お~い、落ち着こうよ、カリフォルニア!

3月17日の木曜日。

深夜コメディー番組では、こんなジョークが流れました。

場所は、ホワイトハウス。記者たちが集まるローズガーデンでは、まさにオバマ大統領の会見が始まろうとしています。

そして、間もなく、オバマさんの力強い声が聞こえてくるのです。

「はっきりと言わせていただこう。危険なレベルの放射能がアメリカに到達するとは考えにくい。」

I want to be very clear: We do not expect harmful levels of radiation to reach the United States.

と、ふとオバマさんに目を向けると、なんと彼は、ちゃっかりと放射線防護服を着込んでいるではありませんか!!

こちらのジョークは、NBC系列の『ジェイ・レノー・ショー(The Tonight Show with Jay Leno)』で流れたもの。木曜日に行われた本物のオバマさんの記者会見を、ちょいとパロってみたのでした。

この番組は、ロスアンジェルス近郊のスタジオで録画撮りが行われるので、ホスト役のコメディアン、ジェイ・レノーさんにとっても、スタジオに集まった視聴者にとっても、まさにホットな話題だったのです。

だって、先日お話しましたように、カリフォルニアでは放射線対策のためにヨウ化カリウム(potassium iodide)の「買い占め現象」が起きているほどですから。

ガイガーカウンター(Geiger counter)を買う人も増えているみたいで、「売り切れ」を掲げるお店もあるそうです。

いえ、真面目な話、木曜日からは、日本からサンフランシスコ空港に到着したお客さんは、放射線を測定されることになったそうですよ。

そして、サンフランシスコのビルの屋上では、米国環境保護庁(the United States Environmental Protection Agency)の放射線測定器が放射線量を監視しているし、同様に、カリフォルニア大学バークレー校でも、原子力研究室の学生が測定器をじっと見守っているのです。

幸い、現時点では、危険な数値は測定していない、ということです。

環境保護庁の測定器は、「RadNet(ラドネット)システム」と呼ばれる全米の放射線測定網の一環で、日頃から24時間体制で全米各地の放射線量(大気、雨水、飲み水、牛乳に含まれる放射線量)を測定しているのです。カリフォルニアでは12箇所、全米では124箇所に設置されていますが、東北沖大地震を受けて、米国西海岸や太平洋上の島々を中心に測定器を増やす計画だそうです。


もちろん、目に見えない放射線はとっても恐いものではあるのですが、騒ぎの渦中にあるカリフォルニア人を見ていると、「もうちょっと落ち着こうよ!」と、みんなをなだめて歩きたい衝動にかられるのです。

なぜって、とくに心配する必要のないことに心を砕いているように見えるから。

だって、地球上どこにいたって、日頃から若干の放射線を浴びたり、体内に摂取したりしているわけですし、たとえば、アメリカ人の大好きな「御影石の調理台(granite counter)」からも微量の放射線は出ているそうですよ。

「キッチンで調理台に寄りかかっている方が、よっぽど危ない」と言う地元の科学者もいるくらいです。

そして、わたしなどは1月下旬と数日前にCTスキャンを2回も受けているのですが、そっちの方が、よほど人体に対する危険性が高くはありませんか?

私事で恐縮ではありますが、今年の初め、手術を受けて退院したあと、激しい腹痛で救急病院に駆け込むハメになったのです。

まずは、食中毒かな? 風邪のバイキンで急性胃腸炎になったかな?と、血液検査をいたしますが、術後すぐには、炎症だとか、手術器具の置き忘れだとか、そんなことも考えられますので、腹部のCTスキャンをして、原因を突き止めることになりました。

その結果、手術とはまったく関係のない病気にかかっていて、抗生物質を飲んで治すことになったのですが、2ヶ月たっても症状が消えなかったので、再度CTスキャンを勧められたのです。

東北沖大地震のあとで、すでにカリフォルニアでも放射性物質がやって来るかと騒ぎが起きているときです。よほどCTスキャンを止めようかとも思いました。

でも、いつまでも「治ってないのかな?」「またひどくなったかな?」と心配したくなかったので、思い切って再検査を受けることにいたしました。そう、一度に「数ミリシーベルト」の放射線を浴びることにはなりますが。(「マイクロシーベルト」なんてかわいいものではないのです!)

結果的には、病気は治っているのに、術後の回復期にあったので、なかなか症状がとれないとのことでしたが、ひとまずホッと息をついたのでした。

ま、わずか2ヶ月のうちに2回もCTスキャンを受けて、病気が治っていないんじゃシャレにもなりませんが、とりあえず、放射線をたくさん浴びた甲斐はあったのでした。


ちょっと意外なことではありますが、今は、サンノゼ発のローカルニュースの天気予報は、日本の地図から始まるのです。

その後、被災地では強い余震(major aftershocks)があったのかとか、風向きはどうだとか、そんなお話から始まるのです。

日頃から、どちらかというとヨーロッパに目が向いている米国東海岸に比べて、西海岸の目は、日本やアジアに注がれているのです。アジアからやって来る人々も圧倒的に多いですしね。

ですから、余計に、東北・関東地方を襲った大震災やその後の様子が気がかりとなるのです。

サンフランシスコ・ベイエリアでは、金曜日から雨となりましたが、この恵みの雨は、少しはみんなの心を潤してくれたのでしょうか。「雨は、放射性物質をも洗い流してくれた」と。

それとも、「雨を運ぶ前線は、西の方からやって来た」と、さらに心配になる人もいるのでしょうか。

金曜日にバークレーで測定した雨水には、放射性ヨウ素はまったく含まれてはいないとのことでしたが。

実は、我が家にも、ひとつ心配なことがあるのです。連れ合いは、出張中の東京で大地震を経験したのですが、まだこちらには戻っていないのです。

お向かいさんには「今までで一番長く感じる出張でしょ?」と心配していただいておりますが、何はともあれ、無事に帰って来てほしいと願っているところです。

アメリカ人って神経質?

東北沖の大地震・大津波の余波は、遠くアメリカにも確実に届いているようです。

最初の週末が明けた月曜日。シリコンバレーのローカルニュースでは、こんなことを報道していました。
「街じゅうの薬屋さんから、Potassium iodide(ポタシウム・アイオダイド)が消えている」と。

最初わたしは、何の話だろう? と首をかしげていたのです。

けれども、あとから日本の報道などを考え合わせると、どうも potassium iodide というのは、日本でも話題になっている「ヨウ化カリウム」のことで、甲状腺が放射性ヨウ素を吸収するのを防ぐために、放射線を被曝した直後に服用するものらしい、ということがわかったのでした。

それにしても、どうしてアメリカでヨウ化カリウムが売り切れたり、値段がつり上がったりするのかと、ちょっと呆れてしまったのでした。だって、日本よりも先に、ヨウ化カリウムの錠剤や液体が激しく売買されていたと思われるからなのです。

アメリカ人って、何でも先延ばしにする「先延ばし屋さん(procrastinator)」の傾向があるのに、どうしてこんなときだけ行動が素早いのだろう? と、ちょっと呆れてしまったのでした。


この巷の大騒ぎに関して、翌日のローカルニュースでは、こんな取材をしていました。

カリフォルニア大学バークレー校の原子力の専門家に話を聞きに行ったのですが、この日本出身の韓国系アメリカ人の先生は、こう断言なさっていました。

「カリフォルニアに放射性物質が到達したにしても、ヨウ化カリウムを服用するほどの放射能が含まれているとは考え難い。ヨウ化カリウムの副作用を考えると、勝手に服用するのはかえって危険である」と。

なんでも、ヨウ化カリウムが効果的とされる「放射性ヨウ素(radioactive iodine、iodine-131)」は、米国西海岸に達する頃にはかなり減衰しているということで、核の惨事が起きたときには、かえってヨウ化カリウムの効果のない「セシウム137(cesium-137)」の方が恐い、ということです。


