2014年: 宇宙探査、燃料電池車、奇妙な福利厚生、etc.

Vol. 185

 

2014年: 宇宙探査、燃料電池車、奇妙な福利厚生、etc.



今月の年末号は、一年を振り返ってみることにいたしましょう。宇宙探査の第一話のあとは、いろんな小話が4つ続きますので、お好きなものからどうぞ。

<今年のサイエンス>
今年「サイエンス」といえば、日本ではSTAP細胞やノーベル物理学賞受賞の青色発光ダイオード(LED)が話題となりましたが、個人的に印象深かったのが、地球から宇宙に放たれた探査機(space probe)。
 


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まずは、日本の小惑星探査機「はやぶさ2」。
12月3日、H-IIAロケット26号機に乗って種子島から打ち上げられ、小惑星「1999JU3」に向かって突進中。
4年後には小惑星に到達し、6年後には52億キロのミッションを終え、地球に帰還する予定です。

当日、TBSの打ち上げ生中継をアメリカからネットで観ていたわたしは、打ち上げ成功に思わず涙ぐんだのでした。
 


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そして、ヨーロッパ連合の彗星探査機「ロゼッタ(Rosetta)」も記憶に新しいところです。
打ち上げられたのは10年前ですが、3年前に電池節約のため冬眠に入り、睡眠から目覚めたのが、今年1月。
3年の眠りから起きてくれるか? と、固唾をのんで見守る欧州宇宙機関(ESA)の科学者たちが、大歓声を上げた快挙でした。

このロゼッタが向かったのは、彗星「67Pチュリュモフ・ゲラシメンコ」。名前も変なら、形も双頭のダンベルみたいな、へんてこりんな彗星です。
もともとは、太陽系で一番外側の惑星・海王星のさらに外側にある「カイパーベルト(Kuiper Belt)」からやって来た彗星で、木星に接近してみたり、離れてみたりと軌道が安定せず、ランデヴーするのが難しそうな気まぐれ彗星でもあります。
 


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おまけに彗星は速い。ですから、これに追いつくために、ロゼッタは地球と火星の引力を利用して「スリングショット」方式を採用。
スリングショットとは、ゴム紐のしなりで弾を飛ばす「簡易・飛び道具」ですが、地球のまわりを2回、火星のまわりを1回周回することで、引力でブイ〜ンと加速していって、彗星のスピードにキャッチアップ。
SUV車サイズのロゼッタが利用したスリングショットで、地球の自転が「100万分の一秒の100万分の一」遅くなったとか!

そんなわけで、今年1月、3年の眠りから目覚めたロゼッタは、8月には彗星の周回軌道に入り、4メガピクセルのお目々(10年前の最新技術)で彗星を見つめ始めます。

そして、11月12日、ロゼッタから着陸機「フィラエ(Philae英語読みではフィレー)」が放たれ、めでたく彗星に着陸。
 


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実は、このときも、舞台裏では「どこに着地するのか?」と喧々諤々の議論が繰り広げられています。
洗濯機サイズ「100キロ級」のフィラエも、引力の弱い彗星では、わずか4グラム。地表で跳ね返されることなく、安定着地させるためには、いったいどこが最適か?
彗星の大きな頭の部分(右の写真、C地点)に着陸したい科学チームに対し、そこは太陽光が当たりすぎる! と猛反対する航行チーム。こちらは、多少日光が弱く、断崖や巨石の障害物があろうとも、全体的にリスクの少ない、小さな頭(真ん中の写真、J地点)を主張します。
 


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結局、J地点に着陸したフィラエは、皮肉にも太陽光が足りなくて発電できず、3日後に「わたし眠いわぁ」と居眠りに入ってしまいましたが、それまでに地球に発信したデータは、ただいまESAが解析中。
来春には、彗星もぐんと太陽に近づき、フィラエも目を覚まして、活動を再開することが期待されています。
 


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それで、なぜ宇宙探査が不可欠なのかといえば、「はやぶさ2」が向かった小惑星asteroidも、「ロゼッタ」と「フィラエ」が向かった彗星cometも、天文学的に重要な天体であることでしょうか。
探査機や着陸機が集めたデータを分析すれば、これらの天体が何でできているのか? どうやってできたのか? という疑問に答えてくれるかもしれません。

なにせ、10年前には「氷でできている」と思われていた彗星も、「どうやらジャリっぽいな」と初歩的な疑問すら解かれていないのです。

さらには、炭素や水素、窒素や酸素といった生命の起源を育む材料はあるか? もしもこれらが発見されたならば、この青い地球の生命の誕生にも関与しているのか? といった疑問も解き明かしてくれるかもしません。

まだまだ、わからないことだらけの宇宙。まずは、自分たちが住む太陽系の謎をひとつずつ解明すべく、大活躍中の探査機なのでした。

参考資料: “To Catch a Comet” broadcasted by PBS (Public Broadcasting Service) on November 19, 2014

<今年の新商品>
今年の新商品といえば、アップルウォッチみたいな「ウェアラブル(wearable computing)」や、モノとモノがネットでつながる「モノのインターネット(Internet of Things、通称 IoTアイオウティー)」のお話をすべきなんでしょう。

が、一番印象に残っているのが、年初ラスヴェガスのコンスーマエレクトロニクス・ショー(CES)に展示された、トヨタの燃料電池車でした。
 


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今年1月号・第3話『未来の車!』でもご紹介しているように、そのときは、燃料電池(Fuel Cell)で動く車(Vehicle)という意味で「FCV」と呼ばれていました。

それが、いよいよ12月15日「ミライ(Mirai)」という名で、世界に先駆け日本国内で販売開始となりました!

何がいいのかって、まず、そのカッコよさ。技術の粋を集めているので、中身が先行し、さぞかし「不格好」な乗り物かと思いきや、「わたしも乗ってみたい!」と思わせるオシャレなスタイリング。
とくに、イメージカラーのメタリックブルーは、鮮明な色合いと力強いフォルムで車好きをうならせます。CES会場でも、よだれをたらさんばかりに熱い視線を向ける見学者をたくさん見かけました。
 


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そして、もちろん、ミライは水素を使う燃料電池で走る「未来の車」。

高圧水素タンク(黄色い2つのタンク)から送り込んだ水素を燃料電池(車体中央の銀色の箱)で活性化し、放出された電子で発電して、モーターを動かします。
排出されるものは、電子を放出した水素イオンが空気中の酸素と結合した「水」。二酸化炭素を排出する化石燃料車と違って、地球にやさしいのです。

今のところ、ミライはとってもお高い(価格723万6千円、国の補助金を使えば約520万円)。
しかも、ガソリンスタンドに代わる水素ステーションも数少ない。現在、商用水素ステーションは全国で2カ所、整備が決まっているのは43カ所。ガソリンスタンドに比べると、圧倒的に不足しています。

ですから、まだまだこれからの乗り物ではあります。

けれども、同じく「代替エネルギー車」の電気自動車(EVElectric Vehicle)の販売が少しずつ伸びを示す中、燃料電池車は、未来にしっかりと夢をつなぐ、新しい概念の「目玉新商品」なのでした。

<今年の福利厚生>
日本では「ウーマノミクス」というカタカナ用語を耳にしますが、しょせんは「女性の社会登用」をオシャレに言い換えたもの。昔から掲げられる理想は、なかなか実現しないのが社会構造の厳しさです。

一方、海を越えたシリコンバレーでは、今年、奇妙な福利厚生が登場しました。「女性社員の卵」を凍結保存してあげましょう、というもの。

いえ、「卵」というのは、新人さんのことではなくて、卵巣でつくられる「卵子」のこと。つまりは、まだ受精していない「未受精卵」のことですが、働き盛りの女性社員が、今のうちに(若いうちに)卵子を凍結保存しておきたいなら、代金はうちが支払いますよ、という目新しい福利厚生です。


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今のところ、アップル(写真)とフェイスブックが提供していますが、両社とも、3分の1にも満たない女性社員数。
どうしても「白人男性」が集まりやすいテクノロジー企業で、女性社員を呼び寄せ、つなぎ止める新手の「特典(perk)」になるかも! と期待されています。

プログラムの説明会も、オフィスを離れて、ワイングラスを傾けながらリラックスした雰囲気で行われますが、当の女性社員たちは、「それほど女性社員のことを考えてくれて、嬉しいわ」という肯定的なものから、「結局は、出産を先延ばしにしてくれよってプレッシャーをかけてるのかしら?」という微妙なコメントまで、さまざまな反応が見られます。

が、とにもかくにも、生物学的には、若い頃につくられた卵子は、圧倒的に質が良い。ですから、若いうちに卵子を凍結保存しておいて、あとで使うのは理にかなっているようではあります。

知り合いの小児科医がインターンだった頃、産科のローテーションで驚いたことがあったとか。ベビーのママたちが、15歳から22歳までのグループと、28、9から30代後半のグループにきれいに分かれる事実。
今のアメリカ社会では、昔は「産み時」だった20代中盤から後半のママが、ほとんど存在しないんだそうです。

ということは、奇妙に見える「卵子の凍結保存」も、うまく現実に即した、なかなかの福利厚生ということでしょうか?

<今年の一枚>
アメリカの新聞を読んでいると、ときにハッとすることがあります。それは、大きくカラー刷りにされた一枚の写真。

単に報道写真というよりも、人の内面までとらえた、芸術写真みたいな秀作に出会うのです。
 


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そんな秀作を自身のウェブサイトでご紹介したこともありますが、今年「これだ!」と思ったのが、こちらの写真。

何やら、感極まって涙する女性がいます。そして、彼女の背中をさすっている女性と、後ろでにこやかに見守る女性。

こちらは、11月初め、ミズーリ州セントルイスの市庁舎で撮影されたもの。
涙するリリーさんと、パートナーのセイディーさんが、結婚届(marriage license)の申請に来たときの写真です。
(Photo by Michael Calhoun/KMOX Radio, the San Jose Mercury News, November 7, 2014)

アメリカでは、一年ほど前から、とみに活発化した同性結婚(same-sex marriage)の議論。

「結婚は、基本的な人権(a fundamental right)であり、州が定める禁止法(ban on same-sex marriage)は、平等を唱える米国憲法に反する」と、次々と法廷で裁断が下されています。

皮切りは、昨年6月、連邦最高裁判所の判決。「結婚は異性のカップルのみに適用」という国の結婚防衛法(the Defense of Marriage Act、通称ドーマ)を「違憲」と判断したもの(United States v. Windsor)
それ以降、同性結婚を禁止した州法は次々と「違憲」と判断され、10月初め、再び連邦最高裁判所が、「違憲判決」を不服とした5州の控訴を却下しています。


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その結果、全米34州と首都ワシントンD.C.で同性結婚が認められることとなりました。

(写真は、今年6月サンフランシスコで開かれたプライドパレード。同性パートナーや性転換で性別を変えた人たちを尊重し、平等(Equal Rights)をうたうパレードで、七色の虹は、彼らの一致団結カラーとされています)

が、その一方で、11月初め「結婚は州の行政の場で定められるべきである」と、連邦控訴裁判所がオハイオ州など4州の禁止法を支持する判断を下し、計14州で禁止法が続行しています。

そんな中、上の写真のミズーリ州は、セントルイス市とジャクソン郡だけは同性結婚を認める、という奇妙な状況に陥っています。

が、どんなに複雑な行政事情があったにしても、一カップルとしては、とにかく「結婚」できるのが嬉しいんです。
今まで、遺産相続でも医療現場でも「赤の他人」と冷遇されていた同性パートナー。それが、胸を張って「配偶者(spouse)」と名乗ることができるのです。

これで、ようやく普通の人の生活ができると、市庁舎のカウンターで感極まって涙したリリーさん。

この光景に心を動かされた写真家がいて、彼の一枚に涙した読者がいる、ということでしょうか。

<今年のスポーツ>


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そして、今年嬉しかったことと言えば、メジャーリーグ野球のサンフランシスコ・ジャイアンツ。
ワールドシリーズを征して、過去5年で3回目のチャンピオンとなりました!

(写真は、リーグ優勝に貢献したトラヴィス・イシカワ選手。10月31日サンフランシスコで開かれた優勝パレードの光景です)

9月末、レギュラーシーズンが終わってナショナルリーグ西部地区を逃したときには、「もう今シーズンは終わりね」とあきらめていましたが、ギリギリ「ワイルドカード」で出場したプレーオフから這い上がり、あれよあれよとワールドシリーズへ!

