Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2019年12月27日

年末号:住宅難と計画停電、植物由来の肉も話題でした

Vol. 231



今年も、いよいよ終わりに近づきました。年末号は2019年を振り返って、印象に残るカリフォルニアの話題3つをお届けいたしましょう。



<第1話:冬の風物詩「マンホール」と「ナビゲーションセンター」>

12月中旬、三週間の日本滞在から戻りサンフランシスコの街をお散歩していると、ふと、この街に初めてやって来た時のことを思い出しました。

もう40年(!)も昔の話になるのですが、夕陽が色づく頃、街の西側にあるオーシャンビーチという海岸線に連れて行ってもらいました。ここは太平洋に沈む夕日を臨む絶好のポイントで、海に落ち行く大きな太陽を見ながら「この先は、日本なんだなぁ」と感傷的になっていると、背後からは立派な満月が上がってきて、煌々と光を放ち始める。そんなシーンが、長い時を経て脳裏によみがえってきたのでした。



何年経っても変わらない自然の風景もありますが、ここ数年で急激に変化した街の風景もあります。そのひとつが、路上生活者が目立つようになったこと。

これまで何回かご紹介したこともありますが、「シリコンバレー」と呼ばれるサンタクララ郡や、近年テクノロジー会社の起業が目立つサンフランシスコ(市と郡を兼ねる)は、もともと狭い土地のわりに世界各地からの人口流入が激しく、交通渋滞や住宅難といった社会問題が年々深刻化しています。



人口増加は、どうやら2016年以降は落ち着いてきて、それまでの「年間に10万人の増加」というハイペースではなくなってきましたが、住宅難に関しては「もう住む家やアパートがない!」というくらいに飽和状態になっていて、住宅価格や家賃の高騰に拍車をかけています。

カリフォルニア不動産協会のデータによると、たとえばサンフランシスコ市内で家を買おうとすると、一軒の中央値は158万ドル(約1億7300万円)。こういった平均的な家を買う場合、世帯年収は31万ドル(約3400万円)必要だということです。

そんな世帯は、市全体の18パーセントのみ。つまり、残りの82パーセントの世帯は、サンフランシスコで平均的な家を買うのは「夢」ということです(今年第3四半期の中央値と住宅取得能力指数(Housing Affordability Index)。中央値は、期間内の一軒家とマンションの売買戸数の半数が値を上回り、半数が下回るという中間の値)。



そんなわけで、サンフランシスコや周辺地域では、アパートや長期滞在型格安モーテルにも住めない住民が増えています。

たとえば、シリコンバレーと称されるサンタクララ郡では、2年に一度行われる年初の「ホームレス人口調査」で、今年は前回の3割増となる約1万人と発表されています。サンフランシスコでも、2割増の約8千人となっています。



サンフランシスコでは、それまでは一部地域(Tenderloin地区)に集まっていた路上生活の方々が、ダウンタウンのあちらこちらにも寝泊まりするようになり、個人経営の小さなレストランの前にダンボールを広げたり、ちょっとスペースがあるとテントを広げたりと、街角で目立つ存在になっています。

この冬は、新たに「歩道のマンホールの上で寝っ転がる人々」というのが冬の風物詩になった感があります。言うまでもなく、マンホールからは地下鉄の熱放出があるので、寒さをしのぐ「自然のヒーター」となるのです。



路上生活する人々が増えるということは、道路を衛生的に保つだけでも大変になるということで、今年一年間、サンフランシスコ市は公道の掃除だけで約103億円を費やしたそうです。排泄物だけではなく、麻薬の注射針も落ちているので、住民の安全を考えると速やかな対処が必要となってくるのです。



そんな状況を少しでも打開しようと、サンフランシスコ市当局は「ナビゲーションセンター」と銘打って、路上に生活する人々の一時的な仮住居を建設しています。

こちらは、12月中旬に完成したばかりの最新のナビゲーションセンター。街の一等地とも呼べるダウンタウン南部の海沿い(Embarcadero地区)にあります。

こういった施設は、単に「路上生活の住民を住まわせる」というだけではなく、慢性的な疾患や麻薬・アルコール依存症を持つ人には立ち直ってもらって、ゆくゆくは定職に就き定住先を見つけてもらう、といった「足がかり」の意味合いを持つ暮らしの場となります。

実際は、仕事があっても車にしか住めない方々もいらっしゃるわけですが、ナビゲーションセンターは、どこにも行き場のない方々を救済する措置と言えます。



2015年にスタートしたサンフランシスコ市の「ナビゲーションセンター」の取り組みは、それなりの評価を得ていて、近隣のベイエリアの都市や国内の他地域でも参考にしようという動きがあります。が、8箇所目となる海沿いのナビゲーションセンターに対しては、とくに近隣住民の風当たりが強かったです。