そして、世の中のほとんどの専門家も「ヨウ化カリウムを買うことはない」と、警告を発しているのでした。ただひとりを除いて。

ちょうどサンフランシスコ・ベイエリアを訪問していたアメリカ政府の高官が、この日「問題発言」をしたのです。

米国公衆衛生局長官(the U. S. Surgeon General)のレジーナ・ベンジャミン医師は、この日ベイエリアの病院を訪れていたのですが、バークレーの先生に取材した記者が同じ質問を彼女にすると、意外にも、こんな答えが返ってきたのでした。

「(ヨウ化カリウムでも、何でも)準備するに超したことはないんじゃない? だって、(2001年の)同時多発テロとか、(2005年の)ハリケーン・カトリーナとか、そして今回の大地震とか、いろんなことがあったでしょ。(ヨウ化カリウムで)たったひとつの命が救われたとしても、それはいいことよね」と。


いえ、わたしはこれを聞いて、「ちょっとまずいんじゃない?」と思ったのです。だって、普通、政府の高官だったら、一般市民を安心させるようなことを言うでしょう。多少ウソをついてでも。

そして、案の定、翌日の水曜日には、公衆衛生局の属する米国保健福祉省(the U. S. Department of Health and Human Services)のスタッフが、対応に追われたのでした。

「いえ、彼女は『準備することはいいことだ』と言ったまでのことで、決して今の時点でヨウ化カリウムを買いに走ることを勧めているわけではないのです。心配な住民は、州や自治体の医療専門家の言うことをよく聞くように」と。

そして、急遽、バークレーにも原子力の専門家たちが集い、「ベイエリアで放射線が測定されたとしても、それがすぐに人体に影響を与えると考えてはいけない」と、騒ぎの沈静化に努めたのでした。

う~ん、なんとなく、日本の政治家の問題発言を思い浮かべるようではありますが、それにしても、ベンジャミン長官はお医者さんのくせに、軽はずみな発言をしたものだと、なかば感心してしまったのでした。

ちなみに、この方は、オバマ大統領が就任した一昨年、オバマさんによって長官職に任命されたのですが、なんでも、ハリケーン・カトリーナのときに、現地の人々を献身的に助けた医師として名をあげた方のようです。

まあ、カリフォルニアでヨウ化カリウムの「買い占め現象」が起きているなんて、まったくご存じではなかったそうなので、お気楽な問題発言も理解できないことはないのですが・・・。


今は、世界中が「福島第一原子力発電所(the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant)」に注目しています。

現時点では、現地でがんばっていらっしゃる方々に頼るしかないわけですが、「どうか大惨事が防げますように。ヨウ化カリウムの買い占めが笑い話となりますように」と、心の底から祈っているところです。

そして、一刻も早く被災地の方々に支援物資が届き、少しでも安心して避難生活が送れますようにと、切に願っているのです。

がんばれ、ニッポン!

東北沖の大地震から最初の日曜日。この朝は、いつもよりも早く目覚めたのでした。
 頭上をバリバリとジェット機が飛んで行って、その大きな騒音で目が覚めたのです。

サンノゼ市南端にある我が家の真上を、民間のジェット機が飛ぶことはありません。ですから、アメリカ軍の戦闘機だったのでしょう。
 そして、飛行ルートから考えると、たぶん海軍の空母艦載機「F/A-18」だったんじゃないかと思うのです。

日本での救援活動のために、南カリフォルニアのサンディエゴ海軍基地を母港とする原子力空母「ロナルド・レーガン」が派遣されたので、想像するに、アメリカ国内でも軍の要員の配置換えが起きているのではないでしょうか。

ですから、日曜日にもかかわらず、南の海軍飛行場からシリコンバレー辺りにまで戦闘機が「出張」していたのではないかと、勝手に想像してみたのでした。


そんな物騒なお話だけではなくて、シリコンバレーでも身近な所で日本のことを考えていらっしゃる方々を見かけました。

たとえば、お買い物に行った日系スーパー。マウンテンヴュー市にあるニジヤさんの前では、大きな箱を抱えて募金活動をなさっている方々がいらっしゃいました。

最初は、赤十字社(Red Cross)の募金運動かと思ったんです。なぜなら、アメリカの赤十字はいち早く募金活動を始め、ケータイのテキストメッセージを送るだけで簡単に募金できるシステムを採用して、積極的に募金を集めているから。

けれども、こちらにいらっしゃる方々は、台湾をベースにした仏教徒の団体のようでした。

ちょっとお話を伺ってみると、こちらの団体(仏教慈済基金会)は、普段から世界中で救援活動を行っていて、すでに日本にも毛布などの救援物資を送ったんですよ、とのことでした。

なんでも、500ミリリットルのペットボトル数十本をリサイクルすると、その再生ポリエステルから毛布が一枚できあがるそうで、そんなリサイクル毛布を被災地に届けているそうなのです。

毛布だけではなくて、食料や薬品といった救援物資も世界各地に送っているとのことで、昨年のチリ地震では、現地の方々に大変喜ばれたという実績もあるそうです。

そんな彼女たちが抱えるプラカードには、「Help Japan with Love(愛をもって日本を助けましょう)」と書かれているのです。


東北沖で大地震が起こったとき、カリフォルニアは木曜日(3月10日)の午後10時近くでした。

10時のローカルニュースを観ていると、突然、緊急ニュースが割り込んできて、日本で大地震が起きたというではありませんか!

その後、11時のローカルニュースでは、津波の中継映像が画面いっぱいに流れるのです。たぶん仙台市郊外をとらえたヘリコプター映像だったのだと思いますが、もう、アメリカ人も何人も関係なく、ただただその映像のものすごさに絶句していたのでした。

そんな映像を目の当たりにしたカリフォルニアは、日本と同じ地震国。「Ring of Fire(火の輪)」と呼ばれる環太平洋地域に属していて、地震もしょっちゅう経験します。ですから、カリフォルニアの住民にとって、日本の地震は、決して人ごとではありません。

そして、真夜中の1時を過ぎると、シリコンバレー辺りにも津波警報(Tsunami Warning)が発令され、「午前8時になると、カリフォルニアの湾岸地区にも津波がやって来るぞ」と注意をうながすのです。

実際、翌朝8時過ぎには、アメリカの太平洋岸にも津波がやって来て、カリフォルニア北端のクレセントシティーや、シリコンバレー近くのサンタクルーズ(サーフィンのメッカ)といった港街では、停泊中のボートが流されたり、沈没したりと、数十億円規模の被害が出たのでした。(記事にある右下の写真は、クレセントシティーの港です。)

そして、北部のクラマス川河口では、津波の様子をカメラに収めようとした25歳の男性が海に流され、命を落としたのでした。


大地震のあと、アメリカ人の方々からは「あなたの家族は大丈夫?」と気遣いの連絡をいただきました。

同じようなことは、海外在住の日本人の方が Twitter(トゥイッター)で書いていらっしゃいました。街を歩いていると、見ず知らずの方からも「あなた日本人でしょ?家族は無事なの?」と尋ねられると。

あまりの被害の甚大さに、こんなことをおっしゃった方もいらっしゃいました。「You’re almost like mourning.(あんなことがあって、あなたは喪に服しているようなものよね。)」

そして、イギリス在住の日本人の方は、「パソコンの前から離れられない」とつぶやいていらっしゃいました。
 それは、まったく同感なのです。日本から遠く離れていると、とにかく現地の様子を知りたくて、インターネットに頼っているのです。

幸い、今は日本の放送局のニュース・ライブ配信をパソコンで観られるだけではなくて、アップルの「iPad(アイパッド)」みたいな身近なタブレット型パソコンもあります。
 ですから、わたしなどは、仕事部屋のパソコンから離れると、キッチンでも居間でもiPadで日本のニュースを流しています。

