Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2007年10月30日

神無月:奇妙なお話

Vol. 99

神無月:奇妙なお話

 


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  今日は、ハロウィーン。パンプキンに顔が彫りこまれたジャック・オー・ランターンや、お化けやこうもりや蜘蛛の巣と、あちらこちらでハロウィーンの賑々しい飾り付けが目立ちます。
ハロウィーンに関しては、この「シリコンバレー・ナウ」シリーズの初回で、その成り立ちや風習の解説をしております。キリスト教徒には無関係の「邪教」を起源とするお遊びとして、このお祭り騒ぎを嫌うアメリカ人もいるようです。でも、そんなことは、お菓子の欲しい子供たちには、それこそ無縁のお話。10月31日には、幼児からティーンエージャーまで、コスチューム姿で住宅街を練り歩き、大人たちからお菓子をわんさと獲得します。

さて、ハロウィーンのある10月には、アメリカでは、ホラー映画やらお化けのお話やらが急に増えてきます。日本のお盆と同じで、ハロウィーンには、死者の霊が現世に戻ってくるものと信じられていたからです。日本でも、お盆の頃には、怪談物が目に付きますよね。それと同じようなものです。
そんなハロウィーンの季節を記念して、ちょっと奇妙なお話などをいたしましょうか。いえ、決して怖いお話ではありません。お化けなんかは出てきませんから。お化けなんかよりも、この人の世ほど奇妙なものはないかもしれませんね。そういったお話です。


<白と黒>

10月中旬、こんなニュースが世間を騒がせました。アメリカの副大統領ディック・チェイニー氏と、民主党の大統領有力候補であるバラック・オバマ氏が、遠いいとこだったと。
なぜ世間を騒がせたのかと言いますと、まず、チェイニー副大統領は共和党のドン。財界や法曹界との深い繋がりから、ブッシュ政権の陰の実力者とも目されています。対するバラック・オバマ氏は、上院議員一期目の民主党期待の若手ホープ。その新鮮さとカリスマ性から、大統領候補指名戦の先頭を行くヒラリー・クリントン上院議員(元ファーストレディー)に真っ向から対決します。
そして、チェイニー氏が白人であるのに対し、オバマ氏は黒人と白人のハーフ。お父さんがケニアから来た人で、お母さんは白人のアメリカ人。
片やどす黒いイメージの伴うチェイニー氏と、どこまでも澄み切った印象のオバマ氏。そんな、どこから見ても繋がりのなさそうなふたりが、親戚だった!なんでも、オバマ氏の祖先となるフランス人新教徒マリーン・デュヴァルの息子が、1650年代後半イギリスからメリーランド州にやって来たリチャード・チェイニーの孫娘と結婚したことで、ふたりは血縁関係になったんだとか。この皮肉な事実に、アメリカ中が度肝を抜かれてしまったわけです。

このニュースを明らかにしたのは、チェイニー副大統領の奥方だったそうですが、その日、人気深夜番組の「ジェイ・レノーのトゥナイトショー」に出演したオバマ氏は、支持者がいろいろと家系を調べるので、薄々は知っていたと述べています。
「まあ、キスをし合うような仲の良いいとこじゃないけどね」と前置きしながら、オバマ氏はこうまぜ返します。「僕の家系には、悪漢(rogue)が多いんだよね。普通、みんな王様や偉大な指導者なんかと親戚になりたいわけだけど、僕の場合は、牛と闘うレスラー(cattle wrestler)なんかと血の繋がりがあったんだよね。彼の親戚連中が集まる狩のパーティーなんかに招かれるのは、まっぴらごめんだよ」と。
昨年、狩の大好きなチェイニー氏が、狩友達の弁護士を誤射する事故が起きているので、そのことを皮肉っているようです。
チェイニー氏は、また、連邦最高裁判所のアントニン・スカリーア判事とも大の狩仲間で、チェイニー氏の出身企業に対する判決が最高裁判所で審議されている最中、ふたりは一緒に狩をしに行ったと、その癒着度が問題になったこともあります。このときのスカリーア判事のコメントがまた、世間の怒りを買うものでした。曰く、「狩の小旅行ごときで、俺が丸め込まれるとでも思っているのか。俺はそんなにチープな人間じゃないぞ」。まあ、「類は友を呼ぶ」とは、こういうことでしょうか。

