を思い思いの場所につり下げたり、米袋や大きな白いろうそくをお供えしたりするのですが、若い人たちも含めて、みなさん熱心にお祈りしていたのが印象に残りました。


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このかわいらしい提灯ですが、やはりご本尊を安置してあるお堂に近ければ近いほど、料金(場所代?)も高くなるそうです。こちらのお寺では、一番高いランクで8万円(日本円換算)もするそうですが、ガイドさんがお供えした人たちの名前を読んでみると、ホテルグループの総帥だとか、有名な政治家だとか、そんな方々のオンパレードでした。
提灯はご先祖様の供養のために境内に吊るすそうですが、やはりご本尊に近い方がご利益(りやく)にあずかれるのでしょうか?

とはいえ、現在の韓国では、必ずしも皆が宗教家というわけではなくて、国民の約4分の1がキリスト教徒、もう4分の1が仏教徒、そして残る半分は無宗教なのだそうです(CIAのThe World Factbookを参照)。
自身は熱心な仏教徒であるガイドさんは、4割が仏教徒、3割がキリスト教徒、残りの3割が無宗教を含むその他と説明してくれていましたが、実際は、それよりももっと「宗教離れ」が進んでいるのでしょう。

おもしろいことに、アメリカでも近年同じような傾向が見られ、過去20年に国の大人人口は5千万人も増えたわりに、キリスト教のすべての宗派で信徒が減っているそうです。一方、「無宗教」は確実に増えていて、20年前は大人人口の8パーセントだったのに対し、昨年は15パーセントと倍増しています。
この宗教離れの現象は、全米50州と首都ワシントンDCすべてで起きているのですが、熱心な福音主義派の多い南部の州でも見られるというのは驚きでもあります(Trinity大学のAmerican Religious Identification Survey 2008を参照。大人人口は18歳以上と定義)。
これは、人々の宗教心が減ったというよりも、組織的な宗教(organized religions)に対する反発のあらわれと解釈した方がいいようですが、近年、韓国でもアメリカでも、思想や信条の多角化が進んでいるのかもしれません。
 


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さて、話がすっかりそれてしまいましたが、ソウル市内を観光する上で忘れてはいけないのが、街の中心部に残る宮殿です。1392年から日韓併合条約で韓国が日本に併合される1910年まで続いた、朝鮮王朝の宮殿群です。
この朝鮮時代には、儒教が国教と定められたり、ハングル文字が考案されたり、科挙に基づく身分・階級制度や貨幣制度が整備されたりと、国として確立した時代でした。先の高麗時代には開城(ケソン、今の北朝鮮の南部)に置かれていた首都がソウルに遷都されたのもこの時代です。
もともと5つあった朝鮮王朝の宮殿(景福宮、昌徳宮、昌慶宮、慶熙宮、徳寿宮)は、その大部分が戦火で消失したり、日韓併合時に破壊・移転されたりしていますが、現在はかなりの部分が復元され、王朝時代をしのぶことができます。
 


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朝鮮王朝最初の王宮である景福宮(キョンボックン)を訪れてみると、その様式が中国の宮殿に酷似していることに驚いてしまいました。建築様式や宮殿前の広大な広場、そして建物群の配置とすべてが写し絵のようにも感じるのですが、とくに宮殿前の階段には龍の彫刻が施され、ここを通れるのは王のみであったということに、中国の王道の思想を感じ取りました。
この宮殿前の広場では、左に武官たちが、右に文官たちが身分順に整列して王に謁見したそうですが、とくに王朝初期には、王の力は絶大なものだったのでしょう。その王の跡目争いを防ぐためか、いつしか「妃の寝所で生まれた者のみ王になれる」という規則が定められたのだそうです(それでも、争いは絶えないのが人の世なのかもしれません)。

このように、中国や朝鮮半島から日本に思想・文化が伝播してきたので、三国には類似する要素が多いわけではありますが、景福宮に併設される国立民俗博物館を訪れてみて、ちょっとおかしなことを発見してしまいました。


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こちらの写真は、炭火の火鉢の上に、石鍋みたいな調理器具がのっかっている展示物です。きっとこの鍋でビビンバ風の料理でも作っていたのでしょう。いったい何が目を引いたかというと、この展示物が、以前ギリシャの首都アテネの博物館で見た展示物と似ていたことなのです。
あちらは、ギリシャの名物料理スヴラキ(Svoulaki)みたいに、肉や野菜を串刺しにして調理する「スヴラキグリル」だったのですが、形といい、大きさといい、こちらの「ビビンバ鍋セット」に似ているなと直感したのでした。