残念ながら、iPadでは「Flash(フラッシュ)」と呼ばれる動画規格を採用するニュース映像は観られないので、NHKは観られないという制限があるのですが。

(その後、iPadでもNHKを観られるようになったのですが、きっと配信サーバに負荷がかかり過ぎているのでしょう。声しか聞こえない場合が多くて、まるでラジオみたいになっています。)


日本時間の未明にニュース配信を観ていたとき、画像の脇の掲示板にこんな書き込みが出てきました。

どうしても時差の関係で、日本の未明には海外からの書き込みが増えてしまうのですが、これに対して「海外に住んでるって自慢しなくていいよ」と憤慨のコメントが書かれていたのです。

たしかに、「ドイツ在住です」だの「アメリカ在住です」だのと次々に自己紹介されると、鼻につく場合もあるでしょう。けれども、「外国にいる」と明記する裏側には、「自分は遠くにいて、募金をするか、遠くから祈るしかない」という「ふがいなさ」や「無力感」もあるのだと思います。

できることなら、自分も被災地に飛んで行って、何かしら助けになりたいけれど、生活の場を離れるわけにもいかない。だから、遠くから祈っておりますよと。


週末明けの日本の月曜日。NHKの番組を観ていたら、被災地の方がこんな悲嘆をあらわになさっていました。

「もう何もかも失ってしまいました。命は助かったけれど、それが良かったのか悪かったのか、今はまだわからない」と。

絶望感にうちひしがれている人に「そんなこと言わないで、がんばって!」などと無責任なことは言えないでしょう。自分で体験していない限り、その痛みを知ることは難しいのですから。

けれども、痛みは、いつかは和らぐもの。今は、ただただ「早く立ち直ってほしい」と、遠くから静かに願っているところです。

そして、被災地に集中する原子力発電所がなんとか持ちこたえてくれますようにと、世界中が祈っているのです。

2月の騒ぎ: ヴェライゾンiPhoneとオバマさんの訪問

Vol. 139

2月の騒ぎ: ヴェライゾンiPhoneとオバマさんの訪問

今月は、シリコンバレーを騒がせた話題ふたつを選んでみました。後半には、起業家とベンチャーキャピタルのお話なんかも出てきます。どうぞごゆるりと。


<ヴァレンタインデーの贈り物>


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2月14日の月曜日。このヴァレンタインデーの日に、首を長~くして待っていたものが届きました。
他でもない、携帯キャリア・ヴェライゾン(Verizon Wireless)の「iPhone 4(アイフォーン4)」です。

2007年6月、アップルが元祖iPhoneを発売して以来、今までアメリカでは、AT&T(AT&T Mobility)がiPhoneの独占キャリアとなっていました。
独占キャリアであるがために、AT&Tは、製品に関するアップルの意向はすべて承諾してきましたし、ユーザから徴収したデータサービス料の一部を「奉納金」としてアップルにキックバックしてきたのでした。(普通、そんなに立場の強い携帯端末メーカーなんてあり得ませんよ。)
 


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それが、AT&Tの独占契約も切れたので、今月2月10日、いよいよ商売敵のヴェライゾンが「iPhone 4」を売り始めたのです。今のところ、アップルのスマートフォンとしては最新機種ですね。(写真では、右がヴェライゾン版、左がAT&T版 iPhone 4。外観はまったく同じです。)

まあ、ヴェライゾンがiPhoneを売るようになるという噂は前々からあったのですが、わたし自身は、昨年4月にはかなりの確証を得ていたのでした。
それは、サンディエゴからクアルコム(Qualcomm)の重役が足繁くシリコンバレーにやって来ては、クーパティーノのアップル本社でアップルの重役をピックアップしたあと、意表をつくような秘密の場所で会談している、という裏情報。

なんでそれが「かなりの確証」なのかって、AT&Tとは違って、ヴェライゾンが採用するのはCDMAテクノロジー。そのCDMAチップセット(注)を提供するのがクアルコム。
クアルコムは携帯端末向け高速プロセッサ「スナップドラゴン(Snapdragon)」などもつくっておりますが、iPhoneのCPUは自社製「A4」。このタイミングでのクアルコムとアップルの密会は、新しいヴェライゾン向けiPhoneを示唆していると解釈できるのです。(注:実際には、CDMA系のEV-DOとGSM/EDGE系のHSPA+を両方サポートするMDM6600というクアルコムのチップセットが載っています。)
 


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この「意表をつく秘密の場所」は口外いたしませんが、そのときに、こんな裏情報も耳にしておりました。アップルは、小型テレビを開発していると。
なんでも、クアルコムの重役たちは、この小型テレビの試作機をいたくお気に入りだったそうですが、その後、製品化されていないということは、アップルのCEO(最高経営責任者)スティーヴ・ジョブス氏のお眼鏡にかなわなかったということでしょう。

それで、どうしてわたしだけではなく、世の中全体がヴェライゾンのiPhoneを待ち望んでいたかというと、それは、ひとえに「AT&Tのネットワークはお粗末だ」というイメージが深く浸透しているからなのです。
ですから、1月11日、ヴェライゾンとアップルがヴェライゾン版iPhoneを共同発表したときは、もう上を下への大騒ぎ。その直前に、業界の祭典 CES(コンスーマ・エレクトロニクスショー)があったことなんかすっかり忘れて、テクノロジーの話題は、これ一色に塗りつぶされてしまったのでした。

なにせ、その直後に行われた調査では、AT&Tのユーザの16パーセントが「ヴェライゾンに乗り換えたい!」と意思表示をしたそうですから。
 


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そして、かわいそうに、世の中にはAT&Tのネットワークからもれているので、今までiPhoneなんて絵空事だった住民もいるのです。
たとえば、北と南のダコタ州、ネブラスカ州、モンタナ州、ワイオミング州と、AT&Tのカバレッジ(受信範囲)から外れているので、ヴェライゾン版の発売を機に、初めてiPhoneを使えるようになったという巨大な平原地帯があるのです。

そういえば、昨年の夏、ワイオミングのイエローストーンに旅したとき、AT&TのiPhoneがまったく使えなかったので、ヴェライゾンのケータイに頼った記憶がありますね。
そんな地域の住民にとっては、ヴェライゾン版iPhoneを運んで来るFedExの配達トラックが、まるで「サンタさん」のように思えたことでしょう。
 


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このヴェライゾンの押しの一手に対抗して、AT&Tは、ひと昔前の第3世代iPhone(iPhone 3GS)を49ドルに値下げしたり、「自分たちのiPhoneの方が便利だぞ」と宣伝を流したり、あの手この手でユーザを引き止めようとしています。

たとえば、ヴェライゾンのiPhoneでは、音声とデータを同時に送ることはできないので、通話中にネットアクセスできないという制限があるのです。
そこのところをつっついて、こんなAT&Tのコマーシャルが流れます。
「今日の記念日には、ちゃんとレストランを予約したわよね?」との奥方からの電話で、あわてて店をネット予約する、残業中のダンナさん。「それは、男性にとって一番覚えておかなきゃいけないことだからね(that’s number one thing men should remember)」と言い訳をしながら、無事にiPhoneで予約を終え、オフィスを飛び出すのです。

なるほど、AT&TのiPhoneが便利な点もあるが、果たしてどっちがスマートフォンとして優秀なのか?
そんな話題で業界は持ち切りでしたが、地元のサンノゼ・マーキュリー紙のテクノロジー記者は、自分の足でシリコンバレー中を駆け巡って、iPhone 4の実地テストを行ったそうです。
その結果、AT&T版では、通話が6箇所で切れたが、サンノゼのダウンタウンを除いて、データのダウンロードは圧倒的に速かった。
ヴェライゾン版は、通話が切れたのは1箇所のみだったが、とくにベンチャーキャピタルが集中するメンロパーク市では、ダウンロードがひどく遅かったと。