ワールドシリーズのお相手は、青木宣親選手の在籍するカンザスシティー・ロイヤルズ。日本の野球ファンはロイヤルズを応援していたそうで、それがひどく残念ではありましたが、どちらのチームが勝っても納得できる、「ワールドシリーズ」の名に恥じない7戦でした。
 


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両チームとも、「スーパースター不在」の若いチーム。やはり、若い力からは予想もつかない勢いが生まれるようで、試合ごとに「ヒーロー」や「ムードメーカー」が次々と出現。

野球とは、全員が一丸となって、助け合ってプレーするものだと、野球オンチのわたしも改めて認識したのでした。
(写真は、ジャイアンツきってのムードメーカー、ハンター・ペンス外野手)

第6戦、最終第7戦と、敵地でプレーしたジャイアンツですが、ミズーリ州カンザスシティーの方々も、ジャイアンツのプレーヤとファンを温かく迎えてくれたそうです。


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そりゃあ、野球ですから、観客の辛辣なヤジが飛ぶこともありますよ。
「パンダ」の愛称の三塁手パブロ・サンドヴァル選手は、ロイヤルズファンのヤジにも、かわいらしく「見返りスマイル」で答えます。

が、ジャイアンツの優勝が決まり、「おバカな」ジャイアンツファンが地元ファンを口汚くののしると、あるロイヤルズファンはこう答えたそうです。

「カンザスシティーでの滞在を十分に楽しまれたことと思います(We hope you enjoyed the stay here)」

負けてもなお、相手をおもんばかる地元ファン。これこそ、「アメリカのスポーツ」と呼ばれる野球ファンの品格(class)だと、普段はフットボールファンのわたしも、俄然、野球に対する思い入れが増したのでした。

というわけで、間もなく、今年も終わり。

2015年も楽しく、充実した一年になりますように!

夏来 潤(なつき じゅん)

 

Christmas Smiles(クリスマス・スマイル)

もうすぐ、クリスマス。

街はライティングで彩られ、楽しげな買い物客でにぎわいます。

そんなクリスマス直前のひととき、友人のメールでホッと一息。

クリスマスを題材にした「ひとコマ漫画」を集めて、Christmas Smiles(クリスマス・スマイル)と題して送ってきてくれたのです。

というわけで、せっかく彼女が選んでくれたので、ここでいくつかご紹介いたしましょう。

まずは、こちら。

言葉がなくても、しっかりと伝わってきますよね。

雪だるまの強盗が、「金をよこせ」と仲間の雪だるまを脅している図。

雪だるまにとっては、ヘアドライヤーは銃よりも怖いのです。


そして、こちらは、同じヘアドライヤーでも、脅しているのは野うさぎくん。

雪だるまの夫婦が、野うさぎくんと戦っています。

が、どこまでも戦おうとする旦那さんに向かって、奥さんがこう言うのです。

It’s not worth it, Roy! Let’s just give him our noses and let him go!
ロイ、抗戦したって無駄よ。彼にわたしたちの鼻を渡して、さっさと行かせましょうよ!

野うさぎくんは、雪だるまの「鼻」である人参をよこせと強要しているわけですが、ヘアドライヤーの熱には、かないっこありません。

ちょっと細かい話になりますが、

最初の文章の worth it というのは、「~ に値しない」という意味で、つまりは「そんなことしたって無駄よ」という表現になります。

It’s not worth it は、いろんな状況を漠然と指しているので、さまざまな場面で使える万能な慣用句でしょうか。

覚えておくと重宝する表現だと思います。

それにしても、野うさぎくん(hare、発音は「ヘア」)がヘアドライヤー(hair dryer)とは、harehairをうまくかけているのかもしれませんね。


こちらは、同じく人参の「鼻」を題材にしたものですが、ちょっとひねりがあります。

あまりにも「鼻」が大きくて不格好なので、

I want a smaller carrot
 もうちょっと小さい人参が欲しいよ

と、美容整形の先生に相談している雪だるま氏。

そう、cosmetic surgeon は、鼻を高く(低く)してくれたり、あごの骨を削ってくれたりする、美容整形の外科医のこと。

ずっと前に「A nose job(鼻のお仕事?)」というお話で、「鼻のお仕事」とは、鼻を美しくする美容整形か、鼻の機能を治す形成手術のことだとご紹介したことがありますが、鼻を治すのは代表的な手術。

このときは、ハリウッド女優の「鼻のお仕事」が美容か、形成か? と話題になったのでした。

そして、cosmetic surgeon(美容外科医)は、別名 plastic surgeon(プラスティック外科医)とも呼ばれています。

え、プラスチック? と思ってしまいますが、この場合の plastic(プラスティック)は、「自由に形づくる」とか「柔軟性のある」という意味で、プラスティック外科医は美容と形成の両方を指します。

いずれにしても、鼻は顔の真ん中にありますから、がらりと印象を変えてしまいますよね。

「もうちょっと小さな人参を・・・」という雪だるま氏の悩みも、十分に理解できるのです。


そして、こちらは、とってもアメリカ的な漫画です。

精神科医(psychiatrist)のオフィスを訪ねるのは、フルーツケーキ(fruitcake)くん。

フルーツケーキが精神科医を訪れるとは、ちょっと変な光景ですが、浮かない表情の彼の悩みは、こちら。

I feel like nobody really likes me . . .
 なんだか、僕はみんなに嫌われてるような気がする・・・

Nobody really likes me とは、「誰も僕を好きじゃない」という意味ですが、それはなぜかというと、みんなの頭の中には「現代人は、誰もフルーツケーキなんか好きじゃない」という固定概念があるから。

どういうわけか、アメリカでは、フルーツケーキはジョークに使われるんです。

「もう古くさいし、好きな人は誰もいない」という意地悪な意味で。

それは、たぶん、クリスマスにおばあちゃんの家に行ったら、誰も食べないのに、おばあちゃんお手製のフルーツケーキが出てきて、やっぱり誰も食べようとしなかった、という子供の頃の思い出があるからなのでしょう。

フルーツケーキは、リキュールに漬け込んだチェリーやレーズンのフルーツが入ったパウンドケーキで、かなりボリュームのあるデザートです。ですから、今の時代は、ひんやりとしたアイスクリームや、おしゃれなティラミスなんかが好まれるのでしょう。

それにしたって、フルーツケーキって、そんなに「まずい」ケーキではありません。

ですから、いつもジョークの種にされるなんて、ちょっとかわいそうな存在なのでした。


そして、こちらは、

題して「犬たちのクリスマス(Dog Christmases)」。

ワンちゃんたちがくつろぐリビングルームには、立派なクリスマスツリーが飾られています。

それを見て、みんなにこう尋ねるワンちゃん。

Did anyone water the tree?
 誰かツリーに水をやった?

それを聞いて、全員がこう答えるのです。

I did
 うん、僕がやったよ

よく見ると、ツリーの足下には、水たまりができているのでした。

クリスマスツリーというと、本物の木を利用する家庭も多いですね。モミの木(fir)やトウヒ(spruce)と呼ばれる針葉樹が利用されますが、いずれも葉っぱが細いので、すぐに暖房で乾燥してしまいます。

ですから、ときどきツリーに水を吹きかけるといいと言われていますが、こちらのワンちゃんたちは、根元から水をやったようですね。

ワンちゃんの習性をもじった秀作ですが、犬好きの友人ならでは、のチョイスなのでした。

というわけで、クリスマス・スマイル。

日本とは、ちょっと違った雰囲気のひとコマ漫画なのでした。

蛇足ではありますが: 2番目の「雪だるまの夫婦と野うさぎくん」のお話に出てきた It’s not worth it について、もうちょっと説明を。

この文章には、it が2回出てきますが、最初の itfighting(野うさぎくんへの抗戦)、後ろの itrisking our own lives(自分たちの命をかける)を表しています。

ですから、厳密には「このまま抗戦するのは、自分たちの命をかけるに値しない」と言っているわけですが、そんなことを全部 it で表現できるので、とっても便利な言い方なのですね。

というわけで、クリスマスが終わると、日本はお正月の準備で大忙し。「年末の大掃除」も立派に行事に加わります。

ここで格闘するのが、dust bunnies

「ほこりのうさぎさん」というネーミングですが、何のことはない、部屋の隅っこや家具の下にフワフワとたまった、ほこりのかたまり。

まあ、「うさぎさん」と言えば、かわいらしいですが、dust bunnies は、ちゃんと退治しなくちゃいけませんよね!

プッチーニの調べ

サンフランシスコにオペラハウスがあります。

市庁舎(写真)のすぐ裏手にあって、バレエ劇場とシンフォニーホールが両脇に建ち並び、ちょっとしたヨーロッパ風の劇場地区になっています。

このオペラハウスは、サンフランシスコオペラ(San Francisco Opera)の舞台。

秋に始まるオペラのシーズンでは、有名なオペラがいくつも上演されますが、シーズンを通してチケットを買わなくても、自分の好きな演目だけ買うこともできます。

家に舞い込んだサンフランシスコオペラのプロモーション資料を見て、ふと買ってみたのが、プッチーニの『トスカ』。

イタリアの作曲家ジャコモ・プッチーニのオペラの中でも、『蝶々夫人』と並ぶくらいに有名なオペラです。


楽しみにしていた『トスカ』ですが、当日は、連れ合いの仕事が長引いたせいで、だいぶ遅れて第一幕が終わる頃に劇場に到着。

間もなく中休みになるので、それだったら地下のカフェでワインを飲んだあと、第二幕から楽しみましょう、ということになりました。

カフェの壁には、往年の名演技の数々がフォトフレームで飾れていて、いかにもオペラハウスといった雰囲気。

そして、ここにも舞台のライヴ映像と歌声が流れているので、トスカ役のソプラノがとってもいい声ねぇと、期待感がふくらみます。

オペラ『トスカ』は、とってもわかりやすいストーリーに仕上げてありますので、その明快さも魅力のひとつ。

第一幕はトスカの恋人、画家のマリオ・カヴァラドッシが壁画を手がける教会、第二幕はローマ市の警視総監スカルピア男爵の公邸、そして、第三幕はサンタンジェロ城の屋上の処刑場と、三つのシーンに分かれています。

第一幕では、政治犯をかくまった罪でカヴァラドッシが捕らえられ、第二幕では彼の罪が許されるようにと、トスカは警視総監スカルピアと懸命の駆け引きを繰り広げ、第三幕はトスカが思い描いた「恋人との逃避行」とは逆に悲劇で幕を閉じるのですが、それぞれに誰もが一度は聞いたことのあるような有名なアリアで盛り上がるのです。


中休みも終え、ようやく席に落ち着くと、スカルピアの公邸の第二幕が開きます。

が、しばらくすると、しまった! と後悔することに。

いえ、面白くないとか、そんなことではなくて、まったくその逆。あまりにも、ストーリーにのめり込みすぎるんです。

恋人を助けたい一心のトスカは、自分に言い寄ってくるスカルピアと駆け引きをして、ようやく一筋の光明が見えてくるのですが、しまった! と思ったのは、ある曲が『トスカ』の一場面であることを思い出したから。

それは、トスカが美しい声で歌い上げるアリア「歌に生き、愛に生きVissi d’arte)」。

愛するマリオが拷問で苦しむ叫びを耳にして、信心深いトスカが天を仰いで嘆き悲しむ歌。

わたしはこれまで、ただただ愛と歌に生き、何者も傷つけず、聖母の前にも花や宝石と持っているものすべてを捧げてきたのに、神よ、どうしてあなたはわたしをお見捨てになるの?」と問いかける歌。

もう、この曲を聞くと、自然と涙がこぼれるんです。まさに、わたしにとっては「禁断のアリア」とでも言いましょうか。

瞳に涙をためるなんて生易しいものではなく、ボロボロとこぼれ落ちる涙。

あぁ、この曲が出てくるんだったら、『トスカ』は止めとけば良かった! なんて思っても、後の祭り。ダメダメ、ここは自宅じゃないんだから、場もわきまえずに涙は禁物よ! なんて自分に警告したって、まったく通用しません。

最初のうちは左目だけでおさまっていたのに、アリアが佳境に入ると、両目からボロボロと流れる涙。

間もなく、思いあまったトスカが総監スカルピアを刺して第二幕が閉じると、真っ赤に泣きはらした顔をまわりの人たちにさらすことになったのでした。


それにしても、不思議です。

最初にこの歌をCDで聴いたときには、歌詞の内容なんてまったく気にも留めなかったんですが、それでも、自然と涙してしまう。

悲劇のクライマックスシーンですので、物悲しい旋律ではあるのですが、何かしら、琴線に触れるメロディーをプッチーニは知り尽くしている、といった感じでしょうか。

同じく『トスカ』の第三幕、処刑にのぞむ恋人マリオが歌うアリア「星はきらめき」もそうですし、かの有名な『蝶々夫人』の「ある晴れた日に」もそうです。

プッチーニのオペラには、涙なしには聴けない歌が多いんですよね。

世界的なテノール歌手プラシド・ドミンゴさんは、心の中で『トスカ』を一番大事になさっているそうですが、中でも「星はきらめき」は、最も大切に思っている歌だとか。

そんなインタビューとともに、彼が熱唱する処刑場のアリアを聴くと、もう、それだけで涙がこぼれてくるのです。

そして、長崎を舞台にした『蝶々夫人』は、以前、サンノゼのオペラハウスで堪能したことがありますが、このときも蝶々夫人が歌い上げる「ある晴れた日に」に涙してしまって、劇場を出るときに恥ずかしい思いをしたのでした。


まあ、オペラというと、一般的には、どうしても縁遠いものですよね。

わたし自身は、両親の影響で小さい頃からクラシック音楽に親しんできたものの、オペラが好きになったのは、ごく最近になってからでしょうか。

それは、たぶん、「歌」としてのオペラを楽しむだけではなくて、歌の後ろにある「お話」にのめり込めるようになったからだと思うのです。

それぞれの歌には必然性があって、その中で愛を唱えたり、嘆き悲しんだりと、歌い手がそれはそれは大事に歌詞を歌い上げる。

歌詞は演劇の「セリフ」みたいなものですので、その歌詞の意味を追いながら「お話」を思い描くわけですが、それができるようになったから、オペラを楽しめるようになったのかもしれません。

そう、オペラって、意外と演劇みたいなものなんですよね。

オペラ歌手の方だって、歌が上手なだけじゃなくって、かなりの演技派です。それに、彼らはオーケストラの生演奏を従えているので、「効果音」もばっちりです。

だからこそ、彼らが熱演する「ドラマ」も面白い。

そして、そのドラマにも、自分が歩んできた人生の中から「そうなのよねぇ」と共感する部分が増えてきたからこそ、ドラマにのめり込めるようになったのだと思うのです。

ですから、子供の頃からオペラが好きなんて人は、あまりたくさんはいないのではないでしょうか?