ひとつに、ロケーション。市の所有する駐車場に建てられたナビゲーションセンターは、ベイブリッジを臨む風光明媚な場所。まわりにはマンションやアパートがたくさん建ち並び、センターの存在が不動産価値を下げる懸念があります。

そして、路上生活者の中には、精神的に治療が必要な人や依存症を抱える人も多く、周辺住民の不安をつのらせたこともあります。

そんなわけで、住民側は裁判所に訴え出たのですが、審理の最中も建設は差し止められることなく、施設は完成して入居者を迎えることとなりました。



わたしの友人も近くの高層マンションに住んでいて、彼女はこう主張するのです。

「(セールスフォース・ドットコムのCEO)マーク・ベニオフみたいな街の有力者たちは、みんなここからは遠い高級住宅地に住んでいる。だから、有力者たちはここにナビゲーションセンターを置くことに賛成しているのよ!」と。(実際、彼らがどの地区に居住しているのかと、彼女はリストを使って説明してくれました!)



新規に街の構造を変えようとすると、「わたしの近くには来ないで!」と反対運動が起きるのは世の常です。こういった反対気運のことを英語では「NIMBY(ニムビイ:Not in my Backyard、わたしの裏庭には来ないで)」と表現しますが、こんな街の一等地に、しかも住宅街の真ん前にナビゲーションセンターを建てたのは、わたし自身も、ちょっと解せないのでした・・・。



<第2話:迷惑な PSPS停電>

今年は、日本でも台風による川の氾濫など、災害の多い一年でした。カリフォルニアでも、異常気象は例年のこととなっていて、雨季(rainy season)が始まる秋になっても、なかなか雨が降りませんでした。

春から夏にかけて一滴も雨が降らない北カリフォルニアでは、秋口になると土壌もすっかり水分を失い、それこそ「骨のように乾ききって(bone-dry)」しまいます。

すると、山火事(wildfire)が怖い季節の到来で、今年は、そんな状況に対処しようと、えらく迷惑な制度が始まりました。



その名も「PSPS(Public Safety Power Shutoff)」。つまり、公共の安全を考えて、山火事が起きる前に電力の供給を元からストップする、という計画停電のこと。

いえ、2000年前後のドットコムバブルの終焉期、カリフォルニア州は電力不足に悩まされ、州はなんとか電力を供給しようとスポット市場で大枚をはたいたことがありました。その時は、電力節約のために「順次計画停電(rolling blackout)」というのがあって、各々の地区を順繰りに停電にしていったものでした。



が、今年の PSPS停電は山火事の危険に備えるもので、しかもタチが悪い。ひとたび停電警報が発令されると、数時間後には電気が止められ、いったいいつ再開するのかは不明(!)という状態が続きます。しかも、送配電設備の組み方(パワーグリッド)のせいで停電が広範囲に及び、まったく山火事の危険性が無い地域でも「とばっちり」を受けるのです。

北カリフォルニアの電力供給会社 PG&E が停電実施の指標とするのは、気温、湿度、強風の予報。とくに突風に関しては神経をとがらせていて、秒速20メートルを超えると警戒警報を発令するようです。

山火事の原因は、人為的なものがほとんどですが、強風で送電線が断ち切られ、草木に接触して発火するケースも多いのです。突風の中、ひとたび発火すると山火事は猛スピードで延焼する。乾いた木々という「燃料」に満ちあふれた乾燥地帯では、風は大敵なのです。



実は、サンノゼ市にある我が家も10月10日に PSPS停電を経験しました。その日は、摂氏30度を超える暑さと湿度20パーセント未満(場所によっては数パーセント)の乾燥、そして秒速30メートル級の突風が予想されていて、正午から停電になると周辺に警報が発令されました。

実際には、停電は真夜中の零時にずれ込みましたが、午前3時に目覚めて外を眺めると、まったくの無風状態。枝の一本すら微動だにしません。どうしてこれで停電なの? とフラストレーションの矛先は電力会社に向けられます。

そんな状態で翌日を迎えたので、午後には停電の影響のないサンフランシスコに避難したのですが、隣人によると午後4時には電気が再開したそう。



けれども、これはラッキーなケースで、ワイン産地として有名なナパやソノマといった山間地域は、停電が数週間続く災難に見舞われました。ナパやソノマは、2年前に甚大な山火事の被害を受けています(写真は、「葡萄王」と称される日系移民・長澤鼎がソノマに建てた歴史的納屋の焼失の様子:Photo by Kent Porter, October 9, 2017, from Sonoma Magazine)