ふむふむ、とすると、通話を取るか、ビデオなんかのデータのスピードを取るかの選択になるのでしょうか?(可能性としては、ベンチャーキャピタリストの多くがヴェライゾンを愛用していて、その界隈ではネットワークに異常な負荷がかかっているというシナリオも考えられますが。)

個人的には、スマートフォンは「小型コンピュータ」ではあるけれど、あくまでも「電話」であり、通話が途切れるなんてあり得ないと思っているのです。
我が家の近くにも、必ず電話が切れるAT&Tの「デッドゾーン」があって、だからこそ、ヴェライゾン版iPhoneを待ちわびていたわけなんですけどね。

ヴェライゾンの参入で、またまた世間を騒がせているiPhoneですが、3月2日には、タブレット型「iPad(アイパッド)」の新製品が発表される予定です。
今年も、アップルの一挙手一投足にみんなが注目する一年となるのでしょうね。

というわけで、第2話は、オバマ大統領とシリコンバレーの熱い関係から始めましょう。

<オバマさんはシリコンバレーがお好き>
昨年11月号で、「オバマさん、始球式に来てください!」と題して、オバマ大統領のシリコンバレー訪問をご紹介いたしました。
11月初頭の全米中間選挙を目前にひかえ、民主党候補者のために、カリフォルニアに資金集めにやって来たのです。なにせカリフォルニアは、民主党にとっては大事な金庫(coffer)ですから。

そのときも触れましたが、大統領専用機「エアフォース・ワン」がサンフランシスコ空港に降り立ち真っ先に訪問したのが、アップルのCEOスティーヴ・ジョブス氏。
このときは、ふたりでテクノロジー業界の今後を話し合ったあと、オバマさんは資金集めの晩餐会に向かったのでした。
 


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そして、今月2月17日、嵐の間隙をぬって「エアフォース・ワン」がサンフランシスコ空港に降り立ったわずか15分後、オバマさんは忙しく「マリーン・ワン」ヘリコプターに乗り込み、シリコンバレーへと向かいます。
今回のベイエリア訪問は、発表したばかりの2012年度予算教書に関して、シリコンバレーの重鎮から支持を取りつける目的と、経済・雇用の活性化、クリーンテクノロジーへの投資、教育・研究開発の助成といった国政の重要事項を重鎮たちと話し合う目的があるのです。

きっと、前回のジョブスさんとの懇談会が有意義だったので、もっと参加者を増やして視野を広げようという意図なのでしょう。

緑色の「マリーン・ワン」が向かった先は、カニャダ・カレッジ。有名なスタンフォード大学のちょっと北にある、山あいの小さな大学です。そこで大統領専用車に乗り換え、近くのウッドサイドにあるジョン・ドーア氏の自宅に向かいます。
ドーア氏は、シリコンバレーでは超有名人のベンチャーキャピタリストですが、彼のウッドサイドの豪邸で「大統領との晩餐懇談会」が開かれたのでした。この方は、熱心な民主党支持者としても知られています。
 


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ここに招かれたのは、まさに、きらびやかなお歴々。アップルのスティーヴ・ジョブス氏、オラクルのラリー・エリソン氏、グーグルのエリック・シュミット氏、ヤフーのキャロル・バーツ氏、シスコ・システムズのジョン・チェンバース氏と、それこそシリコンバレーを代表する大企業のトップもいらっしゃいます。
これに混じり、Facebook(フェイスブック)のマーク・ザッカーバーグ氏、Twitter(トゥイッター)のディック・コストロ氏と、新しい形態のビジネスリーダーも参加しているのです。

オバマさんはおもに聞き役にまわり、重鎮たちのおっしゃることに耳を傾けていらっしゃったそうですが、なにせ、話の中身は秘密のベールに包まれ、外には漏れてきません。
そんなわけで、わたしの興味は、ドーア氏の自宅に集った12人の招待客に集中したのでした。

なんといっても、三度目の病気休暇のまっただ中にあるジョブス氏が参加していたというのは、大変喜ばしいニュースです(写真では、オバマさんの左に着席する後ろ姿がジョブス氏。トレードマークの黒いタートルネックをお召しです)。

それから、変な話、HP(ヒューレット・パッカード)の新CEOレオ・アポテカー氏が招かれなかったというのもよかったですね。
HPはシリコンバレーの老舗中の老舗ではありますが、なにせオラクルのラリー・エリソンさんは、レオさんが大嫌い。ここでふたりが鉢合わせしたら、絶対にもめごとが起きていたことでしょう(ま、いつか、この昼メロについて書く機会もあるでしょう)。

ちょっと不思議だったのは、シスコ・システムズのジョン・チェンバース氏が参加していたこと。はるかスペイン・バルセロナで開かれたワールド・モバイルコングレスから駆けつけたのはいいけれど、彼は、共和党支持者として有名な方なのです。そう、オバマさんとは敵対する政党。
まあ、いかにオバマさんの「敵方」とはいえ、出席者が民主党支持者ばかりだと、あちこちから批判が出るかもしれないと、主催者側が配慮したのかもしれません。

と、そんな政治的なことはさておいて、この12人の顔ぶれを見ると、創業者(founder)または共同創業者(co-founder)が多いなぁと気づくのです。
アップルのジョブスさん、オラクルのエリソンさん、Facebookのザッカーバーグさん、Netflix(ネットフリックス:オンライン・郵送のレンタルビデオサービス)のリード・ヘイスティングスさんと、今となっては超有名企業に育ったビジネスの創設者たち。
日本では馴染みは薄いかもしれませんが、Netflixは、いよいよネット配信のビデオレンタルを本格的に始め、名実ともに株が上がっている企業です。

そして、この4人の創業者のうち、実に3人が大学すら卒業していないのです。ジョブスさんは、リード・カレッジに入ってすぐにドロップアウト。エリソンさんは、イリノイ大学を2年で辞め、入り直したシカゴ大学はすぐにドロップアウト。


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映画『The Social Network(ソーシャルネットワーク)』などでご存じのように、ザッカーバーグさんは、ハーヴァード大学在学中にFacebookを始め、その後、学校は中退(さすがに大統領の前では、トレードマークのフード付きスウェットシャツを脱ぎ捨て、ビシッとスーツ姿で現れました)。
そして、Netflixのヘイスティングスさんは、数学専攻で学士号を取っているものの、その後、学校に残ることはありませんでした。

そんなことを漠然と考えていると、地元紙サンノゼ・マーキュリー新聞のコラムニストも同じことを感じたようでした。
翌日のビジネス欄には、マイク・キャシディー氏のこんなコラムが。

「シリコンバレーで、でっかく成功したい? それなら、大学をドロップアウトしなさい。今すぐに。(You want to hit it big – really big – in Silicon Valley? Drop out of college. Right now.)」
(Excerpted from “Dropping out and starting up” by Mike Cassidy, the San Jose Mercury News, February 18, 2011)

だって、スティーヴ・ジョブス、ラリー・エリソン、ビル・ゲイツ(ワシントン州のマイクロソフトの共同設立者)、みんな大学を中退してるじゃないか。
ヤフーの創業二人組ジェリー・ヤンとデヴィッド・ファイロだって、グーグルのセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジだって、スタンフォードの博士課程を辞めて、ビジネスを始めたじゃないか。
シリコンバレーでは、学位を持たないことは、名誉の勲章(badge of honor)でもあるんだよ。自分たちには経験から得た知識があって、型にはまった教育なんて、自分たちを縛りつけるだけだって。

なるほど、彼のおっしゃることには一理ありますね。テクノロジー会社を設立して大成功した方々には、きっと学校に行っている暇なんてなかったんでしょう。
新しいアイディアが次々とわいてきて、思いついたことをビジネスとして始めてみたら、そっちの方が本業になってきて、いつの間にやら、自分は学生なんだか起業家なんだかわからなくなってきた。だから、いっそのこと、教科書や講義などと窮屈なものには戻らずに、いさぎよく学校を辞めてしまおう。そんなシナリオだったのでしょう。