子供が「煮しめ」や「鍋」は好きじゃないように、年月を経てみないと、理解できない深い「味わい」というのもあるのではないでしょうか。

そう、オペラは「大人の味わい」。

そして、プッチーニさんは、大人の味わいをメロディーにする達人だったのかもしれませんね。

蛇足ではありますが: サンフランシスコのオペラハウスと言えば、思い出すのは、リチャード・ギアさんとジュリア・ロバーツさん主演の映画『プリティウーマン(Pretty Woman)』(1990年公開)。

この映画では、ビバリーヒルズからプライベートジェットに乗って、サンフランシスコにオペラを観に行くシーンがありますね。
 ジュリアさん演じるヴィヴィアンが真っ赤なドレスを着飾ると、「何か足りないものがあるね」とリチャードさん演じるエドワードが豪華なダイヤモンドの首飾りをつけてあげて、夜の飛行を楽しみながらサンフランシスコに向かうシーンです。

ここでは、サンフランシスコのオペラハウスでヴェルディの『椿姫』を楽しんだことになっていますが、どうやら撮影に使われたのは、サンフランシスコのオペラ座ではないようですね。
 サンフランシスコの劇場は、わりとシンプルなつくりで、壁沿いのスイート席もごくシンプルですが、映画では、かなり豪華な装飾のある劇場でした。

『椿姫』に涙を流さんばかりに感動したヴィヴィアンでしたが、隣席のレディーが「どうだった? 楽しめた?」と彼女に尋ねるシーンがおかしいのです。

I almost peed in my pants(面白くて、もう少しでおしっこちびりそうだったわ)
 と言うヴィヴィアンに、

She said she enjoyed it as The Pirates of Penzance(彼女は『ペンザンスの海賊』くらい楽しんだわと言ったんですよ)
 と、あわてて取りつくろうエドワード。

Peed in my pantsPirates of Penzance の韻を踏もうとしたのですが、それを復唱しながら「何かしら韻が合わないわねぇ」という困惑の表情のレディー。

どこまでもストレートに感情を表現するヴィヴィアンと、どこまでも紳士にふるまうエドワードのコンビなのでした。

いえ、蛇足ではありましたが、サンフランシスコのオペラハウスに来ると、いつも『プリティウーマン』のオペラのシーンを思い出すものですから。

選挙が投じる波紋: 判事指名と移民論争

Vol. 184

選挙が投じる波紋: 判事指名と移民論争 

 

 
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11月は、アメリカでは選挙の月。

第一火曜日は「選挙の日(Election Day)」と定められていて、国政から地元の議員、学区委員や州裁判所の判事と、さまざまな代表者を選ぶ日となっています。

そんなわけで、今月は、選挙にまつわるお話を二ついたしましょう。

<ふん、わたしは退官しないわよ!>


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「わたし」というのは、連邦最高裁判所のルース・ギンズバーグ判事。御年81歳のレディーで、華奢な体躯に余るような法服と、襟元のかわいらしいレースがトレードマークの判事です。

先月号でもご紹介した史上初の女性最高裁判事サンドラ・デイ・オコナーさん(在任1981年〜2006年)に続く二人目の女性判事で、先々代のビル・クリントン大統領に指名され、1993年に就任したお方。

以前から、この方に関しては「そろそろ退官なさる頃かしら?」と風評が流れ、その度に単なる風評で終わっていたのですが、11月4日の全米選挙が終わり、「いよいよ退官はないな!」という結論に達したのでした。

なぜなら、来年1月からは、共和党が連邦上院議会を牛耳ることになったから。
 


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そう、これまでは(敵対する)共和党に連邦下院を握られていたために苦労してきたオバマ大統領ですが、1月からは連邦上院まで握られることになって、苦労が(白髪が)倍増することになりました。

それで、まずあり得ないのが、最高裁判事の指名。だって、上院の賛同は得られそうにないから、指名したって意味がない!

そうなんです、先月号でもお伝えしたように、連邦最高裁判所は絶大な「鶴の一声」を放ち、ときに大統領府よりも強大な機関だと言われますが、あくまでも判事を指名するのは大統領。ですから、指名された大統領によって、思想的に「右と左」にくっきりと分かれるのです。

オバマ大統領は、これまでラテン系初のソニア・ソトマヨール判事と一番若いエレナ・ケイガン判事を任命していますが、任期中にもう一人「リベラルな」判事を指名すべきだ! という声があちらこちらから聞こえていました。
 


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今は、5対4と「保守派」が勝る法廷ですので、オバマ大統領が現職のうちにリベラル派を「交替」しておきたいというわけで、そのターゲットとなったのが、見かけは華奢なギンズバーグ判事。
(こちらの風刺漫画では、5人の男性判事が保守派、左端がリベラル派を率いるギンズバーグ判事。「スペルミスを見つけたから、文書全体を破棄するもんね」とジョン・ロバーツ長官がむちゃくちゃな宣言をしていますが、彼が指しているのは米国憲法!: Cartoon by Mike Luckovich / Atlanta Journal-Constitution, November 11, 2014)

この「交替」のターゲットとされるギンズバーグ判事は、ときにユニークな発言で話題となる方で、昨年、同性結婚(same-sex marriage)に関する口頭弁論では、こんな尋問が一躍有名になりました。
(国家は)結婚には二種類あると主張しているわけね。正当な結婚(full marriage)と、何というかスキムミルクみたいな(薄められた)結婚(skim milk marriage)

国の結婚防衛法(the Defense of Marriage Act)通称DOMA(ドーマ)の合憲性を審理する場での発言でしたが、同性結婚を認めずに「スキムミルク婚」とする法律は、結果的には「違憲」と最高裁で判断されています。

もしかすると、彼女の「スキムミルク婚」が、他の判事たちの心にも響いたのかもしれません。

それで、今月の選挙の結果「しばらく退官はないな!」と言われていたギンズバーグ判事ですが、感謝祭の前日、心臓冠動脈にステントを留置する緊急手術を受け「リベラル派」をヒヤリとさせています。
が、感謝祭明けの12月1日には、仕事に復帰する予定だと報道されていて、リベラル派は固唾を呑んで見守っているところです。(後日注: 実際に12月1日の口頭弁論には、冴えた頭で出廷なさっています)
 


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15年前には大腸がん、5年前にはすい臓がん、そして4年前にはご主人を亡くされ、2年前には肋骨骨折で入院と、数々の試練に立ち向かいながらも、法廷のベンチを一日も空けたことがないという、不屈の精神の持ち主です。
ごく最近も、「(今の複雑な状況で)わたしの他に誰が最高裁に適切だと言えるのかしら?」とインタビューで述べ、続行の意志の堅いところを表明しています。

前最高裁長官ウィリアム・レンクイスト判事は、亡くなるまで長官を辞めなかった方なので、最高裁判事の終身制(life tenure)というのは有名無実ではありません。不屈のギンズバーグ判事だって、それに続くのは十分可能なのでは?

それに、彼女ご自身が「わたしは2016年(の大統領選)を楽観視している」と幾度も明言されているので、「ヒラリーが勝って、わたしの代わりはオバマさんかしら?」というシナリオも思い描いていらっしゃるのかもしれません。

いえ、勝手な想像ではありますが、なにせオバマさんは憲法学者ですし、現職の中にはエレナ・ケイガン判事のように裁判官歴がない方もいらっしゃるので、可能性はゼロではないのです。

<絶滅危惧種と移民論争>
お次は、カリフォルニアの話題です。絶滅危惧種(endangered species)と言いましても、自然界ではなく、人間界のお話です。

絶滅に瀕していたのは、サンフランシスコ・ベイエリアの共和党議員。が、今度の選挙では、6年ぶりに「復活」しました!
 


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12月1日に州下院議会に参画するのは、弁護士転じて政治家となったキャサリン・ベイカーさん。サンフランシスコから東の内陸部に位置するベッドタウン、ダブリンやプレザントンを選挙区としています。(Photo by Jim Stevens, the San Jose Mercury News, November 18, 2014)

この辺りは、サンフランシスコやサンノゼと比べて白人の比率が高いゆえに、民主党支持者、共和党支持者、無党派層が拮抗した地区。ベイカーさんは、共和党候補でも中道を行く方ですし、とくに女性有権者や無党派の支持を得たのでしょう。

なんでも、シリコンバレーを含むサンフランシスコ・ベイエリアで共和党議員が「生息」していたのは、連邦議会では2007年で任期が切れたリチャード・ポムボ下院議員、州議会では2008年で任期切れのガイ・ヒューストン下院議員が最後。

そんな地域から共和党議員が誕生するのは驚きに値するわけですが、それが現実に起きるということは、それだけ今の政治に不満を抱く人たちも多いという証拠かもしれません。

それで、興味深いことに、カリフォルニアで共和党政治家たちが「絶滅危惧種」の一途をたどるようになった瞬間があるのです。
そう、「瞬間」と言っても過言ではない出来事なのですが、それは、20年前の住民投票で可決された提案187(Proposition 187)。

当時のピート・ウィルソン州知事が再選を目指した際、前面に押し出した政策で、その追い風に乗って二期目に当選できたとも言われています。

いったい何かと言うと、「不法移民(illegal immigrants)」を徹底的にあぶり出し、社会保障制度や教育制度から完全に閉め出すという、全米で最も厳しい法律。

当時、カリフォルニアでは移民人口が増え、中には許可なく国境を渡って来たラテン系やアジア系の「不法移民」も目立ってきた時期でした。
そこで、危機感を覚えたカリフォルニア住民は「提案187」を可決した(6割の得票率)わけですが、実際には、この移民法は施行されていませんし、今年、州議会の議決の末、正式に州の法規集から抹消されています。

が、人々の心には、決してぬぐい去れない「不信感」が芽生えたのでした。こんな理不尽な提案をかついだのは、他でもない、共和党議員であるという不信感。
それとともに、20年前は4割近くいた共和党支持者(37%)が、現在は3割に満たないほど(28%)に減り、代わりに無党派層が4人にひとり(23%)と増えたのでした。

この思想的な変化の背景には、人種構成の変化もあって、20年前には州全体で半数ちょっといた白人人口(53%)が、現在は4割を切るほど(39%)になり、ラテン系とほぼ同じ割合(38%)になったこともあります。

今となっては、カリフォルニアで暮らしていれば、家族や友人、同僚、日常お世話になっている人たちの中に、必ず「不法移民」の関係者はいるわけで、そんな身近な人たちに処罰や国外退去(deportation)などの災難が降りかかるのは忍びないし、自分たちの生活にも支障をきたす、と多くの住民が感じているようです。


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だって、畑で働いてくれるのも、庭の面倒をみてくれるのも、家の掃除をしてくれるのも、もしかすると無許可で滞在している人たちかもしれないでしょう。

今年前半に行われた州民の世論調査によると、9割近く(86%)の住民が、滞在期間や税金などの条件を満たすなら「不法移民」にも市民権への道を開くべきである、と回答したそうです。
(カリフォルニア公共政策研究所の今年3月の報告書PPIC Statewide Survey: Californians and their government; 上記 州政党支持率はカリフォルニア州務長官の公式データ; 州人種構成は米国国勢調査局データ。「白人人口」は非ラテン系白人のみで、ラテン系白人は含まない)

そんな人々の意識の変化とともに、「不法移民」という表現も姿をひそめ、代わりに「査証のない移民(undocumented immigrants)」という言葉が使われるようになりました。
これは、「不法移民」と呼ばれる大部分は出身国では善良な市民であり、彼らは単に米国には無許可で滞在しているだけだ、という配慮から生まれたものです。
 


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11月20日、オバマ大統領は移民制度改革の具体案を公表し、翌日、大統領令(the President’s Immigration Accountability Executive Action)に署名しています。
これによって、国境警備を強化するとともに、市民権や永住権を持つ子供たちの両親には、法的立場を明確にする道が定められています。(Official White House Photo by Pete Souza)

これに対し、大統領と敵対関係にある連邦議会の共和党議員たちは、「そんな規則を勝手につくるなんて、自分を王様か皇帝だと思っているのか?」と、激しい反発を見せています。

そして、州によっては、「俺たちの仕事を不法移民が奪ってもいいと言うのか?!」とシュプレヒコールを上げる住民が目立つ場所もありますが、対照的にカリフォルニアは、穏やかな日々を送っています。

なぜなら、そんな議論は、20年前の「提案187」のときに散々やりつくしたから。

そのときには保守派の声が大きかったけれども、法律は施行されることもなく「おシャカ」になり、今となっては、たとえ「査証なし(undocumented)」とレッテルを貼られた人であっても、長年ここに住んで働き、犯罪歴もなく、ちゃんと税金を払ってくれるんだったら、永住権や市民権を与えてもいいんじゃない? という声が大多数になっているから。

このようなカリフォルニアと他州の温度差について、南カリフォルニア大学の政治研究所長ダン・シュナー氏は、こんな風に解説されています。
アメリカの他地域は、カリフォルニアが何年も前に経験したような人口的、文化的変遷をかいくぐっている。だから、以前カリフォルニアが繰り広げた政策論争を、今やっているんだ。歴史は繰り返されるのではなく、(西から)東に動いていくんだよ」と。
(引用文献: “Dramatic change for state since Prop. 187”, by Josh Richman and David E. Early, the San Jose Mercury News, November 23, 2014)

大統領令の署名にともない、カリフォルニア内陸部の農業地帯では相談件数の増加が予想されるので、地域のメキシコ領事館では、時間延長やコールセンターの充実、近隣コミュニティーへの働きかけと、対応策を強化しています。
 


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そして、いよいよ来年1月からは、カリフォルニアは「査証なし移民」に対しても、特別に運転免許証を発行することになっています。

そう、今までは国外退去が怖くて州の制度に名乗りを上げなかった人たちにも、門戸を広げようというのです。

結局のところ、運転免許証を持っていなくても、仕事に行くときには皆が車を運転するわけだし、だったら、ちゃんと制度化してルールをわきまえてもらって、他の州民と同じように保険にも入ってもらって、事故が起きてもきちんと責任を負ってもらおうじゃないか、という理路整然とした考えなのです(通常、州が発行する運転免許証は国の制度でも身分証明書として使えますが、この手の免許証は身分証明には使えないようです)

すでに全米で8州が同じような制度を確立しているそうで、1月から始まるカリフォルニアとコネチカットを加えると、計10州になるとか!