さて、チェイニー氏とオバマ氏との血縁関係は、それだけで世の皮肉とでもいうべきものですが、これに似たような話はまったくないわけではありません。
それは、南部サウスキャロライナ州選出の上院議員だった故ストローム・サーモンド氏と、前回の大統領選挙戦で民主党候補として出馬したアル・シャープトン牧師に、ある繋がりがあったというもの。こちらのケースは、血縁というわけではなくて、サーモンド氏の祖先である白人が、シャープトン牧師の祖先である黒人を奴隷として使っていたというもの。
こちらもまったく皮肉なもので、シャープトン牧師がアメリカ社会に根付く人種の不平等を問題視する活動家であるのに対し、故サーモンド上院議員は、若い頃バリバリの人種差別支持者(segregationist)だったという曰く付きです。
今年の初め、ふたりの関係が明らかにされると、シャープトン牧師は、さすがに不快感を隠しきれませんでした。「僕の人生の中で、一番ショッキングなニュースだった」と述べています。
1947年、人種差別政策を掲げ大統領選に出馬し、1957年には、黒人の公民権と平等を認める法案審議に際し、上院議会で24時間に渡る議事妨害を行ったことで名を売ったサーモンド氏。よりによって、その人種差別のイコンともされたサーモンド上院議員と、彼の象徴するすべてを否定したいと願う自分との繋がり。それは、牧師にとって、なかなか合点が行くものではなかったでしょう。

シャープトン牧師がショックを受けた背景には、こんなサーモンド氏の暗い過去があったのかもしれません。それは、サーモンド氏には、黒人のメイドとの間に娘がいたこと。そして、そのことをひたすら隠し続けていたこと。
1925年、20代前半のサーモンド氏と16歳の黒人メイドとの間に、娘が生まれました。そのことは、サーモンド氏が100歳で他界するまで、ひた隠しにされていました。彼が亡くなった2003年末、78歳になった娘のエジー・メイ・ワシントン=ウィリアムスさんが自叙伝を出すに至るまで、彼の親族さえも知らされていない事実でした。
養父母に育てられたエジー・メイさんは、13歳のときに真実を知らされ、その後、何回か父親に密会したことがあるそうです。父親としての親しさ、優しさもなく、まるで見ず知らずの要人か就職試験の面接官にでも会っているようだったと、自叙伝に綴っています。

サーモンド氏は、100歳を超えるまで50年近くも上院議員を務めた南部一の名士。そのサーモンド氏に、こんな暗い過去があったなんて・・・

やれ肌が白いとか、黒いとか、そんなことを気にする人間界の奇妙なお話なのです。


<大きな樫の木>

シリコンバレー・サンノゼ市の外れに、古い木が一本立っています。まっすぐに空に向かって伸びるでもなく、幹の根元でふた手に分かれ、片方は右に、そしてもう片方は左へと、妙な具合に曲がっています。そんな風に奇妙に育ちながらも、立派に枝を伸ばした樫の木は、アルマデンの丘の上にひっそりとたたずみ、じっと辺りを見回しています。

そう、この樫の木は、樹齢100年を軽く超えています。どうしてわかるのかって、100年以上前に、この木がある目的に使われていたと言い伝えられているからです。それは、首吊り。この樫の木は、首吊りの木(hanging tree)なのです。


