Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2013年10月29日

日本の青年: 夢は海外!

Vol. 171

日本の青年: 夢は海外!

 


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10月最後の週末、シリコンバレーのお膝元に、いよいよユニクロが登場しました。場所は人気ショッピングモール、バレーフェア。

モールじゅうにプロモーションの和太鼓が鳴り響く中、お店は長い行列で待ち状態。
まるでアップルの新製品売り出しを思い浮かべる光景ですが、「ジャパン・テクノロジー、ヒートテック」の名は、すでにサンフランシスコ辺りから漏れ聞いているのです。

残念ながら、ユニクロの開店セールはミスってしまいましたが、今月は、先月号に引き続き、日本の青年のお話をいたしましょう。海の向こうを夢見る青年のエピソードです。

<迷いのある18歳>
どうも近頃、自分が「おじさん」になったみたいな気がするんです。なんとなく涙もろくなったり、クロスワードパズル(みたいな面倒くさいもの)に興味を持ったり、日経新聞や英フィナンシャル・タイムズ紙といったビジネス紙を読んでみたり。

先日、グーグルさんの「広告表示に関するあなたのプロファイル(Ads Settings)」をチェックしてみたら、「性別:男性(Gender: Male)」となっていたので、あぁ、やっぱり自分の行動は「おじさん」なんだなぁと改めて自覚したわけですが、きわめつけは、こちら。
柄にもなく、「少しは次世代の助けになりたいかなぁ」と殊勝なことを思うようになったことでしょうか。

そう、わたしだって、ときには若い方の相談にのることもありまして、ごく最近は、今春大学に入った日本の青年とお話をする機会がありました。

彼と初めてメールのやり取りをしたのは、ちょうど一年前。東京の有名私立大学の推薦入試に失敗して、「もしかしたら、このまま留学した方がいいのかな?」と迷いが出始めた頃。わたしに対する質問は、こんなものでした。

「海外で就職するなら、MBA(経営管理学修士号)が必要ですか?」「シリコンバレーには経営者が多いんですか?」「経済と経営を学ぶのにいいところはありますか?」「高校からアメリカの大学に行くにはどうするんですか?」

と、かなりストレートな質問の羅列ではありましたが、どうやら、海外で働くことに興味があるので、高校3年生の自分の進路に迷いがある、という感触でした。

そこで、義理堅いわたしとしましては、少しでもお役に立てたらと、実情とアドバイスを3ページの文書にまとめてお送りいたしました。
要点としては、アメリカの大学の場合、翌年秋の入学願書は前年11月くらいには締め切られるはずなので、10月の時点で考え始めるのは時期的に遅いこと。日本人留学生に奨学金が与えられることはまれなので、自費留学となると学費・生活費は相当高くなること。MBAが必要かどうかは職種によるので、何の仕事に就きたいかを決めるのが先決であること。
そして、わたし自身のアドバイスは、まず日本の大学で学び、働いてみて、そのあと海外に飛び出すことやMBAが必要であるかどうかを判断するのがベストである、というものでした。


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これに添えて、日本からアメリカに留学する場合は「F-1ビザ(a student visa)」という査証が必要なので、これを日本のアメリカ大使館・領事館で取得する手続きなども要約してお知らせしました。
たとえば、大学から入手する入学許可書「I-20(Certificate of Eligibility for Nonimmigrant Student Status)」には高校の成績書やTOEFLのスコアなどが必要ですが、実際のビザの申し込みには銀行の預金残高証明書(留学資金を証明)や卒業後(もしくは学位取得後のインターンシップ終了時)はアメリカを離れる旨の宣誓書(不法滞在しないことを宣誓)なども必須となってきます(ビザについての詳細は、米国務省のウェブサイト(www.state.gov)で調べられます)。

それで、迷いはあったものの、結局のところ、青年は今年4月に地元の国立大学の1年生となり、自宅から学校に通うことになりました。
わたしの父が名誉職を持つ学部ですが、もう父が大学に足を向けることはないので、それが少々寂しくもあります。同級生あたりだと、「何を教わったか覚えてないけど、父ちゃんの授業を取ったことがあるよ」と言ってくれるのですが。