「え、不法移民に運転免許証?」とギョッとするような制度ではありますが、いくら理想を掲げたところで、現実とはかけ離れてしまっているので、現実に即した対応をしていかないと、社会でみんなが幸せにはなれないでしょ? ということでしょうか。

人の流れは、せき止めることは難しいです。ですから、それを拒むのか、受け入れて対策を講じるのかは、その後の「底力」や「原動力」の違いになってくることもあるのでしょう。

夏来 潤(なつき じゅん)

 

Who you(フーユー)?

Who you? というのは、もちろん、正しい英語ではありません。

ある方が編み出した、名前の覚え方だそうです。

「フーユー」みたいな発音になりますが、こちらは富有柿の Fuyu(富有)のこと。

やはり、日本風の名前を覚えるには、何かしら英語の「手がかり」が必要なんでしょうね。

そう、アメリカでも柿を栽培していて、今はの季節。

なんでも、カリフォルニアは、アメリカ全土の柿の年間生産量の98パーセントを栽培しているそうですよ!

柿は、もともと中国から伝わった果物だそうですが、中国系や日系の多いカリフォルニアでは、19世紀中頃から栽培されるようになりました。
 今となっては、スーパーマーケットやファーマーズマーケット(露天八百屋)では立派に市民権を得ています。

Persimmon(パーシモン)と聞けば、多くのカリフォルニアの住民は、柿色の秋の果物を思い浮かべ、あ~、もうそんな時期なのねぇ、と季節の移ろいを感じることでしょう。


一口に「柿」と言っても 2,000種くらいあるそうですが、スーパーでよく見かけるのは、Fuyu(富有柿)と Hachiya(蜂屋柿)。

アメリカ人の説明によると、

富有は、まだカリカリッとかたい(firm and crisp)ときにも食べられるので、リンゴのようにかじって、おやつ代わりに食べたり、皮をむいてサラダに入れたりして楽しめますよ、ということです。

けれども、蜂屋は、ほとんど腐ったかな?(almost rotten)と思うほど、柔らかく(soft)なるまで待たないといけませんよ。そう、ちょうどジャムの柔らかさ(jelly-soft)を思い浮かべてちょうだい。そうしないと、食べた瞬間に口の中にイヤ~な味が広がって、耐えられないくらいだから。

そうそう、暖かい場所に置いておくと、熟しやすいみたいよ、と付け加えてくれました。

だって、蜂屋柿は、もともと干し柿にする柿ですものね。
 そのままでは、皮のタンニンが渋くて(astringent、puckery)食べられないのです。

ですから、干し柿の文化を知らずにカリカリの生で食べてしまったら、「もう二度と買わないわ!」と毛嫌いしてしまうでしょう。

そんな蜂屋柿は、岐阜県美濃加茂(みのかも)市が原産地だそうで、朝廷や将軍へも献上されていた、千年の歴史を誇る果実だとか!

美濃加茂市には足を運んだことがありますが、日本ライン(木曽川)下りでも有名な、しっとりとしたいい街ですよね。水が良質なのでしょうか、日本酒もおいしいです!


というわけで、アメリカで見かける柿。

富有柿のことを「Who you?」と覚えていたのは、近所のオーガニックスーパーのレジのおじさん(お兄さん?)でした。

そう、アメリカでは、男性も喜んでレジ係を引き受けるのですが、テキパキと野菜や果物をレジに打ち込みながら、「これはもう覚えたもんね!」と明るい声で言うのです。

何を言っているのかと思えば、Radicchio(ラディキオ)という野菜。

この野菜の登録番号を覚えているので、番号を打ち込んでおけば、あとはグラムを計ればすぐに値段が出てくるよ、と自慢しているのです。

実は、この Radicchio がクセ者でして、レジの初心者には、なかなか探せないのです。

登録番号を覚えていないと、名前で検索して店のデータベースから番号を引っ張ってくるのですが、その名称登録が Radicchio ではなく、Chicory Radicchio(チコリー・ラディキオ)とインプットされているのです。

まあ、Radicchio はチコリーの仲間ではあるのですが、なにも、わざわざ学名みたいに長い名前で登録しないで、単に Radicchio で登録すればいいではありませんか?

わたし自身も、四苦八苦する初心者さんには「Radicchioっていう名前なんだけど、Chicory から始まるので、アルファベット順に探しているんだったら「C」の欄よ」と教えてあげるのです。

えい、面倒くさい! と、Red leaf lettuce(サニーレタス)でレジを打って、お値段が安くなったことも幾度かありました(そう、Radicchio は割高なのです)。

でも、このレジの達人は違います。

Radicchio を野菜ジュースに入れる「野菜嫌い」の彼と、サニーレタスと一緒にサラダに入れるわたしは、Radicchio談義を交わしたことがあって、お互い、この苦~い野菜の大ファン。

だって、苦い野菜って、体に良さそうな感じがするでしょう?

そんなわけで、レジを打ちながら楽しんでいる彼でしたが、Radicchio のお次は、Shiitake mushroom(椎茸)。

ある子供が Chocolate-covered shiitake(チョコレートでコーティングした椎茸)だと叫んで、お母さんが笑いをこらえるのに必死だったことがあるとか。

椎茸は茶色だから、子供からすると「あ、チョコレートがかかってる!」と思ったんでしょう。

だって、きのこはかわいらしいから、いろんなチョコレート菓子のモデルにもなっているくらいですものね。

ま、それにしても、子供が Shiitake を覚えていたのは偉いことではありますが、もしかすると発音は、「タ」にアクセントのある「シータキー」ではなく、最初の「シ」にアクセントのある「シーラキー」だったのかもしれません。

その方が、なんとなく怪獣っぽいですからね。

追記: ちなみに、このお店では、つい先日、名称登録が変更されたとか。

問題の Radicchio は、Chicory ではなく Greens(菜っ葉類)の仲間となり、「G」で検索しないと出てこない。「もう、慣れるまで大変よ!」と小言をおっしゃる方がいらっしゃいました。

そして、写真にもある蜂屋柿は、購入から一週間以上たちますが、もうちょっと待とうかなと「おあずけ」状態になっています。干し柿は苦手なので、がんばって、軒下につるさいで食べてみたいです。

そうそう、柿と言えば、子供のころに食べた『不老柿』というお菓子が忘れられません。同名の銘菓がいくつかある中で、三重県津市・清観堂さんのものだったと思いますが、干し柿が入っているのではなくて、黄身餡をシナモンの香りの生地で包んだ、デリケートな焼き菓子。もう一度食べてみたい! と願い続けて、ン十年なのです。

後日談: このお話を掲載した翌日、例の蜂屋柿を食べてみました。

単に2週間近くキッチンに放っておいただけなのですが、スプーンですくってみると、実がトロットロ。この口の中でとろける自然のおいしさは、どんなに有名なシェフのデザートもかなわないな! と思ってしまいました。
 カリカリの柿がお好きな方も、干し柿がお好きな方も、ぜひお試しあれ。(アメリカ人の食べ方も、なかなか乙なものですね!)

サンフランシスコのもうひとつの三つ星 Benu

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前回のフォトギャラリーでは、先月、2015年版ミシュランガイドで「三つ星」に昇格したフレンチレストラン Saison(セゾン)をご紹介しました。

このとき、サンフランシスコでは「三つ星」が同時に二店誕生したのですが、もうひとつ三つ星に昇格したのは、Benu(ベニュー)というフレンチレストランでした。

この二店には共通点がいくつかあって、まずは、お店のロケーション。

前回もご紹介した通り、Saison は、サンフランシスコ・ジャイアンツのホーム球場 AT&Tパークの向かい、表通りから一本裏手にあります。

そして、Benu は、テクノロジー企業が展示会場に利用する Moscone Center(モスコーニ センター)の近くにあって、どちらも SOMA(ソーマ:サウス オヴ マーケット)と呼ばれる再開発地区に位置します。

SOMA というのは、サンフランシスコのメイン通りマーケットストリートの南側の地区という意味ですが、モバイル/ソーシャルアプリなどのテクノロジー系スタートアップがひしめきあう、オシャレで、若い人たちが集う地域となっています。

そして、もうひとつの共通点は、アジアの影響でしょうか。

前回もご紹介したように、Saison は「和」の影響を受けたフレンチで、まさに和洋折衷のコース仕立てでした。

一方、Benu は「韓・中」を取り入れたフレンチで、見た目も中華料理に近い印象です。

それもそのはず、Benu のシェフ、コリー・リーさんはニューヨーク生まれの韓国系アメリカ人で、たぶん子供のころは、お母さんの韓国料理を食べて育ったのではないでしょうか。

それでも、フレンチシェフとして秀でた方で、サンフランシスコ/ナパバレー初の三つ星レストラン The French Laundry(フレンチ ランドリー)で7年間修行した経歴をお持ちです。

The French Laundry のトーマス・ケラー氏といえば、「アメリカで最も有名なフレンチシェフ」との呼び声高く、この方の元で修行されたとなると、誰もが一目置く存在なのです。

こちらの Benu は、我が家のサンフランシスコの滞在先から目と鼻の先にあるので、2年前、昨年、今年と、3回お邪魔したことがあります。

ご紹介している後半の写真数枚のように、昨年までは「アラカルトメニュー」がありましたが、今年お邪魔したときは「おまかせコース」のみになっていました。

コースはデザートも入れると20品ほどあって、最初に説明を聞くと「え~っ、そんなにあるの?」と驚くのですが、実際に食べてみると、ひとつずつが小さいので、全部ペロッとたいらげられるのです。

なにせ、最後に食べたのは半年以上前のことですし、品数が多いゆえに、「おいしい!」と舌鼓を打ちながら中身はほとんど忘れてしまっていますが、いくつか印象に残っているものがあります。

わたしは牡蠣もキムチも苦手なのですが、豚バラと一緒に砂糖菓子みたいなカリッとした衣に包まれた一品は、とってもおいしくいただけました。もちろん、パクッと一口で。

イカせんべい(salt and pepper squid)は、日本の「えびせん」みたいな香ばしさとサクッとした歯ざわりで、アジア人には懐かしいお味となっています。

フカヒレ風スープ(“shark’s fin soup”)は、このお店の特徴的な一品(signature dish)と言われますが、フカヒレやフォアグラが禁止のカリフォルニアで、これだけ深い味わいを出すのは、さすがだと思うのです(英語の名前にクォーテーションマークが付いているのは「ホンモノではありませんよ」という意味です)。

お料理のネーミングにも奇抜なものがあって、「樫の木からもらった乞食の宝袋(beggar’s purse of treasures from the oak)」は、魚のすり身の包み揚げだったと記憶しています。きのこや野菜が入っていて和風っぽくもあり、親しみのわく一品です。

ロブスターの小籠包(しょうろんぼう、xiao long bao)は、まさに「中華」ですが、誰もが大好きなコリーさんの定番のひとつだと思います。

こちらでご紹介したのは、今年4月に楽しんだ「おまかせコース」と昨年6月の「アラカルトメニュー」ですが、とくに今年のテーブルは中二階のライティングを落としたセクションにあって、フラッシュ無しの写真が暗く(ときにピンぼけで)写っているのがとても残念です。

そして、2年前と比べてみると「おまかせコース」も変化していて、今年は、全体にシンプルになった印象でしょうか。

たとえば、あん肝(monkfish liver boudin: boudinはソーセージ状に調理したものの意)にかかったソースは、2年前のXO醤風のものから、すっきりとしたフレンチの泡ソースに変わっています。