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サンノゼ市の南端にあるアルマデンの丘には、ごく最近まで水銀(quicksilver)の採掘場がありました。その名も、ニュー・アルマデン鉱山。1846年、スペイン人の兵士がここで水銀の赤い鉱石(cinnabar)を見つけて以来、百年以上に渡って、水銀の生成現場となっていました。
水銀は、カリフォルニアの歴史にとって、とても大事なもの。なぜなら、19世紀半ばのゴールドラッシュの頃には、水銀は金の精錬に使われ、無くてはならないものとなっていたからです。水銀が無ければ、金をうまく取り出せないし、大好きな金塊もできない。だから、アルマデンの丘で採られた水銀は、金と同じくらい貴重な金属だったのです。
水銀は地元の産業にとっても、とても大事な資源だったので、サンノゼの地に誕生した新聞も、サンノゼ・マーキュリーと命名されました。マーキュリーはクイックシルヴァーの別名、水銀を表します。

その水銀鉱山では、犯罪が頻繁に起こったようです。まあ、その頃は、カリフォルニアの地は、どこも「ワイルド・ウェスト(無法地帯・西部」の状態。水銀鉱山に限らず、サンフランシスコやサンノゼの街中でも、荒くれどもが闊歩していたのでしょう。
1873年1月、ふたりの鉱山労働者が口論になった後、ひとりが相手に惨殺されるという事件が記録されていますし、1877年2月、鉱山の給料日を狙った大掛かりな強盗計画も記録に残っています。この強盗事件は未遂に終わったとか。
当時、そんな重罪犯の処罰の方法は、公衆の面前での首吊りが一般的だったようです。皆の前で施行された極刑は、「見せしめ」の意味を持ち、1850年代には頻繁に起きた殺人も、1860年代になって激減したという地元の史実もあるそうです。

そして、19世紀後半、ある男が女の子に乱暴した罪で、アルマデンの丘の樫の木で刑に処せられました。地上4メートルの高さに、堂々と枝を張り出した樫の木は、まさに恰好の場所。その男の足元には、誰ともなく投げ始めた石が、塚のように集まっていました。そのときから、処刑された男たちの足元には、石が積まれるのが習慣となったそうです。犯罪に対する不快感を表すかのように、通りがかりの人たちが投げていったものです。

その処刑から少なくとも100年は経っていると、ある歴史愛好家は証言します。彼の家系は、父親の代まで三代に渡って水銀鉱山で働いていたという消息通。60年前、まだ子供だった彼が連れて行ってもらったアルマデンの丘で、「あの木は、首吊りの木なんだよ」と、父親に教えられたといいます。
それから60年経った今、息子とともにアルマデンのくねくね道を登り、その木を探しました。息子が「あれじゃないかな」と指差す先を眺めると、まぎれもなく、子供の頃に教えられた木がポツンと立っています。

古ぼけた水銀の溶鉱炉のほど近く、大きな樫の木が一本、風変わりな姿で立っているのです。溶鉱炉の燃料に使うため、まわりの木はすべて切り倒されたのに、一本だけ不自然に残された巨大な木。そして、何かの目的のためにわざと曲げられたような、左右に張り出した立派な枝。
その木の根元には、100年以上経った今も、石が積まれたままだとか。ひとつ、またひとつと、究極の代価を支払った男たちを思い出すかのように・・・


追記:この樫の木は、アルマデン・クイックシルヴァー郡立公園の中、Mine Hill – Guadalupe Roadという道を登った所にあるそうです。スパニッシュタウンと呼ばれる労働者居住区の遺構のそばだということです。
残念ながら、どうしても現地で樫の木を捜す気にはなれないので、地元紙サンノゼ・マーキュリー新聞を参考に書かせていただきました。木の写真は、イメージ写真です。あしからず。


<エカテリンブルグの謎>

8月の終わり、ロシアの検察がこう発表しました。90年前の事件の再調査を始めるぞと。

90年前、それは、1917年に起こったロシア革命の頃。18代300年続いたロマノフ王朝の最後の皇帝が、革命家たちによって処刑されたことに端を発します。
社会主義を掲げるロシアの革命家にとって、ロマノフ王朝のニコライ二世はこの世から抹消すべきもの。革命直後に捕らえた皇帝一家を一年間幽閉したあと、ロシア中央部にあるエカテリンブルグという街に連行していきます。
ほどなく、1918年7月17日、この街にある貴族の館の地下で、ニコライ二世とアレクサンドラ皇后、そして、オルガ、タティアナ、マリア、アナスタージャ、アレクセイの5人の子供たちは、銃殺部隊によって処刑されてしまいます。