そして、9月初めの雨の日、実際に青年とお会いする機会に恵まれました。が、まあ、その雨を吹き飛ばすかのような、はつらつとしたエネルギーに驚くとともに、好感を持ったのでした。

そこで、どうしてアメリカの話を聞きたいのかと尋ねると、英語を勉強したいからと答えます。それで、どうして英語を学びたいのかと尋ねると、海外で働きたいからと単刀直入に答えます。
なんでも、日本を飛び出して海外で働いてみたいそうで、それには、少なくとも英語だけは身につけておきたいと考えているようです。だから、短期の語学留学でもいいから、とにかく留学してみたいのだと。

今の時代、日本から飛び出したい若者は減っていると聞くので、彼のようなケースは珍しいのかもしれませんが、ゆくゆくは貿易関係の会社に入って、海外でマーケティングの仕事をしたいのだと、夢を語ってくれました。

学校ではサッカーと駅伝で体を鍛えているそうですが、日焼けした顔でハキハキと物を言う彼を見ていると、「健康な体には健康な精神が宿る」という言葉を思い出しました。どうやら、彼のはつらつとした精神は、海を越えて知らない場所を探ってみたくてしょうがないのだなと承知したのでした。

<青年へのアドバイス>
それで、青年には何かしら気の利いたことを言ってあげようと思ったのですが、なにせ、貿易やマーケティングとは、わたしにとって守備範囲を大きく外れています。それでも、がんばっていくつかアドバイス差し上げたことがありました。

ひとつは、海外に出るチャンスを狙っているのだったら、日本古来の組織を踏襲する会社には入るべきではない、ということでした。
ここで「日本古来」というのは、「出るクギを打つ」と言いましょうか、右を見て、左を見て、みんなと同じにやることを「強いる」と言いましょうか、組織のために個を抑えることが前提条件になっているような会社のことです。

ま、今どき、そんな絵に描いたような会社が存在するのかどうかは存じませんが、海外で生き抜くためには、自分の頭で考え、独自のやり方を編み出しながら行動することが必須条件です。しかも、自分の信ずるところを貫くのですから、個に対する精神的プレッシャーも相当なものです。
仕事や生活の上で助けが必要になったとしても、自分から「助けて」と意思表示をしなければ、誰も助けてはくれません。
ですから、「右を見て、左を見て、同じに振る舞う」方式に慣れてしまっては、その後の適応が難しいのでは? と思われたのでした。

そして、もうひとつのアドバイスは、彼がこだわっているMBAが役に立つかどうかは、分野や職種による、ということでした。
たとえば、シリコンバレーのエンジニアには、エンジニアリングの修士号、博士号を持つ人は多いですが、よほど大きな会社の経営者にならない限り、MBAは必要ありません。


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以前も2011年2月号でご紹介したように、大きな会社の経営者であっても、アップルの共同創設者、故スティーヴ・ジョブス氏は大学を一学期でドロップアウトしていますし、オラクルの創設者/現CEOラリー・エリソン氏だって、一旦入った大学は2年で辞めて、入り直した大学はすぐにドロップアウトしています(写真は、9月25日サンフランシスコ開催のヨットレース「アメリカスカップ」で優勝杯を掲げるエリソン氏;Photo by Karl Mondon, the San Jose Mercury News, September 26, 2013)

もちろん、シリコンバレーでも財務・マーケティング・オペレーション職の人にはMBA取得者は多いですし、大きな会社では「MBA必須」となっている職種もあります。
けれども、まだ組織として確立していないスタートアップでは、「人」は個人の持つスキルに集約され、「どこの学校の何の学位」という冠(かんむり)は二の次となるでしょう。

こういった「個人のスキル」が優先される場所では、学校で「何を学んだか」ではなく、学校で「どんな考え方を身につけたか」が大事になってくると思うのです。
言い換えれば、数学の方程式に数字を当てはめ、チャカチャカっと答えを出すのではなく、方程式自体を自分で苦労して導くような、物事の根本を見据える態度が求められるのではないでしょうか。

物事を見据え、流れを論理的に追い、対処の仕方を考える、そうやって初めて、学校で習った「理論」を実地に適用できる、と言えるのではないでしょうか?