それに、シリコンバレーでは、若い起業家に投資する人はいくらでもいます。たとえば、ひと昔前から起業家たちがお世話になってきた「エンジェル(angel)」。
彼らはシリコンバレーで成功し、財を築いた業界のベテラン。若い人たちを応援しようと、自分の懐から「シードマネー(seed money、当初の起業資金)」を出してくれるのです。
彼らには豊富な経験があるので、資金提供した会社にアドバイスを施す場合もあります。

そして、近頃は、若い起業家に資金を提供するベンチャーキャピタルも増えています。

ベンチャーキャピタルとは、投資家から資金を募って、それを将来性のある会社に提供し、ビジネスの立ち上げを応援する役目を担っていますが、これによって、起業する側も助かるし、ベンチャーキャピタルや投資家にとっては、長期の投資ともなるのです(通常、数年から10年の契約ですが、成功すればリターンは大だし、失敗すればリターンはゼロですね)。
有名なクライナー・パーキンス(Kleiner Perkins Caufield & Byers)やグレイロック(Greylock Partners)などのベンチャーキャピタルに加えて、IT企業が資金提供する場合もあります。
グーグルのグーグル・ベンチャー(Google Ventures)やインテルのインテル・キャピタル(Intel Capital)が名高いですが、こういった企業にとっては、目新しいビジネスに投資すると同時に、自分たちが利用できるテクノロジーを見つけられる、といった一石二鳥の効果があるのです。

起業に注がれるのは、私的資金ばかりとは限りません。米国政府も可能性のあるテクノロジーにどんどん投資しています。
たとえば、ノーベル賞物理学者スティーヴン・チュー博士が率いるエネルギー省は、太陽光発電技術のインキュベーター(起業支援)の役割も果たしていて、今月初頭、シリコンバレーの3社が初期投資(計5億円ほど)を確約されています。
チュー博士は先に、「この手の研究は高額でリスクを伴うので、民間に頼るのではなく、連邦政府が音頭取りをしなくてはならない」と方針を明らかにしています。

そんなシリコンバレーの起業環境の中、とくに若い人を応援するのは、オンライン支払いシステムPayPal(ペイパル:現在はオークションサイトeBayの傘下)を共同設立した、ピーター・シール氏。彼はベンチャーキャピタリストやファンドマネージャーとして活躍中ですが、近頃、学生の年代の起業家に投資するファンドを始めたそうです。
「学校に行ってる暇があったら、さっさと会社をつくりなさい」と、20歳未満の起業家20人に最高10万ドル(約8百万円)を資金提供しています。

そして、ピーター・シール氏と一緒にPayPalを立ち上げたメンバー(俗に「PayPalマフィア」と呼ばれる)の中には、小さなスタートアップ(起業)を助けるベンチャーキャピタルのスタートアップを始めた方々もいらっしゃいます。
こちらは、プロフェッショナル向けのソーシャルネットワークLinkedIn(リンクトイン)に似た名前で、CapLinked(キャップリンクト)といいます。オンライン・フォーラムの形式になっていて、ここに参加した若い起業家と資金提供者を結びつける役割を果たします。参加するのは無料で、このサービスを使って新しく会社を起こすこともできるのです。
CapLinkedは、2月末に正式にスタートしたばかりですが、すでに第一期として5千万円ほどのファンドを募っています。
 


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ちなみに、「PayPalマフィア」というのは、別に悪いことをやっている意味ではなくて、PayPalが巨大オークションサイトeBayに買収されたあと、PayPalを去って、新しく会社を起こしたり、新手のサービスに投資したりと、ウェブの新時代を築いた人たちというニュアンスがあります。
彼らが設立した中には、LinkedInやYouTube(ユーチューブ:現在はグーグルの傘下)があります。
LinkedInを共同設立したリード・ホフマン氏は、数多くの会社に初期投資していて、中には、Zynga(ジンガ:ソーシャルゲーム世界最大手)やFlickr(フリッカー:写真やビデオを掲載する人気オンラインコミュニティー、現在はポータルサイトYahoo! の傘下)があります。

ちょっと話がそれてしまいましたが、いずれにしても、起業ブームが戻りつつある最近のシリコンバレーの常識はこちら。
「何か素晴らしいアイディアがあって、今すぐ実行したいんだったら、学校に行ってる暇なんてないよ! だって、助けてくれる人はたくさんいるんだから。」

新しい形態のビジネスなんて、若いうちにしか考えつかないもの。やれ、投資だ、リターンだ、屈曲点に成長曲線だ、などと七面倒くさいことをいっているようでは、今までの常識を打ち破るような画期的なことは生まれてきません。

もちろん、学校に残ってはいけないのは、自分のやりたいビジネス(アイディア)がはっきりと見えていて、実際にやってみたら手応えが感じられた場合に限りますよ。
純粋に学問を追求したいとか、「今は何だかわからないけど、とにかく、いろんな人からいろんなことを学びたい」という人は、がんばって学校でお勉強いたしましょう。
 


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あのオバマさんだって、遊び放題のハワイの高校生活から、ロスアンジェルスのオクシデンタル・カレッジの大学生活に移って、初めて「自分の進むべき道は政治だ」と悟ったのです。
ちょうど「バリー(Barry)」と英語風に名乗っていたオバマさんが、「バラク(Barack)」という本名を意識し始めた頃でした。

2年の後、ニューヨークのコロンビア大学に転校し、政治家の基礎を築いていくわけですが、「自分って何だろう?」と探し求める時間も人生には必要なのでしょう。

夏来 潤(なつき じゅん)

 

ヴァレンタインデーの忠告

今年も、ヴァレンタインデー(Valentine’s Day)が過ぎて行きました。

我が家では、何事もなく静かに過ぎて行きましたが、世の中は、この日に向けて大騒ぎ!

アメリカ人自身だって、ヴァレンタインデーなるものは、かわいらしいカードを売るために、カード会社が仕組んだイベントらしいってことはわかっているのです。が、やっぱり、この日は祝わずにはいられないのです。

だって、ヴァレンタインデーにかこつけて、引っ込み思案の男性だって、愛を告げることができるではありませんか。

そう、この日は、結婚のプロポーズ(marriage proposal)には一番人気。光輝く婚約指輪を差し出し、胸を張って、相手に熱い想いを伝えられるのです。

(以前もお話したことがありますが、アメリカの場合、ヴァレンタインデーに告白するのは、男性から女性のケースが多いのです。だから、甘いチョコレートも赤いバラの花束も、男性から女性への贈り物。)


今年は、ヴァレンタインデーが月曜日だったので、レストラン業の人たちも大喜び。普段は月曜日となると閑古鳥(かんこどり)ですが、この日ばかりは予約でいっぱい。

あちらこちらのレストランは、男女の(または同性の)カップルやグループデートで満席なのでした。

そして、もうすぐご結婚なさるイギリスの王室カップル、ウィリアム王子とケイト・ミドルトンさんにちなんで、今年は、ブルーサファイアの指輪が大人気でした。

婚約指輪(engagement ring)というと、アメリカではダイアモンドと相場が決まっていますが、今年は、ブルーサファイアだって負けていません。「大英帝国」の影響力は、いまだに健在なのです。

ヴァレンタインデーを賢く利用するのは、レストランや宝石屋さんばかりではありません。

こちらの写真は、ラブラブのいい雰囲気ですが、なんのことはない、暖房器具やエアコンを直す修理会社の宣伝です。

「あなたのヴァレンタインと心地よく過ごし、なおかつ、電気代やガス代を節約しましょう(Get comfortable with your Valentine and lower energy bills)」と、器具の点検を呼びかけているのです。


そんなワクワク、ドキドキのヴァレンタインデーをひかえて、こんなシビアなコラムを読みました。

「近々、ご結婚をひかえているカップルには、ヴァレンタインデーおめでとう。でも、悪いニュースがあるんです。あなた方の関係は、もしかすると呪われているかもしれない(Your relationship may be doomed)」と。