昨年は、前年にまぬがれた山間部のコミュニティーも壊滅的な被害を受け、サンフランシスコ・ベイエリア全体も山火事によるスモッグが問題となりました。

今年は、大規模な災害を避けられたことを鑑みると、事前に「計画停電」に踏み切ったのは、一定の効果があったと評価すべきかもしれません。



こういったカリフォルニア州の計画停電の問題は、米国連邦議会も注視していて、12月中旬、上院エネルギー・天然資源委員会は電力供給会社 PG&EのCEOを召喚し、「まるで第三世界のような」停電が頻発する事態の説明を求めました。

これに対してジョンソンCEOは、パワーグリッドに異常検知センサーを取り付ける、高倍率映像や人工知能(AI)を使って周辺の山火事の危険度を割り出す、オーストラリアで効果が見られる発火リスクの低い送配電機器を配置するなど、今後の解決策を明言しています。また、ハブとなるコミュニティーにはコンパクトな「マイクログリッド」を採用し、都市機能を確保する計画も確約しています。

が、それと同時に、計画停電はこの先5年ほど続くだろうし、電気料金も上がるだろうと吐露していて、カリフォルニア州民の電力供給に対する不満は、すぐには解消しないようです。



いえ、考えてみれば、テクノロジーの発信地と自負するシリコンバレーで「風が吹けば停電する」というのは、なんとも恥ずかしい話ではありませんか・・・。



<第3話:「人工肉」は避けるべき?>

今年は、「お肉ではない肉」を何回かご紹介いたしました。ひとつは、2月号で取り上げた培養肉(cultured meat)。そして、もうひとつは4月号で取り上げた植物由来の肉(plant-based veggie meat)。

近年、食肉は地球にやさしくない(サステナブルでない)タンパク源として敵視されつつあり、とくにハンバーガーの消費量の多いアメリカでは、バーガーキングをはじめとして植物由来のハンバーガーを売り出し、大人気を博しています。続いて、フライドチキンで有名なKFC(ケンタッキーフライドチキン)も植物由来の鶏フライを商品化し、時流に乗っています。



が、9月号でもご紹介したように、「肉に代わる肉製品」の人気が高まるにつれ、代替肉ってほんとに体にいいの? と栄養分析が盛んになってきました。

その結果「ちょっと待った!」という専門家の声も高まっていて、たとえば、我が家が加入する病院システムでは、年末のホリデーシーズンに向けてメールマガジンが届きました。



そう、アメリカの年末は、11月末の感謝祭(Thanksgiving)から12月のクリスマスにかけて、家族・親戚や友人たちが集い、食べる機会も増える季節。ですから、病院システムは例年、身内と過ごすストレス(帰省ブルー、ホリデーブルー)への対処法や肥満を避ける料理法などをメルマガで事細かくアドバイスしてくれるのです。

今年の話題は、「2019年に流行ったダイエット・栄養トレンド」。その一番手は、ずばり「肉ではない肉(meatless meat)」。

事実として、植物由来肉は、塩分と飽和脂肪分が高い。牛肉と同等の飽和脂肪に対して、塩分は4倍である。また、タンパク質を抽出するのに大量の化学物質が使われるのも心配である。

判定としては、あと4、5年「人工肉」の長期栄養評価ができない現状では、植物由来肉の摂取は避けるべき。もしも肉の量を減らしたいのなら、野菜や果物、豆類といった加工されていない食品(ホールフーズ)の摂取を増やすべきである、と。(”Hype vs. fact: The reality behind 2019’s most popular nutrition trends”, Kaiser Permanente, October 23, 2019; photo also from Kaiser Permanente’s monthly mail magazine)



なるほど、近頃は肉や卵、乳製品と人工的に生成した食品が増えていますが、そういった代替食品をたくさん食べると、何かしら問題が出てくる可能性がある、ということなんでしょう。

化学実験のようで、「自然志向」とはまるで違う、食品生成の動き。アメリカ人は人工的なものに対して抵抗が少ないので、これほど人工食品が受け入れられるのでは? と感じています。どんなにアメリカで流行ろうと、日本には飛び火して欲しくないトレンドだ、とも思うのです。



というわけで、いろいろあった今年も、残りわずかとなりました。



新たに迎える 2020年が、みなさまにとって健康で良き一年となりますように!



夏来 潤(なつき じゅん)

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