あちらは紀元前6世紀の調理器具、こちらは近代の調理器具。あちらは西洋のもの、こちらは東洋のもの。そんな違いはあるものの、時代を超え、文化を超え、人という生き物の共通点を見いだしたようで、ひとりで含み笑いしておりました。

ちなみに、古代ギリシャの「スヴラキグリル」は、2006年5月号のギリシャ旅行記に掲載されております。こちらのお話の4枚目の写真です。

それから、文中では「朝鮮王朝」とか「朝鮮時代」という表現を使いましたが、日本では一般的に「李王朝」とか「李王朝時代」と呼ばれています。けれども、現地では「朝鮮」という名が正しいものとされるので、現地の表記に従いました。

<商売パワー>
ソウル観光第一日目は、現地のガイドさんに案内してもらったわけですが、最初は、どこに行こうかしらと結構悩むことになりました。わたしたちは、車がないと行けないような郊外を希望し、願わくは、焼き物の街・利川(イチョン)まで足を伸ばせればいいなと思っていたのでした。
ところが、ソウル周辺は慢性的な交通渋滞。行きは1時間半で行けたにしても、帰りは何時間かかるかわかったもんじゃない、それでは、一日をつぶしてしまうよとのことでした。


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そこで、急遽、予定を変更し、午前中は景福宮(キョンボックン)と併設の国立民俗博物館を見学したあと、お昼は名物のサムゲタンを老舗でいただき、午後からは、伝統工芸品のお店が並ぶ仁寺洞(インサドン)、ソウル全体を見下ろすソウルタワー、そしてタワー近くにある仏教寺院を訪れたのでした。

そんな風に、一日観光コースを平穏に終えたのですが、ガイドさんにとっては、わたしたちが「典型的な日本人の観光客」ではなかったので、どこを案内しようかと頭を悩ませていたようです。なにせ買い物やエステには興味がないし、韓流ドラマも観ないのでロケ地を訪れる気もありません。宮殿歩きは一日にひとつで十分だし、お茶をする習慣もないので、伝統茶のお店を訪れる必要もありません。
というわけで、朝10時から夕方6時までの個人ツアーは、1時間も早く切り上げてしまいました。仏教寺院のあとに訪れた漢江(ハンガン、市内中央を流れる大きな川)の河畔で、突然の暴風雨に襲われたこともあるのですが、なんとなくつまらなかったのもあるのです。

というわけで、二日目からは自分たちで街歩きを始めました。すると、前日のつまらない気分もすぐに吹っ飛んだのでした。なんといっても、この街はおもしろい!


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まず、ホテル前から地下鉄に乗ると、車内の情報画面には、いきなりマイクロソフトのエラーメッセージが出ていましたよ!
画面には次はどこの駅だとか、駅近くにはどんなアトラクションがあるだとか、そんな情報が絶えず流れているのですが、それがハング(ソフトウェアの応答なし)しているのです。
さすがに車掌さんが気付いたのか、間もなく情報画面はリブート(再起動)され、ちゃんと情報を流すようにはなりましたが、それにしても、こんなところにウィンドウズOSとは、ちょっと不安定ではありませんか?
そういえば、以前ノルウェーからスウェーデンの首都ストックホルムに到着すると、空港から市内に向けて乗った電車がいきなり止まったことがありました。トンネルの中でストップしたので、辺りは暗闇に包まれてしまったのですが、そのときは、間もなく電車自体をリブートして事なきを得たのでした。それに比べれば、情報画面のリブートはかわいいものでしょうか。

リブートごときで感心していてはいけません。地下鉄の車両には、物売りの人たちがどんどん乗り込んでくるのです。車輪の付いた荷物乗せに大きな箱をのっけて、それを車両から車両へとゴロゴロと引っ張って物を売り歩くのです。
わたしが最初に遭遇した商品は、手袋の形をした布製クリーナーでした。これがあると、コンピュータの画面やらキーボードの隙間もきれいになるよと宣伝していらっしゃいます(カタカナ用語はなんとなく理解できますし、その上、白板を使ったデモンストレーション付きでした)。
わたしは心の中で「そんなもの誰が買うのよ?」と思っていたのですが、なんと、目の前に座っていたオフィスワーカーの女性が、宣伝ピッチにつられて赤いやつを買っているではありませんか。なるほど、ここで販売活動を行うのも、決して無駄にはならないわけですね。
中には、音量たっぷりに音楽をかけてCDを売るご仁もいらっしゃるのですが、「迷惑よ!」と嫌われることはないのでしょうか。こういった売り子の方々は、通勤時間帯にも出没するのですが、日本ほど満員電車ではないので、お客をすり抜けながら、なんとかやっていけるのでしょう。