なぜって、もしも金銭的に相性が悪ければ、近い将来、ふたりの仲は破局を迎えるかもしれないから。

だから、「ほんとにふたりは金銭的に相性が良いのか、ちゃんと確かめておきなさい(Be certain you’re a “money match”)」と。

う~ん、なんとも現実的なご指摘ですが、ご存じのように、アメリカの離婚率は、ほぼ5割。けれども、多くの人は、「離婚の原因の第一位は、金銭的な不和」という事実を知らないそうです。

だから、誰も結婚前に金銭的な話をしようとしない。たとえば、子供は何人欲しいとか、相手がどんな宗教観を持っているとか、どんな音楽やスポーツが好きかとか、そんなことは気にするくせに、生活に不可欠な経済的な話はまったくなされていない。

最低でも、月々いくら使うとか、どれくらい貯めるとか、将来的にはどのくらい貯蓄する計画だとか、そんなことくらいは話し合いなさい、というのがコラムの主旨なのでした。

(参照コラム:“In matters of the heart, it’s all about the green” by Michael Sion, originally written for McClatchy-Tribune News Service, published in the San Jose Mercury News on 2/11/’11)


まあ、日本の場合、夫の収入で生活する家庭では、夫の給料は妻が管理し、月々の支出や貯蓄は妻の采配のもと、というケースが多いですよね。

けれども、アメリカでは、夫が家計を管理する家庭も多く(とくに白人家庭の場合)、共働きともなると、各自の銀行口座は独身時代のまま、というケースも少なくないのだと思います。

となると、たとえば、相手が独身時代に借金をこしらえていたとか、結婚後に黙って大金を借りたとか、そんなことも発覚しにくくなるわけですね。

ですから、いつしか恋愛の「魔法」がとけて、大問題が発覚する前に、少なくとも相手と同じ金銭感覚を持っているかどうかを確認しなさいよ、と著者は警告を発しているのです。

そして、不幸にもひとりが浪費家(spender)でひとりが倹約家(saver)だった場合、お互いが納得するように、うまく妥協点を見つけなさい、とも助言しています。

ふたりとも浪費家だった場合は、お金のやりくりを学ばない限り、もっと始末に終えないとも・・・。


うきうきしているカップルに破局の話とは、なんとも厳しいご指摘ですが、今年のヴァレンタインデーには、もっともっとシビアな統計も発表されました。

シリコンバレーのあるサンタクララ郡では、昨年、夫や恋人の暴力(domestic violence、日本では通称 DV)で亡くなった犠牲者が減って、合計5人だったと。
(この死亡者数には、無理心中(murder-suicide)を図った夫や恋人も含まれています。)

しかし、DVの犠牲者は、例年増えたり減ったりするもの。前年よりも減ったとはいえ、決して喜ばしいことではないのです。第一、たったひとりの犠牲者だって多過ぎるでしょう。

この統計を発表した郡の検察官は、こう警鐘を鳴らしています。「DVは、自然に状況がよくなるようなものではありません。黙って耐え、悩み苦しんではいけません(Domestic violence does not get better on its own. Do not suffer and sit in silence)」と。

なんといっても、サンタクララ郡では、昨年一年間だけで4,433件のDVが報告されているそうです。
 そのうちの半分は「事件」扱いにはなっていませんが、そんな統計のひとつずつに、涙を流したり、負傷したり、命を落としたりした女性がいることを忘れてはいけないのです。

DVの常套手段は、相手を孤立させること。表面では相手を気遣うようにふるまい、裏では友達や家族から切り離して、心身をコントロールしようとしているのです。

だから、いつも高そうな贈り物をくれる恋人は、要注意。物で相手の気をひいておいて、「心の囲い込み」をくわだてているやもしれません。


まあ、そうは申しましても、善良な一般市民からしてみると、金銭的な破局も、DVも、極端な例なのかもしれません。だって、世の中の多くのカップルは、けんかを繰り返しながらも長続きしているではありませんか。

アメリカだって、5割近い離婚率ということは、残りの半分は立派に続いているということでしょう。

それに、一度失敗したからって、真のお相手は、いつ目の前に現れるかわかりません。

ひょっとすると、すでに子供の頃に出会っていて、お互いに別々の人生を歩んだあと、ふと再会し、結ばれることもあるでしょう。やっぱり、自分が探し求めていたのは、子供のときの「あの人」だったんだと。

先月、そんなカップルがオバマ大統領によってアメリカ中に紹介されました。

一月の初頭、アリゾナ州で連邦下院議員のガブリエル・ギフォーズさんが狙撃される事件がありましたが、この事件に巻き込まれて命を落とした男性のお話が追悼式で紹介されたのです。

ドーウィン・ストダードさんは、76歳の紳士。一緒に小学校に通っていたメイヴィーさんとは大の仲良しでしたが、学校を出て、仕事に就いて、いつしかふたりの仲は疎遠となり、別々に家庭を持つこととなります。

ドーウィンさんは2人の息子に、メイヴィーさんは3人の娘に恵まれますが、互いの配偶者が亡くなったあと、ふたりは生まれ故郷のトゥーソンに戻って来ます。そこで偶然に再会し、第二の人生をともに送ることになったのです。

いまわしい事件が起きたとき、ドーウィンさんはとっさにメイヴィーさんをかばって、地面に倒れ込みます。ドーウィンさんは頭を撃たれ、メイヴィーさんは足を3発撃たれました。

怪我を負いながらも、メイヴィーさんは必死に夫に話しかけます。が、重苦しい呼吸を続けるドーウィンさんは、10分後に息を引き取るのです。

命という究極の捧げ物をしたドーウィンさんは、妻を深く愛していたのでしょう。それとも、自分が相手の犠牲になるなんて、考えるまでもなく、ごく当たり前のことだったのでしょうか。

ただひとつ明確にわかることは、ドーウィンさんは自分の人生に何の悔いもなかったということでしょう。

世の中には、いろんなカップルがいるけれど、人と人の関係は絶えず変化するもの。ふたりで培った長い年月ののち、ふと振り返って、「うん、何の悔いもない!」といえればいいなと思うのです。

ダンナ様の教育 パート2

一年ほど前に、「ダンナ様の教育」と題して、連れ合いのお話をいたしました。

買ってきた缶詰のカレーが思ったよりもおいしくなかったので、地元の食料銀行(Food Bank)に寄付しよう! と言い出したお話でした。

そう、結婚するまでは慈善団体がこの世に存在することすら知らなかった連れ合いは、毎年2回、わたしが近くの食料銀行に寄付することを知って、「買ってきたものを無駄にしてはいけない!」と、缶詰の寄付を思い付いたのでした。

べつに食料銀行について講義したつもりなどありませんが、なんとなく学んでくれていたようです。


以前は慈善団体など知らなかった連れ合いですが、その代わり、結婚前から何でも自分でシャカシャカとこなす人ではありました。

料理は中学生の頃からやっていたので、なかなか年季が入っています。

そのせいか、独創性に長けていて、いつかポテトサラダに入れるキュウリがなかったので、代わりに小松菜をゆでて入れてみたら、これが意外とおいしかったそうです。(小松菜って、炒め物やおひたしのイメージですよね。でも、キュウリの「シャキッと感」が欲しかったので、小松菜をサッとゆでて代用してみたそうです。)

今では、「自分は冷蔵庫と相談して料理をつくる」なんて豪語しています。

お料理だけではなくて、掃除や洗濯も、せっせと嫌がらずにやる人なのです。

最初に彼のアパートに足を踏み入れたとき、「これって、誰か女性の手が入ってるんじゃないの?」と思ったほど、きちんと片付いていたのでした。

だって、食器棚の皿やコップの下に、一段ずつていねいにタオルが敷かれているんですよ!