それに、とくにシリコンバレーのような新手のテクノロジーや概念が日々誕生している場所では、新しいやり方の「理論化」「教材化」が追い付いていないのも事実でしょう。
ベンチャーキャピタルを務める知り合いが、シリコンバレーの名門スタンフォード大学の社会人向けMBAコースに参加したことがありましたが、「ま、習ったことの2、3割くらいは現実に即しているかな」とおっしゃっていました。

シリコンバレーを含むサンフランシスコ・ベイエリアには、全米のベンチャーキャピタル投資資金の4割が投入されます(PricewaterhouseCoopersのデータ)。
お金のあるところには、人と頭脳が集まる。物事の進化のスピードも、他とは比べようもないほどに速い。だから、教科書に載ったことは、明日には古びているかもしれないのです。

それゆえに、この辺りには、「学校に行ってる暇とお金があったら、さっさと自分で起業してみたら?」というムードも強いのではないでしょうか。


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全米を見ると、とくに2008年の世界金融危機(リーマンショック)以降、学校に残って就職の時期を遅らせる傾向も見られるそうです(平均年収に達する年齢が、26歳から30歳と過去30年で顕著に遅れている:”Failure to Launch: Structural Shift and the New Lost Generation”, the Georgetown University Center on Education and the Workforce, September 2013)。

が、シリコンバレー辺りでは、その真逆の動きがあるのも事実でしょう。

先月号でもご紹介したように、500 Startups(ファイヴハンドレッド・スタートアップス)みたいなインキュベータ(起業支援団体)は、「まず自分でやってみて、失敗してみたら?」というのが信条となっています。


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まさに、こちらの写真のように「Batch 007(募集第7期)– License to FAIL」。
「007殺しのライセンス」ならぬ「007失敗のライセンス」なのです。

そう、四の五の言わずに、立派に失敗してこい! といった感じではありますが、ただ、ここでは「勝手にやれ!」というのではなくて、激動の変化の中にも、ちゃんとした「やり方」があるはずなので、それをインキュベータが抱えるメンター(業界の先輩)たちから学びましょう、というのが起業支援団体の存在価値でもあるでしょうか。

実際に業界で経験を積んだ「メンター」は、スポーツチームの「コーチ」や「フロント」みたいなもの。どうやって試合をうまく運ぶかのテクニックだけではなく、どうやったらファンの心をつかみファン層を盛り上げられるのか、どの時点で「赤字を覚悟で経営拡大」して、どこから「収支を念頭に置いた路線変更」を行うのかなど、岐路に立ったときに助言してくれるのです。
メンターが自分でアドバイスできなければ、メンターの持つ「人のネットワーク」が生きてくる。こんな会社とタイアップしたら? この人から投資してもらったら? と紹介してあげるのも、メンターの大事な役割なのです。

そして、「失敗のライセンス:やってみて失敗してみれば?」という言葉の裏には、「失敗するなら、素早く失敗すべし」という教訓も隠されているのです。
もちろん、事がうまく運べばベストなのですが、どうやらダメそうかな? とわかったときには、さっさとあきらめて次のアイディアに移るべし、という教訓です。

さっさと次に移らなければ、いつまでも無駄に資金をつぎ込むことになるし、組織のメンバーにとっても、いつまでも同じことの繰り返しで情熱を失いかねない、というのが理由です。

おっと、青年へのアドバイスから話題が暴走してしまいましたが、もちろん彼には、こんな面倒くさい話は控えました。が、最後にひとつ付け加えたことがありました。
それは、まだ大学に入ったばかりなので、これから尊敬できる先生や先輩や友人に出会って、いろんな話を聞く機会も出てくる。だから、今のうちに「これだ!」と決めなくてもいいんじゃないの? ということでした。

先の事なんて、一寸先だってわからない部分もありますので、今できることをしっかりとやっておくことが大切なんじゃないかな? と思ったものですから。
 


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青年には、わたしが執筆を担当したシリコンバレーの実話『世界シェア95%の男たち』をお送りしていたのですが、後日、本を読んだとメールが返ってきました。それには、こう書き添えてありました。

「普段知ることのできない貴重な経験ばかりで、ますます海外で仕事がしたくなりました」と。

なんとも、たくましい青年なのでした。

夏来 潤(なつき じゅん)



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