そして、販売活動といえば、地下鉄を降りて訪れた東大門(トンデムン)や南大門(ナンデムン)の市場は、その大御所ともいえるものでしょうか。ともに「広大」の一言に尽きる市場なのですが、南大門の方は韓国最古の市という歴史を誇るだけあって、狭い路上に、ごちゃごちゃと屋台風のお店が軒を連ねています。そして、東大門の方は路上だけでは足りずに、ビルの中にまで小さなお店がひしめいています。
現地の方曰く、「僕のワイフなんかは、東大門市場には夜の9時過ぎてから行くんだよ。その方が、ずっと割引してくれるからね。」


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そんな不夜城の東大門市場には正午頃訪れたのですが、分野ごとにきちんと分かれたビル内のお店は、多くが開店前でした。なんでも、そんなに早い時間にお買い物をするのは、観光客だけだとか。

それでも、道沿いには食べ物の屋台が並び、現地の人が昼食をとっていたり、開店準備をしているお店の人たちや早めの買い物に来ているお客もいたりと、それなりに活気に満ちています。そして、路上にせり出した陳列棚や色とりどりの商品を見ていると、あることに驚いてしまうのです。なんといっても、値段が安い!
たとえば、男性用のポロシャツ。ブランド品ではないものの、しっかりとした縫製で、日本でも普段着られそうなものが、日本円でたったの200円! それに比べたら、わたしがおみやげ用に買った手作りのくるみボタンなんかは、ひとつ400円もしたので、こちらは立派に観光客プライスだったのでしょう。
 


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それにしても、ポロシャツが200円とは! だとすると、日本のデパートの数千円という値段は、いったいどこから来たの? そして、そもそも価格とはいったい何なの? と、活気に満ちたソウルの一角で、わたしは大いに疑問を抱いてしまったのでした。
そういえばアメリカでも、慈善団体となると、ひとり一日分の食料をわずか1ドル(約100円)で調達できるといいます。価格というものは、流通ルートによって、七変化を遂げるものなのでしょう。

なるほど、こうやって街歩きをしてみると、ソウルという街は司政の中心地ではあるけれど、同時に商売の中心地でもあるわけですね。「お買い物には興味がない」と言い切ったわたしたちを目の前にして、どうしてガイドさんが頭を悩ませていたのか、その理由がわかったような気がいたしました。

<女性パワー>
旅には小さなトラブルは付きものでして、今回は、現金を持っていないことが仇となりました。普段、アメリカでは高額のキャッシュを持ち歩く習慣はないので、金浦空港に到着したときも、手持ちの2万円を換金しただけでした。
そんなわけで、第一日目の観光を終え、ガイドさんから現金で払ってくれと要求されたときには大あわて。普段はクレジットカードも受け付けるそうですが、このときは個人ツアーのためレンタカーを借りたので、車内にはカードの読取り機が付いていないのだと。
 


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ガイドさんでは埒(らち)が明かないので、ホテルに送り届けてもらって、フロントで相談したのですが、そこに立っていたお兄さんたちでも埒が明きません。
お兄さんのひとりが曰く、「隣の大きなビルに、外国の銀行からも引き出せるATM(自動現金預け払い機)があるはずだから、そこで現金を引き出すか、さもなくば、料金は部屋付けにしてホテルが立て替えるけれど、10パーセントの手数料を支払うか、そのどちらかしかない」と。
このお兄さん、英語はかなり上手いのですが、きっとアメリカのテレビドラマの観過ぎなのでしょう。「それは、僕たちの問題じゃない(That’s not our problem)」などと、平気でお客の心を逆なでするようなことを言い放つのです。アメリカ人の従業員だって、そんな失礼なことは言いませんよ。

と、そこに颯爽(さっそう)と現れたのは、にこやかな表情の女性。年齢は30そこそこと見受けられるものの、きっとこの場の責任者なのでしょう。「わかりました、わたしたちが現金を立て替えますし、手数料もいただきません」と、きっぱりとおっしゃいます。
まあ、ここは、いわゆる「外資系の一流」を自負するホテル。本来は、最初からそう答えなければなりません。10パーセントの手数料なんて、そんなもので商売する気など、きっぱりと捨てた方がいいのです(それに、ガイドさんの会社からは、紹介手数料をたんまりとせしめているでしょう?)。

というわけで、この麗(うるわ)しき女性に加え、ホテルのレストランでも颯爽と現れ問題を解決してくれたのは女性従業員だったのですが、だとすると、この国の底辺をしっかりと支えているのは、女性パワーだってことでしょうか。

その晩、現地の方とディナーをする機会があったのですが、この男性も奥方には頭が上がらない様子でした。彼は、韓国語と英語を駆使するバリバリのセールスマンなので、話半分に聞いておいた方が無難なのかもしれませんが、こんなことを熱心に主張するのです。
「韓国の女性は、結婚前は天使だけれど、結婚後は悪魔に変身するのだ。」