そんな配偶者を持っていると、病気をしたときには助かりますね。

新年早々、手術を受けて入院しなければならなかったのですが、そんなときにも、家の心配はしなくていいし、退院して自分が動けないときにも、全部おまかせできるでしょう。

術後、ようやく固形食が食べられるようになったら、何はともあれ、ご飯を炊いて面会に来てくれましたし、退院後は、せっせと消化の良い食事をつくってくれたり、お掃除や洗濯をしてくれたりと、大活躍でした。

これが、料理すらできないダンナ様だったらどうなっていたんだろう? と、他の家庭がちょっと心配になったのでした。

だって、同室のアメリカ人患者は、「夕食に鶏肉(chicken)が食べたい」とダンナ様に頼んだら、カールスジュニア(Carl’s Jr.)のフライドチキンバーガーが登場していましたよ! ま、彼女だって、ガツガツとおいしそうに食べていましたが・・・。

彼女は4人も子供がいるのですが、ダンナ様だって忙しいスケジュールで働いているし、退院して動けない間は、どうやってしのいでいたんでしょうね?

食事はとりあえず、マクドナルドとかケンタッキーとかピザハットとか、ファストフードで済ましていたに違いありません。


というわけで、連れ合いが器用だといっても、こればっかりは、わたしが「教育」したわけではありません。それでも、共働きをやっていたせいで、結婚生活の当初から自分が家事に参画しなければ、という意識は強かったみたいですね。

だって、最初はわたしの方が残業ばかりだったので、自分が先に帰ってご飯をつくって待ってるなんていうのは、当たり前のことだったみたいです。

ということは、結婚生活で大事なことは、最初のうちの「環境づくり」ということでしょうか。なんとなく、家事を負担してもらうように「仕向ける」とでもいいましょうか。
 「やってくれなきゃ困るわぁ」と無理強いするのではなくて、なんとなく相手から「手伝おうか?」と言ってもらえる環境をつくる。これが肝心なんでしょうね。

ま、実際には、なかなか難しそうなことではありますが・・・。


ところで、器用な連れ合いを持ってありがたいことではありますが、それでも、料理は自己流なので、ちょっと不器用なところもあるんです。

女の子だったら、小さい頃からお母さんのやり方を見て、なんとなく料理を会得する部分がありますが、連れ合いの場合はそれがなかったので、意外なところでつまずいたりするのです。

たとえば、ギョウザ。具の部分はいいのですが、皮に包むのが不器用なんです。

どうしてそんなに厚ぼったいのかなと思っていると、なんと、ギョウザの皮の上と下を一緒にくねくねと曲げているではありませんか! (いうまでもなく、写真の左側が連れ合いの作で、右がわたしです。)

そうじゃなくって、下のは平たいままで、上の皮だけくねくねすればいいのよ、と教えてあげても、そんなにすぐにはできません。

ですから、紙を使って練習してもらいました。下はそのままで、上の部分だけ美しく細工ができるように。
 薬指と小指で下の皮を安定させておいて、親指、人差し指、中指の三本で上の皮をくねくねするようにと。

その後、ギョウザは自分でやってしまったので、この訓練が連れ合いの脳裏にしっかりと刻まれているかはわかりません。

でも、考えてみれば、味や焼き方さえ良ければ、ギョウザの見かけなんて、どうでもいいことかもしれませんね。

自己流でも何でも、進んでやってくれることが大切ということでしょうか!

追記: ちょっと話は脱線しますが、やはりアメリカでも、奥さんが外で働いていると、仕事と家庭の両立が難しくなるようではありますね。とくに、子育てが加わってくると、女性の方の負担がグンと増えるのは確かです。

そんなわけで、シリコンバレーでバリバリと働く女性も、さまざまな「家庭のルール」をつくっているようではあります。
 たとえば、子供が生まれると、仕事をきっぱりと辞めてしまう人もいますし、今までよりもテレコミュート(telecommute、パソコンを使っての自宅勤務)の時間を増やす人もいます。
 そして、「子供が小さいうちは、絶対に出張はしない」というルールで働いている人もいますし、逆に、「子供がいても何も変わらないわ」という人もいるようです。

人それぞれに家庭や勤務先の事情が違うので、自分に合ったライフスタイルを探すことが大切ですが、やはり、どんなときでも、配偶者の理解と協力(と教育)は不可欠となるでしょう。

そうそう、我が家の連れ合いは、自ら進んで家事を行う限り、それを思う存分に楽しむフシがあって、「僕の方がいっぱい働いてズルい!」なんてことは絶対にいわない人なのです。
 けれども、わたしが退院後にようやく動けるようになったら、一緒に台所に立って料理をするのが、よほど嬉しかったようでした。

Language Services(言語のアシスタントサービス)

前回は、「Official Language(公用語)」と題して、アメリカで使われる言語のお話をいたしました。

アメリカの国全体では、英語は、あくまでも事実上の公用語(de facto official language)であるけれども、州によっては、カリフォルニアのように英語を公用語と定めている場所もありますよ、というお話でした。

この中で、カリフォルニアのように英語を公用語とした州であっても、なかなか複雑な事情があることもご紹介いたしました。

たとえば、カリフォルニアの各都市では、英語とともに他の言語を公用語のひとつに定めていたり、選挙のときには、選挙案内や投票用紙を外国語で印刷したりと、国外からやって来た住民が困らないようにと、言語の面でさまざまな配慮がなされているのでした。


そして、このお話を書いた直後に、こんなお手紙が舞い込みました。

わたしがお世話になっている病院システムからの案内なのですが、何やら、ずらっと外国語の文章が並んでいます。

内容はごくシンプルで、「言葉のアシスタントサービスを受けるのは無料です」というもの。

No Cost Language Services. You can get an interpreter. You can get documents read to you and some sent to you in your language.

(無料の言語サービス。あなたは、通訳の助けを借りることができます。そして、書類をあなた自身の言葉で読んでもらったり、一部の書類を自国語で受け取ったりすることができます。)

最後に「もし言語の助けが必要だったら、この番号に電話してください」という案内が付け加えられているのですが、とにかく、医療サービスを受ける上で、真っ先に困るのが言葉。
 ただでさえ医療用語は難しいのに、慣れない外国語で診療を受ける場合はなおさらです。

そんなわけで、自分たちはちゃんと言語のアシスタントサービスを提供しているので、困ったときには遠慮せずに連絡してくださいと、病院が助け舟を出しているのです。


それにしても、この言語の多さには驚きですよね!

まず、トップにある文面は、英語とスペイン語(Spanish)、それから中国語(Chinese)の3カ国語で書かれていますが、あとには、こんな言語が続いています。

ヴェトナム語(Vietnamese
 韓国語(Korean
 タガログ語(Tagalog、フィリピンの言葉)
 アルメニア語(Armenian、おもにアルメニア共和国)
 ロシア語(Russian

わたしはヴェトナム系住民の多いサンノゼ市に住んでいるので、ヴェトナム語の字面(じづら)は見慣れていますが、それにしても、チョンチョンと「ひげ」の多い言語ですよね!(まったく暗号の羅列にしか見えません。)

ロシア語の次には、ちゃんと日本語(Japanese)も出てきます。
 「日本語で通訳をご提供し、書類をお読みします」と、素っ気なく書いてあります。

そして、日本語のあとに続くのは、こんな言語となっています。

ペルシャ語(Persian、おもにイラン)
 パンジャビ語(Punjabi、インドの一部)
 クメール語(Khmer、カンボジア)
 アラビア語(Arabic、アラブ諸国)
 モン語(Hmong、ラオス、タイなど)

それぞれの表記には独特なものがあって、たとえばパンジャビ語やクメール語は、わたしには絵文字にしか見えません。(いやぁ、こんな言語をどうやって読むのでしょうか?)