前回登場したお店 Saison のサラダも、シェフのジョシュア・スキーンズさんが4年かけて進化させた一品でしたが、いくつかあるコリーさんの定番のお皿も、2年の間に進化しているように感じます。

10月に「三つ星」の栄誉に輝いてからは、何かしら新しい進化を遂げているかもしれませんね。

こちらの Benu も、前回の Saison も、週に5日間(火曜日~土曜日)夜だけ営業していて、あくまでも「手を広げすぎない」ことがモットーのようです。

Benu のコリーさんは、「スタッフは週に70時間から80時間働いている」とインタビューでおっしゃっているので、これ以上営業時間を増やせば、質を保てないことを恐れていらっしゃるのでしょう。

お店のあるホーソーン通りを歩くと、開店の何時間も前からシェフたちが懸命に働いているのが窓越しに見えるのです。

それで、コリーさんも、Saison のジョシュアさんも、何かしら新しいものにチャレンジしたいと思い立ったら、新たにお店を開くというアプローチを採っていらっしゃるようです。

コリーさんは、モダンフレンチビストロ Monsieur Benjamin(ムッシュ ベンジャミン)を開いたばかりですし、ジョシュアさんは、2015年初頭に Fat Noodle(ファット ヌードル)という中華麺のお店を始めるそうです(Monsieur Benjaminは市庁舎/劇場近く、Fat Noodleは金融街近くになります)。

名前を聞くだけで楽しそうなお店ですが、一流シェフがカジュアルなお店を開くと、どんな風になるのかな? と興味を引かれています。

というわけで、「三つ星」に仲間入りした Benu

コリーさんご自身は「まさか自分がヨーロッパの有名シェフと肩を並べるなんて、信じられない」と驚きを隠せませんが、格上げされてからは、お店の予約がボンと増えたともおっしゃっています。

こちらとしましては、なかなか予約が取れなくなって、ひどく残念ではあるのです。

余談ではありますが: こちらの Benu でも、おまかせコースに合わせてワインペアリングを楽しむことができます。
ワインペアリングは、どちらのお店でもお料理すべてに合わせてもらったり、前菜にひとつ、白ひとつ、赤ひとつと構成してもらったりと、自由に頼むことができます。

それで、Benu では、連れ合いがコース全体に、わたしが数を減らしてペアリングしてもらったのですが、メインディッシュのビーフに合わせてあった赤ワインを味見したわたしは、「パーフェクト!」と感嘆の声をあげたのでした。

なしの果汁で煮込んだビーフには、とろっとしたコクのあるソースがかかっていて、それが「角煮」のような濃厚な香りをかもし出していたのですが、その甘みに赤ワインの甘みが完璧にマッチしていたのです(と、わたし自身は思ったのでした)。

どんなに優秀なプロがワインペアリングを担当していても、なかなか「パーフェクト」なマッチングには出会えませんが、食事が終わって、ワイン担当の方に「ビーフの赤ワインは完璧だった」と告げると、「そうでしょう?!」と嬉しそうな表情を見せていらっしゃいました。

このお料理とワインの出逢いも、地元のお店で楽しめる「世界探訪」なのかもしれませんね。

ジャイアンツ近くの三つ星レストラン Saison

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ジャイアンツというのは、サンフランシスコ・ジャイアンツのことですが、彼らのホーム球場である AT&Tパークの近くに、三つ星レストランが誕生しました。

先月、2015年版ミシュランガイド(2015 Michelin Guide-San Francisco Bay Area & Wine Country)で、めでたく「三つ星」に昇格したレストランで、Saison(セゾン)と言います。

5年前にオープンしたお店だそうですが、最初の2年半はべつの場所でやっていて、2年ほど前に今の場所に移転しました。AT&Tパーク前のキング通りの一本裏手、タウンゼンド通りにあります。

シェフ、ジョシュア・スキーンズさんは、フロリダ州出身。ニューヨークの料理学校を出てボストンで働いたあと、サンフランシスコにやって来て、シリコンバレーの「一つ星」Chez TJ(シェTJ)でシェフを務めたころから、注目の人となりました。

その後、サンフランシスコの「一つ星」Michael Mina(マイケル・ミーナ)のマイケルさんからロスアンジェルス近郊のホテルレストランを任されるなど着々と腕を上げ、サンフランシスコに戻って来てからは、Saison 一号店をオープンします。

なんでも、こちらはヨガスタジオのバーを改造したお店で、オープンなキッチンにテーブルをいくつか並べただけの簡素なつくりで、最初は日曜日だけの営業だったとか。

それが、週に2回、3回とオープンが増えてきて、それだったらいっそのこと、お店をつくり直しましょう! ということで、今の Saison になりました。

こちらは、もともと屋内駐車場だったレンガ造りのビルを改造したもので、高い天井にスチールビーム、オープンなキッチンに広々としたダイニングとバーエリアと、オープンコンセプトが基調となっています。

ホームパーティーでもそうですが、やっぱり、みなさん、キッチンのまわりに集まるのがお好きなようですね。

それで、こちらのレストランの特長は、「和」の影響を受けていることでしょうか。

材料もあわびや松茸が登場したり、調理法も茶碗蒸しや焼き魚があったりと、懐石風なんです。

それでも、フレンチが基調となっているので、前半は和、後半はフレンチと、和洋折衷のコース仕立てになっています。

食べ物にちょっとうるさい連れ合いによると、一番好きだったのは、二つ目のキャヴィアと三つ目のロブスターだそうです。

まったりとしたキャヴィアは、揚げたポテトの付け合わせと絶妙にマッチしていましたし、昆布で締めた新鮮なロブスターは、甘みがうまく引き立っていました。

わたし自身は、地元ダンジェネスクラブ(蟹)を入れた茶碗蒸しと、メインディッシュ前のサラダが印象に残っているでしょうか。

解禁直前に仕入れたダンジェネスを茶碗蒸しにするなんて、とっても贅沢な発想ですし、「蟹好き」のわたしは、やさしいお味にホッとひと息。

そして、サラダは、苦手の芽キャベツも火であぶって甘さを引き出してあるので、トロッと調理したキャベツと絶妙の取り合わせです。ドレッシングには、梅の酸味が効いていました。

この野菜の一品は、ジョシュアさんが4年かけて進化させた「こだわりのメニュー」だとか。

サラダが終わって後半になると、口直しのトフィー(砂糖菓子)、メインの鴨肉、鴨の骨のブイヨンスープ、チーズとデザートと、一気にフレンチに様変わり。

まさに「和と仏」の混合なのでした。

「おまかせコース」は14品あるとはいえ、ひとつひとつのお皿は小さく、バターは少なめで、全部たいらげても、ちょうどいいくらいでした(ということは、アメリカ人の男性にしたら、ちょっと少なめかもしれません)。

さらに、ワインペアリングも「和と仏」の混合でした。

前半「和」の三品目、ロブスターにペアリングしてあったのは、山形県・新藤酒造の『九郎左衛門・雅山流』純米大吟醸という香り豊かな日本酒でしたし、後半「仏」のチーズにペアリングしてあったのは、茨城県・木内酒造の『常陸野(ひたちの)ネスト赤米ビール』でした。

なんでも、ソムリエのマーク・ブライトさんは最近ご結婚されたそうですが、新婚旅行で日本に一ヶ月半も滞在されたとのこと。「日本テイスト」にも、さらに磨きがかかったことでしょう。

そんなわけで、「和」の特色もさることながら、このレストランが他とちょっと違うかな? と思うのは、ひとつに「ドレスコード(着衣のルール)」がないことでしょうか。

もちろん、カリフォルニアのレストランにはドレスコードはほとんどないのですが、三つ星ともなると「男性は要ジャケット」の規則もあるようですし、こちらとしても気になるではありませんか。

けれども、お店のウェブサイトにも明記されている通り、ここでは「お客様がいらしたままで歓迎いたします(We invite our guests to come as they are)」という主義だとか。

とは言え、アップスケール(高級)なレストランですから、女性はそれなりにオシャレしていますし、男性もネクタイはしないまでも、シャツにスラックスの方がほとんどです。が、Tシャツにジーンズ姿の連れ合いも、モダンなインテリアにしっくりと溶け込んでいました!

それから、サーヴする(お料理を運ぶ)のも、入れ替わり立ち替わりいろんな方が持って来られるのが、普通とちょっと違います。

ウェイターの方たちだけではなく、若い、修行中のシェフたちもお皿を運んで来て、お料理の説明をしてくれるのですが、これは面白い発想ですし、若いシェフにしても、お客様の顔がじかに見えて、修行の励みにもなるのではないでしょうか。

一方、このお店の「弱点」と言えば、お値段が高いことでしょうか。Eater SFというウェブサイトによると、「サンフランシスコで一番高いお店」だとか!

現在、14品のスタンダードコースと新メニューを取り入れたチャレンジコースがありますが(それぞれ248ドル、398ドル)、これにワインペアリング、税金、20パーセントのサービス料を入れると、東京の三つ星レストランよりもお高いのかもしれません。

ですから、観光ついでにちょっと立ち寄ってみましょうというよりも、グルメの方が「アメリカの和」を楽しむお店のようではあります。

お隣に座っていた初老のアジア系カップルは、シカゴから観光にいらっしゃったそうですが、「サンフランシスコに三つ星があると聞いたから、やって来たのよ」とおっしゃっていました。

というわけで、サンフランシスコの新三つ星、Saison。気取らない雰囲気に和洋折衷と、ユニークなお店であることは確かです。

ちなみに、これまで「星付きレストラン」はいくつも体験しましたが、じっくりとご紹介したことはありませんでした。

ひとつに、お店の宣伝になるのがイヤだったこともありますし、とくに日本では写真はご法度のお店が多いこともあります。そして、「おいしい!」と舌鼓を打ちながら、写真を撮るのをすっかり忘れてしまうことも多いです。

こちらの Saison は、フラッシュを使わなければ写真はOKで、逆に「どうぞ、どうぞお撮りください」と勧められたくらいですので、ゆったりとした気分でお料理すべてを撮影できました。

ですから、こちらのフォトギャラリーでご紹介しようと思ったのでした。

それに、わざわざナパバレーまで行かなくても、サンフランシスコで「三つ星」を体験できるなんて、ちょっと自慢したい気分でもありますしね!

秋の夕暮れ

いつの間にか、秋も深まり、木々も鮮やかに色づきはじめました。

11月2日の日曜日、アメリカでは夏時間(デイライトセイヴィング・タイム)から標準時間(スタンダードタイム)に戻ったので、1時間遅くなりました。

今までの朝9時が8時に、夕方5時が4時になるので、一時間遅く起きて登校・出勤できるわりに、日の入りが一時間早くなってしまうのです。

もともと10月下旬の「秋分の日」を過ぎると、だんだんと日が短くなってしまうのに、標準時間に戻ると、一気に日の入りが加速したようで、物悲しい気分になるのです。

けれども、幾日か過ぎると、そんな生活パターンにも慣れてきて、「秋」を楽しむ余裕が出てきます。


元来、秋というものは、収穫も終わり、冬に向けて活動をゆるめる時期ですので、「夜」との付き合いもうまくなっていく季節でしょうか。

いつか、ハロウィーンはケルト人の新年(グレゴリオ暦で10月末)から来ているというお話をしました。

この時期には、あの世とこの世の垣根が一番薄くなるので、あちら側から死者の魂がやって来て、この世で徘徊すると信じられていました。

ですから、ハロウィーンには、お化けたちが大活躍するようになったのです。

そして、ケルト系の多いアイルランドやイギリス西部ウェールズから遠く離れた、中米メキシコ。

こちらでは、10月31日から11月2日は「死者の日Los Dias de Los Muertos)」となっています。

やはり、あの世から死者の魂が戻って来て、この世の家族を訪ねると信じられているのです。

まさに日本のお盆のようなものですが、死者を迎えるために、お墓をきれいに掃除してマリーゴールドや菊の鮮やかな花で飾ったり、自宅には祭壇をつくって生前の写真や花、大好きだった食べ物やテキーラをお供えしたりと、準備に余念がありません。

せっかく戻って来るのですから、目一杯、歓迎してあげたいのです。

伝統的にメキシコでは、人は「三つの死」を経験すると言われます。人が肉体的に絶え、ひとつ目の死を迎えたあとは、地に埋葬され、母なる大地に還る、ふたつ目の死。

この段階では、死者はまだ家族や友人の心の中で生きているので、この「ふたつ目の死」のときに、死者の日を利用して身内や友の前に現れる、と信じられているのです。

ですから、「あなたの戻って来るべき場所は、ここですよ」と、残された身内はお墓を飾り、祭壇を設け、ごちそうを並べ、ロウソクに火を灯し、香をたいて道案内とし、死者の魂を歓迎するのです。
(写真は、死者の日のシンボルともなっている La Calavera Catrina「オシャレなしゃれこうべ」さん: Photo from Wikipedia)

両親を亡くした子供たちが、住処とする教会の名簿に「僕のママ、僕のパパ(mi Madre、mi Padre)」と記した映像を観たことがありますが、あまりにも小さい時の別れで、名前も知らないパパとママであっても、この死者の日には「僕は心の中で思っているんですよ」という精一杯の意思表示なのでした。