それから70年余り。ロシア革命で成立したソビエト連邦が崩壊した1991年、エカテリンブルグ近郊でニコライ二世一家のものと思われる遺骨が掘り起こされ、数年後、サンクトペテルブルグの寺院に丁重に埋葬されました。しかし、その際、7人家族のうち、ふたりの遺骨が見つからなかったのです。それは、末子のアレクセイと姉のマリアでした。
アレクセイは、唯一の男の子だったので、ニコライ二世を継いで皇帝となるはずでした。そこで、跡継ぎのアレクセイの遺骨が、ロマノフ王朝に同情する者たちによって、反社会主義の旗印とならないようにと、アレクセイとマリアは、他の5人とは別の場所に埋められたのです。
一家の処刑後20年ほど経って、銃殺部隊の指揮官だったユロヴスキーの供述書に基づき、埋葬に関わる調査が行われました。それによると、皇帝と皇后と、3人の娘たちの遺体は、硫酸で処理されたあと道の脇に埋められ、そして、アレクセイとマリアの遺体は、火葬の後、近くの穴に埋められたということがわかっています。しかし、ふたりの埋葬場所が不明のままだったのです。

処刑から89年の今年8月、エカテリンブルグの考古学者が、ふたりの遺骨を見つけたぞと発表しました。ひとりは10歳から13歳の男の子、もうひとりは18歳から23歳の若い女性と見られ、これは、ふたりの年齢にもマッチしているし、遺骨の発見場所もユロヴスキーの供述書に一致していると。これを受けて、ロシアの検察が、事件の再調査を開始すると発表したのでした。

10年ほど前、サンクトペテルブルグの寺院で5人の遺骨が埋葬されたとき、ロシア正教会からは疑問の声が上がりました。5人の遺骨は果たして本物なのかと。そして、今回の発表にも、疑念を抱く人もいます。でっちあげではないのかと。しかし、最初の発表からひと月経った9月下旬、科学的な検証の結果、新たに発見されたふたりの遺骨は、アレクセイとマリアにほぼ間違いないことが報道されています。

1998年、ロシア帝国の首都だったサンクトペテルブルグの寺院では、ニコライ二世一家のために、盛大な埋葬の儀式が開かれました。祭壇には皇帝一家の立派な棺が置かれ、司祭が香のお清めとお祈りをし、鎮魂の儀とします。
その2年後には、ロシア正教会によって、皇帝一家全員が殉教者として列聖されています。寺院の壁には、「聖人」ニコライ二世と皇后、そして子供たちのモザイク画も施されました。

時代が変われば、皇帝は犯罪人となり、そして、罪人から聖人ともなる。何とも奇妙な現世のお話ではあります。


<漫画で学ぶアメリカ生活>

最後にちょっと軽めのお話をどうぞ。アメリカでは、4コマ漫画ならぬ、3コマ漫画もポピュラーなのですが、その中からおひとつ、最近の作品をご紹介いたしましょう。


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  わんこちゃんとある男性コンビの会話です。
わんこ「ウェブサーフィンをやってるんだね?」
男性「そうだよ。グーグル・マップを見てるんだ。信じられない解像度だよ!」
わんこ「君の家は見えるの?」
男性「おい、どうして今まで僕の脳天が薄いって教えてくれなかったんだ?」

(10月19日付け、グレン・マッコイさんの「The Duplex」より)

さすがグーグルさん、解像度はばっちりなのです。まあ、スパイ衛星からは、車のナンバープレートも丸見えだそうですが、そのうちグーグルさんも、同じくらいの解像度になるんでしょうね。

夏来 潤(なつき じゅん)

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