それから、アラビア語もペルシャ語も右から書く言語だと思いますが、電話番号は左から書いてあって、なかなか複雑な読み方をしなければいけませんね。


お手紙ばかりではなく、新年早々、わたしが病院に入院したときにも、似たようなポスターを見かけたのでした。

こちらは、上の案内ほど言語の数は多くなかったですが、「もし通訳が必要な場合は、このポスターにある自国語の部分を指差してください」と、いろんな言葉で書いてありました。

中には日本語もありましたが、「この辺(サンノゼ南部)で日本語の助けが必要な人なんて、あまりいないんじゃないかな?」と思った次第です。

それにしても、アメリカの病院って、ボランティア(volunteer)の人が多いんですよね。だから通訳だって、ボランティアの人たちがやっているのではないかと想像するのです。

今回、わたしが手術を受けに病院に「出頭」したときにも、当日の受け付けはボランティアのおじさま、おばさまたちがやってくれました。(アメリカの場合、手術前に入院するケースはごく稀(まれ)で、だいたいは当日に病院に向かいます。術後も、入院となるケースは2割くらいでしょうか。)

そして、晴れて退院の日、部屋から車いすを押してくれたのも、高校生くらいの男の子でした。退院は日曜日だったので、ティーンエージャーのボランティアもちらほらと参加していたようです。

何日かぶりに外気に触れて、とても冷たく感じられたので、「わぁ、寒い(Wow, it’s chilly)!」とわたしが言うと、「だって、もう一月だからね(It’s already January)」と、大人びた返事をしてくれたのでした。

いろんな人に触れて、いろんな言語に触れて、ボランティアを通して、彼らもどんどん成長していくのでしょう。

闘病生活:なかなか辛い一月です

Vol. 138

闘病生活:なかなか辛い一月です

 


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新しい年が明けたというめでたいときに、手術を受けて入院いたしました。
それがようやく治りかけたと思った矢先に、まったく別の病気にかかってしまって、救急病院に駆けつけるハメになってしまいました。

そんなわけで、今は闘病生活を送る毎日ですが、そんな一月は「痛み」にまつわるお話をいたしましょう。

<チャイコフスキーに感謝!>
今回の手術は、わが人生6回目の手術となるのですが、そんな手術の「ベテラン」でも、今度のはちょっと手ごわいぞと、ひるんでしまいました。
なぜなら、いつもよりも術後の痛みが大きかったから。

まあ、術後の痛みというものは、表面を切った大きさにもよりますが、中身(内臓)を切り刻んだ量にも比例するので、以前よりも中身をたくさん切られた今回は、自然と痛みも増すようです。
まだ麻酔が効いているうちは良いのですが、二日目ともなると麻酔は抜け、初日に痛みを和らげてくれたモルヒネの点滴も取りあげられている。そんなときには、痛み止めの薬を定期的に与えられるのですが、これがなかなか効かないこともあるのです。

入院なさったことのある方はご存じだと思いますが、昼間は「ちょっと元気になったぞ」と思っていても、なぜかしら暗くなって寝る時間になると、痛みが戻って来るものなのです。きっと人間のDNAには、夜を怖がるようにとプログラムがなされているのでしょう。
おまけに、同室の患者は、24時間テレビを点けっぱなしにしないと耐えられないタイプ。テレビはガーガーとうるさいし、痛み止めをくれた看護師は、「この錠剤は2つめだから、あと4時間は何も飲めないのよ」と脅しをかけてくるし、こんな状態で寝ようと思っても、なかなか眠れるものではありません。
 


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そんな恐怖の二日目の晩、わたしを助けてくれたのが音楽でした。入院前にアップルの「iPod nano(アイポッド・ナノ)」を購入していたのですが、この手のひらサイズの携帯プレーヤが眠りの導入剤となってくれたのでした。

こんなときに重宝するのは、だんぜんクラシック。まずは、チャイコフスキーのバレエ音楽『くるみ割り人形』を聴き始めたのですが、いつの間にか一枚目のCDが終わり、ニ枚目のCDが終わり、次に『白鳥の湖』にうつったときには、すっかり眠りこけていたのでした。
バレエ音楽といえども、つなぎみたいな無駄のない美しい旋律の数々。きっと、馴染み深い音楽に触れてリラックスできたのでしょう。

おかげで、恐ろしい二日目の晩も無事に乗り切ることができたわけですが、このときばかりは、天才作曲家チャイコフスキーに大感謝なのでした。

ちなみに、わたしの経験からいくと、チャイコフスキーだけではなくて、モーツァルトでも良く眠れるようですね。

このように、音楽を聴くと気持ちが良くなるという人と音楽の関係については、昔から研究がなされているようですが、Nature Neuroscience(ネイチャー・ニューロサイエンス)最新号の論文によると、好きな音楽と脳の密接な関係を科学的に証明することができたそうです。

好きな音楽を聴くと、脳からドーパミン(dopamine、神経伝達物質)が分泌され、まるで好きな食べ物や性行為から得たような快い感覚(euphoria)を味わう、ということは今までにもわかっていました。
新しい研究では、PETスキャンやfMRIを使って、人が大好きな音楽を聴ながら、脳の中ではドーパミンが分泌され、それがいつどこから分泌されるかというのを突き止めたそうです。

ドーパミンは、脳の真ん中にある線条体(striatum)などから分泌されるのですが、なんでも、好きな曲のクライマックスを迎える15秒前になると、その期待感から線条体の一部がドーパミンを放出し始めるんだとか。そして、実際にサビの部分がやってくると、線条体の別の箇所からドーパミンが出てきて、感動で鳥肌がたったりするのだそうです。
その反応は、音楽好きの人ほど強く、好きな曲(歌のない器楽曲)ほど強い。
 


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きっと痛みを感じているときにも、音楽を聴くとドーパミンが放出されて、痛み止めのモルヒネと似たような効果をかもし出してくれるのでしょう。
人間の体がつくり出す痛みの対処法も、なかなか捨てたものではありませんよね。

痛み対策(pain management)といえば、薬や音楽ばかりではありません。医療従事者と話すことも、十分に効果があるそうです。
現在、アメリカの病院では、わざわざ通院しなくても、電話で医師や看護師と接してアドバイスを受けられる「電話診療(telephone-based care)」が広まりつつあるのですが、これが思ったよりも効果があるということなのです。

昨年、The Journal of the American Medical Association(米国医師会誌)で発表された研究によると、看護師の電話診療を定期的に受けていたガン患者は、何も受けなかった患者よりも、痛みやうつ状態が和らいだということです。
これには、誰かが話を聞いてくれるという精神的な効果もあるのでしょう。が、医師と直接会っているときよりも、電話の方が話しやすいので、細かい症状や精神的な不安を訴えられ、それに具体的に対処してもらえることが大いに助けになるそうです。

電話診療というと、今回、わたしの手術の術式を協議したのも電話でした。この多忙な執刀医は、ひどく早口で文章を最後まで言わない傾向があるのですが、それでも彼の手術は3回目。つきあいは長いので、「中途半端な手術だと出血が心配だ」という外科医らしい主張もわかってあげられるのです。

そして、術後べつの病気になって救急病院に駆けつけたあと、つのる不安を解消してくれたのは、主治医の電話診療でした。
救急医が「もっとひどい状態だったら、食べた物は全部吐き続けるはずよ」などと脅すものだから、こちらはどれほどひどい病気かと恐れていると、主治医は電話の往診でこう断言してくれました。「そんなにひどくないよ(Not bad)」と。

さらに、専門医に会う必要があるかと問えば、主治医はその場で専門医に電話してくれて、「まずは薬を続けたあと、様子をみましょう」という結論に達したのでした。その静かで噛み含めるような声には、十分に説得力があるのです。

そんなわけで、痛みと闘った一月も間もなく終わりとなりますが、一日も早く外を歩けるようになりたいなぁと思っているところです。

それから、思う存分くしゃみもしたいですし、コメディー番組を観て大笑いもしてみたいです。

夏来 潤(なつき じゅん)

 

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