そして、三つ目の死は、思い出してくれる身内も友もいなくなったとき。この世との縁は完全に切れ、もう死者の日に戻って来ることもなくなります。


11月に入って、日が沈むころ。

なんとなく誰かがあちら側から戻って来そうな気にもなるのですが、日本にも「逢魔時(おうまがとき)」という言葉があるそうですね。

お日様がだんだんと沈んで、あたりに暗闇が忍び寄るころ、魔物に出くわしてもおかしくないという、昔の人々が編み出した言葉だそうです。

そこで、ふと思い出したお話がありました。

昔々、飴屋の主人が体験したというお話です。

亥の刻(午後10時ころ)になると、飴屋の主人がトントンと戸をたたく音で目を覚まします。表戸を開けてみると、そこに若い女性が立っていて「一文銭の分、飴をください」と言うので、その分だけ飴を手渡すと、一文銭を置いて静かに帰るのです。
 そんなことが幾夜か続くのですが、七日目の晩になって「今夜は持ち合わせがありませんので、飴をめぐんでくださいませ」と言うので、飴を手渡しながらも不審に思い、後を追うのです。
 すると、お寺の墓地に入った女性がすうっと消えたかと思うと、墓の中からオギャーッと赤ん坊の泣き声が聞こえてきて、和尚さんたちと掘り起こしてみたら、元気な赤ん坊が出てきた
、というお話。

子供のころに聞いたお話なので、「七日目の晩」というのは記憶から欠落していましたが、どうやら、七夜目にお金がなかったのは、三途の川の渡し賃にと棺桶に入れてもらった六文銭がなくなった、という意味だとか。

そして、子供のときに聞いた記憶はないのですが、これには後日談があるそうです。

赤ん坊が助け出された数日後、例の女性が飴屋の主人の夢枕に立ち、「わたしの赤ん坊を助けてくださってありがとうございました。何か困っていることがありましたら、どうぞおっしゃってください」と言うのです。
 街が水不足で困っていることを告げると、「明朝、朱い櫛が置いてある場所を掘ってみてください」と言うので、朝一番、その通りにすると、清らかな水がこんこんと湧き出てくるのです。
 その後、この井戸は、干ばつにも涸れることなく、人々の生活を支えてくれましたとさ。

というわけで、意外なハッピーエンドもついていたようです。

それで、こういったお話を聞くと、いわゆる「怪談」と呼ばれる民話にも、「人々の想い」や「願望」、「みなを納得させる事象の説明」と、民話が語られる理由みたいなものを感じますよね。

お墓の中から元気な赤ん坊が出てきたというのは、たぶん、お産のときに亡くなったお母さんが残された子供を不憫に思っているに違いない、という人々の同情の表れなのでしょう。

同じようなお話は、日本各地に語り継がれているように思います。旅先の本屋さんで、酷似する民話を見つけたことがありました。

そして、井戸を掘ったら清らかな水が湧き出たというのは、実在の井戸の「干ばつでも涸れない、魔力的な力」を説明しているものではないでしょうか。

そう、この井戸は実際に使われていたものだそうで、1715年(正徳5年)には、『柳泉(やなぎのいずみ)』という名で近隣の「名泉」のトップとして文献にも出てくるそうです。

というわけで、秋の夕暮れ。

日が暮れるお話が、えらく脱線してしまいましたが、秋になると、やっぱり人は自然とつながって生きているのだなと、神妙な気分にもなるのでした。

参考文献: 泉屋郁夫氏コラム『麹屋町の飴屋の幽霊井戸と柳泉の井戸祭』長崎史談会だより 平成24年(2012年)9月号 No.61

こちらは、前回のエッセイ『歴史のイマジネーション~蒸気機関車』を書いたときに見つけた文献ですが、子供のころに聞いたお話に「後日談」があって、それが実在の井戸に関係するものだと知り、ひどく興味を引かれたのでした。

水道が敷設される以前には、梅雨が明け真夏に入るころ、市中のあちらこちらで井戸に感謝する「井戸祭(井川まつり)」が開かれたそうです。やはり、時には雨が降らず水不足に陥ることもあったでしょうから、(お化けがくれた)涸れない井戸というのは、何よりもありがたかったのでしょう。

水不足のカリフォルニアには、うらやましい(!)お話なのでした。

Excuse(言い訳)

世の中、気乗りがしないことって、たくさんありますよね。

たとえば、学校の宿題をやりたくないとか、なんとなく会社に行きたくないとか、子供も大人も、日々いろんな事情をかかえているものです。

それで、世の中には突拍子もない言い訳(excuse)を考えつく人がいるもので、聞いていて「楽しいな!」と思うこともたくさんあるのです。

たとえば、こちらは、宿題を忘れた子供の言い訳では、もっとも有名なものでしょうか。

The dog ate my homework
 犬が僕の宿題食べちゃった

もちろん、「食べた」というのは誇張でしょうけれど、犬が宿題を噛んで、ぐちゃぐちゃにしちゃったから、持って来れなかったよ、という言い訳です。

My dog ate my homework
 僕の犬が宿題食べちゃった

という風に、「僕の犬」と指定することもあります。


こちらは、どうやら20世紀初頭には使われていた表現だそうで、今では慣用句になっているくらいです。

そう、実際に子供が学校で使う言い訳というよりも、「子供がする言い訳みたいに、理屈が通らないよね」といった風に使われるようでもあります。

たとえば、2年前の今ごろ、オバマ大統領が再選を目指して選挙運動をなさっていたころ、お相手のミット・ロムニー候補を指してこうおっしゃったのが有名になったとか。

“The dog ate my homework” just doesn’t cut it when you’re running for the president
 「犬が宿題食べちゃった」っていう言い訳は、自分が大統領に立候補しているときには通用しないよね

なんでも、アメリカの子供向け専門チャンネル・ニコロディオン(Nickelodeon)では、大統領選挙の直前に、子供たちから候補者に質問を投げかける特別番組を放映するそうです。
 が、この年は、「出演するよ」と確約していたロムニー候補がドタキャン

その「非礼」に対して、オバマ大統領のジャブが飛んだのでした。

子供だって、ちゃんと説明してあげないと、先生が減ったり、教室がぎゅうぎゅう詰めになったり、ビッグバード(『セサミストリート』みたいな子供向け公共番組)の予算がカットされたりって、いろんなことが納得できないだろう、と。

英語で homework というと、ちゃんと調べたり、説明を考えたりと、自分で努力することを指すので、大統領候補なら「宿題を持って来なかった」なんて言い訳はできないよ、というわけです。

このときは、子供たちは「オバマ大統領が勝つ」と予測したそうですが(65%の得票率)、1988年に始まった7回の特別番組のうち、子供たちが間違ったのは、たった一回きりだとか!


とまぁ、子供たちの勘は驚くほど鋭いわけですが、大人になってくると、人生経験も豊富になりますので、それこそ独創的な言い訳を考えつく方がたくさんいらっしゃいます。

こちらは、「今日は会社には行けませんよ」という言い訳の中から、力作4例

まずは、

I am stuck in a blood pressure machine at a grocery store
 スーパーマーケットの血圧計にはまってしまいました

たぶん、ドラッグストアを兼ねたスーパーには、血圧計が置いてあったのでしょう。そこで健康を気づかって血圧を測ってみたら、腕をはずせなくなってしまいました、という言い訳です。

お次は、

I tried to dry my uniform in the microwave and (it) caught fire
 電子レンジで制服を乾かそうとしたら、火を吹いてしまいました

アメリカでは、何かを乾かそうと思って電子レンジで失敗した話をよく聞くのですが、大学の物理の先生が「ある女性が犬を電子レンジで乾かそうとしたら、犬が死んじゃった」と、スゴい例を使って講義したのが今でも頭を離れません。

一方、こちらは、ひねりのある言い訳です。

I accidentally got on a plane
 間違って飛行機に乗ってしまいました

どうやったら間違って飛行機に乗れるのかはわかりませんが、ときどき間違って置いてきぼりになることはありますよね。

そうなんです、連れ合いは出発ゲートで仲間と真剣に議論していたら、いつの間にやら、飛行機がいなくなったことがありました!

そして、こちらは、ほんわかとするような秀作です。

I woke up with a good mood and didn’t want to ruin it
 朝起きたらいい気分だったので、台無しにしたくはありませんでした

わかります!

気分がいいときには、海にでも行きたいですよねぇ。

以上4例は、公共放送のビジネス番組『Nightly Business Report』(10月23日放映)で紹介されたものですので、どれも実際に使われた言い訳なんだと思います。


そうそう、先日サンフランシスコで開かれたジャイアンツの優勝パレードでは、やっぱり、言い訳を使った人も多かったようですよ。

パレードは正午に始まったので、お昼にオフィスを抜けて、サンドイッチをぱくつきながら見物している人もたくさん見かけました。

けれども、熱烈なファン(die-hard fan)は、夜明け前にはマーケットストリートで陣取りをしていたらしく、そういった方々の中には、仮病を使った方もいらっしゃるはずです。

実際、夕刻スターバックスでミーティングの相手を待っていると、閉店前のお掃除を始めたお姉さんが、ブツブツとおっしゃっていました。

He said on the phone, “Oh, I’m not feeling well today”, but that must be an excuse
 彼は電話で「今日は具合が悪いんだよね」と言ったけれど、そんなの絶対に言い訳よね

I’m not feeling well(具合が悪いです)とか

I must be running a fever(熱があるみたいです)

というのは、言い訳の王様。だいたいみなさん、コホッ、コホッと電話口で咳をしながら演技をなさるようではあります。

アメリカは、就業に対しては厳しい国なので、無断欠勤は「即・免職!」の立派な理由になります(実際に一日でクビになったケースを知っています)。

ですから、余計に、あ~でもない、こ~でもないと、独創的な言い訳を考えつくのかもしれませんね。

SFジャイアンツの優勝パレード!

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まったく、今年サンフランシスコ・ジャイアンツがワールドシリーズで優勝するなんて、夢にも思っていませんでした。

2010年、2012年と優勝したので、もしかすると2014年も? とシーズンが始まったときには期待していました。

が、結局、9月末にレギュラーシーズンが終わってみると、ナショナルリーグ西地区を征したのは、宿敵ロスアンジェルス・ドジャーズ。

あ~、これで終わりかぁと思っていたら、西地区2位のジャイアンツは、「ワイルドカード」でプレーオフ出場に滑り込みセーフ!

そこから、同じく「ワイルドカード」のピッツバーグ・パイレーツを一試合で破り、ナショナル地区シリーズ(National Division Series)ではワシントン・ナショナルズを3勝1敗で破り、リーグ優勝シリーズ(NLCS)ではセントルイス・カーディナルズを4勝1敗で破って、ワールドシリーズに出場決定!

この快進撃に、もう、優勝は決まりね! と、地元の期待がふくらみます。

前回みたいに、4戦4連勝で勝てるかも!

が、ここからが正念場。ジャイアンツお得意の「Torture(苦しみ)」の到来で、ハラハラ、ドキドキ、観戦するだけで苦しい試合の連続となるのです。

ご存じのように、ワールドシリーズのお相手は、ミズーリ州のカンザスシティー・ロイヤルズ。29年ぶりにプレーオフに出場したことと、日本人の青木宣親選手が在籍することで、日本の野球ファンの多くが応援したチームだとか。

それがちょっと不満ではありましたが、こちらは、懸命に地元チームを応援するしかありません!

ジャイアンツは敵地カンザスシティーで1勝1敗と分けたあと、本拠地AT&Tパークで3連戦。我が家も、地元でワールドシリーズを観てみたいと思ったものの、外野席のチケットが6万円で転売されていたので、あきらめてテレビで応援しました。

ただ、10月24日のAT&Tパークの初戦、国歌斉唱が終わるタイミングで、戦闘機が2機、轟音をたてて頭上を飛んで行ったので、それが球場の近くにいる「臨場感」となりました。

このワールドシリーズが素晴らしかったのは、どちらも若いチームなので、力が互角だったことでしょうか。

そう、「スーパースター」がいないので、一試合ごとに「ヒーロー」や「ムードメーカー」が生まれ、どちらが優勝しても、みんなが納得できる実力を備えていたようです。

結果的には、最終第7戦で、MVP投手マディソン・バムガーナーが1点差を死守して、ジャイアンツがシリーズを征しましたが、6戦目、7戦目を敵地でプレーしたジャイアンツに「勝負の女神」がほほえんでくれたのかもしれません。

優勝が決まったのは、わたしの誕生日だったので、何よりもステキな誕生日のプレゼントとなったのでした。「願いがかなって、良かったわねぇ」と、ボストン・レッドソックスのファンからお祝いのメッセージもいただきました。

そして、10月31日のハロウィーン。サンフランシスコの目抜き通りマーケットストリートでは、優勝パレードが開かれました。

小雨の降り続く、あいにくのお天気で、2年前のパレードのときよりは人出が少なかったようです。

おかげで、今年は選手たちがよく見えました!