曰く、韓国女性は結婚前のデートではおとなしく、しとやかに構えているけれど、ひとたび結婚してしまうと、ダンナの首根っこをつかまえては、あれしなさい、これしなさいと指示を出すのだと。

なるほど、日本でも耳にするようなお話ではありますが、わたし自身は、いつも西洋と東洋の社会のあり方にずれを感じているのです。そして、「男女平等」を語る上で、表面上の社会進出ばかりに目を奪われると、表面下の家庭生活では誰が手綱を取っているのかという事実を見失うんじゃないかと思っているのです。
たとえば、西洋社会では「女性の社会進出」が叫ばれて久しいわけですが、その代わり、家庭内では家計を預かる権限すら持っていない女性も多いように見受けられます。シリコンバレーでお世話になっている会計士さんがおっしゃっていましたが、アメリカでは男性が家計を握っている家も多いので、先にダンナさんが亡くなったあと、小切手を書く方法すらわからずに苦労をする女性も多いと。


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それに比べて、東洋の社会では、一般的に女性の社会進出はまだまだ限られていると言わざるを得ないですが、それでも、家庭生活をしっかり握っているのは女性の方ではないでしょうか。だから、一家のお父さんは、決められたお小遣いで「飲み代」を捻出しなければならないし、韓国の彼だって、事情は同じようでした。(写真は、国立民俗博物館に飾られた伝統的な結婚の儀の模型。)

そんなわけで、韓国女性の多くは、黙ってダンナさんの言いなりになるようなタイプではないのでしょうが、それでも、昨今離婚は減っているんだとか。
昨年の韓国の年間離婚数は、11万6千件と5年連続で減少し、1998年以来、最小の記録となったんだそうです(4月27日発表の国立統計局のデータ)。
なんでも、昨年7月からは、国が「離婚のクールオフ期間」を義務づけたそうで、離婚したいなら、1ヶ月から3ヶ月は頭を冷やすべしという規則が、離婚数の低下に貢献しているということなのです。

それでも、いわゆる「熟年離婚」はじりじりと増えているようで、結婚20年以上を経過し、50歳を超えたあたりのカップルが、「どうしても踏みとどまれない岐路」に立たされているようではあります。

「天使と悪魔説」の彼は、まだまだお若いですけれど、油断は大敵なのです。

<教育パワー>
上のお話で登場した彼。「奥方の尻に敷かれている」ことを誇らしげに吹聴していたわけですが、実は、彼の場合には若干の救い(?)があって、奥方が息子二人を連れて、シンガポールに3年間分かれて暮らしていたのです。いえ、家庭内不和ではありません。息子たちの英語が上手くなるようにと、シンガポールの学校に通わせていたのです。
いよいよ長男が高校に入る年齢になったので、皆を呼び寄せ、韓国で一緒に暮らすようになったそうですが、「またまた地獄に逆戻りだよ」と、彼は冗談まじりに話してくれました。

こんな風に、近頃は、子供をシンガポールの学校に通わせて英語を徹底的に教育したあと、アメリカの学校に入れる親が増えているそうです。大学レベルの海外留学ともなると、その3割がアメリカに向かうとか。「息子たちを送り出したあと、僕もゆくゆくはアメリカに移住したい」とも語っていらっしゃいました。
自身も国外に出る機会は多いのでしょうから、韓国の「学歴社会」のあり方には、少々辟易(へきえき)している部分もあるのでしょう。

驚くことに、韓国では、ソウルオリンピック開催の翌年の1989年になって、初めて国民が自由に海外渡航できるようになったそうです。それまでは外国に行くことは難しかったので、ガイドさんも、日本語のような外国語を学んだのも外国に行きたかったからだとおっしゃっていました。


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けれども、経済大国の地位を築いた現在は、年間に国民の3割近くが海外渡航するほどの「外国熱」に見舞われているようではあります。海外好きの日本人でも出国は1割ほど(13%)なので、3割とはその短期間の変身ぶりに驚いてしまいます。
きっと旅行にしても、留学にしても、移住にしても、他の国に出向くことは、もう特別なことではない環境になっているのでしょう。

こんな風に、教育にしても、技術にしても、ポップカルチャーにしても、他の文化にいいものを見いだすと、さっそく取り入れようと試みる。そういった人々の炎のような原動力に突き動かされ、この国は、常に目まぐるしく変貌を遂げてきたのでしょう。

あと数年もすれば、ソウル市内のあちこちもずいぶんと変わっていることだろうと察するのですが、その頃にはまた、この国を訪れてみないといけませんね。

夏来 潤(なつき じゅん)



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