そして、前回のパレード(こちらでご紹介)ではオープンカーに乗った選手たちが見えなかったのですが、今回は背の高いダブルデッカーが登場し、それも改善策となったようです。

残念ながら、最後までいられなかったので、パレードの「取り」となったMVPバムガーナー投手は見逃してしまいましたが、それでも、「女房役」の捕手バスター・ポウジー選手を近くで見られたので、大満足でした。

彼は、さすがに気配りが行き届いていて、ビルの窓から見下ろすファンたちにも、にこやかに手を振ってあげていました。優勝が決まった瞬間には、「肩の荷がおりたぁ」といった感じで、その場にへたりこんでしまったのですが、この日ばかりは、満面の笑み。

ふたりともワールドシリーズの優勝リングを3つも持っているんですが、バムガーナー選手は25歳、ポウジー選手は27歳と、まだまだ若いんです。

日本では、あんまり有名なジャイアンツ選手はいないとは思いますが、たとえば、こんな方たちがいらっしゃいます。

ムードメーカーの外野手ハンター・ペンス選手: 今年の合言葉「Yes! Yes! Yes!」は、プロレスラー ダニエル・ブライアンさんの「おたけび」を真似たものだとか。

「パンダ」の愛称で親しまれるパブロ・サンドヴァル選手: 映画『カンフー・パンダ』から生まれた愛称ですが、パンダみたいに「ふっくら」しているわりに、機敏な守りと鋭い送球で知られる3塁手。主砲4番バッターでもあるのです(ゆえに、他チームからも狙われています)。

二軍から昇格したルーキー、2塁手ジョー・パニック選手: 3年前にジャイアンツにドラフト指名されたものの、ようやく今年6月にメジャーデビュー。ワールドシリーズ最終戦では、彼のガッツの守りで流れが変わりました。

二軍が長いトラヴィス・イシカワ選手: 4月にパイレーツから古巣ジャイアンツに移籍したばかり。リーグ優勝では「さよなら3ラン」を打って、一躍ヒーローに!

そんなカラフルな選手たちのいるジャイアンツですが、地元では、過去5年で3回優勝したチームに、早くも「Dynasty(王朝)」という褒め言葉が贈られています。

けれども、実力もさることながら、優勝の裏側には何かしら「プラスアルファー」が働いたのかもしれません。

それは、若い選手たちの勢いだったり、互いを助け合う仲間意識だったり、あきらめの悪さだったり、ボウチー監督のもと和気あいあいとしたファミリーだったりと、そんなことだったのかもしれません。

「途中から来た僕を、みんなファミリーのように迎えてくれて嬉しかった」と、どなたか優勝インタビューで答えていらっしゃいました。

そのファミリーの「お父さん」ボウチー監督は、采配を評価されて『今年の監督賞(National League Manager of the Year)』の最終候補となっています(発表は来週)。

2012年の優勝では、単に「勝った、勝った!」と喜んだわたしでしたが、今年のプレーオフでは、「野球って、ほんとに面白いなぁ」と、自分なりに進化を遂げたような気がするのです。

まったく野球って、奥が深いですよねぇ。

ハロウィーンの不思議なお話

10月も、もう終わりに近づきました。

アメリカでは、この時期、Halloween(ハロウィーン)という言葉が頭の中でだんだんと大きくなってきます。

10月31日のハロウィーンに向けて、直前の週末には『Ouija(ウィージー)』というホラー映画がリリースされましたが、いきなり、全米興行成績の第一位に躍り出たそうです。

Ouija board(ウィージー板)ともいいますが、ウィージーとは「こっくりさん」のことで、映画の内容は存じませんが、単なるお遊びから、とんでもない悲劇に展開するという恐~いストーリーではないかと想像するのです。

そして、今年のハロウィーンイベントの中では、ヘイワード地区歴史協会が開いた「お化けツアー」が目を引きました。

ヘイワードは、サンフランシスコ半島からサンマテオ橋を渡った東の対岸にあって、19世紀中頃から開拓が始まった歴史ある街です。

ですから、昔のお話には事欠かないようでして、10月いっぱい週末ごとに、開拓者墓地や歴史的建物で、わざわざ夜にツアーを開いて、実際にあった恐~いお話をしてくれるのです。

物好きなことに、夜中の3時半まで建物におこもりする特別ツアーもあるそうですが、こういった「お化けハンティング」は、ハロウィーンの時期の目玉企画でしょうか。

そう、日本では、夏のお盆に「お化け屋敷」や「怪談」で盛り上がりますが、アメリカでは、10月のハロウィーンの頃にお化けたちが大活躍するのです。


そんなことを考えていたら、ちょうど3年前の今ごろ、イギリスで体験した不思議な出来事を思い出しました。

10月末の誕生日にプラハからロンドンに向けてオリエント急行に乗り込み、ロンドンで数日を過ごしたあとは、大学街オックスフォード、シェイクスピアの生まれ故郷ストラトフォード・アポン・エイヴォン、羊たちの群れる田園地帯コッツウォルズ(写真)と立ち寄ったのでした。

コッツウォルズというと、羊毛業で栄えた緑豊かな美しい風景の中に、領主の館(Manor House:マナーハウス)が点在することで知られます。

ですから、わたしたちも、今はホテルになっているマナーハウス Lords of the Manor(ローズ・オヴ・ザ・マナー)にお世話になることにしました。

ちょうどこの日は、結婚式を挙げるカップルと親戚一同が宿泊していて、部屋割りには変更があったようで、わたしたちが案内されたのは、予約とは違う屋根裏のスイートでした。

2階からは屋根裏に向かって小さな階段が付いていて、まるで隠れ家みたい。エレベーターなんてありませんから、スタッフの方がえっちらおっちらと重い荷物を抱えて部屋まで運んでくれました。

案内のスタッフが出て行くと、とりあえず自分たちで部屋を「探検」することにしたのですが、まあ、この屋根裏のつくりが変わっていて、全体が L字型になっているのです。

ちょうど「L」の右端に入口があって、ドアを開けると、まずリビングルームがあります。ゆったりとした部屋で、調度品も、質素ながら機能的に置かれています。

屋根裏といっても、天井は高く、背を縮めて歩く必要がないので、壁が傾斜していることと、斜めの壁に取り付けられた小さな窓が、唯一「屋根裏部屋」の雰囲気でしょうか。

リビングルームを奥に進むと、ちょっとしたスペースがあって、その先は L字の角になっています。

この角を右に曲がると長い廊下があって、その突き当たり「L」のてっぺんにベッドルームがある構造になっています。

が、問題は、この長~い廊下。

L字の角を曲がった途端に、あ、誰かいる! と思ったのでした。

そう、どなたか目に見えない先客がいらっしゃる、とでも言いましょうか・・・。

それで、ちょっと気味が悪いので、部屋を変えてもらおうと、もともと予約していた部屋に案内してもらったのでした。

すると、こちらも、もともとは馬小屋だったところを第二次世界大戦中に学校として使っていた場所で、上下に分かれた部屋は広いのですが、あまり気持ちのいい感じはしませんでした。

案内してくれた女性も「屋根裏部屋は、最近バスルームをやり直したばかりだし、いい部屋なのよ」と力説するので、結局、こちらで一夜を過ごすことにしたのでした。


まだディナーには早いので、近くの集落を散歩したり、バーでシャンペンをいただいたりしたあと、服を着替えて、バスルームでお化粧直しをしていました。

すると、このとき、また、じ~っと見られているような視線を感じたんです。

なんとなく、バスルームの隅っこから、しげしげと観察されているような感じ。

べつに悪気はないんだけれど、「今日はどんなお客かしら?」と興味津々に覗き込まれている感じ。

この屋根裏部屋の不思議なところは、バスルームがふたつあることなんです。ひとつはトイレとシャワーと洗面台、もうひとつの奥のバスルームは浴槽と洗面台と機能が分かれていて、入口も手前のリビングルームの脇と、長い廊下の先のベッドルームの脇と、かなり離れているのです。

けれども、結局のところ、ふたつのバスルームは隣り合わせで、廊下の半分の細長い空間をわざわざ壁で仕切って、ふたつに分けた構造なのです。

そして、壁で仕切られていようと、このバスルームの空間に、何かしら漂っている感じがするのです。ですから、最初に L字の角を曲がった途端に、誰かいる! と感じたのでしょう。

もうひとつこの部屋が不思議なところは、全体にやけにドアが多く、ドアの足元には、すべて古い本が置かれていることでしょうか。

もちろん、風でドアが閉まらないように、オシャレに古書で押さえてあるのでしょうが、それが余計に「ときどき風もないのに、勝手にドアが閉まることがありますよ」と物語っているようでありませんか!


そんなわけで、部屋でじ~っと「観察された」あとは、ホテルのレストランでコースディナーを堪能いたしました。

このマナーハウスには、日本人の方もたくさん泊まられると伺いました。
 ですから、さすがに舌の肥えたお客さまが多いと見えて、素材も新鮮だし、プレゼンテーションも斬新だし、繊細なお味に仕上がっていました。

まったく、イギリスは食事がまずいなんて、いったい誰がそんなデマを広げたんでしょうねぇ?

豪華なディナーに満足して部屋に戻ろうとしたとき、階段の踊り場に掛けてあるレディーの肖像画の前を通りました。

黒装束で、喪に服しているような白髪のレディー。

すると、このレディーの左目がぎらりと光ったんですよ!

でも、ワインでほろ酔い気分だったし、肖像画のガラスにライトが当たって、まるで目が光ったみたいに見えたんだ、と思い直すことにしました。

が、翌日もう一度見てみると、この肖像画にはガラスなんてはまってないんですよね!

あとで部屋に置いてあったホテルの歴史解説を読んでみると、このマナーハウスは、もともとヘンリー8世から買い取ったといういわれがあるそうです。

ヘンリー8世というと、スペインから迎えた最初の王妃キャサリン・オヴ・アラゴンから離婚したいばかりに、イギリスをカトリックから国教会に転向させ、次々と6人の妻をめとった王様ですが、そんな王様と縁のある館には、いろいろとありそうな気もしてくるのでした。

残念ながら、肖像画には説明書きがなかったので、どの領主の奥方かはわかりませんが、何回か持ち主が変わった今も、「館の主」として訪れる人々をずっと見ていらっしゃるのかもしれません。


一夜明けて出立の朝、近くの森からは、パン、パ~ンと猟銃を撃つ音が聞こえました。

どうやら、ディナーにする鹿さんでも撃っていたようですが、なるほど、これは異次元の空間に迷い込んだのかもしれないな、と納得したのでした。

なにやら、今と昔が交錯した異次元の空間に・・・。

そうそう、例の屋根裏部屋ですが、寝る前にお風呂に入ったときも「誰かがいる」みたいな気がするので、連れ合いに一緒にいてもらいました。が、不思議なことに、ベッドルームやリビングルームには足(?)を踏み入れようとしないんですよね。

ちょうど、ふたつの三角屋根がつながった辺り。

小窓からの眺めはいいし、この空間の渦がお気に入り。

だから、他にはどこも行きたくないわ。

そんな、お行儀の良い方だったのかもしれません。

余談ですが: こちらのマナーハウス Lords of the Manor がある集落は、Upper Slaughter(アッパー・スローター)と呼ばれますが、これがまた「変な名前だなぁ」と興味を引かれる一因でした。

なぜなら、slaughter という言葉には、「惨殺する」という意味があるから。

「家畜をつぶして食肉にする」という意味もあるのですが、同時に人を惨殺するとか、大量殺戮という意味もあるので、どうしてまた、こんな平和な風景にそんな変な名前がついちゃったの? と、ひどく不思議に感じたのでした。

ホテルの歴史解説によると、Slaughter というのは、まったく違った由来だそうで、この地に定住した祖先が、この辺りの「ぬかるんだ湿地」を表す Sclostre という言葉を自分たち一族の名前にして、それが Slaughter となまったのだとか。

この Slaughter家が付近の領主となったとき、集落の名前も Slaughter となったそうです。

そして、もともとはヘンリー8世から買い取ったというマナーハウス。
 カトリックからイギリス国教会に鞍替えしたヘンリー8世は、16世紀中頃、イギリスじゅうのカトリック教会や修道院を解体し、建物は領主たちに与えたという史実がありますので、こちらもそのような経緯だったのかもしれません。

建て増しを重ねて今の大きさになったそうですが、苔むした屋根や石垣は、昔をそのまま伝えてくれているようです。

オレンジ色の10月: 法曹界とスポーツ界

Vol. 183

オレンジ色の10月: 法曹界とスポーツ界

 


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10月は、野球のプレーオフシーズン。

2010年、2012年のワールドシリーズ覇者サンフランシスコ・ジャイアンツが、今年もチャンピオンを目指して闘っていて、街は興奮の渦。
ファンのプライドを表すオレンジ色のライトがあちらこちらに灯り、Orange October(オレンジ色の10月)となっています。

そんな今月は、10月にちなんだ話題をお届けいたしましょう。最後にサンフランシスコの小話も付いています。

<たかがヒゲ、ではありません>
10月に入ると、アメリカでは連邦政府の新年度となります。カリフォルニア州は、7月1日に新年度が始まりますが、連邦政府機関は10月が仕切り直しです。
 


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10月には「First Monday of October(10月最初の月曜日)」という言葉も聞かれますが、これは、連邦最高裁判所(the Supreme Court of the United States)の年度始まりを指しています。

1981年には、同名の映画もリリースされましたが、これは、史上初の女性最高裁判事が誕生したこと(1981〜2006年在任のサンドラ・デイ・オコナー判事)に材を取った作品でした。
当時は、それこそ「記念すべき第一歩」でしたが、今では女性最高裁判事は3人になっています(最高裁判事は9人で、大統領の指名、連邦上院の同意で任命され、基本的には終身制)

それで、新年度に入ると、先に最高裁が審議を決定した案件の中から、いくつかまとめて口頭弁論(oral argument)を行ったあと、金曜日に9人で合議し、審判を下します。

連邦最高裁が取り上げる案件は、州では片付かない複雑なケースが多いので、すぐには審判は下りませんが、そんな微妙な案件の中に「刑務所のヒゲの規則」がありました。
 


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アーカンソー州の刑務所では、ヒゲ(beard)をはやすのは一切禁止だそうですが、それを不服としたイスラム教徒の服役囚が、「ヒゲを伸ばすのが禁止なら、せめて二分の一インチ(約1センチ)だけでも伸ばさせて欲しい」と、最高裁に嘆願したのでした(Holt v. Hobbs)。

日本人の感覚からすると、どうしてヒゲを伸ばすことが最高裁で審議されるの? と不思議に感じるわけですが、これは、「宗教の自由(religious liberty)」や「州や刑務所への服従(deference)」といった問題が絡んだ厄介なトピックなのです。

なにせ、アメリカには、一般市民の宗教の自由だけではなく、服役囚のためにも宗教の自由を守る法律(RLUIPA: Religious Land Use and Institutionalized Persons Act)があったりしますので。
 


Transcript of Holt v. Hobbs.png

まず、上訴人(Petitioner)である服役囚の弁護士は、本人の宗教的理解では「自然に伸ばしたヒゲ(full beard)がだめなら、せめて1センチだけ伸ばした不完全なヒゲ(partial beard)でも(神に)許される」と主張します。

すると、こういった質問が判事側から投げかけられます。

二分の一インチがいいなら、じゃあ1インチは? 2インチは? という疑問が生まれるので、ここでは何かしら法的原則(legal principle)が必要になってくる

もしも上訴人にヒゲを許したとしたら、それは彼個人に適用するものなのか、それとも他の服役囚にも適用するものなのかを明確にすべきである」など、など。

そもそも、ヒゲは43州の刑務所では許されているそうで、「どうしてアーカンソーではだめなの? 頭髪が許されて、ヒゲが許されない理由は何?」といった上訴人の不信感も弁論の端々ににじみ出ていました。

これに対して、被上訴人(Respondent)を代表するアーカンソー州法務副長官は、刑務所のヒゲは、「服役囚の識別(identification)」と「禁止物品(contraband)」という二つの観点から妨げになる、と主張します。

頭髪とは異なり、ヒゲの有無で顔の識別が難しくなるので、たとえば刑務所を脱獄したり、屋外の労働時間にヒゲを剃り他の服役囚と入れ替わったりした場合には、すぐに発見できなくなる。
また、たとえ二分の一インチのヒゲであっても、ヒゲの中に針やカミソリの刃の破片、薬物、携帯電話のSIMカードなどを隠す可能性は否定できないので、ヒゲは一切許されるべきではない。
さらに、アーカンソーの刑務所は他州の重罪犯刑務所と異なり、管理の難しい「バラック小屋」の形態なので、他州の規則と比較されるべきではない、と。

こちら側の質疑応答は、30分ほど続くのですが、中でもこんな判事たちのコメントが光りました。

もしも脱獄後にヒゲを剃ることを心配しているのだったら、ヒゲをはやす前に写真を撮っておいて、脱獄したらヒゲ無しの写真を関係者に配布すればいいじゃないか

ヒゲの中に禁止物品を隠すのを恐れているのだったら、何か新しいクシをつくって、そのクシでヒゲをとかせればいいじゃないか。そうしたら、SIMカードだって、小さなリボルバー(回転式拳銃)だって、二分の一インチのヒゲに隠れているものは、何でも落ちてくるだろうよ

まあ、賢い判事が9人もいらっしゃると、おのおの「こだわり」があって質疑はいろんな方向へと飛んでいきますので、ここでは大部分を省略いたします。
が、とにかく、「たかがヒゲの規則でしょ?」とは笑い飛ばせない、前例がなくややこしい、白熱の討論なのでした。
 


Equal Justice under Law.png

それで、どうして薮から棒に刑務所のヒゲを取り上げたかというと、ひとつに、アメリカでは「法の支配(the rule of law)」の理念が社会の根底にあるからです。
つまり、どんな人でも、法律によって裁かれたり、救われたりと「公平性(equal justice under law)」に重きが置かれ、人々もそれが社会の屋台骨であることを知っているということです。
実際には、世の中には不公平がたくさん存在しますが、少なくとも法の下に公平に扱われる権利があり、それによって社会の中で自由(freedom)を享受していることは、みんなが承知しているのです。

そして、もうひとつの理由は、連邦最高裁判所は「どこか遠いところの関係ない人たち」ではなく、人々の日常生活に多大な影響を与える大事な判断を下すところ、だからです。

たとえば、新年度最初の月曜日、最高裁判事たちは、「同性結婚禁止法(ban on same-sex marriage)を違憲とした控訴審の判決を取り消してくれ」という5州の上告を却下しました。
最高裁がこれらの案件を取り上げなかったことで、新たに11州で同性結婚が認められることになったのです。(先の判決のうち、連邦巡回控訴裁判所の判断は管轄内の複数の州に影響を与えるので計11州。現時点では、50州のうち32州と首都ワシントンD.C.で同性結婚が認められることになっています)

最高裁が取り上げても、取り上げなくても、まさに「鶴の一声」でしょうか。

そして、アメーバのように激変するアメリカ社会にあっても、法の支配が変わらぬ理念として綿々と受け継がれる以上、最高裁の鶴の一声は、決して衰えることはないのでしょう。

参考資料: 連邦最高裁判所のウェブサイトで公開されている口頭弁論の音声ファイルと筆記録、Holt v. Hobbs, Docket number: 13-6827, Date argued: October 7th, 2014。

まあ、筆記録を読んでも理解できない法律用語はありますが、音声を聞いただけで最高裁判事を識別できる自分は、結構「法律おたく」かも? と思ってしまいました。


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近頃は、最高裁判事だってどんどん世間に顔を見せるようになっていて、サンノゼ州立大学に現れたソニア・ソトマヨール判事のように、「あなただってできる!」と若い世代に訴えかけ、希望の星となっているのです。
(Photo by Jeff Chiu/Associated Press, at San Jose State University on October 20th, 2014)

<マイクロソフトSurfaceをどうぞ>
話はガラリと変わって、スポーツに関する話題です。
 


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10月に入り、ひんやりとした秋風が吹き始めると、「スポーツの秋」本番となりますね。

アメリカでは、9月に始まるフットボールがエンジン全開となり、誰が今シーズンの宿敵となるのか、そろそろ見えてくる時期なのです。(写真は、9月14日サンフランシスコ49ersのシーズン初ホームゲームとなる、新生Levi’s Stadiumでのシカゴ・ベアーズ戦開幕式)

そんなフットボール界では、シーズン開けにこんなことがありました。

9月7日の開幕日、順繰りに東の方から試合が始まり、まずは全米の眼が、NFC(ナショナル・カンファレンス)南地区ニューオーリンズ・セインツ対アトランタ・ファルコンズの試合に注がれます。
セインツには、ドゥルー・ブリーズという名クウォーターバックがいますので、敵地では何かしらマジックのような芸当を見せてくれるに違いないと、みんなが注目していたのです。

まあ、結果的には惜しくも3点差で負けてしまうのですが、わたしが「あれ?」と思ったのは、ブリーズ選手のサイドラインでの行動。もともと理知的なQBとして知られる彼は、何かしらタブレット製品を覗き込んでいたのです。

青いカバーのかかった、何だかごっついタブレットですが、どう見てもアップルのiPadではないので、あれは何だろう? と思っていたんですよ。
すると、映像を見ていた解説者が、「ブリーズ選手は iPadで映画を観ているわけではないんだよ。iPadを駆使して、敵の行動を分析してるんだよ」と言うのです。

え〜っ、あれは絶対に iPadじゃないのに、この人にとっては、タブレット製品はみんな iPadなんだろうか? と、今さらながら iPadという名前の威力に舌を巻いたのでした。
そう、まるで、コピー機のことを「ゼロックス(Xerox)」と言ったり、オンライン検索のことを「ググる(Google it)」と言ったりするのと同じではありませんか!

あとでわかったのですが、こちらのタブレットは、マイクロソフトのタブレットSurface(サーフェス)で、今年からフットボールリーグNFLのスポンサーとなったマイクロソフトは、青いカバーを付けた「Surface Pro 2」数百台をリーグに供給し、リーグが全試合に配るようになったのです。


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試合日には、各チームのサイドラインに13台、コーチ陣のブースに12台が支給され、動画ではなくカラー写真の分析に利用しますが、ズームもできるし、画面に書き込みもできるし、慣れれば便利なツールだそうです。

アメフトは、試合進行中の敵方への調整が最も大事なスポーツですが、これで、今までサイドラインで使われていた白黒写真のバインダーは過去の遺物! (写真は、Levi’s Stadiumでフィラデルフィア・イーグルスのために待機中のSurface)

試合中だけではなく、フットボールの中継番組では、スタジオの解説者たちの前にずらっと青いSurfaceが並べられ、「何かしら鮮明なブルー」が視聴者の視界に飛び込んでくるようになりました。
 


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それにしても、せっかくサイドラインで試合の分析にタブレットを供給しているのに、「iPadを使ってるよ!」なんて言われたら、何の宣伝にもならないではありませんか。
だって、マイクロソフトはNFLと数年契約を結び、4億ドル(およそ400億円)を払っていると言われるので、決して「はした金」ではないのです!

新CEOのもと変身真っ最中のマイクロソフトは、「モバイル」や「クラウド」が新しい路線となっているので、タブレットSurfaceやクラウドプラットフォームAzure(アジュール)は大事なブランド。

Surfaceは、昨年世界タブレット市場の2パーセントに過ぎず、人気ブランド5位にも入っていないそうですが、最新版「Surface Pro 3」に関しては「なかなかいいよ!」という風評も聞こえます。
が、その大事なブランドが、iPadと呼ばれては・・・。
 


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さらには、9月19日、対するアップルがiPhone 第8世代「iPhone 6」とともに、でっかい5.5インチ画面の「iPhone 6 Plus」を出したことで、スマートフォンとタブレットが融合した「ファブレット(phablet)」という概念が定着し、世の中は違った方向に進みそうでもありますし・・・。
(写真は左から iPhone 6 Plus、iPhone 6、第7世代 iPhone 5S、iPhone 5C)

<おまけのお話:グーグルキッズ>
最後に、サンフランシスコのこぼれ話をどうぞ。

今年7月『シリコンバレーの今』というお話では、シリコンバレーとサンフランシスコの住宅事情の悪さをご紹介しました。
 


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とくに、おしゃれなサンフランシスコには若いエンジニアたちが住みたがり、市内で起業する人に加えて、わざわざ1時間かけてシリコンバレーに通勤する人も多いのですが、それが、ちょっとした社会問題を引き起こしていることもご紹介しました。

そう、テクノロジー企業の株価好調のあおりで、サンフランシスコの家の値段がどんどんつり上がり、今年6月には、史上初めて住宅価格の中間値が100万ドル(およそ1億円)を超え、地元の人たちが家を買えなかったり、借家の立退き勧告を受けたりと、市内では摩擦が起きているのです。(新築と中古を含めた一軒家・マンション物件。中間値は、物件数を上下に半分に分ける中間の値段)

アパートだって、9月末、一ヶ月の賃貸料が平均3,400ドル(約36万円)を記録したそうで、市内で住む場所を探すのは日に日に難しくなっています。

そんなホットな不動産業では、サンフランシスコで家を買いたがるテクノロジー従事者に対して、こんなあだ名がついているそうです: Google kids(グーグルのガキたち)。

いや、僕はグーグルには勤めてないよとか、そんなに若くはないよ、というのは関係がありません。
厳密にはバイオテクノロジーの会社に勤務していようと、「不惑」と呼ばれる四十を超えていようと、グーグルキッズと呼ばれるとか。

残念ながら、この言葉には、「人生経験も少ないのに、会社の株で小金持ちになって好き放題に物件を買いあさるよそ者たち」という、テクノロジー業界への一種の侮蔑が含まれているのかもしれません。

先日も、市内ミッション地区の公園で、地元の人たちと「グーグルキッズ」がサッカー場をめぐって火花を散らす場面がありました。
「僕たちは、お金を払って予約してるんだよ」と、グーグルキッズたちが先に来ていた地元のサッカー同好会を蹴散らそうとしたそうですが、急遽サンフランシスコ市は、サッカー場の有料予約制をやめたそうです。
 


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こういった意識の隔たりや不信感は、なかなか消えてなくなるわけではありませんが、こういうときこそ、野球やフットボールと、地元チームの活躍で心をひとつにまとめられればいいなと思うのです。

10月16日、ナショナルリーグ覇者となったサンフランシスコ・ジャイアンツ(写真)は、現在、ワールドシリーズでカンザスシティー・ロイヤルズと一勝一敗と分けています。

Go Giants!!

夏来 潤(なつき じゅん)

 

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